さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

音声資料

「短歌講座」

昭和56年6月10日

 
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(雑談)00:00:00~00:03:42
 
大西 久々でございます。夏っていうのは暑いとどうしても意識が散漫になりまして、散らばりやすいので、歌や俳句のような、集中力というか、凝集力というか、精神を集中しませんとできない文学には、ちょっと向かない季節かと思うんですけれども。今、このプリントいただきまして、また、昨年と同じように初めのほうで一首ずつこうやってって、次の週に2首目のほうやるということで、気が付いたことを考えてまいります。よろしくお願いいたします。
 
(無音)
 
大西 短歌という、短詩形の文学というのは、今、申しましたように、大変集中力、精神の集中力を必要とする文学だと思いますけれども、それと同時に昔から青春の文学っていうようなこと、言われていて。例えば与謝野晶子が『みだれ髪』を作ったのは20歳そこそこの若いときだったというようなことで、青春の文学ということを言われていましたんですけれども、そうではなくて、年齢とともに深まっていくっていうのが短歌なんじゃないかっていうふうに、今、見直されておりまして。そして、年を取った人は年を取ったなりの年輪の深い歌を作っていけばいいんだっていうふうに言い直されているところだと思います。
 そして、統計的に見ましても、60代以上の作者っていうのは大変、多くなっておりまして、50代から上を数えますともう、歌を作っている世代の80パーセントくらいは50代以上の作者というふうに言われております。50代未満の若い人は、いろいろなさることがまだたくさんありますから、歌以外のいろいろな、絵を書いたり、旅を楽しんだり、いろいろなさる方が多いわけですけれども、年を取るにつれて、歌を作る方が多くなっているということが現状だろうと思います。
 で、その作る歌は、その人が生きてきた歴史のようなもの、生活の歴史のようなものをきっちりと刻み込んだ、その人独自の個性的な文学っていうのを作っていかなければ、なんにもならないわけでして。このように私は生きたのだというふうな、印になるような、足跡になるような文学を目指していくのがいいと思います。と言っても、いつも拳を振り上げて、私はかく生きたと、苦しんでかく生きたっていうふうに力んでばかりいても仕方がございませんで、やはりその日その日の、目に触れた花や風のささやきや、そういうふうなものも捉えながら、その人が爽やかに生きたという一つの証を作っていくのが歌であろうと思います。その一こまとして、今度お出しいただいた一首ずつの歌を拝見することになると思います。気が付いたことを申し上げますが、このプリントを渡されたのが先ほどでございまして、じっくりと読んでおりませんので、またこの次にまいりますときに申し忘れたようなことは申し上げたいと思います。
 歌というのは、いつも申すことですけれども、自分の歌いたいことを心ゆくまで歌うということが原則でございますね。歌いたいことを、ともかく心ゆくまで歌う。そして、それでいいかっていうと、その歌いたいこと、言いたいことを全部言ってしまうのは日記と同じ役割をいたしますが、歌っていうのが文学に高まるためには、言いたいことを言っただけでは駄目で、それが誰かに分かってもらわなければならない。誰かに分かってもらうためには、きちっと表現を整えなければ、文法をきちっと正しく使った歌い方をしなければ、他人には分かってもらえないわけでして。自分だけの叫びであれば「あー」って言っただけで、それで済むようなところですけれども。なぜ「あー」なのかっていうふうな、その内容をきちっと第三者に、読んだ人に分かってもらうためには、少なくとも文法を取りそろえて、きちっとした歌い方をしないといけない。
 その歌い方の、五七五七七という千何百年単位の伝統のある形にのっとった調べの豊かな言い方をしないと、なかなか相手の人を感動させたりできないわけでございますね。俳句のような季題とか切れ字とかいうような約束事はございませんので、どのようなことを歌っても構わないわけですけれども、自分の歌いたいことが、相手にも第三者にも分かるようであることが大事でございますね。で、分からせるためには最低限の文法が必要だということになろうかと思います。
 そんなことを前置きにいたしまして、1番の歌からまいります。1番。『洋蘭を増やしささげし枕辺に床なる人の寝息やすき日』『洋蘭を増やしささげし枕辺に床なる人の寝息やすき日』。おっしゃっていることは、洋蘭を栽培して、たくさん花を増やして、そして休んでいる人、病気で休んでいる人の枕辺に置いてあげた。そのご病人は、きょうは寝息を安らかに立てて気分よく休んでいる日だというような意味だと思います。『洋蘭を増やしささげし枕辺に床なる人の寝息やすき日』。意味はそういうふうによく分かる歌だと思いますが、言葉の順番が少し、五七五七七と並べてみたんだけれども、『枕辺に床なる人の寝息やすき日』。その床なる人の枕辺に、洋蘭をささげたのでしょうね。そういう語順が少し違っていると思いますけれども。意味は分かると思いました。そこら辺の語順が少し違うなってことをお気付きになれば、よろしいと思います。
