さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

音声資料

「短歌講座」

昭和57年10月5日

 
  別画面で音声が再生できます。
 
A- それでは大変お待たせいたしました。これから図書館の短歌講座を始めます。それではその前に館長のほうから一言ごあいさつ申し上げます。
 
B- 大変お待たせしました。いつも言いますけども、この会でやるのは定刻前10分から皆さんほとんどみえるので、それだけは胃に悪くなくて実に助かる次第でございます。おかげさまでこの図書館も向こうで約10年ですか。市民の皆さんの協力によってやっとここまでできまして、約ここで1年になろうかと思ってる次第でございます。
 去年の講座の折だったと思うんですけど、新館になってからも短歌講座はやっていきたいっていうようなことを私言ったかと思うんですけど、そういうことで今年もということでお願いした次第でございます。図書館としては去る6月にコミュニティーセンターを使って、図書館だけじゃできませんので社会教育課、公民館と共催でタムラさんとイツミリョウ先生をお願いしてやったぐらいで他にやっておりません。これからもそういうわけで雨のときだって二百何枚の整理券を出して集まったのはやっとひいき目に見ても6割ということで、それも何十分か遅らせてやっとそのぐらいという、その点本当に冒頭申し上げたようにはらはらのしどおしでございますけど、この点はこの講座をやると実に精神的に安定していいかと思っております。
 きょうここにいらっしゃる方は多分もう、今ここにも書いておきましたけども、この先生にはまずこの春、折口信夫先生の功績をたたえて出られた、角川の釈迢空、迢空賞ですか。短歌の世界では、私が言うまでもないですけど、最高の栄誉ある賞を受賞されたことは多分ご存じと思いますけど、あらためておめでとうと皆さんと一緒に言いたいと思います。そういうことで逆に今までは気楽ちゅうと悪いですけどもお願いしてたのを、先生ますますお忙しくなられた方なのに、与野なんかに来てもらえるかなと思って、実は職員ともども恐る恐るお伺いしたところ、気持ち良く来ていただいたもんですから本当に私もほっとしておるところでございます。
 そういうことで先生の業績や人柄については、私がやぼなこと言うよりこれを読んでもらえば一番いいかと思いますのでこれで簡単に、少しでも講座の時間を長く取りたいと思いますので私のほうはこれであいさつに代えさせていただきますけども、これから約2時ぐらいまでと思いますけれどもご清聴お願いしたいと思います。
 
