さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

歌と随筆

 
目ざめては       ふと觸れし       れんぎやうの      梅一輪         
肉親の         わが窓の        寂しくて        春草の         
一つ歎きに       ぎりぎりに       わが夫の        下枝に         
靜かなる        個の嘆き        きららめく       論点は         
春の夜の        江戸文學に       向つ家の        母ひとり        
執すれば        いささかの       人と人と        幾たびか        
この家ゆ        次々に         自己嫌惡        憤り          
憤り          愛燐の         音もなく        すべもなく       
激痛の         相ともに        現し世の        若き父が        
さびさびと       白衣着て        夫に似し        父と母の        
病める日の       まぼろしの       病み衰へし       身もたまも       
骨ばみし        重症三月        癒えそめの       みづ色の        
しのびやかな      夕ぐれは        
 
 
 

10097
目ざめては つなぐ夢かな かかる時 ひくくせつなく 春雨の降る
メザメテハ ツナグユメカナ カカルトキ ヒククセツナク ハルサメノフル

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10098
ふと觸れし 君のをゆびの 感觸に 受けし動揺 忘れかねつも
フトフレシ キミノヲユビノ カンショクニ ウケシドウヨウ ワスレカネツモ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10099
れんぎやうの 花しだれ咲く 夕暮れを しだれてなるか わが戀心
レンギヤウノ ハナシダレサク ユウグレヲ シダレテナルカ ワガコイゴコロ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10100
梅一輪 背戸に咲きそめ 夕されば 又ひとつともす わが愛慕の灯
ウメイチリン セトニサキソメ ユウサレバ マタヒトツトモス ワガアイボノヒ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10101
肉親の きづなあやしく まつはりて わが華やぎを 暗からしむる
ニクシンノ キヅナアヤシク マツハリテ ワガハナヤギヲ クラカラシムル

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10102
わが窓の ヒヤシンス匂ふ 宵なるを 道暗ければ 訪う人もなき
ワガマドノ ヒヤシンスニオフ ヨイナルヲ ミチクラケレバ トウヒトモナキ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10103
寂しくて 花の山仰ぎ 地をみつめ 夕陽の土手を 吾はたどりぬ
サビシクテ ハナノヤマアオギ チヲミツメ ユウヒノドテヲ ワレハタドリヌ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10104
春草の もえて青める 山路來て 疎林出でし時 なみだこぼれたり
ハルクサノ モエテアオメル ヤマジキテ ソリンイデシトキ ナミダコボレタリ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10105
一つ歎きに 何たゆたひて あるべきぞ 夕陽眞赤く 落行きにけり
ヒトツナゲキニ ナニタユタヒテ アルベキゾ ユウヒマツカク オチユキニケリ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10106
ぎりぎりに 生きて一日の 暮れつかた 夕燒け雲は 燃えてゐるなり
ギリギリニ イキテヒトヒノ クレツカタ ユウヤケグモハ モエテヰルナリ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10107
わが夫の 生くる限りは 生き遂げむ わが命ここに 意義定まりつ
ワガツマノ イクルカギリハ イキトゲム ワガイノチココニ イギサダマリツ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10108
下枝に ほの咲く花も 卑下を捨てて 眞日に向ひて 咲き誇るべし
シタエダニ ホノサクハナモ ヒゲヲステテ マヒニムカヒテ サキホコルベシ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10109
靜かなる 幸福もある 世ならめど 波瀾に生くる 身を悔いざらむ
シズカナル コウフクモアル ヨナラメド ハランニイクル ミヲクイザラム

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10110
個の嘆き 言はざらむとす 秋の日の 道にこぼるる 白萩のはな
コノナゲキ イハザラムトス アキノヒノ ミチニコボルル シラハギノハナ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10111
きららめく めをとの星と あらしめむ 夫と吾とは 勵みあひつつ
キララメク メヲトノホシト アラシメム ツマトワレトハ ハゲミアヒツツ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10112
論点は 果てなき齟齬を くり返し 夜更けて夫も 疲れそめしや
ロンテンハ ハテナキソゴヲ クリカエシ ヨフケテツマモ ツカレソメシヤ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10113
春の夜の 更けて明るき 灯の下に 笑みつつぞ吾ら 論じつきなく
ハルノヨノ フケテアカルキ ヒノモトニ エミツツゾワレラ ロンジツキナク

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10114
江戸文學に 感傷性は 無しと言ひ ありと言ひ張り 論果てぬ吾ら
エドブンガクニ カンショウセイハ ナシトイヒ アリトイヒハリ ロンハテヌワレラ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10115
向つ家の 時計は一つ 低く鳴り終へて 新しき論據を 吾は求めつ
ムカツヤノ トケイハヒトツ ヒククナリオヘテア タラシキロンキョヲ ワレハモトメツ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10116
母ひとり 遠國にをきて 吾と生くる 夫はひそかに 淋しからずや
ハハヒトリ エンコクニヲキテ ワレトイクル ツマハヒソカニ サビシカラズヤ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10117
執すれば 人はかなしも 疑心とふ わびし思ひも 身に知りそめつ
シウスレバ ヒトハカナシモ ギシントフ ワビシオモヒモ ミニシリソメツ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.9


