さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

音声資料

「短歌講座」

昭和54年10月23日

 
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大西 ・・・『われに向かいて何思いいし』、何を一体考えていたのだろうかなあとして、この歌を仕上げてしまう。そして、また新しい気持ちでご主人の思い出を歌ってらっしゃればいいと思うんですね。歌い切りませんと、さっきの連作じゃありませんけど、同じようなことまた歌ってしまうことになるんですね。ですから、一つのことを歌い切ってしまって、さて、とアングルを変えて、角度を変えてまた新しいところから、ご主人の思い出を深めていく。そういうふうな歌い方のほうがよろしいと思います。
 そして、亡くなった人のこと、これも一種の挽歌でございますね、亡くなった人を悼む歌ですね。挽歌ですけれども、亡くなった人のことを歌う歌というのは、本当にいくら歌っても尽きないものでございまして。私も、挽歌ばかり作って暮らしてきたような歳月でございましたけれども。もう、これ以上は歌うことはないわ、と思うくらい、とことんまで、挽歌ってのは作り終えませんと、諦めがつかないのでございます。ですから、挽歌というのは、亡くなった人の霊を慰めるものであると同時に、生き残った者の魂鎮めにもなるもので、歌うことによって、一つ一つ身からはがしていくのですね、悲しみを。一首一首作るごとに、悲しみがほぐれて、はがれていくのでございます。7年もたちますと、死者から独立した自分を取り戻すような感じが、私にはございましたけれども。
 仏教のほうで遠忌というものがございますね。7日たちますと、初七日、二七日、三七日とか言いますでしょ。仏教のほうの行事にすぎませんけれども、行事を重ねていく間に、次第次第に自分が死者から遠ざかっていくと、意識させられるんですね。それはやっぱり、仏教のことかもしれないけれども、人間の知恵が生んだ一種のお祭りなんだろうなと思いながら、死者を弔うことが多うございましたけれども。年に(****サンノイチ@00:02:14)とか、七回忌の頃になりますと、大体挽歌も作り終わるという感じに、私はなることも多うございましたけれども。
 そして、挽歌を作りながら、悲しみを1枚1枚脱いでいくという感じになるかと思います。そのためにもやっぱり1枚脱ぐのには、きちっとした表現を尽くしませんと、それは脱いだ感じが出ないわけでございますね。挽歌の作り方とすればやっぱりきちっと、そのしのぶ歌を、作り尽くすということが大事だと思います。作っていく間に、死者も鎮まり、生き残った者も鎮まって、元の自分に戻っていくという感じがするものだと思います。
 
F- 作ろうと思ってたんですけど、一つ一つの言葉に違いがあるってことを(####@00:03:11)。
 
大西 これから虫干しなどをなさいますと、また悲しくなりますよ。そのときまた、虫干しの歌を作りになればよし。
 それでは、23番へまいりまして。『夏草の茂れるままの国鉄の所有地虚し市街地の中』『夏草の茂れるままの国鉄の所有地虚し市街地の中』。『真新し立ち入り禁止の立て札に秋の日差しの白々として』『真新し立ち入り禁止の立て札に秋の日差しの白々として』。これは、初めのほうの歌に丸をしてきておりますね。大宮、与野辺りに住んでおりますと、操車場という、東洋一の広さだそうでございますけれども、国鉄の操車場というのが、壮大に広がっておりまして、西と東の街を分けてしまって、発展を阻害しているということを託しあげますけれども、その操車場、国鉄の所有地っていうなのを、私どもは、目の当たりに見て暮らしているわけでして、この歌の気持ちがよく分かりました。