A- それでは先生お願いいたします。
 
大西 ただいまは過分なご紹介いただきました大西でございます。ずっと続けてお越しになってる方もいらっしゃるし、初めての方もいらっしゃると思いますが、作品を前もって拝見いたしております。作品の批評とか添削とかそういうこともやりますけれども、今現在の歌がどうなっているのかというような、今作られている歌について認識を深めるということも大切ではないかと思いましたので、プリントをいたしてございます。それを2枚ございますので、1回に1枚を読んで、そして今の短歌がどうなっているのかというふうなことをお知りになったうえで、ご自分の歌を磨いていらっしゃればいいのではないかと、そう思います。それでプリントを差し上げてございます。
 現在の生活そのものが非常に多様化しておりまして、それにともなって生活を基盤にした歌というものも非常に多様化していまして、それぞれの歌い方、年代によっても違いますし、男女によっても違うし、いろいろな歌の形ができてきております。それでその中に私どももいるわけでございますけれども、その一つの典型的な歌の形といいますか、そういうものを一つ。道浦母都子さんっていうんですけれども、この方は埼玉にお住まいの人でございます。この道浦母都子さんは、去年、第25回現代歌人協会賞っていうのを取られた若い30代の女の方でございますけれども、60年安保の頃に早稲田の学生として安保闘争に参加した、その学生の頃の思い出を女性の立場で生々しく歌った歌集でございました『無援の抒情』という歌集が賞を受けられたのでございます。
 今年は、その次のページにございます時田則雄さんという北海道の男の方が受賞なさいまして、男の人らしい歌を作っていらっしゃいます。そういう男の人の歌、女の人の歌の典型的な歌い方を一つ学んでみて、自分の歌はどうなのだろうかというふうな反省材料になりましたらよろしいんじゃないかなと思って、3分の1ぐらいの時間を使ってざっと読みまして、それから皆さまからお出しいただいた歌を、きょうは奇数の番号1、3、5っていうふうにして、今度のときに偶数の番号の歌を拝見していったらよろしいんではないかと思っております。
 道浦さんの歌は割合に、今の歌壇の歌の中では分かりやすい歌でございますけれども、この人の学生時代の生々しい安保闘争の体験というふうなものが、いかにもリアルにそしてダイナミックに歌われていると思っております。読んでまいります。道浦さんのほうの歌でございます。
 1番。『迫りくる楯怯えつつ怯えつつ確かめている私の実在』『迫りくる楯怯えつつ怯えつつ確かめている私の実在』。警察官に追われているわけなんですけれども、盾を持って警察官が迫ってくる。その迫ってくる者におびえながら私という実在を確かめていたという1首目。
 2番。『催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり』『催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり』。警察隊は催涙ガスを使って学生を攻めてくるということを聞いたので、その催涙ガスを避けようとして、ひそかにレモンを持って来ている。そのレモンが胸で不意に匂った。レモンを持って闘争に参加するなどというのは、いかにも女らしい策謀だと思うんですけれども、そのひそかに持って来たレモンが胸で不意に匂ったりする。
 3番。『ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく』『ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく』。若い女性ですから好きな男の人もいる。そういう闘争の後、ガス弾の匂いが髪に残っているのを洗ってとかして、そしてあなたに会いに行こうとしているというような女らしい歌。
 4番。『リンチ受くる少女のかたえを通るときおし黙りおり啞者のごとくに』『リンチ受くる少女のかたえを通るときおし黙りおり啞者のごとくに』。学生運動の中でリンチなどということが行われるのでしょう。何か背くことがあって少女の1人がリンチを受けている。そのかたえ、側ですね、側を通るとき、まるで私はおしであるかのように黙ってそこの前を通って行った。そういう学生運動の激しい中で生活していた頃の歌なわけですね。
 5番、『わが縫いし旗を鋭く震わせて反戦デーの朝を風吹く』『わが縫いし旗を鋭く震わせて反戦デーの朝を風吹く』。女ですから、その反戦デーのデモなどのときに使う旗を縫ったりもする。私の縫った旗を鋭く震わせながら、反戦デーの朝を、風の中をデモに出掛けて行ったという歌。
