さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

現代新鋭歌集

 
伴ひて         かたはらに       アンダルシアの     ドラマの中の      
忽ちに         いつまでも       帰らざる        翳ばかり        
折り合ひの       水びたしの       たそがれの       陽の昃れば       
カルメンの       醒めかけて       カシオペアの      巣ごもれる       
せめて深き       霧深き         縛めを         妻として        
醒めぎはの       わかちもつ       手に重き        笑ふ埴輪と       
失ひし         距れは         逸れ矢など       流亡の         
波瀾呼ぶ        電光に         完きは         稲の花の        
ジギタリス       遺されし        菜の花に        嚢み置く        
乱心を         たどきなく       歩みつつ        うとくして       
いづくにか       風落ちて        身を交はす       踏みはづす       
へだたりを       袖刳りの        如何ならむ       待たれてゐて      
太幹に         浜荻の         闇と闇を        春めきて        
校正に         皮相のみ        わが窓に        ぬけがらを       
離ればなれの      安らぎに        夕占を         落ちてゆく       
責めたつる       貝殻いろに       うしろ向きの      ひといろに       
かたちなく       塑像にて        ふるさとの       いつのまに       
前髪に         わが合図        草萌えの        街にて不意に      
裏通りを        指貫を         はばたきて       足り易き        
釈明を         鉢の外に        塗りつぶし       落飾し         
突き落とす       風のなかに       駅を出でて       流れつつ        
栃の実の        降り出でて       手懸りの        同じバスに       
いだきゆく       結末を         
 
 
 

09540
伴ひて 遁れむといふ ノアもなし 裾濡らし雨の 鋪道を帰る
トモナヒテ ノガレムトイフ ノアモナシ スソヌラシアメノ ホドウヲカエル

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.18


09541
かたはらに 置くまぼろしの 椅子一つ あくがれて待つ 夜もなし今は
カタハラニ オクマボロシノ イスヒトツ アクガレテマツ ヨモナシイマハ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.18


09542
アンダルシアの 野とも岩手の野 とも知れず ジプシーは彷徨ひ ゆけりわが夢に
アンダルシアノ ノトモイワテノノ トモシレズ ジプシーハサマヨヒ ユケリワガユメニ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.18


09543
ドラマの中の 女なら如何にか 哭きたらむ 灯を消してわれの 眠らむとする
ドラマノナカノ オンナナライカニカ ナキタラム ヒヲケシテワレノ ネムラムトスル

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.18


09544
忽ちに 遁しし幸よ 用のなく なりしリキュール グラスを磨く
タチマチニ ノガシシサチヨ ヨウノナク ナリシリキュール グラスヲミガク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.18


09545
いつまでも 待つと言ひしかば 鎮まりて 帰りゆきしか それより逢はず
イツマデモ マツトイヒシカバ シズマリテ カエリユキシカ ソレヨリアハズ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.18


09546
帰らざる 幾月ドアの 合鍵の 一つを今も君は 持ちゐるらむか
カエラザル イクツキドアノ アイカギノ ヒトツヲイマモキミハ モチヰルラムカ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.18


09547
翳ばかり 見るごとき日の 続くなり 壁の絵をドガの 踊り子に替ふ
カゲバカリ ミルゴトキヒノ ツヅクナリ カベノエヲドガノ オドリコニカフ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.18


09548
折り合ひの つかぬまま今日は 別れ来つ 夕べの霧に 耳がつめたし
オリアヒノ ツカヌママキョウハ ワカレキツ ユウベノキリニ ミミガツメタシ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.18


09549
水びたしの 日本列島と思ひ めざめゐつ 夜の更けてまた 降りつのる雨
ミズビタシノ ニホンレットウトオモヒ メザメヰツ ヨノフケテマタ フリツノルアメ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.18


