さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

形成

 
ねぢ釘を        みどり児を       庇はむと        事務室の        
はかどらぬ       粉チーズ        四日目の        甲虫の         
かすかなる       あたたかき       天気予報を       夜の海に        
吊られゐる       パパイアの       抜け道を        蜂蜜の         
山の桜の        みちのくの       古びたる        賜びにしは       
ポストへ寄らむ     湖を          盂蘭盆の        あるを願ひ       
堕ちてゆく       存在が         亡き人に        いそしみて       
コップのなかの     秋の日の        綿の雪         ぬけ出でて       
照準の         人づてに        惑はしの        吹き荒れし       
守られて        急速に         この家の        行跡を         
シベリアの       人の持つ        汚染に強き       かぐはしき       
怖るるを        切りかへす       実験室に        掘りあげむ       
なりはひと       ヒッピーの       どうなるか       買ふ方が        
こだはれば       しろじろと       クイーンの       別れたる        
降りやまぬ       エアカーテンの     思ひきり        地下道に        
物憂くて        横にうごく       平安の         喪の家を        
見てはならぬ      思惑の         珊瑚礁と        ゆとりあらば      
暑き夜に        よぢのぼり       意識して        山里は         
五線譜を        スパカコール      旅に出づる       あかあかと       
なすことの       いにしへの       簡潔に         赤錆びの        
いつまでも       さまざまに       人の声の        九回目も        
錯覚に         またぎきに       全きを         三歳の         
たれの吹く       とどこほる       思はざる        しろじろと       
砂などの        生者死者        かなたなる       構へたる        
とのぐもる       とざされて       菜を漬けて       わが書ける       
さまざまの       俯瞰して        待ち長き        生きものの       
ひとすぢの       角印を         いつとなく       落ち葉焚く       
くぐもりて       かりそめに       突き刺して       一日は         
反射的に        片仮名に        兵隊の         はろばろと       
足垂りて        雲がゆき        ほきほきと       体ごと         
白檀の         黄ばみたる       残業を         用の済み        
再びも         一人分と        風落ちて        明日の日を       
宴のあと        落ち入らむ       雨あとの        ストーブを       
花びらの        近づきて        全身の         うつ向きて       
秋草の         返り咲く        わが身より       坂道に         
描きかけて       寄せ植ゑに       夜の更けに       いつ見たる       
喪の家を        亡き父も        遠縁に         病院へ         
ふくよかに       春の雲の        夜の汽車に       胸ふたぎ        
面壁とは        声立てず        マンゴーの       音もなく        
桜桃の         いづこなる       太々と         目覚ましの       
絨緞に         背後など        タクシーの       人の手に        
分れ道とふ       雨あとは        横文字を        あたたかき       
つぎつぎに       母のいまさば      はろばろと       火をつけて       
ループタイに      人の声         透明の         襟もとを        
明けそめて       一枚の         昼過ぎて        隣室の         
雲を見て        誰がための       渋滞の         病院を         
親猫と         全開の         旅行きて        くくり椿        
降り出づる       ケニアなど       いつとなく       新米と         
ふるさとを       病室は         点滴の         浮世絵の        
横顔の         手の届く        暖房の         言ひつのる       
いくひらの       似かよへる       旅先の         白梅は         
亡きあとの       黄の花の        日曜は         花も葉も        
ゆるやかに       しはぶける       夜の鳥の        いまだ見ぬ       
わが住むは       バスに見て       われの道        しろじろと       
絵本見て        稚魚あまた       人の持つ        釣り人の        
いつの日の       つね仰ぐ        幾つもの        しろじろと       
未だ雪の        山あひの        能登の浦は       旅人と         
堂深く         若草いろの       それぞれの       蕗の葉の        
くろぐろと       目の下に        人の声         言ひ出づる       
ゆで玉子を       夜に入りて       肩のへの        野菜籠を        
乾きたる        銀いろの        香水の         むらさきに       
ふるさとに       傍らに         眠られぬ        指先の         
幾重にも        敷き置ける       古傷を         電線の         
働きて         もみぢして       背後より        抜け穴の        
誇張されて       年の瀬の        こもりゐの       オルゴール       
ひっそりと       買ひ戻す        一気に遠き       いつ使ふ        
焼け跡を        会釈して        枯れ草の        救はるる        
ひと刷毛の       嘆きつつ        桟橋の         坂道を         
もやもやに       胡蝶蘭の        ひとりゆく       春の夜の        
落葉松の        水濁る         旦夕に         急がねば        
石仏の         声あげて        先生の         み柩に         
みそなはし       仕へたる        東京へ         われのみの       
ゆるやかに       何を売る        精霊舟の        いくばくを       
逃げ水の        日ぐれとも       断ちがたく       標高を         
花の香に        駅の名を        みちのくの       曲り家は        
美容院の        腕力も         ドアの外は       限られし        
似合ふとふ       起き出でて       曼珠沙華の       傾きて         
熱気球は        返り咲く        砂山を         吊り皮に        
先生の         早馬を         人形の         石鹸の         
結論の         ナレーションの     方向音痴の       持ちあがらぬ      
水玉を         目分量の        道の上に        持ち時間        
春の日は        土手の上を       バスの来て       東京の         
日本は         いくたりを       十四年         しづかなる       
うづもるる       夕焼けを        遠景に         行き違ひに       
かなしみの       つらなれる       桐の実の        植ゑぬ田の       
病むことは       駅前に         風邪に寝て       黒豆を         
好奇心の        こみあへる       乱るるは        幾月か         
ユツカ蘭の       夕焼けに        背後より        呼びとめて       
リラの雨        気にかかり       つねよりも       一滴の         
マニキュアを      かなしみの       眠られぬ        行き止りに       
砂利はじく       気のつけば       病みをれば       うす味の        
ゆるみゐる       つくばひに       ちぎり絵を       
 
 
 

