さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

音声資料

「短歌講座」

昭和58年10月14日

 
  別画面で音声が再生できます。
 
大西 ・・・波をくぐってきたときに初めて歌える歌であったかもしれないと思います。
 6番。『鯉幟はためく村よ死なしめてかごめかごめをするにあらずや』『鯉幟はためく村よ死なしめてかごめかごめをするにあらずや』。前登志夫という人で、この人は奈良県の吉野山に住んでいる人です。吉野の風土というようなものをよく歌に作って、いい歌を作る人でございます。5月になると、鯉のぼりがはたはたとはためいて、村を彩って美しい。ああ、でも、かごめかごめをしている子どもたちを見ていると、たくさんの人が死んだ後、鯉のぼりを立てて、かごめかごめなどを遊んでいるのではなかろうかという、やっぱり戦争でたくさんの人が死んだというようなこと、それも、意味もなく国のためということでたくさんの人が死んだ、その後のかごめかごめっていうのは切ないなあというような、吉野という風土の中で、鯉のぼりの立つ村で、たくさんの戦死者を出したことを悼んでいる歌のようですね。『かごめかごめをするにあらずや』、そういう戦争のみじめだったことを回想しながら鯉のぼりを仰いでいる、そんな感じをこの歌は歌っていると思います。『鯉幟はためく村よ死なしめてかごめかごめをするにあらずや』。
 7番の歌の武川忠一さんは、早稲田大学の先生をしています。窪田空穂という人のお弟子です。7番。『忌の日を長くまもりて戦後ありひとりの夜のわが魂おくり』『忌の日を長くまもりて戦後ありひとりの夜のわが魂おくり』。武川さんは、体が弱かったので戦争に行けなかったんですね。そして戦後も生き残ってしまった。だが、自分と同世代の、今、63ぐらいだと思いますが、武川さんの同世代の人は多く戦争で亡くなっているんですね。それで、戦後自分は生き残ったけれども、長く忌の日、喪中にいるような気持ちで、たくさんの自分の同世代の人を戦争で失った悲しみから抜けられないで、喪中のような日々を過ごしている。そして、お盆が来ると魂おくりをするけれども、その魂おくりは1人でたくさんの自分の失った戦友たち、自分の友達たちの魂おくりを1人でするんだなという歌で、この歌にもやっぱり、戦争でつらい経験をしてきた世代しか持つことのできない、嘆きというものが込められているんですね。そういう歌い方がされていきます。
 8番。『冬ばれのひかりの中をひとり行くときに甲冑は鳴りひびきたり』『冬ばれのひかりの中をひとり行くときに甲冑は鳴りひびきたり』。玉城徹さんという人の歌です。この玉城さんという人は、私と1日違いかなんかの誕生日で、59歳だと思います。冬ばれのひかりの中、きらきらとするような寒い晴れた冬の日でしょう。その光の中を自分が行くときに、1人で行くときに、自分が着ている甲冑、よろいやかぶとが鳴り響くような感じがしたと歌っていますね。武者行列の甲冑を着ているわけではない、何も着ていないんだけれども、男として1人、冬晴れの寒々とした空気の中を1人歩いていくと、まるで甲冑を着ているような、そしてその甲冑、よろいかぶとが鳴り響くような感じがすると歌って、りんりんと晴れた冬の日の澄みきった空気の中で、男一人生きていこうとするその勇気を、奮い起こすような気持ちを歌っているんですね。それは『冬ばれのひかりの中をひとり行くときに甲冑は鳴りひびきたり』、何となく分かりませんか。女では歌えない、よろいかぶとつけないし。それから、女々しく生きてるから、女の人というのは大体ね。だけどもこの歌を詠むと、男一匹ね、立派にこの世の中にりりしく生きていこうとするような気迫というかな、そういうりりしい気持ちが表れていると思うんですね。それを甲冑が鳴り響くという感じだと歌って、そのりりしく立ち向かおうとする気持ちが歌われているんですね。こういう歌い方も、恐らく昔はしなかった。戦前はしなかったような歌い方で、男の人の生きる厳しさのようなものを歌おうとしている。『冬ばれのひかりの中をひとり行くときに甲冑は鳴りひびきたり』。