 そして、国鉄の所有地、作者はむなしと考えていらっしゃるわけですね。夏草が茂ったままで、何にも使わないように見える、その国鉄の所有地が、なんともむなしく感じられる。本当に大切な、米1升、土1升の、地価の高い土地なのになあ、という感じでございましたので。そして、それが庶民の生活の中に、役に立たない存在として、作者には感じられて。それが、虚しという表現になったと思います。作者はその虚しが言いたかったと思うんですけれども、もう一つ視点を変えると、もう少し客観的に見るといいかな。そうしますと、所有地広し、ということになると思います。その、微妙な差を、お考えいただくとよろしいと思います。『夏草の茂れるままの国鉄の所有地広し市街地の中』。どんだけの差があるか分かりますか。作者はむなし、とだけ言ってるけれども、広さは出てこない。それをもう少し角度を上のほうに持っていきますとね、広しって言葉が出てくると。
 そして、広しだけで、虚しって気持ちは出ないかっていうと、出ないことない。広しだけで十分、ああ、なんと広々として、夏草が茂ってもったいないって気持ちも、少しは出ると思う。それだけで、ちょっとした形容詞でも、虚しと、直接自分をせき立てて言ってしまうか。それとも、ちょっと高い角度から見て、広しと感じるか。どちらかのところで、微妙な差が出てくることをお考えください。でも、作者は虚しと言いたかった。それでよろしいんですよ。それでよろしいんだけれども、また、別の角度があるだろうということですね。
 それから、2番目のほうの歌では。でも、23番の1首目の歌は、この辺に住んでいる人ですと、いつも目の当たりにしていることでして、歌いたい、一度は歌ってみたい素材でございました。それをよく歌えていらっしゃると思いますよ。それでよろしいんですが、欲を言えばということでございます。2首目のほうでは、『真新し立ち入り禁止』。連体形でございますから、『真新しき』と、「き」が入らないと、語法的には駄目なんですね。『真新しき立ち入り禁止の立て札に』。
 『秋の日差しの白々として』。どこかで止まっていない歌。たらたらたらっと流してしまった歌ですので、どこかで句読点、ピリオドを打っておきたいという感じがいたしますね。どこで打つか。『真新しき立ち入り禁止の立て札に秋の日差しの白々と射す』。そうして、句読点が打てますね、ピリオドが打てる。そういうふうに、白々として、どうしたんだっていうふうな、止まっていない歌でなく、どこかで止まっている、どこかでピリオドの打てる歌を作るということが大事です。『真新しき立ち入り禁止の立て札に秋の日差しの白々と射す』、照る、どちらでもよろしいでしょうが、そういう、きちっと動詞の終止形か何かで止めるということ、そのお稽古をしてくださいませ。『真新しき立ち入り禁止の立て札に秋の日差しの白々と照る』、白々と射す。そういう使い方をして、歌を一首きちっとまとめるということですね。この歌も、丸をあげれそうですね。きちっと描けています。
 私のお師匠さんは木俣修っていうんですけれど、木俣先生の口癖はね、ちょうど東京オリンピックの頃だったんですけれども、十年ほど前になりますか、先生は大変、体操のテレビがお好きでして、体操競技のテレビをつくづくと見て、「体操の点数は着地で決まる」って言うんですね。「歌も同じだ。最後の止めがきちっといかないと、減点だ」とおっしゃって、私たちを激励なさいましたけれども。体操だって、どんなにうまい演技しても、落ちたときに転んじゃあ終わりだし、ゆらゆらしても終わり。「着地をしっかりしなさい。歌は着地が大事だよ」と、教えてくださいましたけれども。どこかできちっと止めるということですね。ぴっと足が止まるっていうことが、歌でも大事だと教わってまいりましたけれど。そんなことだろうと思います。『白々として』っという止め方では収まっていないですね。どこか上のほうで収まっていればいいんだけれども、上のほうでも止まっていない。どこかで止めるということ。白々と射す、白々と照る、そういうふうにして、着地をしっかりと決めるということですね。
 それから、24番。『長雨に打たるる萩の枝たわみ辺りに淡くこぼれ花満つ』『長雨に打たるる萩の枝たわみ辺りに淡くこぼれ花満つ』。『雨続き望みし晴れはひと日にて木犀の香もくぬもりてあり』『雨続き望みし晴れはひと日にて木犀の香もくぬもりてあり』。これは両方とも丸があげられる歌でしょう。1首目では、この間の、秋梅雨と言いますか、長雨がございましたけれども、長々と降る秋梅雨の雨で、ハギの枝もすっかり重みにたわんでしまって、たるんでしまって。そして、花もいつの間にか散りこぼれてしまった。そして土の上が、こぼれた花でいっぱいになってしまった。『長雨に打たるる萩の枝たわみ辺りに淡くこぼれ花満つ』。ハギの花の感じが、雨に打たれて、重く枝を垂れて、花を落としてしまったハギの花の感じを、雨の中で描いていらっしゃると思いますね。