09550
たそがれの 湖を愛すと 彼は告げき ひそかに恋はれて ゐしにあらずや
タソガレノ ウミヲアイスト カレハツゲキ ヒソカニコハレテ ヰシニアラズヤ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09551
陽の昃れば 忽ちデュフイの 海となり スカートをふくらませて われも佇つ
ヒノカタムレバ タチマチデュフイノ ウミトナリ スカートヲフクラマセテ ワレモタダズツ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09552
カルメンの やうな女と 言はれつつ 寂しき性の 友と知るなり
カルメンノ ヤウナオンナト イハレツツ サビシキサガノ トモトシルナリ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09553
醒めかけて また夢見つつ 幾たびか 潮満ち来て わが身をひたす
サメカケテ マタユメミツツ イクタビカ ウシオミチキテ ワガミヲヒタス

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09554
カシオペアの 夜々澄む季節 めぐり来て 古き星図を 書棚に探す
カシオペアノ ヨヨスムキセツ メグリキテ フルキセイズヲ ショダナニサガス

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09555
巣ごもれる 幾組のインコ 夜の貨車の 音にめざめて ひとしきり鳴く
スゴモレル イククミノインコ ヨノカシャノ オトニメザメテ ヒトシキリナク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09556
せめて深き 眠りを得たし 今宵ひとり 食べ余したる 林檎が匂ふ
セメテフカキ ネムリヲエタシ コヨイヒトリ タベアマシタル リンゴガニオフ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09557
霧深き ロンドンの街を ゆける夢 醒めて寂しも 身の冷えてをり
キリフカキ ロンドンノマチヲ ユケルユメ サメテサビシモ ミノヒエテヲリ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09558
縛めを 解き合ふごとく ありたきを 晦みただよひ 昨日今日過ぐ
イマシメヲ トキアフゴトク アリタキヲ クラミタダヨヒ キノウキョウスグ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09559
妻として 最後の逢ひと ならむ夜の よるべなき身を 燈下にさらす
ツマトシテ サイゴノアヒト ナラムヨノ ヨルベナキミヲ トウカニサラス

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09560
醒めぎはの 夢に何言ひしや 大きく光る 目持てる埃及 壁画の女
サメギハノ ユメニナニイヒシヤ オオキクヒカル メモテルエヂプト ヘキガノオンナ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09561
わかちもつ 遠き思ひ出 あるに似て ひそかにゐたり 埴輪少女と
ワカチモツ トオキオモヒデ アルニニテ ヒソカニヰタリ ハニワショウジョト

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09562
手に重き 埴輪の馬の 耳ひとつ 片耳の馬は いづくにをらむ
テニオモキ ハニワノウマノ ミミヒトツ カタミミノウマハ イヅクニヲラム

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09563
笑ふ埴輪と 泣く埴輪並び よるべなし 不意に窓より 海の匂ひす
ワラフハニワト ナクハニワナラビ ヨルベナシ フイニマドヨリ ウミノニオヒス

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09564
失ひし 版図を億ふ ごとくゐて 草なびくとき 尾根光る見ゆ
ウシナヒシ ハンズヲオモフ ゴトクヰテ クサナビクトキ オネヒカルミユ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09565
距れは 性もわかたぬ 土偶にて うながす声の もはや聴かれず
ヘダタレハ セイモワカタヌ ドグウニテ ウナガスコエノ モハヤキカレズ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.19


09566
逸れ矢など 飛びては来ずや 葦の間を 縫ひて汀へ 帰るヨットに
ソレヤナド トビテハコズヤ アシノマヲ ヌヒテミギハヘ カエルヨットニ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09567
流亡の 相と言はれし 中指の 渦紋も夏の 手袋に秘む
リュウボウノ ソウトイハレシ ナカユビノ ウズモンモナツノ テブクロニヒム

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09568
波瀾呼ぶ たくらみにみづから 溺れゆき 見えぬプールに 水音うごく
ハランヨブ タクラミニミヅカラ オボレユキ ミエヌプールニ ミナオトウゴク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09569
電光に をりふし深く 射られつつ ぞめく森あり 夜のまなかひに
デンコウニ ヲリフシフカク イラレツツ ゾメクモリアリ ヨノマナカヒニ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09570
完きは 一つとてなき 阿羅漢の わらわらと起ち あがる夜無きや
マツタキハ ヒトツトテナキ アラカンノ ワラワラトタチ アガルヨナキヤ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09571
稲の花の 音なくそよぐ 夜とならむ 古墳のかげ 野を蔽ひゆく
イネノハナノ オトナクソヨグ ヨトナラム フルツカノカゲ ノヲオオヒユク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09572
ジギタリス 交錯し立つ 夜の庭 闇をふかめて 誰か人ゐる
ジギタリス コウサクシタツ ヨルノニワ ヤミヲフカメテ タレカヒトヰル

