さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

短歌

 
いつの日の       ついばみて       保つべき        女にて         
わが知らぬ       どのやうな       消しておく       みづからの       
背後より        さわがしく       かなへられぬ      眠り薬の        
青みさす        うす雲に        階段を         踊り場の        
運といふ        目の前が        すさみゐし       山の地図を       
告ぐるべき       花びらの        色の濃き        ゴムの輪を       
炊ぎなどに       わが使ふ        生命線の        反復を         
はじけたる       あけびの花の      赤松の         下り来て        
旅びとも        スカートを       雨傘を         白の花の        
思はむときに      咲きそろふ       箪笥一棹と       何事か         
鳥も虫も        混線し         もろともに       身を責めて       
日のくれを       亡き人の        われの名を       惜しみつつ       
右腕を         灯を一つ        
 
 
 

07802
いつの日の 海とも知れず 現るる 水平線は つねに目の高さ
イツノヒノ ウミトモシレズ アラワルル スイヘイセンハ ツネニメノタカサ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.64


07803
ついばみて 足もとにゐし 鳩一羽 ふとなまぐさし 飛びたつときは
ツイバミテ アシモトニヰシ ハトイチワ フトナマグサシ トビタツトキハ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.65


07804
保つべき 距離と思ふに 鼓動などの 木にも草にも あるごとき日よ
タモツベキ キョリトオモフニ コドウナドノ キニモクサニモ アルゴトキヒヨ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.65


07805
女にて 怯む思ひの 間々きざす 人ごみのなか いま橋の上
オンナニテ ヒルムオモヒノ ママキザス ヒトゴミノナカ イマハシノウエ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.65


07806
わが知らぬ 職種もあらむ かたはらの 一人は磁気の ごときをまとふ
ワガシラヌ ショクシュモアラム カタハラノ ヒトリハジキノ ゴトキヲマトフ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.65


07807
どのやうな かなしみをまた 知るわれか 胸濡らしつつ 髪を洗へり
ドノヤウナ カナシミヲマタ シルワレカ ムネヌラシツツ カミヲアラヘリ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.65


07808
消しておく テレビに映り ゆくりなく 逆三角を なすもわが顔
ケシテオク テレビニウツリ ユクリナク ギャクサンカクヲ ナスモワガカオ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.65


07809
みづからの こめかみ押して 堪へむとす 分別といふが よみがへりつつ
ミヅカラノ コメカミオシテ タヘムトス ブンベツトイフガ ヨミガヘリツツ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.65


07810
背後より しづもる夜更け 使ひたる 鋏を置けば 音はねかへる
ハイゴヨリ シヅモルヨフケ ツカヒタル ハサミヲオケバ オトハネカヘル

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.66


07811
さわがしく 光を反し ゐたる雪 しみじみ白し 夜の闇に見て
サワガシク ヒカリヲカヘシ ヰタルユキ シミジミシロシ ヨノヤミニミテ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.66


07812
かなへられぬ 願ひの一つ 前面に 踊りて出づる 黒衣を待つは
カナヘラレヌ ネガヒノヒトツ ゼンメンニ オドリテイヅル クロコヲマツハ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.66


07813
眠り薬の きき出すころか 胸の上に 軟体となる 十本の指
ネムリグスリノ キキダスコロカ ムネノウエニ ナンタイトナル ジッポンノユビ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.66


07814
青みさす 雪のあけぼの きぬぎぬの あはれといふも 知らで終らむ
アオミサス ユキノアケボノ キヌギヌノ アハレトイフモ シラデオワラム

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.66


07815
うす雲に まぎるるほどの 残月と 仰ぎしことも 夢かも知れず
ウスグモニ マギルルホドノ ザンゲツト アオギシコトモ ユメカモシレズ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.66


07816
階段を 昇りゆくとき ひざまづく かたちに椅子の 見ゆる事務室
カイダンヲ ノボリユクトキ ヒザマヅク カタチニイスノ ミユルジムシツ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.66


07817
踊り場の ガラスはいつも 曇りゐて 坂下の沼と けぢめのつかぬ
オドリバノ ガラスハイツモ クモリヰテ サカシタノヌマト ケヂメノツカヌ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.67


07818
運といふ たれにもつきまとふ ものならむ 採点に根を 詰めゐて思ふ
ウントイフ タレニモツキマトフ モノナラム サイテンニコンヲ ツメヰテオモフ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.67


07819
目の前が 真紅に染みぬ シクラメンを 届けむといふ 電話聞きつつ
メノマエガ シンクニソミヌ シクラメンヲ トドケムトイフ デンワキキツツ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.67


07820
すさみゐし 午後と思ふに はかどれる 仕事のことを 人の言ひゆく
スサミヰシ ゴゴトオモフニ ハカドレル シゴトノコトヲ ヒトノイヒユク

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.67


07821
山の地図を 柩に入れて やる見つつ 死者になし得る なべてさびしき
ヤマノチズヲ ヒツギニイレテ ヤルミツツ シシャニナシウル ナベテサビシキ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.67


07822
告ぐるべき 人もあらねど 喪の家の 夜の賑はひを 脱けて戻り来
ツグルベキ ヒトモアラネド モノイエノ ヨルノニギハヒ ヌケテモドリク

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.67


07823
花びらの 反りて辛夷も 過ぎむとす 影の濃き日と 思ひ仰げば
ハナビラノ ソリテシンイモ スギムトス カゲノコキヒト オモヒアオゲバ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.67


07824
色の濃き プラム・無花果 入り混り 喧しく見ゆ 果実の店は
イロノコキ プラム・イチジク イリマジリ カシマシクミユ カジツノミセハ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.68


