さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

歌集現代

 
対岸は         ひぐらしの       さまざまの       ひなびたる       
電線の         夏草の         轢かれさうに      右の耳より       
しみじみと       スクリユーの      幾つにも        たひらかな       
壁面の         ゆくりなく       いらだちの       病院へ         
鉱石ラヂオの      焚きて来し       蝶番の         クローバーの      
花咲ける        朝靄の         前をゆく        客足の         
間をおきて       籠の戸を        われに無き       使ひ方を        
たのしきことに     かかはりの       どんな火も       たまひたる       
眠りゐる        モールもて       培ふは         あぢさゐは       
白鳥座         鱗持つ         ふるさとの       残されむ        
どの山の        楡の葉の        日を置きて       硝子切る        
水いろの        風呂敷に        雨あとの        木の洞に        
年輪の         山もとの        教へ子の        木犀の         
砂利に根を       庖丁を         日のくれに       煩はしき        
脚長き         夜の更けの       ひとすぢの       埋めたての       
みそかごと       茅の穂の        洗ひたる        ゆるやかに       
撃たれしは       いまだ値の       秋の来て        ルーレット       
届きたる        ゴムの葉など      榧の実の        神の使者は       
一羽のみと       身内には        たれの絵の       魔除けの印を      
いつまでも       金柑の         枯れ枝を        坂道は         
風圧を         落葉を         歌垣の         毛糸の玉は       
もの言はぬ       三面鏡を        サインペン       例証を         
偽りの         軒下の         のがれ得ぬ       ステーヂに       
バスを待つ       ひとり身を       凍りたる        雪を見て        
出で歩く        色盲の         美しき         音もなく        
針箱を         膝かけを        人を刺す        藻のごとき       
ミシン踏めば      くさぐさの       護符の紐を       唱ふれば        
まどろみの       鍵盤の         蠟涙の         足もとの        
春遅き         縫ひものを       流したる        草を食む        
水の香を        太陽の         うとまれて       いくたびも       
銃声の         野の鳥の        屑鉄の         営庭の         
雪の夜の        夜の雨に        竹を割く        姉妹に         
ブランデイ       朝がたの        まざまざと       剥落の         
幾たびも        喪のリボン       日に二度は       平坦の         
去年の蝶        いかほどの       川霧の         前かがみに       
のがれゆく       水桶を         雪渓の         笑ひ声の        
棕櫚の葉の       みがきたる       失ふに         身をよぎる       
わが持てる       みづからの       
 
 
 

09390
対岸は 何の工場か 昼過ぎて 壁の曇りの 消えざる日あり
タイガンハ ナンノコウバカ ヒルスギテ カベノクモリノ キエザルヒアリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09391
ひぐらしの 声かぶさりて 来るゆふべ 人を憚る ことにも倦みぬ
ヒグラシノ コエカブサリテ クルユフベ ヒトヲハバカル コトニモウミム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09392
さまざまの 悪夢のごとき 溶かしつつ 流るる水に 添ひて歩めり
サマザマノ アクムノゴトキ トカシツツ ナガルルミズニ ソヒテアユメリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09393
ひなびたる 名を羞しめど 菊芋の 丈高き黄は わが好む花
ヒナビタル ナヲハジシメド キクイモノ タケタカキキハ ワガコノムハナ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09394
電線の とぎれて見ゆる まぶしさに 別れの言葉 いくたびも言ふ
デンセンノ トギレテミユル マブシサニ ワカレノコトバ イクタビモイフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09395
夏草の 茂りてかたち 変りたる 中洲に低く よしきり飛べり
ナツクサノ シゲリテカタチ カワリタル ナカスニヒクク ヨシキリトベリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09396
轢かれさうに なりたる犬の 尾を垂れて 急ぐともなく 歩み去る見つ
ヒカレサウニ ナリタルイヌノ オヲタレテ イソグトモナク アユミサルミツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.7