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09573
遺されし 塑像が招く 追憶に 故意にはぐれて 逢はぬ夜ありき
ノコサレシ ソゾウガマネク ツイオクニ コイニハグレテ アハヌヨアリキ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09574
菜の花に 鳥ひそみ啼く 日なりしを へだてて今も 疎水の声す
ナノハナニ トリヒソミナク ヒナリシヲ ヘダテテイマモ ソスイノコエス

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09575
嚢み置く ことも激しき 消耗と 夜更けのプール サイド過ぎゆく
ツツミオク コトモハゲシキ ショウモウト ヨフケノプール サイドスギユク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09576
乱心を 装ほふ罪も をかし得ず 過ぎてさびしき 執念のあと
ランシンヲ ヨソホフツミモ ヲカシエズ スギテサビシキ シュウネンノアト

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09577
たどきなく 耳を澄ませば 身もだえて 落葉を急ぐ 樹々と思ほゆ
タドキナク ミミヲスマセバ ミモダエテ ラクエフヲイソグ キギトオモホユ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09578
歩みつつ 振り返る視野 昏れてゐて 海藻のやうに 枯れ木がゆらぐ
アユミツツ フリカエルシヤ クレテヰテ カイソウノヤウニ カレキガユラグ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09579
うとくして 今日に変らぬ 明日あらむ 重たき帯と 思ひつつ解く
ウトクシテ キョウニカワラヌ アスアラム オモタキオビト オモヒツツトク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09580
いづくにか ひとりでに開く 窓あるや 闇のなかにて 花の香うごく
イヅクニカ ヒトリデニアク マドアルヤ ヤミノナカニテ ハナノカウゴク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09581
風落ちて 夜霧は街を 蔽はむに あなうら冷えて ながく醒めゐる
カゼオチテ ヨギリハマチヲ オオハムニ アナウラヒエテ ナガクサメヰル

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.20


09582
身を交はす 構へに歩む 街の上 まぼろしなして 雁流る
ミヲカハス カマヘニアユム マチノウエ マボロシナシテ カリガネナガル

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09583
踏みはづす 夢ばかり見て 来しわれか 霧のなかより 繩梯子垂る
フミハヅス ユメバカリミテ コシワレカ キリノナカヨリ ナワバシゴタル

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09584
へだたりを 確かめ合へば 足るごとく ドア押して出づ 夜霧の街に
ヘダタリヲ タシカメアヘバ タルゴトク ドアオシテイヅ ヨギリノマチニ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09585
袖刳りの 曲線を裁つ 手もとより 夜のほとぼりも 失ひ易し
ソデグリノ キョクセンヲタツ テモトヨリ ヨノホトボリモ ウシナヒヤスシ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09586
如何ならむ 反証も今は 待ちゐぬに 耳澄ますごとき 夜のをりふし
イカナラム ハンショウモイマハ マチヰヌニ ミミスマスゴトキ ヨルノヲリフシ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09587
待たれてゐて 急ぐがごとく 一方に 光る穂絮の 空を流らふ
マタレテヰテ イゾグガゴトク ヒトカタニ ヒカルホワタノ ソラヲナガラフ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09588
太幹に 矢じるし白く 彫られゐて いざなふくらき 林の奥へ
フトミキニ ヤジルシシロク ホラレヰテ イザナフクラキ ハヤシノオクヘ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09589
浜荻の みだるる河口 水昏れて ひそかに思ひ さかのぼらしむ
ハマオギノ ミダルルカコウ ミズクレテ ヒソカニオモヒ サカノボラシム

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09590
闇と闇を つなぎてひらく 門ありき 寂しみて夜の 大橋渡る
ヤミトヤミヲ ツナギテヒラク モンアリキ サビシミテヨノ オオハシワタル