 そして彼女は囚われて警察につながれる身になるのですけれども、『署から署へ移されて乗る護送車の窓に師走の街映りいつ』『署から署へ移されて乗る護送車の窓に師走の街映りいつ』。ある警察からある警察署へ護送車に乗せられて移されて行く、移動して行く。その窓に、外はもう師走で、師走の街の風景が、その護送車の窓に映っていた。そういう学生運動で囚われた立場っていうのから歌われた歌っていうのは今までなかったんですけれども、こういうふうに囚われの身になってからの歌というのも特殊な歌になっております。
 『嘔吐して苦しむわれを哀れみて看守がしばし手錠を解きぬ』『嘔吐して苦しむわれを哀れみて看守がしばし手錠を解きぬ』。囚われていた作者が、胃を悪くしたかして吐いて苦しんでいる。嘔吐、吐いて苦しんでいるときに、その私を哀れんでくれた看守がしばらく手錠を解いてくれたというような歌ですね。こういうのもなかなか獄舎の中での生活ですから珍しいというか、激しい生活をした挙げ句の歌だと思います。
 8番。『調べより疲れ重たく戻る真夜怒りのごとく生理はじまる』『調べより疲れ重たく戻る真夜怒りのごとく生理はじまる』。いろいろ激しい苦しい取り調べを受けるのでしょう。その取り調べを受けて、本当に疲れて体が重たくなって戻って来た。その独房というのですか、獄舎に戻って来たその真夜に『怒りのごとく生理はじまる』。若い女性ですから、まるで厳しい尋問を受けたその怒りのように生理がはじまってしまったという歌で、若い女性でないと歌えない歌がこういうところに表れています。
 9番。『たまらなく寂しき夜は仰向きて苦しきまでに人を想いぬ』『たまらなく寂しき夜は仰向きて苦しきまでに人を想いぬ』。獄舎につながれているわけですが、そうしてつながれている身がたまらなく寂しい夜がある。その夜はあおむけになって寝ながら、苦しいほどに好きな人のことを思っていたという歌で、若い女性が闘争に身をやつしながら、いつまでもその人を思う心を失わないでいる。そんな気持ちが出ていると思います。
 10番。『囚われのわれにも巡り来る生理女なること果てしなく忌む』『囚われのわれにも巡り来る生理女なること果てしなく忌む』。囚われて、獄舎にいるわけですけれども、そういうことに関係なく生理は回ってきてしまう。また生理日になってしまった。そんなことを考えると、女であることがたまらなく嫌に思われる。男だったらこんな苦しみはないのにと。そして若い女性らしい嘆きを歌っていると思います。
 11番、『君のこと想いて過ぎし独房のひと日をわれの青春とする』『君のこと想いて過ぎし独房のひと日をわれの青春とする』。あの人のことを想って1人の獄舎につながれて暮らしていたけれども、そのあなたのことを想って過ぎたその獄舎の中の一日一日を、それは私の青春そのものである。学生運動のさなかで芽生えた恋愛、その恋愛を獄舎の独房の中で1人で想っている。そういう心を歌っています。
 12番。『打たれたるわれより深く傷つきて父がどこかに出かけて行きぬ』『打たれたるわれより深く傷つきて父がどこかに出かけて行きぬ』。釈放されて作者は家に戻ってくる。そうした、自分の娘が学生運動などのために囚われて警察につながれていたということに、お父さんは腹を立てて作者を打つわけですね。打ったけれども、打たれた私よりも自分をぶったお父さんのほうが深く傷ついたことだろう。そのお父さんは自分をぶった後、どこかに出掛けて行ってしまった。非常に親不孝な娘であるというふうなことを反省して歌っているわけです。けれども娘の行動そのものをお父さんは悪いと言っているわけではないのですね。学生の正義感によって、その学生運動に傷ついて獄舎につながれて帰って来た娘をぶってはみたもののお父さんもつらい。そのお父さんはつらいままどこかへ出掛けて行ってしまった。
 13番。『今だれしも俯くひとりひとりなれわれらがわれに変りゆく秋』『今だれしも俯くひとりひとりなれわれらがわれに変りゆく秋』。集団で学生運動をしていた。そういう一致団結した力の中から、みんな解放されてひとりひとりに戻っていく。今はきっと誰もひっそりと俯いているひとりひとりになっていることだろう。われらという団結の力がほどけて、ひとりひとりのわれに戻った。そういうときにひとりひとりはうつむいて暮らしていることだろうという歌で、学生運動の激しさとそれが終わった後のむなしさというようなものをここに歌っていると思います。