06464
ねぢ釘を 探す箱より 出でて来て 何の鍵とも 知れず小さし
ネヂクギヲ サガスハコヨリ イデテキテ ナンノカギトモ シレズチイサシ

『形成』(形成発行所 1978.5) 第26巻5号(通巻301号) p.4


06465
みどり児を いだく重みも わが知らず 帳簿かかへて 廊を往き来す
ミドリゴヲ イダクオモミモ ワガシラズ チョウボカカヘテ ロウヲユキキス

『形成』(形成発行所 1978.5) 第26巻5号(通巻301号) p.4


06466
庇はむと 思へるひまに あらだてて 人はうとましき 性分を持つ
カバハムト オモヘルヒマニ アラダテテ ヒトハウトマシキ ショウブンヲモツ

『形成』(形成発行所 1978.5) 第26巻5号(通巻301号) p.4


06467
事務室の 外はまた雨 直ちには 答へぬ習ひ いつよりか持つ
ジムシツノ ソトハマタアメ タダチニハ コタヘヌナラヒ イツヨリカモツ

『形成』(形成発行所 1978.5) 第26巻5号(通巻301号) p.4


06468
はかどらぬ こよひの仕事 不揃ひの 紙の裁ち目の 気になりてゐて
ハカドラヌ コヨヒノシゴト フゾロヒノ カミノタチメノ キニナリテヰテ

『形成』(形成発行所 1978.5) 第26巻5号(通巻301号) p.4


06469
粉チーズ 砕きて振りて グラタンの 皿を使ふも 幾月ぶりか
コナチーズ クダキテフリテ グラタンノ サラヲツカフモ イクツキブリカ

『形成』(形成発行所 1978.5) 第26巻5号(通巻301号) p.4


06470
四日目の 夕に熱の 引きて醒む 何も歎かず 経し百時間
ヨッカメノ ユウベニネツノ ヒキテサム ナニモナゲカズ ヘシヒャクジカン

『形成』(形成発行所 1978.5) 第26巻5号(通巻301号) p.4


06471
甲虫の 如くにもがき ゐしわれも 見てゐたる貌も 覚むればあらぬ
コウチュウノ ゴトクニモガキ ヰシワレモ ミテヰタルカオモ サムレバアラヌ

『形成』(形成発行所 1978.5) 第26巻5号(通巻301号) p.4


06472
かすかなる 花粉の匂ひ 地に湧くと 夜のくらがりを 行くとき思ふ
カスカナル カフンノニオヒ チニワクト ヨノクラガリヲ ユクトキオモフ

『形成』(形成発行所 1978.6) 第26巻6号(通巻302号) p.4


06473
あたたかき 夜霧のかなた 街の灯は 粒子撒きたる さまに散らばる
アタタカキ ヨギリノカナタ マチノヒハ リュウシマキタル サマニチラバル

『形成』(形成発行所 1978.6) 第26巻6号(通巻302号) p.4


06474
天気予報を 聞かむラジオは 夜桜に つどふこよひの 人出を伝ふ
テンキヨホウヲ キカムラジオハ ヨザクラニ ツドフコヨヒノ ヒトデヲツタフ

『形成』(形成発行所 1978.6) 第26巻6号(通巻302号) p.4


06475
夜の海に 降り込む雪を 思ひゐて いつしか眠る 病みて十日目
ヨノウミニ フリコムユキヲ オモヒヰテ イツシカネムル ヤミテトオカメ

『形成』(形成発行所 1978.6) 第26巻6号(通巻302号) p.4


06476
吊られゐる もののさびしさ 店先の レインコートの 裾ひるがへる
ツラレヰル モノノサビシサ ミセサキノ レインコートノ スソヒルガヘル

『形成』(形成発行所 1978.6) 第26巻6号(通巻302号) p.4


06477
パパイアの 持ち重りする たのしさも 長く続かず 混むバスにゐて
パパイアノ モチオモリスル タノシサモ ナガクツヅカズ コムバスニヰテ

『形成』(形成発行所 1978.6) 第26巻6号(通巻302号) p.4


06478
抜け道を 探してゐしか 夢のなかの われは諦め 易くくぐまる
ヌケミチヲ サガシテヰシカ ユメノナカノ ワレハアキラメ ヤスククグマル

『形成』(形成発行所 1978.6) 第26巻6号(通巻302号) p.4


06479
蜂蜜の 底のこごりも ゆるみ来と したたらせをり ケーキの上に
ハチミツノ ソコノコゴリモ ユルミクト シタタラセヲリ ケーキノウエニ

『形成』(形成発行所 1978.6) 第26巻6号(通巻302号) p.4


06480
山の桜の みごろを知らせ 来し手紙 持ち歩みつつ 四月も過ぎむ
ヤマノサクラノ ミゴロヲシラセ コシテガミ モチアユミツツ シガツモスギム

『形成』(形成発行所 1978.6) 第26巻6号(通巻302号) p.4


06481
みちのくの 干潟思へば 草の穂も 秋の気流に なびかふころか
ミチノクノ ヒガタオモヘバ クサノホモ アキノキリュウニ ナビカフコロカ

『形成』(形成発行所 1978.10) 第26巻10号(通巻306号) p.4


06482
古びたる メジャーの狂ふ ことなくて ほどよく決まる 釦の位置は
フルビタル メジャーノクルフ コトモナク ホドヨクキマル ボタンノイチハ

『形成』(形成発行所 1978.10) 第26巻10号(通巻306号) p.5


06483
賜びにしは 花の賑はふ 鉢なりき 葉のみしげれる 秋のベゴニア
タビニシハ ハナノニギハフ ハチナリキ ハノミシゲレル アキノベゴニア

『形成』(形成発行所 1978.10) 第26巻10号(通巻306号) p.5


06484
ポストへ寄らむ 為に数分 早出して 見知らぬ人と バスを待ちあふ
ポストヘヨラム タメニスウフン ハヤデシテ ミシラヌヒトト バスヲマチアフ

『形成』(形成発行所 1978.10) 第26巻10号(通巻306号) p.5


06485
湖を めぐる短き旅も 果たし得ず 今年の秋の はやく更けゆく
ミズウミヲ メグルミジカキタビモ ハタシエズ コトシノアキノ ハヤクフケユク

『形成』(形成発行所 1978.10) 第26巻10号(通巻306号) p.5


06486
盂蘭盆の 終らむとして 年々に おとなひ呉るる 人も移ろふ
ウラボンノ オワラムトシテ ネンネンニ オトナヒクルル ヒトモウツロフ

『形成』(形成発行所 1978.10) 第26巻10号(通巻306号) p.5


06487
あるを願ひ あらぬを知りて ゆく日々に 返り花咲く 額紫陽花は
アルヲネガヒ アラヌヲシリテ ユクヒビニ カエリバナサク ガクアジサイハ

『形成』(形成発行所 1978.10) 第26巻10号(通巻306号) p.5


06488
堕ちてゆく 思まざまざと 身にあるを 思のみにて 終へしめむとす
オチテユク オモイマザマザト ミニアルヲ オモイノミニテ オヘシメムトス

『形成』(形成発行所 1978.11) 第26巻11号(通巻307号) p.4


06489
存在が 即罪悪と 畏れたる 若き日ありき 雪深かりき
ソンザイガ ソクザイアクト オソレタル ワカキヒアリキ ユキフカカリキ

『形成』(形成発行所 1978.11) 第26巻11号(通巻307号) p.4


06490
亡き人に 庇はれて今も あるならむ あはれまれても あらむと思ふ
ナキヒトニ カバハレテイマモ アルナラム アハレマレテモ アラムトオモフ

『形成』(形成発行所 1978.11) 第26巻11号(通巻307号) p.4


06491
いそしみて いそしみてなほ 足らざるは 時間のごとし 力のごとし
イソシミテ イソシミテナホ タラザルハ ジカンノゴトシ チカラノゴトシ

『形成』(形成発行所 1978.11) 第26巻11号(通巻307号) p.4


06492
コップのなかの 嵐と思ひ 至るまで 時間をかけて 苦しむあはれ
コップノナカノ アラシトオモヒ イタルマデ ジカンヲカケテ クルシムアハレ

『形成』(形成発行所 1978.11) 第26巻11号(通巻307号) p.4