 9番。『感情のなかゆくごとき危ふさの春泥ふかきところを歩む』『感情のなかゆくごとき危ふさの春泥ふかきところを歩む』。上田三四二さんという人は、写実派の、アララギの写実派の歌を作ってきた人なんです。ですからめったに変な歌は作りません。非常に伝統的な正しい歌を作る人なんですが、その上田さんが歌う歌でもこんなふうに変わってきている。春泥の、春の泥、雪解けのどろどろした泥んこのぬかるみを歩いていく場面なんですけれども、その場面を『感情のなかゆくごとき危ふさの』というふうに表現するんですね。ぬかるみでどろどろした道を歩いていく、そうすると人間の、そのどろどろしたぬかるみのような心、その感情の中をゆくような感じで、泥の中を歩いて行ったと歌う。そういうふうに一つの、何々は何々のようだと歌う、比喩ですね、比喩。何々は何々のごとしっていうのは比喩ですけれども、その比喩の使い方でも、『感情のなかゆくごとき危ふさの春泥ふかきところを歩む』というふうに、春のぬかるみを歩いている気持ちを表現していく、それも昔はなかった表現方法だと思うんですね。そういう曲がりくねった比喩というようなものを使うようになっていく、それも一つの現代の歌の特徴であろうと思います。
 きょうは10番まで行きましょうか。10番は松田さえこさんという人です。松田さんは本名が尾崎磋瑛子さんといいまして、NHKのお休み前のメロディーかなんかありますが、その放送の中で詩を作っている人です。尾崎左永子作詞というのがよく放送にありますが、詩人で、今、歌も作っておりますが、詩を作る人です。その人も私と同じくらいの年ですが、『戦争に失ひしもののひとつにてリボンの長き麦藁帽子』『戦争に失ひしもののひとつにてリボンの長き麦藁帽子』という歌を作っている。リボンのひらひらと長い麦わら帽子を少女の頃持っていたというんですね。それは楽しかった、明るかった少女時代の象徴のようなものでしょう。麦わら帽子で、広いグログランか何かのリボンが下がっていて、ひらひらと、とてもいい帽子だった。その帽子は、戦争で失ってしまった。その麦わら帽子も失ってしまったけれども、戦争で失ったものはもっとたくさんある。家も、そして自分の青春も、皆戦争で失ってしまったんだわと作者は思うのね。
 その自分の失われた青春、戦争中はモンペはいて、手拭いかぶって、みんな勤労動員でしたよ。そういう青春が戦争のために失われてしまったということを歌おうとするんだけれども、その歌うときにリボンの長い麦わら帽子というものに一つ代表させて、そして自分の失われてしまった青春を悼む気持ちを歌っているわけですね。この歌などは分かりいいと思うんですけれども、あのリボンの長い、ひらひらした懐かしい麦わら帽子も戦争で失っちゃったし、それと同時に自分の青春も戦争の中で終わってしまったわと、そういう思いを込めた一首なんですね。こういうところにも、そのリボンの長い麦わら帽子というものに、自分の青春を代表させてね、歌うようなところがある。そういう歌い方が今の歌の一つの特徴だと思うんですね。何がどうしてこうなりましたというだけではなくて、何かもっと深いものを歌の中に込めて歌おうと、そういうのが現代の歌の一つの特色と思います。それは多分、戦争を経験して、みんな苦しい思いをしたという共通の体験に立って、そして、戦後回復された人間、戦争中にしたいこともできない、言いたいことも言えなかった抑圧された状態から救い出された人間が、人間を回復して歌うことになって、やがて、いかに歌うかという、そういう方法を考えて前衛の運動が起こった。その前衛の運動のおかげで、現代の短歌というのはもっと少し難しくなったけれども、もっと一首の中に込めるものが深くなったと思うんですね。
 『戦争に失ひしもののひとつにてリボンの長き麦藁帽子』。本当にこの一首を読むと、いろんなことが思い浮かぶでしょう? 少女時代の帽子かぶってひらひら野原で遊んだ、そんな思い出も浮かぶし、そして、それが戦災で焼けてしまってもうないということ。それと同時に自分の楽しいはずの青春も戦争の中でなくなってしまったんだわというような、気が付いてみたらもう年を取っていた。戦争が終わって、何をしてもいい時代になったら年を取ってしまっていた、みたいなね。そういう一つの時代というようなものが、その時代の中で生きた女の日々というようなものが、この一首には込められていると思う。そういう歌い方を一首一首に込めていくのが、現代のいわゆる本物の作家たちが作る現代短歌なんだろうと思うわけです。
 そういうお話を1日目にしておいて、また皆さまの歌を読みたいと思います。そこまでで質問ございますか。分かりづろうございますか、私のお話。大丈夫? 何かそこまでで質問があったらおっしゃってください。
 前衛の短歌ってのはどんなのか、これぐらい読んだだけじゃ分かりづらいけれども、フランスの象徴詩の方法を取り入れて歌を新しくする運動だ、その運動が終わった後も、長く歌の世界が変化してきた。心の底の底までいろいろ歌うようになってきて、いうようなことをまずご理解いただければ、今の歌の雑誌『短歌』とか『短歌研究』とかご覧になって、難しいなーと思ってしまわないで、そこで何を作者は歌おうとしているのかなっていうことを考えるときに、きっと役に立つことだろうと思うわけです。よろしゅうございますか。質問があれば。
 