10118
いささかの 疑心なれども はかなくて 日暮れショパンを 奏でてぞ見つ
イササカノ ギシンナレドモ ハカナクテ ヒグレショパンヲ カナデテゾミツ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10119
人と人と 相容れがたき 性格は すべ無けれども 泣く日もありぬ
ヒトトヒトト アイイレガタキ セイカクハ スベナケレドモ ナクヒモアリヌ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10120
幾たびか 逆らひては泣く 愚かさや 妻はもだして あるべけれども
イクタビカ サカラヒテハナク オロカサヤ ツマハモダシテ アルベケレドモ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10121
この家ゆ のがれゆきても 今宵より すがるべく宿す 面影もなし
コノイエユ ノガレユキテモ コヨイヨリ スガルベクヤドス オモカゲモナシ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10122
次々に 人を憎しみ 昨夜遂に 自己嫌惡まで 至りつくしき
ツギツギニ ヒトヲニクシミ ヨベツイニ ジコケンオマデ イタリツクシキ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10123
自己嫌惡 よりぬけ出でなむと 身悶えて 眠れざりけり 昨夜は夜すがら
ジコケンオ ヨリヌケイデナムト ミモダエテ ネムレザリケリ ヨベハヨスガラ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10124
憤り 烈しき時に ふと見たる 夫のひとみの 悲しみの翳
イキドオリ ハゲシキトキニ フトミタル ツマノヒトミノ カナシミノカゲ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10125
憤り 烈しかりしが いつのまか 外の面は青き 月夜となりぬ
イキドオリ ハゲシカリシガ イツノマカ ソトノオモハアオキ ツキヨトナリヌ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10126
愛燐の 思ひ烈しき 極まりに 夫はげきして 吾をなじるか
アイリンノ オモヒハゲシキ キワマリニ ツマハゲキシテ ワレヲナジルカ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10127
音もなく はぐくみ居らむ 童身を みごもるに貧しき 母なり吾は
オトモナク ハグクミイラム ドウシンヲ ミゴモルニマズシキ ハハナリワレハ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10128
すべもなく 涙せし朝の くりやべに ひそかに覺えし 胎動あはれ
スベモナク ナミダセシアサノ クリヤベニ ヒソカニオボエシ タイドウアハレ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10129
激痛の 呻きのまにも 期して待つ うぶごゑは無し 遂に無かりき
ゲキツウノ ウメキノマニモ キシテマツ ウブゴヱハナシ ツイニナカリキ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10130
相ともに 生きがたかりし 宿業に 母を地上に おきて逝きしか
アイトモニ イキガタカリシ シユクゴウニ ハハヲチジョウニ オキテユキシカ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10131
現し世の 乳の香一つ 吸はずして 寂しからずや 吾兒のくちびる
ウツシヨノ チチノカヒトツ スハズシテ サビシカラズヤ アコノクチビル

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10132
若き父が ひそかに吾兒に だかせやる 赤き人形も 吾を泣かしむ
ワカキチチガ ヒソカニアコニ ダカセヤル アカキニンギョウモ ワレヲナカシム

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10133
さびさびと 墓山みちを ゆくならむ 吾兒の柩に 雪よかかるな
サビサビト ハカヤマミチヲ ユクナラム アコノヒツギニ ユキヨカカルナ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10134
白衣着て 淺く埋もれて 墓山の 吾兒寒からむと 今宵寝らえず
ハクイキテ アサクウモレテ ハカヤマノ アコサムカラムト コヨイネラエズ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10135
夫に似し 吾兒逝かしめて ぼつ然と 吾にめざめし 母性ぞあはれ
ツマニニシ アコユカシメテ ボツゼント ワレニメザメシ ボセイゾアハレ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10136
父と母の 夢なりがたき 現し世を 超えて吾兒は 天がけりしか
チチトハハノ ユメナリガタキ ウツシヨヲ コエテアコハ テンガケリシカ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10137
病める日の 窓はいつしか 暮れそめて 目あけては又 閉づる思ひよ
ヤメルヒノ マドハイツシカ クレソメテ メアケテハマタ トヅルオモヒヨ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10138
まぼろしの 君のかひなの 虚しさに 幾たびさめて 吾やをののく
マボロシノ キミノカヒナノ ムナシサニ イクタビサメテ ワレヤヲノノク

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10139
病み衰へし 乳房かなしく ふるへつつ 燃えつつ今宵 君によりける
ヤミオトロヘシ チブサカナシク フルヘツツ モエツツコヨイ キミニヨリケル

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.10


10140
身もたまも 燃えて今宵を 待ちにける 病み妻吾や 抱かれて泣く
ミモタマモ モエテコヨイヲ マチニケル ヤミヅマワレヤ イダカレテナク

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10141
骨ばみし 肩のへを君に さはらせて をんな心は うれしさに泣く
ホネバミシ カタノヘヲキミニ サハラセテ ヲンナゴコロハ ウレシサニナク

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10142
重症三月 よくぞ生き堪へし わが身よと 春日あぶれば 涙流るる
ジュウショウミツキ ヨクゾイキタヘシ ワガミヨト カスガアブレバ ナミダナガルル

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10143
癒えそめの 心樂しも 野に出でゝ 若菜つみつつ 今日はひねもす
イエソメノ ココロタノシモ ノニイデテ ワカナツミツツ キョウハヒネモス

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10144
みづ色の 羽織着て君と 歩む思ひに 春の氣流の ゆらめく日かも
ミヅイロノ ハオリキテキミト アユムオモヒニ ハルノキリュウノ ユラメクヒカモ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10145
しのびやかな 夜の氣流よ 夫と吾と 相寄る低き 灯のゆれにけり
シノビヤカナ ヨルノキリュウヨ ツマトワト アイヨルヒクキ ヒノユレニケリ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11


10146
夕ぐれは 生くる戰ひも しばしやめて 赤くとぼさむ 二人寄る灯を
ユウグレハ イクルタタカヒモ シバシヤメテ アカクトボサム フタリヨルヒヲ

『歌と随筆』(蒼明社 1949.6) 第4巻5号 p.11