09397
右の耳より 左の耳に 移りつつ いづこともなき タムタムの音
ミギノミミヨリ ヒダリノミミニ ウツリツツ イヅコトモナキ タムタムノオト

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09398
しみじみと 聞きて別れぬ やみがたく 立場を守る ための言葉も
シミジミト キキテワカレヌ ヤミガタク タチバヲマモル タメノコトバモ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09399
スクリユーの ゆるく廻れる 幻覚に 揉まれてゐしは たれのむくろか
カクリユーノ ユルクマワレル ゲンカクニ モマレテヰシハ タレノムクロカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09400
幾つにも かさなりて見ゆる 残月を 仰ぐことにも 馴れて出でゆく
イクツニモ カサナリテミユル ザンゲツヲ アオグコトニモ ナレテイデユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09401
たひらかな 一日を賜へ われのゆく ビル見えたれか 窓を明けゐる
タヒラカナ ヒトヒタマワヘ ワレノユク ビルミエタレカ マドヲアケヰル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09402
壁面の 不意に近づき 目の高さ まるき額縁 ありて揺れたり
ヘキメンノ フイニチカヅキ メノタカサ マルキガクブチ アリテユレタリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09403
ゆくりなく 日の差してをり 君子蘭の 花失ひて 久しき鉢に
ユクリナク ヒノサシテヲリ クリビアノ ハナウシナヒテ ヒサシキハチニ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09404
いらだちの もとの一つに 進みがちな 柱時計の ことなどあらむ
イラダチノ モトノヒトツニ ススミガチナ ハシラドケイノ コトナドアラム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.8


09405
病院へ 行く時間来て 幾つもの 電話鳴りつぐ 部屋よりのがる
ビョウインヘ ユクジカンキテ イクツモノ デンワナリツグ ヘヤヨリノガル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09406
鉱石ラヂオの ホーンを耳に はめしまま 絶えてゐしとふ 眠れるごとく
コウセキラヂオノ ホーンヲミミニ ハメシママ タエテヰシトフ ネムルゴトク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09407
焚きて来し 香の匂ひの 残りゐて 脱ぎしコートを 吊るす夜の壁
タキテコシ カウノニオヒノ ノコリヰテ ヌギシコートヲ ツルスヨノカベ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09408
蝶番の 鋲足りぬまま 閉ざしおく 戸あり目ざめて しばしば思ふ
チョウツガイノ ビョウタリヌママ トザシオク トアリメザメテ シバシバオモフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09409
クローバーの レイ編みし日も はろけきに 襟にほくろを 秘めゐたる母
クローバーノ レイアミシヒモ ハロケキニ エリニホクロヲ ヒメヰタルハハ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09410
花咲ける うちに知りたき 木々の名と 仰ぎつつ森の ほとりをかよふ
ハナサケル ウチニシリタキ キギノナト アオギツツモリノ ホトリヲカヨフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09411
朝靄の 底より翔つと 仰ぐ間に 大いなる弧を ゑがきぬ鳶は
アサモヤノ ソコヨリタツト アオグマニ オオイナルコウヲ ヱガキヌトビハ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09412
前をゆく 車より洩れ わが背筋 むしばむやうな 裏声の唄
マエヲユク クルマヨリモレ ワガセスジ ムシバムヤウナ ウラゴエノウタ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.9


09413
客足の 跡絶ゆる待ちて 少年の 同じところを 幾たびも掃く
キャクアシノ トダユルマチテ ショウネンノ オナジトコロヲ イクタビモハク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09414
間をおきて ときめき光り 稲妻の 音なく遠く 移ろひゆけり
マヲオキテ トキメキヒカリ イナヅマノ オトナクトオク ウツロヒユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09415
籠の戸を しきり啄む インコらに 魔法の解くる 日はいつならむ
カゴノトヲ シキリツイバム インコラニ マホウノトクル ヒハイツナラム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09416
われに無き 技能の一つ 区切りつつ 点字読みゐる 隣室のこゑ
ワレニナキ ギノウノヒトツ クギリツツ テンジヨミヰル リンシツノコヱ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09417
使ひ方を 知らぬ秤の 棚にあり 何にこだはり 朝より思ふ
ツカヒカタヲ シラヌハカリノ タナニアリ ナニニコダハリ アサヨリオモフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09418
たのしきことに 誘ひ呉るると 思はねど 朱肉の壺を 閉ぢて立ちゆく
タノシキコトニ サソヒクルルト オモハネド シュニクノツボヲ トヂテタチユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09419
かかはりの なきことながら 夕まけて 地下ガレージの あたり騒がし
カカハリノ ナキコトナガラ ユウマケテ チカガレージノ アタリサワガシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09420
どんな火も 消されてしまふと 棕櫚を打つ 雨聞きながら 暫らくはゐつ
ドンナヒモ ケサレテシマフト シュロヲウツ アメキキナガラ シバラクハヰツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.10