(無音)
 
大西 大丈夫ですか。それでは少し休憩いただいて、皆さまの歌に入りたいと思います。
 
(無音)
 
大西 お話を申し上げたら、歌って難しいなーとお思いになったかもしれないけれども、これはいわゆる専門歌人っていうかな、歌人と言われるような人の歌なわけで、そういうのが今の歌の先方を走っているわけです。マラソンでいえば後のほうを一生懸命走っているのが私たちで、先頭を切った人はこういう歌を作っているわけですね。そういう感じでよろしいんだと思います。きょうは2首のうち奇数の番号の歌を拝見して、来週のお楽しみに偶数の番号は取っておくのがよろしいんじゃないかと思います。
 1番。『自転車の細き少女の溝に落つ怪我なきさまに安堵せしわれ』『自転車の細き少女の溝に落つ怪我なきさまに安堵せしわれ』。歌っていうのは大体、今までいい歌を読んでお分かりのように、なだらかになだらかに調べをもって歌う、それが、歌っていうのですから、歌うということだから、調べをもってたゆたうように、くねるように歌うのがいいんですね。この歌ですと、『安堵せしわれ』っていうふうな歌い方だと硬い感じになるのね。だから、『われは安堵す』というふうな歌い方にしたほうが歌らしくなる。『怪我なきさまにわれは安堵す』という歌い方のほうが優しくなるんですね。
 大体、安堵せしわれ、われっていうのは名詞でしょ。名詞止めという歌い方ももちろんある、あって構わないんですけれども、なだらかさを出すときは最後の結びのところを名詞でなくて動詞か何か、動詞か助動詞か助詞か、そういうもので収めたほうがなだらかさが出ます。そのことは覚えておくほうがいいかもしれません。『怪我なきさまにわれは安堵す』。自転車で来たか細い少女が溝に落ちたんですね。それを眺めてしばらく立っていたのかな、作者。そしたら怪我がない様子で立ち上がってまた自転車で行った。それを見て安心した、ほっとしたという歌なんですけれども。そして『自転車の細き少女』というとね、自転車が細い感じなんです。自転車が細い。ところが、本当は自転車に乗った細い少女なんでしょ。だけども、細いなんて言わなくてもいいかなーと私は思いました。『自転車の少女の溝に落ちたれど』と続けてね、『自転車の少女の溝に落ちたれど怪我なきさまにわれは安堵す』という感じのほうがなだらかになる。私のように太ってはいなかったんだな、その少女は。細かったんだけれども、細きって言わなくてもね、少女だから。かわいそうだなと思って見ていた、その気持ちは細きって言わなくても分かると思うんですね。だから『自転車の少女の溝に落ちたれど』、落ちたけれども、『怪我なきさまにわれは安堵す』というようにいくと、なだらかになるわけ。
 『自転車の少女の溝に落ちたれど』、少女の、の「の」は、少女は、の格助詞の「は」と同じことです。ですから、『自転車の細き少女は』でも構わない。『自転車の細き少女は溝に落つ』。『自転車の少女は溝に落ちたれど』、落ちたけれど、怪我のない様子なので私は安心してまた歩き出しました、というような歌で、作者の優しい気持ちが出ている歌だと思いましたね。『自転車の少女は溝に落ちたれど怪我なきさまにわれは安堵す』。『自転車の細き』、細きって言うと自転車が細くなっちゃう、ね。『自転車の少女は溝に落ちたれど怪我なきさまにわれは安堵す』。そんな感じに優しく、なだらかに歌っていくといいように思いました。
 それから、少女は、とすると、われは、とまた「は」が来るから、その「は」が2つあるのは嫌だなーと思ったら、前の通り『自転車の少女の』としても構わないですね。『自転車の少女の溝に落ちたれど怪我なきさまにわれは安堵す』。そうでなければ、『安堵すわれは』と止めてもいいわけね。われってふうに止めないで、『安堵すわれは』というような止め方でもいい。『自転車の少女の溝に落ちたれど怪我なきさまに安堵すわれは』というような止め方。安堵せしわれってふうに名詞で止めると硬くなってぶっきらぼうになるから、なるべく安堵すわれは、われは安堵す、そんなふうな感じで、動詞か助動詞か助詞かで止める。われはっていうのの「は」は助詞ですね。てにをはっていう、何々は、何々を、何々へ、何々にっていうときの。てにをは、それは助詞ですけれども、そういう助詞で止めるか、動詞の何かで止めるというほうがなだらかになります。ということをちょっと注意しておきましょうか。『自転車の少女の溝に落ちたれど怪我なきさまに安堵すわれは』。われは安堵す、どちらでもいいけれども。『安堵すわれは』でも構わないですよ。
