さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

歌壇

 
麦畑          昨日まで        最短距離を       春紫苑         
思はざる        行く雲は        紺いろの        われの目も       
ひしひしと       手袋を         さまざまの       松葉杖は        
ペチュニアの      茹でし菜の       絹針を         口少し         
軍手せる        色褪せて        温水器の        喉元まで        
 
 
 

08687
麦畑 わづかに熟れて この町に 雲水などは 見かけずなりぬ
ムギバタケ ワヅカニウレテ コノマチニ ウンスイナドハ ミカケズナリヌ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.18


08688
昨日まで トラックの来て ゐしあたり 松の花粉に 染まる水あり
キノウマデ トラックノキテ ヰシアタリ マツノカフンニ ソマルミズアリ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.18


08689
最短距離を 知りゐるごとく 音もなく 渡りゆきたり 小さき蛇は
サイタンキョリヲ シリヰルゴトク オトモナク ワタリユキタリ チイサキヘビハ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.19


08690
春紫苑 隙なく咲きて 底無しの 沼といへども 陽に凪ぎわたる
ハルシオン スキナクサキテ ソコナシノ ヌマトイヘドモ ヒニナギワタル

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.19


08691
思はざる 視角に入りて 弓なりに 胴を伸ばして ゐる猫を見つ
オモハザル シカクニイリテ ユミナリニ ドウヲノバシテ ヰルネコヲミツ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.19


08692
行く雲は 捲き毛のやうに ほぐれつつ 一触即発の ときも過ぎたり
ユククモハ マキゲノヤウニ ホグレツツ イッショクソクハツノ トキモスギタリ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.19


08693
紺いろの 皮膜となれる 夜の空に 飛び火のごとし 白の水木は
コンイロノ ヒマクトナレル ヨノソラニ トビヒノゴトシ シロノミズキハ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.19


08694
われの目も けものの如く 光らむか まともに自転車の ライトを浴びて
ワレノメモ ケモノノゴトク ヒカラムカ マトモニジテンシャノ ライトヲアビテ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.19


08695
ひしひしと 人の増えくる 夢なりき 石筍などの 立つさまに似て
ヒシヒシト ヒトノフエクル ユメナリキ セキジュンナドノ タツサマニニテ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.20


08696
手袋を 濡らして寒く 従きゆきし 雪の一夜の ありし忘れず
テブクロヲ ヌラシテサムク ツキユキシ ユキノヒトヨノ アリシワスレズ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.20


08697
さまざまの 物を載せ来し てのひらに カリフォルニアの さくらんぼ置く
サマザマノ モノヲノセコシ テノヒラニ カリフォルニアノ サクランボオク

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.20


08698
松葉杖は 投げ出されゐて 病み長き 人の乱れを 見し思ひせり
マツバヅエハ ナゲダサレヰテ ヤミナガキ ヒトノミダレヲ ミシオモヒセリ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.20


08699
ペチュニアの 目を射る赤さ 見て過ぎて 思へることの ふと遠ざかる
ペチュニアノ メヲイルアカサ ミテスギテ オモヘルコトノ フトトオザカル

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.20


08700
茹でし菜の 根元そろへて 泳がする 鉢の真水の 冷たさも良き
ユデシナノ ネモトソロヘテ オヨガスル ハチノマミズノ ツメタサモヨキ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.20


08701
絹針を はこびて裾を 絎けてゆく たのしみなども いつか失ふ
キヌバリヲ ハコビテスソヲ クケテユク タノシミナドモ イツカウシナフ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.21


08702
口少し あけて振り向く 顔一つ 絵巻のなかに ありてあざむく
クチスコシ アケテフリムク カオヒトツ エマキノナカニ アリテアザムク

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.21


08703
軍手せる 大き手うごき 白炭は 骨の音して かき寄せられぬ
グンテセル オオキテウゴキ ハクタンハ ホネノオトシテ カキヨセラレヌ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.21


08704
色褪せて たるみゐにしが 直立し 青葱はみな 花を揚げたり
イロアセテ タルミヰニシガ チョクリツシ アオネギハミナ ハナヲアゲタリ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.21


08705
温水器の 音と気づけど なほしばし 地底の音の ごとく続けり
オンスイキノ オトトキヅケド ナホシバシ チテイノオトノ ゴトクツヅケリ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.21


08706
喉元まで 水を満たして 芍薬を 活けて重たき 壺となりたり
ノドモトマデ ミズヲミタシテ シャクヤクヲ イケテオモタキ ツボトナリタリ

『歌壇』(本阿弥書店 1987.9) 第1巻4号 p.21