06493
秋の日の 澄み徹りゐる 道を行き 神隠しにわが 遇ふにもあらず
アキノヒノ スミトオリヰル ミチヲユキ カミガクシニワガ アフニモアラズ

『形成』(形成発行所 1978.11) 第26巻11号(通巻307号) p.4


06494
綿の雪 しろじろとまとふ 空間を 俳優ひとり 立ち去りゆけり
ワタノユキ シロジロトマトフ クウカンヲ ハイユウヒトリ タチサリユケリ

『形成』(形成発行所 1978.11) 第26巻11号(通巻307号) p.4


06495
ぬけ出でて いづくへ行かむ 月明に ひとすぢ光る 水路のあらば
ヌケイデテ イヅクヘユカム ゲツメイニ ヒトスヂヒカル スイロノアラバ

『形成』(形成発行所 1978.11) 第26巻11号(通巻307号) p.4


06496
照準の 不意に定まり くれなゐに 芙蓉の花の 咲く道に出づ
ショウジュンノ フイニサダマリ クレナヰニ フヨウノハナノ サクミチニイヅ

『形成』(形成発行所 1978.12) 第26巻12号(通巻308号) p.4


06497
人づてに 聞きたることの あやなすを たしなめて雨の 陸橋を越ゆ
ヒトヅテニ キキタルコトノ アヤナスヲ タシナメテアメノ リッキョウヲコエ

『形成』(形成発行所 1978.12) 第26巻12号(通巻308号) p.4


06498
惑はしの 声のごとしも ゆく末を つくづくと思ひ 見よといふ声
マドハシノ コエノゴトシモ ユクスエヲ ツクヅクトオモヒ ミヨトイフコエ

『形成』(形成発行所 1978.12) 第26巻12号(通巻308号) p.4


06499
吹き荒れし 嵐なりしが このままを 往けよと如く 落ち葉が匂ふ
フキアレシ アラシナリシガ コノママヲ ユケヨトゴトク オチバガニオフ

『形成』(形成発行所 1987.12) 第26巻12号(通巻308号) p.4


06500
守られて 生きたる日なき わが上に いたくやさしき いざなひの声
マモラレテ イキタルヒナキ ワガウエニ イタクヤサシキ イザナヒノコエ

『形成』(形成発行所 1978.12) 第26巻12号(通巻308号) p.4


06501
急速に 興味失ひ ゆくことの 失意に似つつ 別れ来りぬ
キュウソクニ キョウミウシナヒ ユクコトノ シツイニニツツ ワカレキタリヌ

『形成』(形成発行所 1978.12) 第26巻12号(通巻308号) p.4


06502
この家の 二度目の冬に 入らむとし 今朝よりはボアの 上衣を纒ふ
コノイエノ ニドメノフユニ イラムトシ ケサヨリハボアノ ウワギヲマトウ

『形成』(形成発行所 1978.12) 第26巻12号(通巻308号) p.5


06503
行跡を 晦ますと謂へり わが日々に 晦ますほどの こともなし得ぬ
ギョウセキヲ クラマストイヘリ ワガヒビニ クラマスホドノ コトモナシエヌ

『形成』(形成発行所 1978.12) 第26巻12号(通巻308号) p.5


06504
シベリアの 冬を思ふは 囚はれて 橇に乗りたる 記憶のごとし
シベリアノ フユヲオモフハ トラハレテ ソリニノリタル キオクノゴトシ

『形成』(形成発行所 1979.1) 第27巻1号(通巻309号) p.4


06505
人の持つ さびしさは知らぬ ゆきずりに 暗かりし顔の 暫し離れず
ヒトノモツ サビシサハシラヌ ユキズリニ クラカリシカオノ シバシハナレズ

『形成』(形成発行所 1979.1) 第27巻1号(通巻309号) p.4


06506
汚染に強き 植物といふ 坂の上の 篠懸もいつか 色づきて来ぬ
オセンニツヨキ ショクブツトイフ サカノウエノ シノカケモイツカ イロヅキテコヌ

『形成』(形成発行所 1979.1) 第27巻1号(通巻309号) p.4


06507
かぐはしき ブバリアの束 花嫁の 持つ花と言ひて 供華に賜ひぬ
カグハシキ ブバリアノタバ ハナヨメノ モツハナトイヒテ キョウカニタマヒヌ

『形成』(形成発行所 1979.1) 第27巻1号(通巻309号) p.4


06508
怖るるを 知るはいつの日 幼な子は 蛇のかたちを ゑがきて倦まず
オソルルヲ シルハイツノヒ オサナゴハ ヘビノカタチヲ ヱガキテウマズ

『形成』(形成発行所 1979.1) 第27巻1号(通巻309号) p.4


06509
切りかへす 言葉を包み ゐる日々に まざまざと錆びて ゆく刃見ゆ
キリカヘス コトバヲツツミ ヰルヒビニ マザマザトサビテ ユクヤイバミユ

『形成』(形成発行所 1979.1) 第27巻1号(通巻309号) p.4


06510
実験室に ガラスの光る 秤見え 何の重さか はかられむとす
ジッケンシツニ ガラスノヒカル ハカリミエ ナンノオモサカ ハカラレムトス

『形成』(形成発行所 1979.1) 第27巻1号(通巻309号) p.4


06511
掘りあげむ 球根一つ あらぬこと 思ひてありて 百舌に鳴かれつ
ホリアゲム キュウコンヒトツ アラヌコト オモヒテアリテ モズニナカレツ

『形成』(形成発行所 1979.1) 第27巻1号(通巻309号) p.4


06512
なりはひと 割切りて言ふ 声聞けば 恥多くして われら働く
ナリハヒト ワリキリテイフ コエキケバ ハジオオクシテ ワレラハタラク

『形成』(形成発行所 1979.2) 第27巻2号(通巻310号) p.4


06513
ヒッピーの 起は十年 前と言へり ながく生くれば さまざまに遇ふ
ヒッピーノ オコリハジュウネン マエトイヘリ ナガクイクレバ サマザマニアフ

『形成』(形成発行所 1979.2) 第27巻2号(通巻310号) p.4


06514
どうなるか 胸騒して 聞きゐしが 言へば気のすむ ことかも知れず
ドウナルカ ムナサワギシテ キキヰシガ イヘバキノスム コトカモシレズ

『形成』(形成発行所 1979.2) 第27巻2号(通巻310号) p.4


06515
買ふ方が 早からむなど さびしむに 手袋の片方 未だ出で来ず
カフホウガ ハヤカラムナド サビシムニ テブクロノカタホウ イマダイデコズ

『形成』(形成発行所 1979.2) 第27巻2号(通巻310号) p.4


06516
こだはれば 眠れざらむと 知りてをり 書棚から文庫本 一冊を抜く
コダハレバ ネムレザラムト シリテヲリ ショダナカラブンコボン イッサツヲヌク

『形成』(形成発行所 1979.2) 第27巻2号(通巻310号) p.4


06517
しろじろと さびしき夢を 見るならむ 風邪の薬の 誘ふ眠に
シロジロト サビシキユメヲ ミルナラム カゼノクスリノ サソフネムリニ

『形成』(形成発行所 1979.2) 第27巻2号(通巻310号) p.4


06518
クイーンの 切手貼られて 届く手紙 雪の故国を 恋ふると告げて
クイーンノ キッテハラレテ トドクテガミ ユキノココクヲ コフルトツゲテ

『形成』(形成発行所 1979.4) 第27巻4号(通巻312号) p.16


06519
別れたる 死にたる人ら みな若く をりをりの夢に 入り来るはよき
ワカレタル シニタルヒトラ ミナワカク ヲリヲリノユメニ イリクルハヨキ

『形成』(形成発行所 1979.4) 第27巻4号(通巻312号) p.16


06520
降りやまぬ 雪に思へば 運命を 分けたるごとき 一夜さありき
フリヤマヌ ユキニオモヘバ ウンメイヲ ワケタルゴトキ ヒトヨサアリキ

『形成』(形成発行所 1979.4) 第27巻4号(通巻312号) p.16


06521
エアカーテンの 遮る外気 いくばくか 八時間労働 われに始まる
エアカーテンノ サエギルガイキ イクバクカ ハチジカンロウドウ ワレニハジマル