 枕辺に洋蘭を増やしてささげるのであって、その枕辺に人が寝ているわけではないですね。人の寝ている枕辺に洋蘭をささげたということで。なんか変だなあと思ったらそのまんま口語に直して、文章体に直してご覧になると、少し順が狂っているなということが分かるんじゃないかと思いますけれども。このままこれを口語に直してみると、洋蘭を増やして持ってきてささげました、枕辺に。その枕元に眠っている人は安らかな寝息を立てていますということで、寝ている人の枕辺なのであって、その寝ているのが枕辺ではないと、少しそこに行き違いがあることをお気付きになるんじゃないかと思います。ですから、枕辺にとしないで、枕元とかって切ってしまえば少し楽になるでしょうか。『洋蘭を増やしささげし枕元』と切って、『床なる人の寝息やすき日』とでもすれば、少しそこの齟齬が免れるかもしれませんけども。枕辺っていうのは寝ている人の枕辺だという、その言葉の順番が少し違っていることがお気付きになればいいと思います。
 でも歌いたいことはよく分かって、病んでいる人に、何とかして美しい花を見てもらいたいと思って増やし続けて、枕辺にそれを生けてあげた。ところがその日は、その方は寝息安らかに寝ている日である(####@00:12:29)。
 それから、2番。『仏壇に灯明あぐれば亡き母の写し絵笑まいて語り掛けくる』『仏壇に灯明あぐれば亡き母の写し絵笑まいて語り掛けくる』。この歌はきっかりと、語順よく整った歌でございますね。仏壇に灯明をお上げして、お祈りしようとして、目を上げたらば、亡くなったお母さんの写し絵、写真が笑い掛けて、語り掛けてくるようであったという歌です。これをこのまま、すっと通って、素直に歌われていると思います。
 それから、3番。『わが好む青の色合い幼時(おさなどき)母編み着せたまいし藤模様の服』『わが好む青の色合い幼時母編み着せたまいし藤模様の服』。これは、この方の色の好みというものが青の色だということをおっしゃっています。そして、自分が幼かった頃、小さかった頃、お母さんが藤の模様の編み物の服を編んで着せてくれたことがあったと、そういう思い出を歌っていらっしゃいますね。『わが好む青の色合い幼時母編み着せたまいし藤模様の服』、おっしゃりたいことを割に素直に歌っていらっしゃるのだと思います。幼時っていうのはちょっと熟さない言葉ですので、幼き日となさればよろしいのではないでしょうか。『わが好む青の色合い幼き日母編み着せたまいし藤模様の服』。五七五七七の調べの中では少し乗っていなくて、字余りということ(####@00:14:39)。『わが好む青の色合い幼き日』、そこまで五七五できて、『母編み着せたまいし藤模様の服』、七七からちょっとはみ出すところがございますけれども。
 昔は、古今集時代から、歌というものが五七五七七でかっきりと定型でなくてはいけないのだと言われて、字余りとか字足らずとかを許容しませんでした。許しませんでした。でも今の歌では字余りとか字足らずとかはそんなに気にしませんので、かえって文法正しく言い切ってしまうためにならば、字余りも許されるというような感じになっていると思います。ただ、そのときも、詠みましたときに、あまり長ったらしく感じたり、調子が悪く感じたりしないような範囲の中で、字余りということは許されるのだと思います。
 そしてこの歌の場合は、五七五と上の句のほうがきちっとなっていて、下の句の七七のところで、『母編み着せたまいし藤模様の服』と、下の句で字余りになっておりますけれども、できるだけ下の句は字余りにしないほうが、詠んだときに収まりがようございますね。特に最後の結句と申しますけれども、結句の7音はかっきりと7音であるのほうが調べは整いやすうございます。ですから字余りにしますときも、なるべく字余りは上の句のほうで、4句目あたりまでで処理してしまって、最後の7音は字余りをしないほうが落ち着きます。
 そして、調べっていうのが五七五七七というところで、きっかりと止めるということが、私の師匠は木俣修という人ですけれども、いつも「体操していて着地っていうのが失敗すれば減点だ」と。「体操の競技がどんなに上手でも、鉄棒やっても、何をやっても、着地がしっかりしないと減点だよ」とおっしゃるんですけれども、五七五七七のところで、ぴたっと止まるようにするのが、点数を、体操ですと、オリンピックの体操に例えれば、そういうことになるので、最後の結句というのをきちっとまとめるということが大切だと思います。
 それから、4番。『こいのぼり躑躅の花も咲き添えて連休の道路車にぎわう』『こいのぼり躑躅の花も咲き添えて連休の道路車にぎわう』。これは、定型をうまく生かして歌っていらっしゃって、5月の爽やかな晴れた日のことを歌っていらっしゃいますね。こいのぼりが空に上がっていて、地上にはツツジの花が咲いている。そして連休である。そういう楽しみの重なったようなある日、道路は車でにぎわっていたと。都会生活の一こまですけれども、にぎやかな感じを歌っていらっしゃいます。空にはこいのぼり、地上にはツツジ、そして道路には車がいっぱい、そういう繁栄している都市の状況そのものを歌おうとしてらっしゃると思います。これはきちっと歌っていますね。
 それから、5番。『ひたすらに思いて乗りし夜汽車など遠き記憶となりて戻りぬ』『ひたすらに思いて乗りし夜汽車など遠き記憶となりて戻りぬ』。今までの歌と少し違う感じがするとお思いになると思いますけれども。これは、遠い日、若かった頃、『ひたすらに』、人を思ってということでしょうか、ひたすらに人を思いながら夜汽車に乗ったことがあった。そんな記憶も今は遠くなってしまって、(####@00:18:50)という歌です。『ひたすらに思いて乗りし夜汽車など遠き記憶となりて戻りぬ』。この歌はなかなか叙情的な、良い歌だと思います。
 若い頃はひたすらに憧れて必死に夜汽車などで、その人の元へ行ったものだった。そういうひたすらな思い、情熱に燃えた、若い頃のひたすら心も今は薄れてしまったと思って戻ってきた、という歌で、若い日のひたむきな、情熱的だった自分というのを回想して、今の静かな心境というんですか、そういう憧れ、情熱というふうなものに遠ざかって静かになった心境だということを告げていらっしゃると思います。この歌、大変いい歌と思います。