 14番。『反戦自由の歌におくられ嫁ぐわれに父よひとりで何涙ぐむ』『反戦自由の歌におくられ嫁ぐわれに父よひとりで何涙ぐむ』。そういう反戦、学生運動の仲間たちの反戦自由という歌におくられて結婚をするわけですけれども、その嫁いでいく私に、お父さんはひとりで何を涙ぐんでいるのだろう。お父さんはそういう娘を非常に愛しているわけですね。そういう学生運動の結果として、結婚する娘をおくるお父さんの気持ちというのを、作者が思いやって歌っていると思います。
 15番。『日常感覚にまで思想は降りてくるというその実感の中に生きいつ』『日常感覚にまで思想は降りてくるというその実感の中に生きいつ』。反戦と自由のために闘った学生の日の思想というものは、日常の感覚にまで降りてくる。一日一日の主婦の生活の中で、そうした学生時代に持った思想というものが日常の中に生きているということを、しみじみと歌っている歌だと思います。
 16番。『白鳥の来しこと告げて書く手紙遠き一人に心開きて』『白鳥の来しこと告げて書く手紙遠き一人に心開きて』。作者の住んでいる街に白鳥がやって来た。そして、その白鳥がいかにも美しいということを、遠い人に手紙で書いている。手紙にだけ自分の心を開くような思いでお友達に手紙を書いていた。これは心優しい歌だと思います。
 17番。『涙ぐみ見つめていれば黄昏をロバのパン屋が俯きて行く』『涙ぐみ見つめていれば黄昏をロバのパン屋が俯きて行く』。何となく涙ぐむような思いになって、夕暮れの街をロバのパン屋が過ぎて行くのを見た。パン屋さんは何となくうつむきかげんであったというふうな街の上の風景を歌っていますけども、心優しい歌になっていると思います。
 18番。『失語症になりゆくような寂しさと降りつぐ窓辺の雪に告げいつ』『失語症になりゆくような寂しさと降りつぐ窓辺の雪に告げいつ』。言葉を失ってしまう病気になっていくような、周りに人がいない生活。以前の学生運動の頃でしたら周りじゅう同じような団塊の人々の寄り集まりでいろんなことが言えたでしょうけれども、家庭に入ってしまって一人ぼっちいると、言葉を失ってしまうような気持ちがする。そんな寂しさを窓辺に降っている雪に告げるような思いで雪を眺めていたという歌ですね。
 19番。『人知りてなお深まりし寂しさにわが鋭角の乳房抱きぬ』『人知りてなお深まりし寂しさにわが鋭角の乳房抱きぬ』。人を愛することを知ったという意味でしょう。人を愛することを知って、なお人間的な寂しさが深まってきたような思いがする。そして自分のとがった乳房を抱くようなそんな気持ちになるという歌ですね。
 20番。『あてどなく街さまよいぬデモ指揮の笛の音のごと風の鳴る日は』『あてどなく街さまよいぬデモ指揮の笛の音のごと風の鳴る日は』。風が吹くとまるで自分が昔、以前にデモの中に混じっていたときにデモを指揮する笛があった。その笛の音のように風が鳴っている。作者はふらふらとあてどなく街をさまよって、その学生運動に青春を懸けた日々のことを思い出している。そんな歌だと思います。
 21番。『燃ゆる夜は二度と来ぬゆえ幻の戦旗ひそかにたたみゆくべし』『燃ゆる夜は二度と来ぬゆえ幻の戦旗ひそかにたたみゆくべし』。燃え立って学生運動にいきり立ったそのような夜はもう二度と来ないだろう。そう思って、自分の高く立てていた戦旗、幻の戦旗もひそかにたたんでいかなければならない。そして日常の生活に戻っていこうという気持ちがあるのだと思います。
 22番。『みたるものみな幻に還れよとコンタクトレンズ水にさらしぬ』『みたるものみな幻に還れよとコンタクトレンズ水にさらしぬ』。若い頃に燃えて学生運動に挺身した。そのときにみたものは全部幻になってしまってもいい。そう思って自分のコンタクトレンズを水にさらして洗っていたという歌で、その学生運動に身を懸けたということがまるで幻のようになってしまう。そんな感じを歌っていると思います。
 23番。『どこかさめて生きているようなやましさはわれらの世代の悲しみなりき』『どこかさめて生きているようなやましさはわれらの世代の悲しみなりき』。熱中して学生運動をしているときでも、どこかさめているような感じがする。熱中しきれない何かどこかさめているような感じがする。そんなことを、熱中しきれないことにやましさを感じていた。そうしながらもともかく群衆の力で学生運動を闘ってきた作者なのでしょうけれども、どこかいつもさめているところがあるというのが私たちの世代の特徴なのだっていうようなことも、ここで歌われているわけですね。