『形成』(形成発行所 1979.4) 第27巻4号(通巻312号) p.16


06522
思ひきり それてゆきたき 衝動を 抑へつつゐて 人に知られず
オモヒキリ ソレテユキタキ ショウドウヲ オサヘツツヰテ ヒトニシラレズ

『形成』(形成発行所 1979.4) 第27巻4号(通巻312号) p.16


06523
地下道に 雨を避けつつ 歩みゐて 言葉すくなし 伴ふ人も
チカドウニ アメヲサケツツ アユミヰテ コトバスクナシ トモナフヒトモ

『形成』(形成発行所 1979.4) 第27巻4号(通巻312号) p.16


06524
物憂くて 幾日ありけむ 今宵よりは 巻き込まれゆかむ 仕事の渦に
モノウクテ イクヒアリケム コヨイヨリハ マキコマレユカム シゴトノウズニ

『形成』(形成発行所 1979.4) 第27巻4号(通巻312号) p.16


06525
横にうごく ものばかりなる やましさに 街は夕の 影深めゆく
ヨコニウゴク モノバカリナル ヤマシサニ マチハユウベノ カゲフカメユク

『形成』(形成発行所 1979.7) 第27巻7号(通巻315号) p.4


06526
平安の 待つわが家とも 決まりゐず 署名なき手紙 今日は来てゐる
ヘイアンノ マツワガヤトモ キマリヰズ ショメイナキテガミ キョウハキテヰル

『形成』(形成発行所 1979.7) 第27巻7号(通巻315号) p.4


06527
喪の家を 示す矢印 いつよりか 貼られゐて見知れる 苗字を記す
モノイエヲ シメスヤジルシ イツヨリカ ハラレヰテミシレル ミョウジヲシルス

『形成』(形成発行所 1979.7) 第27巻7号(通巻315号) p.4


06528
見てはならぬ 場面の如し 床の間の 菖蒲にわが目を しばし遊ばす
ミテハナラヌ バメンノゴトシ トコノマノ ショウブニワガメヲ シバシアソバス

『形成』(形成発行所 1979.7) 第27巻7号(通巻315号) p.4


06529
思惑の 渦なすなかに 身は置きて とりとめのなき われと知られず
オモワクノ ウズナスナカニ ミハオキテ トリトメノナキ ワレトシラレズ

『形成』(形成発行所 1979.7) 第27巻7号(通巻315号) p.4


06530
珊瑚礁と いへる明るき 海域は 思ふのみにて 訪ふ日も無けむ
サンゴショウト イヘルアカルキ カイイキハ オモフノミニテ トフヒモナケム

『形成』(形成発行所 1979.7) 第27巻7号(通巻315号) p.4


06531
ゆとりあらば 何なすならむか 金銭の 遊びといふを われは好まず
ユトリアラバ ナニナスナラムカ キンセンノ アソビトイフヲ ワレハコノマズ

『形成』(形成発行所 1979.7) 第27巻7号(通巻315号) p.4


06532
暑き夜に 見し夢のなか 光る目を のぞかせてわれは アラブの女
アツキヨニ ミシユメノナカ ヒカルメヲ ノゾカセテワレハ アラブノオンナ

『形成』(形成発行所 1979.9) 第27巻9号(通巻317号) p.5


06533
よぢのぼり 塀をこえたる 瞬間に まぶしきライト 浴びて目ざにつ
ヨヂノボリ ヘイヲコエタル シュンカンニ マブシキライト アビテメザニツ

『形成』(形成発行所 1979.9) 第27巻9号(通巻317号) p.5


06534
意識して へだてがましく なすことも 今のひとりを 守らむがため
イシキシテ ヘダテガマシク ナスコトモ イマノヒトリヲ マモラムガタメ

『形成』(形成発行所 1979.9) 第27巻9号(通巻317号) p.5


06535
山里は 人かげあらず 石仏を ただの石のごとく 道ばたに置く
ヤマザトハ ヒトカゲアラズ セキブツハ タダノイシノゴトク ミチバタニオク

『形成』(形成発行所 1979.9) 第27巻9号(通巻317号) p.5


06536
五線譜を たどりつつ歌ふ 少女ゐて ロシア民謡 らしくなりゆく
ゴセンフヲ タドリツツウタフ ショウジョヰテ ロシアミンヨウ ラシクナリユク

『形成』(形成発行所 1979.9) 第27巻9号(通巻317号) p.6


06537
スパカコール 鏤めてゆく 指先の わが手ともなく こまかにうごく
スパンコール チリバメテユク ユビサキノ ワガテトモナク コマカニウゴク

『形成』(形成発行所 1979.9) 第27巻9号(通巻317号) p.6


06538
旅に出づる 錯覚などは 持ちがたし 今朝もこみあふ 東北線は
タビニイヅル サッカクナドハ モチガタシ ケサモコミアフ トウホクセンハ

『形成』(形成発行所 1979.10) 第27巻10号(通巻318号) p.4


06539
あかあかと 昼もともして 人はみな 古りにし傷を 庇ひ働く
アカアカト ヒルモトモシテ ヒトハミナ フリニシキズヲ カバヒハタラク

『形成』(形成発行所 1979.10) 第27巻10号(通巻318号) p.4


06540
なすことの なべてよぢれて ゆく如き 思ひに仰ぐ もじずりの花
ナスコトノ ナベテヨヂレテ ユクゴトキ オモヒニアオグ モジズリノハナ

『形成』(形成発行所 1979.10) 第27巻10号(通巻318号) p.4


06541
いにしへの 葡萄文様を 雲に見て 電車にゐたり 土曜の午後は
イニシヘノ ブドウモンヨウヲ クモニミテ デンシャニヰタリ ドヨウノゴゴハ

『形成』(形成発行所 1979.10) 第27巻10号(通巻318号) p.4


06542
簡潔に くらさむとのみ 願ひ来て 壁に貼リおく ルオーも古りぬ
カンケツニ クラサムトノミ ネガヒキテ カベニハリオク ルオーモフリヌ

『形成』(形成発行所 1979.10) 第27巻10号(通巻318号) p.5


06543
赤錆びの 砂漠ばかりを こえゆきて 夢にも人に 会ふ日はあらず
アカサビノ サバクバカリヲ コエユキテ ユメニモヒトニ アフヒハアラズ

『形成』(形成発行所 1979.10) 第27巻10号(通巻318号) p.5


06544
いつまでも 空一面に 貼られゐて 鱗の光り あふごとき雲
イツマデモ ソライチメンニ ハラレヰテ ウロコノヒカリ アフゴトキクモ

『形成』(形成発行所 1980.1) 第28巻1号(通巻321号) p.17


06545
さまざまに 願ひたゆたひ 木の如く 豊かに立つと いふ日もあらず
サマザマニ ネガヒタユタヒ キノゴトク ユタカニタツト イフヒモアラズ

『形成』(形成発行所 1980.1) 第28巻1号(通巻321号) p.17


06546
人の声の 弾みてゐるに 合はせつつ 次第に合はせ にくくなりゆく
ヒトノコエノ ハズミテヰルニ アハセツツ シダイニアハセ ニククナリユク

『形成』(形成発行所 1980.1) 第28巻1号(通巻321号) p.17


06547
九回目も 勝ちしボクサー 今はただ 休みたしとのみ 言へりと伝ふ
キュウカイメモ カチシボクサー イマハタダ ヤスミタシトノミ イヘリトツタフ

『形成』(形成発行所 1980.1) 第28巻1号(通巻321号) p.17


06548
錯覚に すぎざりしことの よみがへる 曇る眼鏡を 拭きつつをれば
サッカクニ スギザリシコトノ ヨミガヘル クモルメガネヲ フキツツヲレバ

『形成』(形成発行所 1980.1) 第28巻1号(通巻321号) p.17


06549
またぎきに 聞くわが言葉 胴体を 拭き抜けてゆく 声の如しも
マタギキニ キクワガコトバ ドウタイヲ フキヌケテユク コエノゴトシモ

『形成』(形成発行所 1980.1) 第28巻1号(通巻321号) p.17


06550
全きを 願ふならねど 築きては また崩す塔の ごとき仕事よ
マッタキヲ ネガフナラネド キズキテハ マタクズストウノ ゴトキシゴトヨ