09421
たまひたる うすべに珊瑚の 玉一つ 病ひ恐れぬ 日の還り来よ
タマヒタル ウスベニサンゴノ ギョクヒトツ ヤマヒオソレヌ ヒノカエリコヨ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09422
眠りゐる 仔犬の耳の ふと動き やがて隣りの ドアのあく音
ネムリヰル コイヌノミミノ フトウゴキ ヤガテトナリノ ドアガアクオト

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09423
モールもて 作れる駱駝 棚に置き とりとめもなく さすらひゆけり
モールモテ ツクレルラクダ タナニオキ トリトメモナク サスラヒユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09424
培ふは ただ病ひのみと 人の言ふ 運命論は みづからも持つ
ツチカフハ タダヤマヒノミト ヒトノイフ ウンメイロンハ ミヅカラモモツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09425
あぢさゐは うすくれなゐの 返り花 しづまりかねて 出でゆくものを
アヂサヰハ ウスクレナヰノ カエリバナ シヅマリカネテ イデユクモノヲ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09426
白鳥座 ともに探しし 遠き日よ 母はすでに盲ひて ゐしにあらずや
ハクチョウザ トモニサガシシ トオキヒヨ ハハハスデニメシヒテ ヰシニアラズヤ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09427
鱗持つ 木と畏れたる かの松も 伐られしといふ 二十年経ぬ
ウロコモツ キトオソレタル カノマツモ キラレシトイフ ニジュウネンヘヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09428
ふるさとの 山家に残る 老い一人 浮子などを今も 集めてゐむか
フルサトノ ヤマガニノコル オイヒトリ ウキナドヲイマモ アツメテヰムカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.11


09429
残されむ 一人のために 死も難し 南天の花 ゆさぶりて見つ
ノコサレム ヒトリノタメニ シモカタシ ナンテンノハナ ユサブリテミツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09430
どの山の 地図ひらきても 静脈の 色つばらかに 川流れたり
ドノヤマノ チズヒラキテモ ジョウミャクノ イロツバラカニ カワナガレタリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09431
楡の葉の そよげる見ゐつ その母を 失はむとする 人のかたはら
ニレノハノ ソヨゲルミヰツ ソノハハヲ ウシナハムトスル ヒトノカタハラ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09432
日を置きて 濁りの去りし 湖に 下駄は浮き靴は 沈めりといふ
ヒヲオキテ ニゴリノサリシ ミズウミニ ゲタハウキクツハ シズメリトイフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09433
硝子切る 音も身近かに 聞きしより 鼓膜の位置の 疼くをりふし
ガラスキル オトモミヂカニ キキシヨリ コマクノイチノ ウズクヲリフシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09434
水いろの 小さき卵 わが庭に 生みゆける鳥の 帰る日ありや
ミズイロノ チイサキタマゴワガニワニ ウミユケルトリノ カエルヒアリヤ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09435
風呂敷に 氷塊を包み 買へる見つ 母などの病む 少女ならむか
フロシキニ ヒョウカイヲクルミ カヘルミツ ハハナドノヤム ショウジョナラムカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09436
雨あとの 雫をおとす 黄櫨の葉も 髪に飾らむ ほどに色づく
アメアトノ シズクヲオトス ハゼノハモ カミニカザラム ホドニイロヅク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.12