 24番。『この国を捨てたき夜に買いし地図いまもリュックに開かずにあり』『この国を捨てたき夜に買いし地図いまもリュックに開かずにあり』。そういう報われることのなかった学生運動をして、その挙げ句日本のこの国を捨てたいと思ったことがあった。その夜に世界の地図を買ったのでしょう。その世界地図はいまもリュックに開かずにそのままある。日本を逃れることもなく暮らしている、そんな気持ちを歌っています。本当に国のためにというか、正しい日本を守るためというような60年の安保闘争を闘った学生の考えらしい考えだと思います。この国に失望してどこか別の国に行きたいと思うこともあったのでしょう。だから外国の地図を買った。その地図も逃れていくことのできないままリュックの中にしまわれています。
 25番。『明日あると信じて来たる屋上に旗となるまで立ちつくすべし』『明日あると信じて来たる屋上に旗となるまで立ちつくすべし』。若い日、学生の頃、明るい明日があると信じて、そして屋上に立って、その明日を目指す旗そのものとなるまで立ちつくしていようと思った。そういう昔の夢。それも今はもう1人の主婦となった作者には無縁なものだ。そういう若かった頃の思い出をしっかりと歌っていると思います。
 26番。『生きていれば意志は後から従(つ)きくると思いぬ冬の橋渡りつつ』『生きていれば意志は後から従きくると思いぬ冬の橋渡りつつ』。ただ生きてさえいれば、その生きる意志というのは後から従いてくるものだと思いながら、冬の橋を渡っていったという歌で、ここではもうさめて日常に戻った作者の精神状態があると思います。
 このように、激しい自分の60年安保のときの闘争を早稲田の女子学生として闘った作者が、15年ほどたった後にまとめたのが、この『無援の抒情』という歌集でございました。本当に人一倍、女の身で学生運動を闘って、警察にひっぱられ、長い間独房に監禁されて苦しい目をみて、そして日常に戻って来て、お父さんにぶたれたりしながら嫁いでいく。そうして嫁いだ女の普通の生活の中で、さまざまに学生運動を回想して歌った歌が、この歌集1冊でございました。ここには今まで歌われたことのなかった世界が生々しく歌われておりました。そのことが結局、現代歌人協会の選者たちによって認められて、非常に特異な歌集であるということ、中身が特異であると同時にその特異な中身をダイナミックに生き生きと歌っているということで、この歌集が賞を受けたのが去年でございました。まだ34、5だと思いますけれども、若い女の人でございます。今は新聞記者か何かをして独立して暮らしている女の人で、独立心の旺盛な新しいタイプの女の人だと思いますけれども、その歌った歌もなかなか新しい、人を打つ歌だと思います。8番の歌など特に評判になりましたけれども、『調べより疲れ重たく戻る真夜怒りのごとく生理はじまる』というような歌は女でなければ歌えない。その興奮した状況の中で生理がはじまるというようなことは、私ども承知しておりますけれども、そういう状況をきちっと歌にまとめて歌っている。女でなければ、そして学生運動に身を懸けて闘った女の人でなければ歌えない、というようなことが高く評価されたと思います。
 こうして読んでみましても、白鳥の歌などを読みますと普通の心優しい女の人なんですね。ところがいったん学生運動に飛び込んだとき、団結の力で大きな勢いで仕事をする。そして結局は女の身で囚われて、苦しい思いをする。そういうような、20年ぐらいにわたる間の物語だと思いますけれども、そういう1人の女の人の生き方そのものが、この歌集にはぶち込まれて歌われていたと思います。そんな歌が、どう言うのでしょうか、新しい歌、今の歌として生きているということ、まず頭の中に入れて、あとご自分の歌を鍛えていくということが大切かと思います。
 どんな感じでございましょう、お読みになって。これぐらいならできるとかお思いになります? 難しいですか。やっぱり若さと、そして体験ということが非常に大きいですね。私どもは何というか、日常、微温的というか、生ぬるいお湯につかったような生活をしておりますから、こういう激しい歌というのはその場に立ち会った人でなければできないとは思いますけれども。こういう激しい生き方と激しい歌い方があるということ、それが女の人の歌であるということも、お胸にたたんでおいていただきたいと思います。生ぬるいことはいいことなんですけど、それにゆったりつかってしまうとね、なかなか抜け出せませんから、たまにはこういう激しい歌も読んで、そして自分を励ましていかなければいけないと、そんな感じでこの歌を読むことにしたのでございます。
 
(無音)
 
大西 30分ぐらいですね、ちょうど。