『形成』(形成発行所 1980.1) 第28巻1号(通巻321号) p.17


06551
三歳の 児の父といへり ねたましき までに燿ひ サーブを打てり
サンサイノ コノチチトイヘリ ネタマシキ マデニカガヨヒ サーブヲウテリ

『形成』(形成発行所 1980.1) 第28巻1号(通巻321号) p.17


06552
たれの吹く フルートならむ 光りつつ 亀裂を伝ふ 水を思はす
タレノフク フルートナラム ヒカリツツ キレツヲツタフ ミズヲオモハス

『形成』(形成発行所 1980.2) 第28巻2号(通巻322号) p.5


06553
とどこほる 思考のなかに 入り来て 不意に口あく 納蘇利の面は
トドコホル シコウノナカニ ハイリキテ フイニクチアク ノソリノメンハ

『形成』(形成発行所 1980.2) 第28巻2号(通巻322号) p.5


06554
思はざる ゆとりの如し 菜を洗ひ 湯のたぎる待つ しばしの間
オモハザル ユトリノゴトシ ナヲアラヒ ユノタギルマツ シバシノアイダ

『形成』(形成発行所 1980.2) 第28巻2号(通巻322号) p.5


06555
しろじろと 乾く日多き 県道も 土の色なす 時雨のあとを
シロジロト カワクヒオオキ ケンドウモ ツチノイロナス シグレノアトヲ

『形成』(形成発行所 1980.2) 第28巻2号(通巻322号) p.5


06556
砂などの 濡れて詰まれる 重さかと 晴れぬ思ひを 運びて帰る
スナナドノ ヌレテツマレル オモサカト ハレヌオモヒヲ ハコビテカエル

『形成』(形成発行所 1980.2) 第28巻2号(通巻322号) p.5


06557
生者死者 あまたの声に 呼ばはれて 騒然とあり 夢の醒めぎは
ショウジャシシャ アマタノコエニ ヨバハレテ ソウゼントアリ ユメノサメギハ

『形成』(形成発行所 1980.2) 第28巻2号(通巻322号) p.5


06558
かなたなる 海の入り日に きはだちて 大き寝釈迦の 如し砂丘は
カナタナル ウミノイリヒニ キハダチテ オオキネシャカノ ゴトシサキュウハ

『形成』(形成発行所 1980.3) 第28巻3号(通巻323号) p.18


06559
構へたる 歩みとなりぬ 速力を おとして迫る 車のあれば
カマヘタル アユミトナリヌ ソクリョクヲ オトシテセマル クルマノアレバ

『形成』(形成発行所 1980.3) 第28巻3号(通巻323号) p.18


06560
とのぐもる 空のいづくかに 月ありて 背すぢ光らせ 犬の集まる
トノグモル ソラノイヅクカニ ツキアリテ セスヂヒカラセ イヌノアツマル

『形成』(形成発行所 1980.3) 第28巻3号(通巻323号) p.18


06561
とざされて 幾日ありけむ 目の前の 氷を割らば 何か出づるや
トザサレテ イクヒアリケム メノマエノ コオリヲワラバ ナニカイヅルヤ

『形成』(形成発行所 1980.3) 第28巻3号(通巻323号) p.18


06562
菜を漬けて 目分量の 塩を打ち ゆくにほどよく くぼむこの掌は
ナヲツケテ メブンリョウノ シオヲウチ ユクニホドヨク クボムコノテハ

『形成』(形成発行所 1980.3) 第28巻3号(通巻323号) p.18


06563
わが書ける 図書館のニュース 広報に 読みて心の 開くもあはれ
ワガカケル トショカンノニュース コウホウニ ヨミテココロノ ヒラクモアハレ

『形成』(形成発行所 1980.3) 第28巻3号(通巻323号) p.18


06564
さまざまの 匂ひ嗅ぎ分け 生きて来し われかと思ふ 蘭を嗅ぎつつ
サマザマノ ニオヒカギワケ イキテキシ ワレカトオモフ ランヲカギツツ

『形成』(形成発行所 1980.3) 第28巻3号(通巻323号) p.18


06565
俯瞰して 見ゆる範囲に 黄に塗られ 何を限れる ひとすぢの柵
フカンシテ ミユルハンイニ キニヌラレ ナニヲカギレル ヒトスヂノサク

『形成』(形成発行所 1980.4) 第28巻4号(通巻324号) p.4


06566
待ち長き 思ひのごとし 花つけて 宙にしづまり がたき穂先は
マチナガキ オモヒノゴトシ ハナツケテ チュウニシヅマリ ガタキホサキハ

『形成』(形成発行所 1980.4) 第28巻4号(通巻324号) p.4


06567
生きものの 何かがゐたる 気配して 筧の水の うすく濁れる
イキモノノ ナニカガヰタル ケハイシテ カケヒノミズノ ウスクニゴレル

『形成』(形成発行所 1980.4) 第28巻4号(通巻324号) p.4


06568
ひとすぢの 水路に隔て られてゐる 町が見ゆ階を 降り来ても見ゆ
ヒトスヂノ スイロニヘダテ ラレテヰル マチガミユカイヲ オリキテモミユ

『形成』(形成発行所 1980.4) 第28巻4号(通巻324号) p.4


06569
角印を 一つ捺すにも 平均に 力の入る ことは少なし
カクインヲ ヒトツオスニモ ヘイキンニ チカラノハイル コトハスクナシ

『形成』(形成発行所 1980.4) 第28巻4号(通巻324号) p.4


06570
いつとなく ギプスに固め られきたる 心のごとし ながく勤めて
イツトナク ギプスニカタメ ラレキタル ココロノゴトシ ナガクツトメテ

『形成』(形成発行所 1980.4) 第28巻4号(通巻324号) p.4


06571
落ち葉焚く 火に近づきて 見てあれば 炎は風に 片寄りて立つ
オチバタク ヒニチカヅキテ ミテアレバ ホノオハカゼニ カタヨリテタツ

『形成』(形成発行所 1980.4) 第28巻4号(通巻324号) p.4


06572
くぐもりて 幾夜をあらむ 渡されし 名刺ほどなる かなしみ持ちて
クグモリテ イクヨヲアラム ワタサレシ メイシホドナル カナシミモチテ

『形成』(形成発行所 1980.5) 第28巻5号(通巻325号) p.4


06573
かりそめに ナイフ研ぎゐて まとひけむ 鋼の匂を 気にしつつ立つ
カリソメニ ナイフトギヰテ マトヒケム ハガネノニオイヲ キニシツツタツ

『形成』(形成発行所 1980.5) 第28巻5号(通巻325号) p.4


06574
突き刺して 共に死なむと 思ひしか 若かりし日も 遠くへだたる
ツキサシテ トモニシナムト オモヒシカ ワカカリシヒモ トオクヘダタル

『形成』(形成発行所 1980.5) 第28巻5号(通巻325号) p.4


06575
一日は 二十四時間 ありたりと つとめやめし友の 切実に言ふ
イチニチハ ニジュウヨジカン アリタリト ツトメヤメシトモノ セツジツニイフ

『形成』(形成発行所 1980.5) 第28巻5号(通巻325号) p.4


06576
反射的に ひるがへりまた ひるがへり 何か試して ゐる魚と見ゆ
ハンシャテキニ ヒルガヘリマタ ヒルガヘリ ナニカタメシテ ヰルウオトミユ

『形成』(形成発行所 1980.5) 第28巻5号(通巻325号) p.4


06577
片仮名に 戦死の土地の 名を記す 碑のかたはらは 妹の墓
カタカナニ センシノトチノ ナヲシルス ヒノカタハラハ イモウトノハカ

『形成』(形成発行所 1980.5) 第28巻5号(通巻325号) p.4


06578
兵隊の 位にすれば など言ひて 人はよはひを まざまざと見す
ヘイタイノ クライニスレバ ナドイヒテ ヒトハヨハヒヲ マザマザトミス

『形成』(形成発行所 1980.5) 第28巻5号(通巻325号) p.4


06579
はろばろと ゆく雁見れば 明日死なむ 人とも知らず 物を言ひゐき
ハロバロト ユクカリミレバ アスシナム ヒトトモシラズ モノヲイヒヰキ

『形成』(形成発行所 1980.9) 第28巻9号(通巻329号) p.114