 それから6番。『鉄仙の揺るる夕べに萎えひわは手にぬくもりを残し今逝く』『鉄仙の揺るる夕べに萎えひわは手にぬくもりを残し今逝く』。ヒワというのは弱いというへんに鳥を書く、野鳥の名前でございますね。その、萎え鶸っていうんですから、弱ってしまった鳥、その鳥が私の手にぬくもりを残したまま命を落としたということを歌ってらっしゃいます。その哀れな鳥の終わりの場面を歌っているんですけれども、その夕方はテッセンの花がかすかに揺れて、静かな夕暮れであったというふうな、『鉄仙の揺るる夕べに』ということで、バック、背景をイメージできますね。そういう夕べであったが、小鳥は衰えて死んでしまった。死んでしまったけれども、ぬくもりがいつまでも自分の手のひらに残っていたという歌で、小鳥の最後の場面を哀れ深く歌っていらっしゃいます。そして、テッセンの花というあの美しい繊細な花をここに入れたことで、この歌が生きたように思います。
 それから、7番。『空澄て飛び立つ心留めるごと病棟の壁白く光れり』『空澄て飛び立つ心留めるごと病棟の壁白く光れり』。読みづろうございますので、空澄「み」と送り仮名を入れましょう。送り仮名を入れる入れ方はさまざまに学者の間で論議があるところですけれども、大体、私たちの目安とするところは、活用するところから振っていくということですね。空澄まず、空澄みたり、空澄むと、マ行で活用しますでしょ。そうすると空澄「み」から送り仮名をすることになると思います。『空澄みて飛び立つ心留めるごと』。上の句を読んだところではちょっと意味が通りませんけれども、下の句へきて、『病棟の壁白く光れり』ということで、何か病院にいる人、病棟の壁というんですから、作者が病んでいるのか、それとも近親者に病んでいる人がいるのか分かりませんけれども、ともかく病院に関係のある、今、生活をしているわけのようですね。病棟の壁が白く光っていて、自分が澄んでいる空に飛び立ってでもみたいと思うような心を引き留めるように見える、それを拒むように病棟の壁が白く光っている、ということでございましょう。
 『空澄みて飛び立つ心留めるごと』。留めるごとっていうのが、口語で歌われているのね。そこを、留めるっていうのは、文語ですと留むるになるんですね、留むるごと。もっと、はっきり言うのはとどめるという、とどむるごとということになりますけれども。そうしますと字余りが響きますから、留むるごと。『留むるごとく』とすると、もっと分かりやすいわけですけれども。『空澄みて飛び立つ心留むるごとく』と入れますと、分かりやすくなりますですね。『病棟の壁白く光れり』、病棟の壁が白く光って、そういう飛び立とうとする、作者の空想の世界に遊ぼうとする気持ちを拒んでしまうように、拒絶するように病棟の壁が白く光っていて、自分の自由自在に羽ばたこうとする心がふと、押しとめられてしまうというふうに歌っていらっしゃいます。
 病棟の壁に限らず私どもの四方にめぐらしている壁というのは、いつも飛びたい気持ちを抑える役目をするものでございまして、私などもお勤めをしておりますでしょう。そうすると、勤め先の壁っていうものは厚くて、なかなか8時間労働の間は縛られていて、思いも自由にならない、体はもちろん縛られておりますけれども、心も自由には飛べない、そんな感じでございますし、家庭にいる人は家庭にいる人で、家庭の壁というものは厚くて、そんなにあちこち飛んで歩けない。そういう拒むもの、拒絶するもの、とどめるものとして、この場合は病棟の白い壁を歌っていらっしゃるわけです。こういう思いはいつでもいたしますけれども、病棟の壁というところで、作者の今いる特殊な状況というのでしょうかね、そういうものを表していると思います。
 それから、8番。『カットグラスの輝きに似て見せばやの花芯の露が朝の日に照る』『カットグラスの輝きに似て見せばやの花芯の露が朝の日に照る』。ミセバヤの花っていうのは、私は残念ながら知らないのですけれども、ミセバヤという花の芯にたまった露が朝の日に光って、その輝きがカットグラスの輝きのように美しいと歌っています。『カットグラスの輝きに似て見せばやの花芯の露が朝の日に照る』。花の花芯にたまった露が、朝の光に照って美しいというふうなことはよく歌いますけれども、その輝きをカットグラスの輝きのようだと捉えたところに、作者の美意識というのでしょうか、その美しさを捉えているのだと思います。作者は、常日頃カットグラスの光線の屈折が美しいと思っているわけですね。その美しいカットグラスのように花の芯にたまった露の光って美しいわ、と歌っているわけで、この歌もいい歌と思います。
 それから9番。『前触れもなくて訪う人のごと一人静の花は咲き出づ』『前触れもなくて訪う人のごと一人静の花は咲き出づ』。この歌もいい歌と思います。今まで5番と8番と9番に丸をしましたけれども、9番の歌も丸をしていい歌と思います。ヒトリシズカというのは万葉集の頃からあった、日本にあった花のようです。ツギネとかっていうのがヒトリシズカだとか言われておりますけれども、万葉植物の中にも採られているヒトリシズカ。葉っぱの間から1本だけ、すーっと花も茎も伸びてきて咲く、優しい花ですけれども、その花の咲き方を歌っていらっしゃる。それが『前触れもなくて訪う人のごと』。
 この比喩、ごとくっていうときの比喩は直喩っていいまして、何々は何々のようだと、直接例えるものですから、直喩と申しますけれども。その直喩という比喩がなかなか効いている歌だと思います。『前触れもなくて訪う人のごと一人静の花は咲き出づ』。ヒトリシズカの花の咲く、咲き方の感じをうまく捉えて、前触れもなくて初めて来る人のようにすっと咲いたと、その花の咲き方をね、例えていらっしゃるんですけれども、その比喩はなかなか見事だと思います。直喩と申しましたけれども。
 