09437
木の洞に いつまであらむ 翅たたみ 押し葉となれる 蝶の一枚
キノウロニ イツマデアラム ハネタタミ オシバトナレル チョウノイチマイ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09438
年輪の ひずみに添ひて にじみゐる そこはかとなき 樹脂のくれなゐ
ネンリンノ ヒズミニソヒテ ニジミヰル ソコハカトナキ ジュシノクレナヰ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09439
山もとの 基地を日照雨の 降り過ぐる しづけき朝に ゆくりなく遭ふ
ヤマモトノ キチヲソバエノ フリスグル シヅケキアサニ ユクリナクアフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09440
教へ子の 一人二人と 子をなして われに見えざる もののまぶしさ
オシヘゴノ ヒトリフタリト コヲナシテ ワレニミエザル モノノマブシサ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09441
木犀の 根づけるさまを 見届けて 安らぎのふと 失意に似たり
モクセイノ ネヅケルサマヲ ミトドケテ ヤスラギノフト シツイニニタリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09442
砂利に根を 張りたる穂草 抜きてゐて なしあぐむことの 多きを思ふ
ジャリニネヲ ハリタルホグサ ヌキテヰテ ナシアグムコトノ オオキヲオモフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09443
庖丁を 今日は砥がせて 新しき 家に慣れゆく 妹のさま
ホウチョウヲ キョウハトガセテ アタラシキ イエニナレユク イモウトノサマ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09444
日のくれに 帰れる犬の 身顫ひて 遠き砂漠の 砂まき散らす
ヒノクレニ カエレルイヌノ ミブルヒテ トオキサバクノ スナマキチラス

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.13


09445
煩はしき 光りをまとふ 木々となり 動かぬ影の 何一つなし
ワズラハシキ ヒカリヲマトフ キギトナリ ウゴカヌカゲノ ナニヒトツナシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09446
脚長き 人々の来て 道の上 何かしきりに 踏まれてゆけり
アシナガキ ヒトビトノキテ ミチノウエ ナニカシキリニ フマレテユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09447
夜の更けの 道に諍ふ 人のこゑ 男の声は 低く途切るる
ヨノフケノ ミチニアラソフ ヒトノコヱ オトコノコエハ ヒククトギルル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09448
ひとすぢの 金属音を 曳くごとし 翅持つ種子の 空を飛びゆく
ヒトスヂノ キンゾクオンヲ ヒクゴトシ ハネモツシュシノ ソラヲトビユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09449
埋めたての 人ら去りゆき パレットの かたちに白く 暮れ残る沼
ウメタテノ ヒトラサリユキ パレットノ カタチニシロク クレノコルヌマ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09450
みそかごと 語らひゆくに あらねども 声ひびきあふ 石道となる
ミソカゴト カタラヒユクニ アラネドモ コエヒビキアフ イシミチトナル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09451
茅の穂の 風に騒ぎて どの道を 抜けても寒き 夕ぐれの坂
カヤノホノ カゼニサワギテ ドノミチヲ ヌケテモサムキ ユウグレノサカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09452
洗ひたる 髪を垂らして いづくにか 灰の降る夜を 遠く眠りぬ
アラヒタル カミヲタラシテ イヅクニカ ハイノフルヨヲ トオクネムリヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.14


09453
ゆるやかに 移る画面に 煙りあがり 地平のはての 私刑を見しむ
ユルヤカニ ウツルガメンニ ケムリアガリ チヘイノハテノ シケイヲミシム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09454
撃たれしは 土民の少女 羽根あまた 髪に飾れる よそほひのまま
ウタレシハ ドミンノショウジョ ハネアマタ カミニカザレル ヨソホヒノママ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09455
いまだ値の つかぬ野菜の かがやきて 露もろともに 運ばれゆけり
イマダネノ ツカヌヤサイノ カガヤキテ ツユモロトモニ ハコバレユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09456
秋の来て いち早く手を 荒らす見つ 赤き手套を 編む内職に
アキノキテ イチハヤクテヲ アラスミツ アカキミトンヲ アムナイショクニ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09457
ルーレット とまれる谷に よみがへる 何あらむ目を 閉ぢて待ちつつ
ルーレット トマレルタニニ ヨミガヘル ナニアラムメヲ トヂテマチツツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09458
届きたる ウイーンの地図を ひろげつつ 旅ゆく人の 手を恋ひゐたり
トドキタル ウイーンノチズヲ ヒロゲツツ タビユクヒトノ テヲコヒヰタリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09459
ゴムの葉など 洗ひゐる間に みどり児を すりかへらるる 怖れはなきか
ゴムノハナド アラヒヰルマニ ミドリゴヲ スリカヘラルル オソレハナキカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09460
榧の実の 一日降りしき いち早く 冬の保護色と なるけものたち
カヤノミノ ヒトヒフリシキ イチハヤク フユノホゴショクト ナルケモノタチ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.15