06580
足垂りて リフトに昇り ゆきにしが かの夕より 帰らずといふ
アシタリテ リフトニノボリ ユキニシガ カノユウベヨリ カエラズトイフ

『形成』(形成発行所 1980.9) 第28巻9号(通巻329号) p.114


06581
雲がゆき 雲の影ゆく 草原に 逝きにし人の なべて恋ほしも
クモガユキ クモノカゲユク ソウゲンニ ユキニシヒトノ ナベテコホシモ

『形成』(形成発行所 1980.9) 第28巻9号(通巻329号) p.114


06582
ほきほきと 枝をおとして 活けをれば 季節はづれの 小菊もやさし
ホキホキト エダヲオトシテ イケヲレバ キセツハヅレノ コギクモヤサシ

『形成』(形成発行所 1980.9) 第28巻9号(通巻329号) p.114


06583
体ごと 傾けて何を 聴く人か をりをりかげる 表情を見す
カラダゴト カタムケテナニヲ キクヒトカ ヲリヲリカゲル ヒョウジョウヲミス

『形成』(形成発行所 1980.9) 第28巻9号(通巻329号) p.114


06584
白檀の 香のする店に われひとり 筆を選びて ひそかにゐたり
ビャクダンノ カノスルミセニ ワレヒトリ フデヲエラビテ ヒソカニヰタリ

『形成』(形成発行所 1980.9) 第28巻9号(通巻329号) p.114


06585
黄ばみたる 梔子を捨て なめらかな 日ばかりならず 六月も逝く
キバミタル クチナシヲステ ナメラカナ ヒバカリナラズ ロクガツモユク

『形成』(形成発行所 1980.9) 第28巻9号(通巻329号) p.114


06586
残業を 終へて出で来て ゆくりなく 七夕の夜の 賑はひに会ふ
ザンギョウヲ オヘテイデキテ ユクリナク タナバタノヨノ ニギハヒニアフ

『形成』(形成発行所 1980.10) 第28巻10号(通巻330号) p.18


06587
用の済み ほとりと受話器 置きたれば なべて終れる 如きしづけさ
ヨウノスミ ホトリトジュワキ オキタレバ ナベテオワレル ゴトキシヅケサ

『形成』(形成発行所 1980.10) 第28巻10号(通巻330号) p.18


06588
再びも 三たびも折れて 戻りくる 生くる限りの 意識の回路
フタタビモ サタビモオレテ モドリクル イクルカギリノ イシキノカイロ

『形成』(形成発行所 1980.10) 第28巻10号(通巻330号) p.18


06589
一人分と いふに慣れつつ 珈琲豆を 挽く作業など たちまち終る
ヒトリブント イフニナレツツ コーヒーマメヲ ヒクサギョウナド タチマチオワル

『形成』(形成発行所 1980.10) 第28巻10号(通巻330号) p.18


06590
風落ちて 夕日さし来ぬ 出でゆかば 遠くの山の 見えゐるならむ
カゼオチテ ユウヒサシコヌ イデユカバ トオクノヤマノ ミエヰルナラム

『形成』(形成発行所 1980.10) 第28巻10号(通巻330号) p.18


06591
明日の日を 怖るる要など なくならむ 職をひきたる 後を思へば
アスノヒヲ オソルルヨウナド ナクナラム ショクヲヒキタル ノチヲオモヘバ

『形成』(形成発行所 1980.10) 第28巻10号(通巻330号) p.18


06592
宴のあと 幼きわれに 重かりし 大皿などは いづちゆきけむ
ウタゲノアト オサナキワレニ オモカリシ オオザラナドハ イヅチユキケム

『形成』(形成発行所 1980.10) 第28巻10号(通巻330号) p.18


06593
落ち入らむ 予感にさとく 来しゆふべ 刃先隠して ナイフは売らる
オチイラム ヨカンニサトク コシユフベ ハサキカクシテ ナイフハウラル

『形成』(形成発行所 1980.12) 第28巻12号(通巻332号) p.2


06594
雨あとの 光みなぎり けものみち 風の道みな 笹原のなか
アメアトノ ヒカリミナギリ ケモノミチ カゼノミチミナ ササハラノナカ

『形成』(形成発行所 1980.12) 第28巻12号(通巻332号) p.2


06595
ストーブを 消すもともすも わが仕事 独りの部屋の み冬づきつつ
ストーブヲ ケスモトモスモ ワガシゴト ヒトリノヘヤノ ミフユヅキツツ

『形成』(形成発行所 1980.12) 第28巻12号(通巻332号) p.2


06596
花びらの とがれるにさへ 脅ゆると 聞けどはるけし 病む人のうへ
ハナビラノ トガレルニサヘ オビユルト キケドハルケシ ヤムヒトノウヘ

『形成』(形成発行所 1980.12) 第28巻12号(通巻332号) p.2


06597
近づきて 見れば色あひ さまざまの 鯉ゐる水の 騒々しけれ
チカヅキテ ミレバイロアヒ サマザマノ コイヰルミズノ ソウゾウシケレ

『形成』(形成発行所 1980.12) 第28巻12号(通巻332号) p.2


06598
全身の 醒むるに間ある 朝まだき 何か黄色の かたまりが見ゆ
ゼシンノ サムルニマアル アサマダキ ナニカキイロノ カタマリガミユ

『形成』(形成発行所 1980.12) 第28巻12号(通巻332号) p.2


06599
うつ向きて ゐる日の多く 床を這ふ コードの色は みなねずみいろ
ウツムキテ ヰルヒノオオク トコヲハフ コードノイロハ ミナネズミイロ

『形成』(形成発行所 1980.12) 第28巻12号(通巻332号) p.2


06600
秋草の 枯るる匂ひの 湧きのぼる 野道を行けり 忘れむとして
アキクサノ カルルニオヒノ ワキノボル ノミチヲユケリ ワスレムトシテ

『形成』(形成発行所 1981.1) 第29巻1号(通巻333号) p.16


06601
返り咲く 枝にまばらに つきゐたる 浜なすの実も いつしかあらず
カエリサク エダニマバラニ ツキヰタル ハマナスノミモ イツシカアラズ

『形成』(形成発行所 1981.1) 第29巻1号(通巻333号) p.16


06602
わが身より 何かの抜けて ゆく如し 遠ざかりゆく 雲を見をれば
ワガミヨリ ナニカノヌケテ ユクゴトシ トオザカリユク クモヲミヲレバ

『形成』(形成発行所 1981.1) 第29巻1号(通巻333号) p.16


06603
坂道に かかりて重き 乳母車 かかる重さも 知らで過ぎ来し
サカミチニ カカリテオモキ ウバグルマ カカルオモサモ シラデスギコシ

『形成』(形成発行所 1981.1) 第29巻1号(通巻333号) p.16


06604
描きかけて 照葉樹林の 分布図も ありしと伝ふ 遺品のなかに
カキカケテ ショウヨウジュリンノ ブンプズモ アリシトツタフ イヒンノナカニ

『形成』(形成発行所 1981.1) 第29巻1号(通巻333号) p.16


06605
寄せ植ゑに 森をかたどる 盆栽の 欅のうれも かすかもみぢす
ヨセウヱニ モリヲカタドル ボンサイノ ケヤキノウレモ カスカモミヂス

『形成』(形成発行所 1981.1) 第29巻1号(通巻333号) p.16


06606
夜の更けに 厨ごとなす わがならひ 音をしのびて 皿を抜きつつ
ヨノフケニ クリヤゴトナス ワガナラヒ オトヲシノビテ サラヲヌキツツ

『形成』(形成発行所 1981.1) 第29巻1号(通巻333号) p.17


06607
いつ見たる 門とも知れず 夢に見て 椿散る坂を のぼりゆきたり
イツミタル モントモシレズ ユメニミテ ツバキチルサカヲ ノボリユキタリ

『形成』(形成発行所 1981.3) 第29巻3号(通巻335号) p.4


06608
喪の家を やうやく今日は 訪ひて来て 夜の思ひの はつかになごむ
モノイエヲ ヤウヤクキョウハ トヒテキテ ヨルノオモヒノ ハツカニナゴム