 2首目のほうでは、雨が続いていて、晴れればいいなと願っていた。その晴れの日はたった一日で、また雨の続きが降り出してきて。そんなような日の中で、モクセイの香りも、爽やかな、あのツンとくるような感じではなくて、何となく、くぬもった、曇った、どんよりした、そういう感じに、モクセイの香りさえ感じられる。なんか秋梅雨の頃の、うっとうしい中で嗅ぐ、モクセイの香りっていうようなもの、割によく描いていらっしゃると思いますね。『雨続き望みし晴れはひと日にて木犀の香もくぬもりてあり』。本当は、爽やかな晴れの日にモクセイの香りは嗅ぎたいものなんだけれども、雨の中でどんよりとした、うっとうしい感じに、花の香りさえ感じられる、と歌っていますね。両方ともよろしいでしょう。
 それから、26番。『黄色なるマリーゴールド咲きいたり日に赤々と合掌の家』『黄色なるマリーゴールド咲きいたり日に赤々と合掌の家』。『岡山の空を思いぬこぞの秋マリーゴールドの日に輝けるも』『岡山の空を思いぬこぞの秋マリーゴールドの日に輝けるも』。1首目のほうに丸をしてきておりますね。合掌の家っていうんですから、合掌部落のある、白川ですか。あそこら辺の旅をなさったのでしょうか。合掌造りの家が建っていて、秋の日差しの中に赤々と照っていた。そして、地上には、黄色の美しいマリーゴールドの花が咲いていた。そういう、白川部落を訪ねたときの歌で、印象深く歌われています。合掌造りの家っていうふうな、古風で壮大な黒々とした、その家のたたずまい。それに対して地上には、輝くようなマリーゴールドの花が、一面に地上をうずめていた。そんな印象が、割にあの、新旧取り交ぜて、新しい感じと、古い感じを、うまく対照的に絵のように描いていらっしゃる歌だと思いました。
 この2首目のほうは、少し下のほうが、着地がしっかりしてない感じがしたんですね。『岡山の空を思いぬこぞの秋マリーゴールドの咲きてるを見き』、とか決めた方が、いいんじゃないでしょうか。『マリーゴールドの輝くを見き』、でもいいし。何かそういうふうに、去年の旅のことですから、過去のこととして、きっかりとまとめたほうがいいと思いましたね。『岡山の空を思いぬこぞの秋マリーゴールドの輝くを見き』。というふうにして、過去にして、きっかりと、ピリオドを打ったほうがいいようです。『日に輝ける』を見きということですので、『輝くを見き』と、きっちりと止めてしまいましょう。
 26番。『幼(おさな)らが二親揃い育つのを幸とすわれは父を知らねば』『幼らが二親揃い育つのを幸とすわれは父を知らねば』。『参道は六歳の我が遊びにし日のもと桜並木続きゆ』『参道は六歳の我が遊びにし日のもと桜並木続きゆ』。これは二つとも丸をしてきましたね。昔、お父さんが、早くいらっしゃらなくなって、母親だけで育った作者なのでしょうか。自分の子どもたちが、二親そろって、自分と夫と二人そろって、子どもたちを育てている。そして、子どもたちがすくすくと育っていく。それは、なんとも、人に知られない幸せだと思う。お父さんを知らないで育った私を考えると、今、自分の子どもたちは幸せそうだなと考える。そういう気持ちが、正直に、素直に出ている歌だなと思いました。ちょっとおかしいなと思うのは、『育つのを』。その辺が少し、口語的なというか、歌の言葉になってないようなところがあるんですね。『幼らが二親揃い育つのを』。歌の言葉にきちっとするとすれば、少し字余りになりますけれども、『幼らが二親揃い育ちゆくを』となりましょうかね。『育つのを』ではなくて、『育ちゆくを幸とすわれは父を知らねば』。