09461
神の使者は 何を着て来む 風の日も 言葉つつしみ 人に対へり
カミノシシャハ ナニヲキテコム カゼノヒモ コトバツツシミ ヒトニツイヘリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09462
一羽のみと なりしインコも 目ざめつつ ママレード煮る 香の部屋に満つ
イチワノミト ナリシインコモ メザメツツ ママレードニル カノヘヤノミツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09463
身内には 言へぬことあり 駅までを 伴へる人にも 告げず別れぬ
ミウチニモ イヘヌコトアリ エキマデヲ トモナヘルヒトニモ ツゲズワカレヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09464
たれの絵の 構図ともなく 渦なして 土管に呑まれ ゆく泥のさま
タレノエノ コウズトモナク ウズナシテ ドカンニノマレ ユクドロノサマ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09465
魔除けの印を 衿に縫ひくれし 母は亡し 眠られぬ夜の 続けば思ふ
マヨケノインヲ エリニヌヒクレシ ハハハナシ ネムラレヌヨノ ツヅケバオモフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09466
いつまでも とろ火に何を 煮てゐけむ をりをりさびし 母の憶ひ出
イツマデモ トロビニナニヲ ニテヰケム ヲリヲリサビシ ハハノオモヒデ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09467
金柑の やさしき重み 手にのせて 一粒づつの 核を抜きゆく
キンカンノ ヤサシキオモミ テニノセテ ヒトツブヅツノ カクヲヌキユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09468
枯れ枝を ぴしぴし折りて くべてゆく 仕事にかかる 前の工夫ら
カレエダヲ ピシピシオリテ クベテユク シゴトニカカル マエノコウフラ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.16


09469
坂道は 霧ふかくして 白樺の 材を積みたる トラック行けり
サカミチハ キリフカクシテ シラカバノ ザイヲツミタル トラックユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09470
風圧を かいくぐりゆく 鷺のさま 低き一羽は しげくはばたく
フウアツヲ カイクグリユク サギノサマ ヒクキイチワハ シゲクハバタク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09471
落葉を 終れる木立 木守りの 柿の一顆の 重き夜あらむ
ラクヨウヲ オワレルコダチ キマモリノ カキノイッカノ オモキヨアラム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09472
歌垣の 跡をたづねむ もくろみも 古りて今年の 野分に吹かる
ウタガキノ アトヲタヅネム モクロミモ フリテコトシノ ノワキニフカル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09473
毛糸の玉は やさしく膝へ 返りつつ 妹に編む 青のストール
ケイトノタマハ ヤサシクヒザヘ カエリツツ イモウトニアム アオノストール

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09474
もの言はぬ 亀の夜毎に 現はるる 夢も恐れぬ までに癒え来ぬ
モノイハヌ カメノヨゴトニ アラハルル ユメモオソレヌ マデニイエコヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09475
三面鏡を たたみて出づる 朝々の 怒りはつねに みづからに向く
サンメンキョウヲ タタミテイヅル アサアサノ イカリハツネニ ミヅカラニムク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09476
サインペン もて次々に 書かれゆき 姓と名の持つ 不思議な調和
サインペン モテツギツギニ カカレユキ セイトナノモツ フシギナチョウワ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.17