(無音)
 
大西 比喩をするときに一番、使われるのが直喩ということです。何々は何々のようだと、ごとくとか、何々のように、とか歌う場合、直喩と申しますね。それに対して、暗喩という例えがあるわけですけれども。例えばそうですね、タイムイズマネーということわざありますね。時は金なり。時は、その場合は、時間というものはお金だと、お金そのものだと歌っているでしょう。タイムイズマネー、時はお金のように大切なものですっていうふうに、注釈を付けないで、時は金なり。そういう比喩がありますけれども、そういう時は暗喩なんですね。何々は何々だと、いきなりつなげてしまう。そういう方法を暗喩といいまして、歌ではなかなか使いにくいのですけれども、戦後、はやった前衛短歌、塚本邦雄とか岡井隆とか寺山修司とか、ああいう前衛の作家たちはよく暗喩という方法も歌の中に引っ張ってきました。そして強引に使って、新しい歌を作っていらっしゃったんですけれども。暗喩は俳句でよく使われましたし、それから現代詩でもよく使われます。西東三鬼っていう人の句がありますね。
 
(無音)
 
大西 有名な俳句ですけれども。『夜の桃』とかなんとかいうんで、西東三鬼のことは、連続小説でテレビに出てきてたんじゃないでしょうか。面白い奇行の人だったんですけれども、西東三鬼という人の俳句に、亡くなっておりますけれども、『水枕ガバリと寒い海がある』という有名な俳句がありますけれども。病気をしていて、氷を入れた水枕をしていて寝返りをすると、ガバリと音がして寒い海があると思ったということなん・・・。