 この、一首の歌を読みますと、いかにも、正直に、そのまま素直に歌っていらっしゃる歌ですけれども、この方の人生観というのかな、育ってきた生活の歴史というのかな、そういうものが、この一首の中に、まざまざと感じられるんですね。今、何が幸せといって、子どもたちが、両親そろって育っていくのが、何よりも幸せではないのかと思う。そして、なぜそう思うのだろうと考えると、自分は父親なしで育ってきたんだな。それは、お母さんの愛を一身に集めて育ったかもしれないけれども、やはり欠落のある育ち方をしたに違いない。でも、自分の子どもたちだけは、そういうことのないようにしてもあげたいなあと。そういう願いもあるし、過去の思い出もあるし、そして現在もあるというふうに、一首の中に、この方の人生っていうのが、圧縮されて感じられるんですね。そういう点は、上手に歌っているということではないけれども、素直な訴えになっていると思いますね。この祈りはきっと、この方の生活を豊かにしていくんだと思う。いつまでもそろって、子どもたちを育ててあげようと思う、意志的なものを作者に、この歌を作ることで確認させたと思うんですね。歌っていうのは、そういう効用がございましてね、歌うことによって、自分を確認し、覚悟を新たにするというところがございます。この方は、きっと立派に、子どもを育てていらっしゃることでしょう。
 で、その作者の思い出の一つに、6歳の頃の面影が出てきているのが2首目で。参道は、6歳の私が遊んでいた、あの頃のようにそのままに、桜の並木が今も続いて残っているのですと歌って、この1首目の歌を読んだ後で、この歌を読みますと、ああ、あの参道のほとりにこの作者は育ったのかなということを、補うような形で読ませると思いますね。参道というのは、もしかすると氷川様でしょうか。氷川様の参道かもしれませんね。どちらの歌も素直で、そして、作者の人生みたいなものを垣間見せているという感じがいたします。『幼らが二親揃い育つゆくを幸とす』、ここできちんと断定して、それこそ幸せなのだというふうに歌ってらっしゃる。そこがいいと思いました。
 それから、27番へまいります。これはあやかしと読むのでしょうかね。『妖の火の色持てる彼岸花おせきに咲いて人むら避ける』『妖の火の色持てる彼岸花おせきに咲いて人むら避ける』。その次は、直しましたっけ?
 
A- はい、『何気なく言ひし』、ですね。
 
大西 『何気なく言ひし言葉の悔やまれて寝られぬ夜半(よわ)に風立ちそめぬ』。両方とも丸ができますね。『妖の火の色持てる彼岸花おせきに咲いて人むら避ける』。彼岸花、曼殊沙華、幽霊花、きつね花。マンジュシャゲには、さまざまな怪しげな名前がついておりまして。さまざまに、今までも、詩歌に作られてきておりますね。北原白秋ですと、「ごんしゃんごんしゃん」というマンジュシャゲの詩がございましたりいたしますし。いろいろな、有名な歌人たちが、みんなマンジュシャゲの歌を、それぞれに作っていらっしゃいますが、マンジュシャゲっていうのは絵にもなるし、歌にもなる花なんですね。あれは、一晩のうちにふっと茎が伸びてきて、いきなり花が咲く。その花が花火のような花でしょ。そして、野生の花ですと、真っ赤に咲いて、そして、今ごろですと、ちょうど高崎線辺りを行きますと、田んぼのほとりにだあっと咲いていますね。ああいう、咲き方の面白さ、花の見事さ、そして根に毒を持っているというふうな、さまざまなことがあの花を、絵になる花、歌になる花にしているんだろうと思います。
 作者もその彼岸花を、『妖の』、怪しげな赤色だなと思う。その彼岸花が、お墓に沿って一群咲いているのを見つけたと歌っています。彼岸花の感じを一面とらえていると思いました。そして、彼岸花っていうのは、お墓のほとりにどうしてか咲くんですね。お墓のほとりとか、水っぽい所とか、そういう所に咲きますね。そして花が終わると、またたちまちなくなってしまう、葉っぱだけになってしまう。そういう怪しい花なんですね。
 私、小さいときに彼岸花を、お庭に植えようとして、母に叱られたことを覚えております。東北の田舎では、めったになかったんですけれども、死人花って母は言いました。縁起の悪い花だから、植えちゃいけない。それをまた植えて、何遍も叱られたことが思い出されます。
 それから、2番目のほうも、さりげないことなんですけれども、きっかりと歌えていると思います。『何気なく言ひし言葉の悔やまれて寝られぬ夜半(よわ)に風立ちそめぬ』。なんの気なしに言ってしまったことだったけれども、それが、相手にどんなふうに響いたかしらとか思われて、後悔するんですね。そして、考えれば考えるほど、眠られなくなってしまって、そうしているうちに、風の音が立ち始めて。日常に私たちがよく経験することなんですけれども、眠られないでいるうちに、地震があったり、風が吹いたりして、余計に眠られなくなる経験をいたしますけれども。そういう、日常のことを、さりげなくよく歌っていると思います。『何気なく言ひし言葉の悔やまれて寝られぬ夜半に風立ちそめぬ』。これも丸でよろしいでしょう。