07825
ゴムの輪を 手首に嵌めて ゐる人の 女のやうな 指がレジ打つ
ゴムノワヲ テクビニハメテ ヰルヒトノ オンナノヤウナ ユビガレジウツ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.68


07826
炊ぎなどに 時割くことも あへなくて セロリは匂ふ 夜の厨に
カシギナドニ トキサクコトモ アヘナクテ セロリハニオフ ヨルノクリヤニ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.68


07827
わが使ふ 光と水と 火の量の 測られて届く 紙片三枚
ワガツカフ ヒカリトミズト ヒノリョウノ ハカラレテトドク シヘンサンマイ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.68


07828
生命線の 短き手相 見てしまひ 思へることの ちりぢりとなる
セイメイセンノ ミジカキテソウ ミテシマヒ オモヘルコトノ チリヂリトナル

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.68


07829
反復を のがれむとのみ ゆく旅に しだれ桜は 見ごろと言へり
ハンプクヲ ノガレムトノミ ユクタビニ シダレザクラハ ミゴロトイヘリ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.68


07830
はじけたる 草の実にふと たじろぎし 鳩のそのまま 歩み去りたり
ハジケタル クサノミニフト タジロギシ ハトノソノママ アユミサリタリ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.68


07831
あけびの花の 芯の黒まで 行き着きて また戻りくる 何の意識か
アケビノハナノ シンノクロマデ ユキツキテ マタモドリクル ナンノイシキカ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.69


07832
赤松の 幹に斜めに たち割られ 遠くかがやく 苗代の水
アカマツノ ミキニナナメニ タチワラレ トオクカガヤク ナワシロノミズ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.69


07833
下り来て 遠目となれる 夜の桜 なまあたたかし ふり返るとき
クダリキテ トホメトナレル ヨノサクラ ナマアタタカシ フリカエルトキ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.69


07834
旅びとも 馬も疲れて 眠りたらむ セロファンが道を 吹かれてゆけり
タビビトモ ウマモツカレテ ネムリタラム セロファンガミチヲ フカレテユケリ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.69


07835
スカートを たたみて置きて 眠らむに 久しく聞かず ダミアの唄も
スカートヲ タタミテオキテ ネムラムニ ヒサシクキカズ ダミアノウタモ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.69


07836
雨傘を 持たせて帰し やりしあと 争はむ家族も われにはあらぬ
アマガサヲ モタセテカエシ ヤリシアト アラソハムカゾクモ ワレニハアラヌ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.69


07837
白の花の 多き季節と 言ひてゐし 亡き母を思ふ 雨に倦む日は
シロノハナノ オオキキセツト イヒテヰシ ナキハハヲオモフ アメニウムヒハ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.69


07838
思はむときに 目に来る記憶の 一つにて 皇帝ハイレ・ セラシエの写真
オモハムトキニ メニクルキオクノ ヒトツニテ コウテイハイレ・ セラシエノシャシン

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.70


07839
咲きそろふ 黄の薔薇のなか 布きれの やうに余れる 花びらは見ゆ
サキソロフ キノバラノナカ ヌノキレノ ヤウニアマレル ハナビラハミユ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.70


07840
箪笥一棹と 思へど移す あてあらず また幾日が 降りつづく雨
タンスヒトサオト オモヘドウツス アテアラズ マタイクニチガ フリツヅクアメ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.70


07841
何事か 夜の明くるまに 終りゐて 少女らは みな白の靴履く
ナニゴトカ ヨノアクルマニ オワリヰテ ショウジョラハ ミナシロノクツハク

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.70


07842
鳥も虫も みな地に落ちて 死にてをり 夏の落ち葉を 掃きつつ思ふ
トリモムシモ ミナチニオチテ シニテヲリ ナツノオチバヲ ハキツツオモフ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.70


07843
混線し 入りくる曲の 名も知らず 短く切れぬ 夜の電話は
コンセンシ イリクルキョクノ ナモシラズ ミジカクキレヌ ヨルノデンワハ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.70


07844
もろともに 声を挙げたる たれも亡し 間遠になりて 花火は終る
モロトモニ コエヲアゲタル タレモナシ マドホニナリテ ハナビハオワル

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.70


07845
身を責めて うすらぐ咎と 思はねど 旅ゆきて売子木の 花どきに遭ふ
ミヲセメテ ウスラグトガト オモハネド タビユキテエゴノ ハナドキニアフ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.71


07846
日のくれを ひそみて待ちて ゐし如く ライトを浴びす 噴水の穂に
ヒノクレヲ ヒソミテマチテ ヰシゴトク ライトヲアビス フンスイノホニ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.71


07847
亡き人の 使ひ残せる 香水も 飛びて小さき 瓶すきとほる
ナキヒトノ ツカヒノコセル コウスイモ トビテチイサキ ビンスキトホル

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.71


07848
われの名を うすく彫りたる 銀の匙 まことさいはひ うすきわが名よ
ワレノナヲ ウスクホリタル ギンノサジ マコトサイハヒ ウスキワガナヨ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.71


07849
惜しみつつ 時間を食べて ゐる虫の われかと思ひ 膝に手を置く
オシミツツ ジカンヲタベテ ヰルムシノ ワレカトオモヒ ヒザニテヲオク

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.71


07850
右腕を かばはむとのみ 眠りつつ つめたき魚と なりては目ざむ
ミギウデヲ カバハムトノミ ネムリツツ ツメタキウオト ナリテハメザム

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.71


07851
灯を一つ 残して出でて ゆく習ひ 忌の日の薔薇も しをれそめつつ
ヒヲヒトツ ノコシテイデテ ユクナラヒ キノヒノバラモ シヲレソメツツ

『短歌』(角川書店 1974.9) 第21巻9号 p.71