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09591
春めきて ゆく朝々に 着惑ひて 変りばえせぬ 服ばかり持つ
ハルメキテ ユクアサアサニ キマドヒテ カワリバエセヌ フクバカリモツ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09592
校正に 倦みて思へば 石工は 石に漬ゆる 夢なども見む
コウセイニ ウミテオモヘバ セツコウハ イシニツヒユル ユメナドモミム

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09593
皮相のみ 追ふごとくして わが中に 活字にし得ぬ 記事溜りゆく
ヒソウノミ オフゴトクシテ ワガナカニ カツジニシエヌ キジタマリユク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09594
わが窓に 遠く雌松の 大樹あり 剥離は日々に ひそやかにして
ワガマドニ トオクメマツノ タイジュアリ ハクリハヒビニ ヒソヤカニシテ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09595
ぬけがらを 置きてとび立つ すべなきに 洗ひし髪の たちまち乾く
ヌケガラヲ オキテトビタツ スベナキニ アラヒシカミノ タチマチカワク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09596
離ればなれの 心となりて 歩みゐつ 坂のぼりつめて 点る駅見ゆ
ハナレバナレノ ココロトナリテ アユミヰツ サカノボリツメテ トモルエキミユ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09597
安らぎに 似つつ不信を はぐくむに 栗の花咲く 木立明るむ
ヤスラギニ ニツツフシンヲ ハグクムニ クリノハナサク コダチアカルム

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.21


09598
夕占を こころむるがに 仰ぐ空 母さへ今の 絆となるな
ユフウラヲ ココロムルガニ アオグソラ ハハサヘイマノ キヅナトナルナ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09599
落ちてゆく 眠りのなかに まざまざと 見えて昇れぬ 楷梯を持つ
オチテユク ネムリノナカニ マザマザト ミエテノボレヌ キザハシヲモツ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09600
責めたつる みづからの声に めざめたり 夢のなかにて われは烈しき
セメタツル ミヅカラノコエニ メザメタリ ユメノナカニテ ワレハハゲシキ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09601
貝殻いろに かがよふ雲を かすめゆく 一機地上は すでに昏れゐて
カイガライロニ カガヨフクモヲ カスメユク イッキチジョウハ スデニクレヰテ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09602
うしろ向きの 人のみ歩む ユトリロの 絵と見ゐて不意に 心陥る
ウシロムキノ ヒトノミアユム ユトリロノ エトミヰテフイニ ココロオチイル

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09603
ひといろに 昏れて影なす 苧環の 花踏みわけて 遁れ得べしや
ヒトイロニ クレテカゲナス ヲダマキノ ハナフミワケテ ノガレウベシヤ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09604
かたちなく われのゆくてを 阻むもの 羅刹の貌を して現れよ
カタチナク ワレノユクテヲ ハバムモノ ラセツノカホヲ シテアラワレヨ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09605
塑像にて しづかに双手 あげゐたり 雨に八つ手の 花のけぶらふ
ソゾウニテ シヅカニモロテ アゲヰタリ アメニヤツデノ ハナノケブラフ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09606
ふるさとの 樹氷の山の 幻聴を 呼びて月さす 芝生かがやく
フルサトノ ジュヒョウノヤマノ ゲンチョウヲ ヨビテツキサス シバフカガヤク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09607
いつのまに 東京を去りし 友ならむ 風の中に麦踏む 日々と告げ来ぬ
イツノマニ トウキョウヲサリシ トモナラム カゼノナカニムギフム ヒビトツゲキヌ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09608
前髪に 雪のしづくを 光らせて 訪はむ未知の 女のごとく
マエガミニ ユキノシヅクヲ ヒカラセテ オトナハムミチノ オンナノゴトク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09609
わが合図 待ちて従ひ 来し魔女と 落ちあふくらき 遮断機の前
ワガアイズ マチテシタガヒ キシマジョト オチアフクラキ シャダンキノマエ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09610
草萌えの 牧場のかなた 茫洋を 限りて白き 棚をめぐらす
クサモエノ マキバノカナタ ボウヨウヲ カギリテシロキ サクヲメグラス