 歌っていうのは、一つの文章として成立するように、何々が何々してどうしたと、きちっと止まるようになっていないといけないんですね。それも一つ決めておいて、この場合だと安堵せしわれって名詞で止まっているわけだけれども、われは安堵すだったらちゃんと止まるわけでしょ。それから、安堵すわれはとしても、安堵すで切れて、ひっくり返してわれはと最後にくる。そんな歌い方でよろしいんだと思います。
 作者がいらっしゃれば、好きなように申し上げたことを参考にしてね、自分の歌を仕上げていらっしゃればいいと思うんですよ。歌っていうのも文学の一つで芸術の一つだから、例えば絵を見ても、この絵はいいと言う人と、この絵は駄目だと言う人といて、いろいろに評価が分かれるでしょ。文学も同じで、歌も同じで、絶対これが正しい答えだという答えはないんです。数学だったら、1足す1は2。3だったら間違いって決まるけれども、歌のような文芸は誰が何て言っても自分はこうだという世界があるわけですから、そういう人に言われたことを参考にして、自分の歌を仕上げていくということが大事だと思います。ああ言われたからこの歌は駄目なのかなって捨ててしまわないで、その歌を、自分の歌を自分の分身としてかわいがってね、そしてよくしてあげればいいわけですね。人の言うことをそのままうのみにして、あー、じゃ、こうでなくちゃ駄目なのかって思わないで、そういう方法もあると、だったら自分はどういうふうにしてその歌を仕上げてまとめるかということが大事で、自分でまとめて仕上げた歌をノートにためておいて、やがて歌集を作るということになるわけですね。
 歌集も、今、歌集のブームですけれども、ちょうど今、私は4月から9月までの歌集を批評すること頼まれましてね。それで、書棚から下ろしてきて積んだら108冊あった。4月から9月までの間半年の間、それを片っ端から見ていて頭くらくらしてるところなんですけれども。歌集は、歌が300から500あって、お金が100万円あればできるんです。だから貯金をしといて、そして歌もためておいて、それで300首になったら、誰でもできるんですよ。作りたい人お世話いたします。300首以上と100万円という見当で、できるんですから。自分の歌を大事に取っとくことが大事です。前作ったけが忘れちゃったっていうんじゃなくて、一首一首仕上げて、それをノートに残しておく。300にもなったらそろそろ考えて、お金と相談して、そして歌集を作るのがいいですよ。ほんとにいろんな歌集があって、106冊も108冊も積むと、周りじゅう山になります。それぐらい、それでも私のところに送られてくる歌集は全体の中の5割ぐらいかな。だからその倍も作られているだろうと思いますね。
 私は送られてきた歌集だけをともかく見て、なるべくいい歌を引いてあげようと思って、3日、4日一生懸命もうくらくらするほどしていましたらね、くたびれてしまって幻覚を見てしまったの。あなたがた、見たことある? 白昼夢っていうでしょ、真昼に見る夢。あのね、いろんなことが、起きているんだのに、夢見ているようにね、過去のこと現在のこと未来のことごっちゃ混ぜに、目の前に見えてきたの。一昨日。怖かったですね。だから、白昼夢なんてかっこいいこというけども、実際真昼に見る、起きていて見る夢っていうのは、一種の幻ですわね。怖かったですね。あー、これは血圧が高くなったんだと思って、少し横になりましたけれども、目が覚めたらもう治ってたけども、幻覚がおきましたね。百何冊も歌集読んでるうちに。