09477
例証を あげつつ人の きほふとき 音なくわれの 下降始まる
レイショウヲ アゲツツヒトノ キホフトキ オトナクワレノ カコウハジマル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09478
偽りの 印章を押しし 手と思ひ 葉巻揉むとき つくづくと見つ
イツワリノ インショウヲオシシ テトオモヒ ハマキモムトキ ツクヅクトミツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09479
軒下の 八つ手の花に 蜂も来ず 窓いっぱいに 降りしきる雨
ノキシタノ ヤツデノハナニ ハチモコズ マドイッパイニ フリトキルアメ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09480
のがれ得ぬ 雪崩なりしや ふたたびの 忌の夜にひびく 木枯のこゑ
ノガレエヌ ナダレナリシヤ フタタビノ キノヨニヒビク コガラシノコヱ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09481
ステーヂに 紙の吹雪の 降りしきり 老いさらばへし 人を歩ます
ステーヂニ カミノフブキノ フリシキリ オイサラバヘシ ヒトヲアユマス

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09482
バスを待つ 寒き川べり 胸の毛を よごして帰る わが犬に会ふ
バスヲマツ サムキカワベリ ムネノケヲ ヨゴシテカエル ワガイヌニアフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09483
ひとり身を 照らし出されぬ ヘッドライトの 穂先が棒の ごとく伸び来て
ヒトリミヲ テラシダサレヌ ヘッドライトノ ホサキガボウノ ゴトクノビキテ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09484
凍りたる 葱むきをれば かつがつに 生きて終らむ ゆく末も見ゆ
コオリタル ネギムキヲレバ カツガツニ イキテオワラム ユクスエモミユ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.18


09485
雪を見て 日すがら臥り ゐしといふ 何しゐたらむ かの日のわれは
ユキヲミテ ヒスガラコヤリ ヰシトイフ ナニシヰタラム カノヒノワレハ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09486
出で歩く 日の稀にして よくものを 失ふことの 今も変らず
イデアルク ヒノマレニシテ ヨクモノヲ ウシナフコトノ イマモカワラズ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09487
色盲の ゆゑと知るとも 褐色の 薔薇いっぱいに あふるる画面
シキモウノ ユヱトシルトモ カツショクノ バライッパイニ アフルルガメン

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09488
美しき 拘束といへる 言葉あり 妹のルージュ 買ひゐて思ふ
ウツクシキ コウソクトイヘル コトバアリ イモウトノルージュ カヒヰテオモフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09489
音もなく 木々に降る雪 かの冬より 還らぬ人の 花かも知れず
オトモナク キギニフルユキ カノフユヨリ カエラヌヒトノ ハナカモシレズ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09490
針箱を 新しき罐に 替へておく 春のコートを 縫はむ日近く
ハリバコヲ アタラシキカンニ カヘテオク ハルノコートヲ ヌハムヒチカク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09491
膝かけを われに編めりと いふ便り ぬくとき風に 吹かるるごとし
ヒザカケヲ ワレニアメリト イフタヨリ ヌクトキカゼニ フカルルゴトシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09492
人を刺す ことなかりしや ペン軸の 無数の傷を 見つつ思へば
ヒトヲサス コトナカリシヤ ペンジクノ ムスウノキズヲ ミツツオモヘバ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.19


09493
藻のごとき 木立の影を ひき裂きて また音もなく 去る車あり
モノゴトキ コダチノカゲヲ ヒキサキテ マタオトモナク サルクルマアリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09494
ミシン踏めば ミシンの音に まぎれゆき 憎まるるほどの こともなし得ぬ
ミシンフメバ ミシンノオトニ マギレユキ ニクマルルホドノ コトモナシエヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09495
くさぐさの 故売の品に 美しき 音を満たしゐし ごときかの壺
クサグサノ コバイノシナニ ウツクシキ オトヲミタシヰシ ゴトキカノツボ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09496
護符の紐を 首にかけやる 古りし世の 母のさま埃及の 壁画は見しむ
ゴフノヒモヲ クビニカケヤル フリシヨノ ハハノサマエジプトノ ヘキガハミシム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09497
唱ふれば 成ると教はり 唱へたる 幼き日より 信深からず
トナフレバ ナルトオソハリ トナヘタル オサナキヒヨリ シンフカカラズ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09498
まどろみの 隙間をみたす 水ありて ただよひゆけり われのてのひら
マドロミノ スキマヲミタス ミズアリテ タダヨヒユケリ ワレノテノヒラ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09499
鍵盤の 白と黒との 溶けあふと 尽きぬ歎きの いづこより来る
ケンバンノ シロトクロトノ トケアフト ツキヌナゲキノ イヅコヨリクル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09500
蠟涙の 椅子に流れて ゐしことも われを朝より 崩さむとする
ロウルイノ イスニナガレテ ヰシコトモ ワレヲアサヨリ クズサムトスル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.20