『形成』(形成発行所 1981.3) 第29巻3号(通巻335号) p.4


06609
亡き父も 故郷に老いて 雪の野に 成る木責めなど していまさずや
ナキチチモ コキョウニオイテ ユキノノニ ナルキゼメナド シテイマサズヤ

『形成』(形成発行所 1981.3) 第29巻3号(通巻335号) p.4


06610
遠縁に 職業軍人 一人ゐき 騎兵大尉を 人ら畏れき
トオエンニ ショクギョウグンジン ヒトリヰキ キヘイタイイヲ ヒトラオソレキ

『形成』(形成発行所 1981.3) 第29巻3号(通巻335号) p.4


06611
病院へ 行くと職場を 離れ来て いづこへ寄ると いふにもあらぬ
ビョウインヘ ユクトショクバヲ ハナレキテ イヅコヘヨルト イフニモアラヌ

『形成』(形成発行所 1981.3) 第29巻3号(通巻335号) p.4


06612
ふくよかに 湯浴みなしたる みどり児の 匂ひと思ひ すれ違ひたり
フクヨカニ ユアミナシタル ミドリゴノ ニオヒトオモヒ スレチガヒタリ

『形成』(形成発行所 1981.3) 第29巻3号(通巻335号) p.4


06613
春の雲の ふくらむ見れば 錯誤さへ 身に華やげる 日のありにけり
ハルノクモノ フクラムミレバ サクゴサヘ ミニハナヤゲル ヒノアリニケリ

『形成』(形成発行所 1981.3) 第29巻3号(通巻335号) p.4


06614
夜の汽車に 行きし日ありき 春日野の 万灯会にも ながく参らず
ヨノキシャニ ユキシヒアリキ カスガノノ マンドウヱニモ ナガクマイラズ

『形成』(形成発行所 1981.5) 第29巻5号(通巻337号) p.116


06615
胸ふたぎ 出でて来にしが 抜き出でて たんぽぽそよぐ 常の道なり
ムネフタギ イデテキニシガ ヌキイデテ タンポポソヨグ ツネノミチナリ

『形成』(形成発行所 1981.5) 第29巻5号(通巻337号) p.116


06616
面壁とは おのれに向ふ ことならむ おのれといふも 単純ならず
メンペキトハ オノレニムカフ コトナラム オノレトイフモ タンジュンナラズ

『形成』(形成発行所 1981.5) 第29巻5号(通巻337号) p.116


06617
声立てず ひと日ありしが 電話来て 笑へばわれと 顔のあかるむ
コエタテズ ヒトヒアリシガ デンワキテ ワラヘバワレト カオノアカルム

『形成』(形成発行所 1981.5) 第29巻5号(通巻337号) p.116


06618
マンゴーの 実を掬ひをり 松やにの 匂ひのすると ひとり思ひて
マンゴーノ ミヲスクヒヲリ マツヤニノ ニオヒノスルト ヒトリオモヒテ

『形成』(形成発行所 1981.5) 第29巻5号(通巻337号) p.116


06619
音もなく 霧の湧く野を 帰り来ぬ ゆふべのミサも 終らむころか
オトモナク キリノワクノヲ カエリコヌ ユフベノミサモ オワラムコロカ

『形成』(形成発行所 1981.5) 第29巻5号(通巻337号) p.116


06620
桜桃の ころに生れし われといふ 実桜の木も 伐られてあらず
オウトウノ コロニウマレシ ワレトイフ ミザクラノキモ キラレテアラズ

『形成』(形成発行所 1981.5) 第29巻5号(通巻337号) p.116


06621
いづこなる 春のうしほに 育ちたる 若布か水に 浸せば匂ふ
イヅコナル ハルノウシホニ ソダチタル ワカメカミズニ ヒタセバニオフ

『形成』(形成発行所 1981.6) 第29巻6号(通巻338号) p.4


06622
太々と 葉をひろげゐて クレパスに 児のゑがきたる 水仙の花
フトブトト ハヲヒロゲヰテ クレパスニ コノヱガキタル スイセンノハナ

『形成』(形成発行所 1981.6) 第29巻6号(通巻338号) p.4


06623
目覚ましの 電池の切るる 頃ならむ 不意に思ひて 落ちつかずなる
メザマシノ デンチノキルル コロナラム フイニオモヒテ オチツカズナル

『形成』(形成発行所 1981.6) 第29巻6号(通巻338号) p.4


06624
絨緞に 音を吸はせて 何事を なし来し人か 歩み去りたり
ジュウタンニ オトヲスハセテ ナニゴトヲ ナシコシヒトカ アユミサリタリ

『形成』(形成発行所 1981.6) 第29巻6号(通巻338号) p.4


06625
背後など 母に似て来し われならむ 狼煙を仰ぎ ゐるとき思ふ
ハイゴナド ハハニニテコシ ワレナラム ノロシヲアオギ ヰルトキオモフ

『形成』(形成発行所 1981.6) 第29巻6号(通巻338号) p.4


06626
タクシーの 窓のガラスの 幅だけの 帯のやうなる 枯れ野を行けり
タクシーノ マドノガラスノ ハバダケノ オビノヤウナル カレノヲユケリ

『形成』(形成発行所 1981.6) 第29巻6号(通巻338号) p.4


06627
人の手に 刻まれて立つ 像ながら はろばろといます 観音像は
ヒトノテニ キザマレテタツ ゾウナガラ ハロバロトイマス カンノンゾウハ

『形成』(形成発行所 1981.6) 第29巻6号(通巻338号) p.4


06628
分れ道とふ 地名の残り 青々と 雑木の原の 萌えわたりたり
ワカレミチトフ チメイノノコリ アオアオト ゾウキノハラノ モエワタリタリ

『形成』(形成発行所 1981.7) 第29巻7号(通巻339号) p.112


06629
雨あとは 虫の祭の 日ならむか 蛾も蝶も出でて はたはたと飛ぶ
アメアトハ ムシノマツリノ ヒナラムカ ガモチョウモイデテ ハタハタトトブ

『形成』(形成発行所 1981.7) 第29巻7号(通巻339号) p.112


06630
横文字を 石に刻める 表札の 古りていかなる 外人の住む
ヨコモジヲ イシニキザメル ヒョウサツノ フリテイカナル ガイジンノスム

『形成』(形成発行所 1981.7) 第29巻7号(通巻339号) p.112


06631
あたたかき ゆふべを帰る わが上を 今年はじめて 蝙蝠が飛ぶ
アタタカキ ユフベヲカエル ワガウエヲ コトシハジメテ コウモリガトブ

『形成』(形成発行所 1981.7) 第29巻7号(通巻339号) p.112


06632
つぎつぎに 朱の色を噴く サボテンの 花の速度にも われは及ばぬ
ツギツギニ シュノイロヲフク サボテンノ ハナノソクドニモ ワレハオヨバヌ

『形成』(形成発行所 1981.7) 第29巻7号(通巻339号) p.112


06633
母のいまさば 問ふことあらむ 遥かなる 火祭の夜を 恋ひつつ眠る
ハハノイマサバ トフコトアラム ハルカナル ヒマツリノヨヲ コヒツツネムル

『形成』(形成発行所 1981.7) 第29巻7号(通巻339号) p.112


06634
はろばろと 幟なびけて 虫送りの 行列などは いづち行きけむ
ハロバロト ノボリナビケテ ムシオクリノ ギョウレツナドハ イヅチユキケム

『形成』(形成発行所 1981.7) 第29巻7号(通巻339号) p.112


06635
火をつけて 放つ矢などは 持たねども 美しからむ 夜空に曳きて
ヒヲツケテ ハナツヤナドハ モタネドモ ウツクシカラム ヨゾラニヒキテ

『形成』(形成発行所 1981.9) 第29巻9号(通巻341号) p.4


06636
ループタイに 何のメダルか 光らせて 歩むならむか かの人なども
ループタイニ ナンノメダルカ ヒカラセテ アユムナラムカ カノヒトナドモ

『形成』(形成発行所 1981.9) 第29巻9号(通巻341号) p.4


06637
人の声 頭上より降り 電線を 持てる工夫の 地上にもゐし
ヒトノコエ ズジョウヨリフリ デンセンヲ モテルコウフノ チジョウニモヰシ