 いろんな作り方があるわけで、歌集だって誰にでもできるんですから、悲観したものでない。だから、作った歌は大事に仕上げて一首一首取っておかれるのがいいと思います。それから、私の知っている能登に住んでいるおばあちゃまは、歌集を印刷するほどでもない、でも一首一首残しておきたい。孫や子どもにね、こんなふうにおばあちゃんが生きたんだってこと、ほんとに戦争を体験してつらい思いしてるでしょ。そういう思い出を一首一首作って、孫や子どもに残したい。それで今、書道を習っているの。一首一首、1ページずつ書いて、そして綴じて、孫や子どもに残したい。そういう歌集だってあるわけですね。印刷しなくたっていいんですからね。そして、今、書道を習っていて、今、70前だと思いますね。一生懸命そういう歌を作りながら書道を習っている人もいますしね。いろんな歌集の作り方があって、「できれば印刷なさいよ」と私は言ってるんですけれども。「印刷しても何百も作っても送る所ない」とかなんとか言って、孫と子どもに残せばいいなんておっしゃってる人もいますけども、いろんな方法があるけども、歌を作るからには歌集を作るぐらい、やがて作ろうと思うぐらいの気持ちで、歌を大事にためて、お金もためてください。
 それから3番。『秋の夜に話弾みて尽きぬれば思いめぐりて白々と明く』『秋の夜に話弾みて尽きぬれば思いめぐりて白々と明く』。誰かお友達かなんかと会ったのかな。そして秋の夜に話が弾んで、いつまでもお話が尽きなかったんでしょうね。尽きなかった。そうしているうちに、白々と夜が明けてきたという歌ですね。『秋の夜に話弾みて尽きぬれば』。尽きぬれば、だからどっちでしょう。尽きたの? 尽きたのかな。どっちだろうな。作者はどっち歌ってるか分からない。尽きぬればっていうのは尽きたのでっていう意味なんだけれども、なくなっちゃったのかな。お話が尽きちゃって、今度は自分で1人思いをめぐらしたのかな。どっちにもとれる歌い方ね。そこが、何ていうかな、歌っていうのは作者が言いたいことを言って、そして読んだ人にその通り分からなければ駄目なわけね。その、読んだ人にも分かるようにするためには、正しく書かれていなければいけないのね。正しい表現ということが大事ですね。それは分かってもらう条件なわけ。正しく表現されてないと、正しく理解されないわけでしょ。そのことをこの歌で考えさせられましたね。『秋の夜に話弾みて尽きぬれば』、尽きてしまったので、思いめぐらし、『思いめぐりて白々と明く』。尽きてしまったとしておきましょうか。お話も尽きてしまったので、その後いろいろ思いめぐらせていた間に夜が明けてしまったという歌にしておきましょうか。尽きぬれば、尽きたので、尽きてしまったので、という解釈。そうでなければ、尽きざればとなるでしょ。尽きざれば、尽きなかったので、『秋の夜に話弾みて尽きざれば』、尽きないので、どっちか分からないけども、もし尽きないのであれば、『尽きざれば眠らぬままに白々と明く』ということになるんですね。『秋の夜に話弾みて尽きざれば眠らぬままに白々と明く』、のほうが感じが出るかなー。作者にお戻しして、尽きたのだか尽きなかったのだか、正反対のことだから作者にお戻しして、作者がそれをきちっと仕上げてくださればいいですね。『秋の夜に話弾みて尽きざれば眠らぬままに白々と明く』っていうのは尽きなかったほう。尽きてしまったのであればこの通りで『秋の夜に話弾みて尽きぬれば』、尽きたので、『思いめぐりて白々と明く』。尽きてしまった後『思いめぐりて』、その後1人で物思いにふけっていたという意味かな。それは作者にお戻ししておきます。
 それから5番。『看護婦の道に進むとその母に少女は言えり父逝きませし日に』『看護婦の道に進むとその母に少女は言えり父の逝きませし日に』。看護婦さんの道を進むということを、少女はそのお母さんに向かって言いました。お父さんが亡くなった日のことでしたという歌ですね。『看護婦の道に進むとその母に少女は言えり父の逝き・・・。
 
(音楽)0:31:24~0:31:25