09501
足もとの 石の割れ目を 噴き出でて 無法に水の ひろがりゆけり
アシモトノ イシノワレメヲ フキイデテ ムホウニミズノ ヒロガリユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09502
春遅き 年と思ふに まんさくの 花封じよこす 故郷の手紙
ハルオソキ トシトオモフニ マンサクノ ハナフウジヨコス コキョウノテガミ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09503
縫ひものを しをれば時の たつ早し 西のガラスの 明るみそめぬ
ヌヒモノヲ シヲレバトキノ タツハヤシ ニシノガラスノ アカルミソメヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09504
流したる 雛の一つの 去りやらず 眉目なき顔の しろじろとして
ナガシタル ヒナノヒトツノ サリヤラズ ビモクナキカオノ シロジロトシテ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09505
草を食む 馬などの不意に やさしくて たんぽぽの黄の そよげるを見つ
クサヲハム ウマナドノフイニ ヤサシクテ タンポポノキノ ソヨゲルヲミツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09506
水の香を 嗅ぎつけてはやる わが小犬 草萌えしるき 丘を越えつつ
ミズノカヲ カギツケテハヤル ワガコイヌ クサモエシルキ オカヲコエツツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09507
太陽の ひといろをともす たんぽぽと 嗅げばさやかに 野生の匂ひ
タイヨウノ ヒトイロヲトモス タンポポト カゲバサヤカニ ヤセイノニオヒ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09508
うとまれて つひに逝かしし 人のあり 短かく病みて 母は死ににき
ウトマレテ ツヒニユカシシ ヒトノアリ ミジカクヤミテ ハハハシニニキ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.21


09509
いくたびも 沈みては浮く 夢のなか 沈みきりたく なりて沈みき
イクタビモ シズミテハウク ユメノナカ シズミキリタク ナリテシズミキ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09510
銃声の ごとくにわれを つんざきて 呼ぶ声のなかに めざめて行きぬ
ジュウセイノ ゴトクニワレヲ ツンザキテ ヨブコエノナカニ メザメテユキヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09511
野の鳥の 呼びかはすこゑ 美しき 羽根をわが身は 持つこともなし
ノノトリノ ヨビカハスコヱ ウツクシキ ハネヲワガミハ モツコトモナシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09512
屑鉄の 山乾きゐて 匂はぬを 不思議となして 河原過ぎゆく
クズテツノ ヤマカワキヰテ ニオハヌヲ フシギトナシテ カワラスギユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09513
営庭の 跡の草むら 春たけて 軍用犬の 塚は小さし
エイテイノ アトノクサムラ ハルタケテ グンヨウケンノ ツカハチイサシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09514
雪の夜の 寂しき悔いを 今に持ち そよぐ芽ぶきの ごとき思ひよ
ユキノヨノ サビシキクイヲ イマニモチ ソヨグメブキノ ゴトキオモヒヨ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09515
夜の雨に 小さき笛は 立ち直り マーガレットの 葉のかたち見す
ヨルノアメニ チイサキフエハ タチナオリ マーガレットノ ハノカタチミス

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09516
竹を割く 音の次第に 澄みて来ぬ 野鳩のむれの 飛びたちしあと
タケヲサク オトノシダイニ スミテコヌ ノバトノムレノ トビタチシアト

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.22


09517
姉妹に 小さき雪靴 編み呉れき 藁の匂ひを 嗅げば思ほゆ
キョウダイニ チイサキユキグツ アミクレキ ワラノニオヒヲ カゲバオモホユ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09518
ブランデイ 蜜に濁して ゆすりつつ グラスの底に しばし潜まむ
ブランデイ ミツニニゴシテ ユスリツツ グラスノソコニ シバシヒソマム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09519
朝がたの 眠りに浮きて 人と人 波のごとくに 触れあひゆけり
アサガタノ ネムリニウキテ ヒトトヒト ナミノゴトクニ フレアヒユケリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09520
まざまざと 羽音をたてて 水鳥の われはいづこの 渚に憩ふ
マザマザト ハオトヲタテテ ミズドリノ ワレハイヅコノ ナギサニイコフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09521
剥落の はげしき仏画 口角の するどく裂けて ゐし忘られず
ハクラクノ ハゲシキブツガ コウカクノ スルドクサケテ ヰシワスラレズ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09522
幾たびも 背後かすめて 何やらむ 漆黒の荷を 積めるトラック
イクタビモ ハイゴカスメテ ナニヤラム シッコクノニヲ ツメルトラック