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09611
街にて不意に 逢はむ日などを 恋ふのみに 白木蓮の 花も畢りぬ
マチニテフイニ アハムヒナドヲ コフノミニ ハクモクレンノ ハナモヲハリヌ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09612
裏通りを ひろひて歩む ごとき身と 静かなる日に 倦むことのあり
ウラドオリヲ ヒロヒテアユム ゴトキミト シズカナルヒニ ウムコトノアリ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09613
指貫を はめしままなる 夜の眠り 夫の記憶も はるかになりぬ
ユビヌキヲ ハメシママナル ヨノネムリ ツマノキオクモ ハルカニナリヌ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.22


09614
はばたきて 降り来しは壁の モザイクの 鳩なりしかば 愕きて醒む
ハバタキテ オリキシハカベノ モザイクノ ハトナリシカバ オドロキテサム

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09615
足り易き こころみづから 寂しみて 沼のほとりを 朝々かよふ
タリヤスキ ココロミヅカラ サビシミテ ヌマノホトリヲ アサアサカヨフ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09616
釈明を 下待つわれも 寂しきに 落ち葉は深し 轍うづめて
シャクメイヲ シタマツワレモ サミシキニ オチバハフカシ ワダチウヅメテ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09617
鉢の外に 魚のはみ出し ゐる童画 はみ出て赤き 尾鰭がそよぐ
ハチノソトニ ウオノハミダシ ヰルドウガ ハミデテアカキ オヒレガソヨグ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09618
塗りつぶし ゐる夜の時間 風疼く 雑木林を 背後に置きて
ヌリツブシ ヰルヨノジカン カゼウズク ソウキバヤシヲ ソビラニオキテ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09619
落飾し 終れる古き 物語り きりきりと堪へて ゐる日々に恋ふ
ラクショクシ オワレルフルキ モノガタリ キリキリトタヘテ ヰルヒビニコフ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09620
突き落とす 刹那に醒めし 夢のあと 色無き雲の 流れてやまず
ツキオトス セツナニサメシ ユメノアト イロナキクモノ ナガレテヤマズ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09621
風のなかに 身を反らしあふ 冬の木々 けぢめなく待つ 時間流れて
カゼノナカニ ミヲソラシアフ フユノキギ ケヂメナクマツ ジカンナガレテ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09622
駅を出でて 枯れ野の口に 懸かる橋 バスを渡して より渡りゆく
エキヲイデテ カレノノクチニ カカルハシ バスヲワタシテ ヨリワタリユク

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09623
流れつつ 向きを変へゆく 芥見つ 箴言などに 拘る日にて
ナガレツツ ムキヲカヘユク アクタミツ シンゲンナドニ コダハルヒニテ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09624
栃の実の たえまなく降る 木の間ゆゑ 夜すがら木菟の 鳴きとほしたり
トチノミノ タエマナクフル コノマユヱ ヨスガラヅクノ ナキトホシタリ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09625
降り出でて 石の粗面を 濡らす雨 人も蹤きゆく 犬もじけし
フリイデテ イシノソメンヲ ヌラスアメ ヒトモツキユク イヌモシヅケシ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09626
手懸りの なくて歩むに いりくめる 道のいづくにも 木犀匂ふ
テガカリノ ナクテアユムニ イリクメル ミチノイヅクニモ モクセイニオフ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09627
同じバスに 乗りあふのみの 日々過ぎて 今朝は静かに 霧降る広場
オナジバスニ ノリアフノミノ ヒビスギテ ケサハシズカニ キリフルヒロバ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09628
いだきゆく 鉢の桜草 花ゆらぎ 言ひそびれたる 語彙が重たし
イダキユク ハチノプリムラ ハナユラギ イヒソビレタル ゴイガオモタシ

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23


09629
結末を みづからも知らぬ 物語り 書きつぎて二人を 今日は逢はしむ
ケツマツヲ ミヅカラモシラヌ モノガタリ カキツギテフタリヲ キョウハアハシム

『現代新鋭歌集』(東京創元社 1960.9) p.23