 それから、28番。『木犀の花散りしきて長雨のたまりの縁を彩りており』『木犀の花散りしきて長雨のたまりの縁を彩りており』。『かにかくに嘆けど一世短かり円かな日々をと願う母われ』『かにかくに嘆けど一世短かり円かな日々をと願う母われ』。両方とも丸ですね、この歌もね。誰でしたか、明治時代の詩人だったと思いますけれども、日本の秋は、モクセイの花の輪をくぐって行ってしまうというようなことを歌った詩人がおりましたけれども。モクセイの花っていうのは、散るときに木の周りに黄色の輪を落として、散っていくんですね。その輪を、日本の秋は、モクセイの花の輪をくぐって行ってしまうっていうようなことを歌った詩人がおりましたけれども。
 この1首目の歌。モクセイの花が散りしいて。その花びらが黄色一面に、雨のたまり、水たまりのことでしょう、水たまりの縁を、きれいに黄色に縁取って散ってしまったと歌っています。『長雨のたまりの縁を彩りており』、そのモクセイの散り方が、優しく書かれていると思いました。これぐらい物をよく見て、そして、それを言葉に置き換えることができると、とてもうれしいものですね。歌っていうのは、言葉で描く絵かもしれませんね、こういうの見ますとね。絵っていうのは、色と線とそういうもので描くものでしょうけれども、その絵のような部分を言葉に移して、歌うことができますと、とっても、やったあという感じがするものでございますけれどもね。
 それから、2番目の歌はおしゅうとめさんの歌。『かにかくに嘆けど一世短かり』。いろいろに人生の嘆きを経てきて、今もその嘆きは尽きないけれども、考えてみると人間の一生なんて短いものだ。円かな日、円満な、何事もない穏やかな日々を、それだけでいいわと思って、しゅうとめである私は、今は願うようになったと歌っています。人間ですから、さまざまにこうもありたい、こうもしたい、ああはしたくない、さまざまな欲望や、拒否反応や、いろいろございますけれども、このおしゅうとめさんは、まどかな日々があればいいと思っている。そこまで生きてきた自分を、いとおしむような思いがあるのでしょう。『かにかくに嘆けど一世短かり』。人生って結局、短く終わってしまうものだから。せめて、晩年の日々は、まどかであってほしい。穏やかで静かな日々であってほしいと、しゅうとめである私は願っているのですと、歌っていますね。このおしゅうめとさん、ここまでくる間に、いろいろなこと経験して、嘆かいを深く生きていらしたのではないでしょうか。
 と、こう歌うけれども、また次の日どうか分からないですね。やっぱり、欲望にさいなまれて、さまざまに、うちのお嫁さん駄目だとか、孫のしつけが大変だだとか、息子はどうも嫁に甘いようだとか、いろいろ考えちゃうんですけれども、たまにはまどかな日々だけがあればいいと思ったりなさるわけで。その、行ったり来たりの中で、歌ってのは生まれるものだと思うんです。あるときは、どろどろの淵に沈むような思いを歌いたいときもありますし、その、どろどろの淵からやっとはい上がって、やれやれと思ったときに、歌いたい歌もございますし。1人の人の歌でも、さまざまに右から左、上から下と、大揺れに揺れながら、歌っていうのは作られていくのであって、1人の人の歌でも、いつも、まどかな日々だけを願っていると歌うとは限らないのでございまして、その振幅の中から、真ん中頃をだんだん目指していくようになって、老いていくのではないでしょうか。
 それから、29番。『庭草の伸び止まりしに蝉鳴きて暑冷繰り返し秋深まるか』『庭草の伸び止まりしに蝉鳴きて暑冷繰り返し秋深まるか』。『内職の手しばし休めバーゲンの広告に目はせわし動きぬ』『内職の手しばし休めバーゲンの広告に目はせわし動きぬ』。この2首目のほうに丸をしてきておりますが、少し直すところもあるんですが。『内職の手をしばし休めてバーゲンの広告に目はせわしく動く』。現在形でいいんじゃないかと思いますね。『内職の手をしばし休めてバーゲンの広告に目はせわしく動く』。何かお家でアルバイトしていらっしゃる。