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09523
喪のリボン はづしつつ思ふ 生きの日に なしがたかりし 和解を遂げぬ
モノリボン ハヅシツツオモフ イキノヒニ ナシガタカリシ ワカイヲトゲヌ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09524
日に二度は 渡る橋なり トラックを とめて乗る少女 見る朝のあり
ヒニニドハ ワタルハシナリ トラックヲ トメテノルショウジョ ミルアサノアリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.23


09525
平坦の 草原を来て 久しきに 登りとなれる 道あたたかし
ヘイタンノ ソウゲンヲキテ ヒサシキニ ノボリトナレル ミチアタタカシ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09526
去年の蝶 今年の蝶と 分きがたく サングラスのなかに いつまでも舞ふ
コゾノチョウ コトシノチョウト ワキガタク サングラスノナカニ イツマデモマフ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09527
いかほどの よろこびあらむ げんげ田に 蜂を放てる 顫鳴のなか
イカホドノ ヨロコビアラム ゲンゲタニ ハチヲハナテル センメイノナカ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09528
川霧の いつしか沈み 見馴れたる 灯をちりばめて 暮れてゆく街
カワギリノ イツシカシズミ ミナレタル ヒヲチリバメテ クレテユクマチ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09529
前かがみに 見えて危ふき 石の像 夜学校より コーラスは湧く
マエカガミニ ミエテアヤフキ イシノゾウ ヤガッコウヨリ コーラスハワク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09530
のがれゆく 埴輪の馬の まろらなる 鈴が音遠く 聞きつつ眠る
ノガレユク ハニワノウマノ マロラナル スズガネトオク キキツツネムル

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09531
水桶を 頭上に重く 捧げゐつ 砂塵に眼 閉ぢしときの間
ミズオケヲ ズジョウニオモク ササゲヰツ サジンニマナコ トヂシトキノマ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09532
雪渓の いづこも寒し なきがらを 残さざる死を 遂げむと言ひき
セッケイノ イヅコモサムシ ナキガラヲ ノコサザルシヲ トゲムトイヒキ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.24


09533
笑ひ声の 高きことなど 母に似る われと思ひて 人と並みゆく
ワラヒゴエノ タカキコトナド ハハニニル ワレトオモヒテ ヒトトナミユク

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09534
棕櫚の葉の 窓をおほひて シユーマンの 楽譜たどるに 暗き昼すぎ
シュロノハノ マドヲオホヒテ シユーマンノ ガクフタドルニ クラキヒルスギ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09535
みがきたる ランプともせば 玻璃の筒に とざされて細き 芯燃ゆるなり
ミガキタル ランプトモセバ ハリノツツニ トザサレテホソキ シンモユルナリ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09536
失ふに 惜しく残れる 何あらむ すりぬけてゆく 夜の人ごみを
ウシナフニ オシクノコレル ナニアラム スリヌケテユク ヨノヒトゴミヲ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09537
身をよぎる よろこびも今は かすかにて 綿雲の浮く 空思ひゐつ
ミヲヨギル ヨロコビモイマハ カスカニテ ワタグモノウク ソラオモヒヰツ

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09538
わが持てる 壺の一つに いつの日か こまかき骨と して収まらむ
ワガモテル ツボノヒトツニ イツノヒカ コマカキホネト シテオサマラム

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25


09539
みづからの 問ひも答へも おのづから 定まるに似て 夜の雨の音
ミヅカラノ トヒモコタヘモ オノヅカラ サダマルニニテ ヨノアメノオト

『歌集現代』(短歌新聞社 1969.11) p.25