『形成』(形成発行所 1981.9) 第29巻9号(通巻341号) p.4


06638
透明の 縄にいましめ られてゐて われならぬ声に もの言ふ日あり
トウメイノ ナワニイマシメ ラレテヰテ ワレナラヌコエニ モノイフヒアリ

『形成』(形成発行所 1981.9) 第29巻9号(通巻341号) p.4


06639
襟もとを ゆるむるやうに ほぐれゆく 花菖蒲見て ひと日見飽かぬ
エリモトヲ ユルムルヤウニ ホグレユク ハナショウブミテ ヒトヒミアカヌ

『形成』(形成発行所 1981.9) 第29巻9号(通巻341号) p.4


06640
明けそめて 沼のほとりの うすあかり 思ひつつまた 眠らむとする
アケソメテ ヌマノホトリノ ウスアカリ オモヒツツマタ ネムラムトスル

『形成』(形成発行所 1981.9) 第29巻9号(通巻341号) p.4


06641
一枚の 古りし名刺に 乱されて こころもとなく ゆふべををりぬ
イチマイノ フリシメイシニ ミダサレテ ココロモトナク ユフベヲヲリヌ

『形成』(形成発行所 1981.9) 第29巻9号(通巻341号) p.4


06642
昼過ぎて またたどきなく 眠りゆく 術後熱とぞ 聞きて知れども
ヒルスギテ マタタドキナク ネムリユク ジュツゴネツトゾ キキテシレドモ

『形成』(形成発行所 1982.1) 第30巻1号(通巻345号) p.3


06643
隣室の 声意味なして はげしきは わが耳冴ゆる たそがれのころ
リンシツノ コエイミナシテ ハゲシキハ ワガミミサユル タソガレノコロ

『形成』(形成発行所 1982.1) 第30巻1号(通巻345号) p.3


06644
雲を見て ひと日ありしが 山の端は げんげの花の 色に染みゆく
クモヲミテ ヒトヒアリシガ ヤマノハハ ゲンゲノハナノ イロニソミユク

『形成』(形成発行所 1982.1) 第30巻1号(通巻345号) p.3


06645
誰がための いのちと問ひて はかなきに われの病の 日毎癒えゆく
タガタメノ イノチトトヒテ ハカナキニ ワレノヤマイノ ヒゴトイエユク

『形成』(形成発行所 1982.1) 第30巻1号(通巻345号) p.3


06646
渋滞の 車さへ今 こころよく 退院せるわれの 運ばれてゆく
ジュウタイノ クルマサヘイマ ココロヨク タイインセルワレノ ハコバレテユク

『形成』(形成発行所 1982.1) 第30巻1号(通巻345号) p.4


06647
病院を 出づれば秋の たつきあり 藁を焚く香の 道になづさふ
ビヨウインヲ イヅレバアキノ タツキアリ ワラヲタクカノ ミチニナヅサフ

『形成』(形成発行所 1982.1) 第30巻1号(通巻345号) p.4


06648
親猫と 子猫とむつみ ゐたるのみ 陽ざしあまねき 枯れ野を渡る
オヤネコト コネコトムツミ ヰタルノミ ヒザシアマネキ カレノヲワタル

『形成』(形成発行所 1982.1) 第30巻1号(通巻345号) p.4


06649
全開の 音量といふも 知らず経て 雨の夜更けに 聴くモーツアルト
ゼンカイノ オンリョウトイフモ シラズヘテ アメノヨフケニ キクモーツアルト

『形成』(形成発行所 1982.1) 第30巻1号(通巻345号) p.4


06650
旅行きて 遭へるくさぐさ 聞きをれば 北上川に 降る雨も見ゆ
タビユキテ アヘルクサグサ キキヲレバ キタガミガワニ フルアメモミユ

『形成』(形成発行所 1982.2) 第30巻2号(通巻346号) p.3


06651
くくり椿 運ばれゆけり 癒えし身に 通ひ慣れたる 道も新し
ククリツバキ ハコバレユケリ イエシミニ カヨヒナレタル ミチモアタラシ

『形成』(形成発行所 1982.2) 第30巻2号(通巻346号) p.3


06652
降り出づる 気配言ひつつ 別れ来ぬ 互みの傘を 確かめあひて
フリイヅル ケハイイヒツツ ワカレキヌ カタミノカサヲ タシカメアヒテ

『形成』(形成発行所 1982.2) 第30巻2号(通巻346号) p.3


06653
ケニアなど 行く日もなくて 終らむか 縞馬の絵を 見をれば思ふ
ケニアナド ユクヒモナクテ オワラムカ シマウマノエヲ ミヲレバオモフ

『形成』(形成発行所 1982.2) 第30巻2号(通巻346号) p.3


06654
いつとなく 人に頼れる われならむ 部品の名など 覚えてをらず
イツトナク ヒトニタヨレル ワレナラム ブヒンノナナド オボエテヲラズ

『形成』(形成発行所 1982.2) 第30巻2号(通巻346号) p.4


06655
新米と いふを賜ひぬ とぎをれば とぎてゐるまに こころしづまる
シンマイト イフヲタマヒヌ トギヲレバ トギテヰルマニ ココロシヅマル

『形成』(形成発行所 1982.2) 第30巻2号(通巻346号) p.4


06656
ふるさとを 同じ北国と 知れるのみ はだれのやうな 雲の湧く日よ
フルサトヲ オナジキタグニト シレルノミ ハダレノヤウナ クモノワクヒヨ

『形成』(形成発行所 1982.2) 第30巻2号(通巻346号) p.4


06657
病室は 六畳ほどか 出で入りに 薔薇の匂ひの 乱されやすし
ビョウシツハ ロクジョウホドカ イデイリニ バラノニオヒノ ミダサレヤスシ

『形成』(形成発行所 1982.3) 第20巻3号(通巻347号) p.4


06658
点滴の 痕を幾つも 身に持ちて 縛られやすく 日々の過ぎゆく
テンテキノ アトヲイクツモ ミニモチテ シバラレヤスク ヒビノスギユク

『形成』(形成発行所 1982.3) 第30巻3号(通巻347号) p.4


06659
浮世絵の 波の色より なほ青く 幾年も見ぬ 海がひろがる
ウキヨエノ ナミノイロヨリ ナホアオク イクトシモミヌ ウミガヒロガル

『形成』(形成発行所 1982.3) 第30巻3号(通巻347号) p.4


06660
横顔の まま歩み去る 像ならむ 髪の飾りの 羽毛が白し
ヨコガオノ ママアユミサル ゾウナラム カミノカザリノ ハネゲガシロシ

『形成』(形成発行所 1982.3) 第30巻3号(通巻347号) p.4


06661
手の届く 範囲にものを 置く習ひ 乱丁の辞書も かたはらに置く
テノトドク ハンイニモノヲ オクナラヒ ランチョウノジショモ カタハラニオク

『形成』(形成発行所 1982.3) 第30巻3号(通巻347号) p.4


06662
暖房の 部屋に置く供華 たちまちに 心やつるる さまに衰ふ
ダンボウノ ヘヤニオククゲ タチマチニ ココロヤツルル サマニオトロフ

『形成』(形成発行所 1982.3) 第30巻3号(通巻347号) p.4


06663
言ひつのる 口もとを見て ゐたりしが 次第にわれの 戦意失ふ
イヒツノル クチモトヲミテ ヰタリシガ シダイニワレノ センイウシナフ

『形成』(形成発行所 1982.3) 第30巻3号(通巻347号) p.4


06664
いくひらの 椎茸を水に もどしおき われにしづかに 年暮れむとす
イクヒラノ シイタケヲミズニ モドシオキ ワレニシヅカニ トシクレムトス

『形成』(形成発行所 1982.3) 第30巻3号(通巻347号) p.4


06665
似かよへる 顔を探して 何にならむ 石仏はみな 雪をかづける
ニカヨヘル カオヲサガシテ ナニニナラム セキブツハミナ ユキヲカヅケル

『形成』(形成発行所 1982.4) 第30巻4号(通巻348号) p.3


06666
旅先の 雪に作れる 雪うさぎ 庭石にのせて 別れ来にけり
タビサキノ ユキニツクレル ユキウサギ ニワイシニノセテ ワカレキニケリ

『形成』(形成発行所 1982.4) 第30巻4号(通巻348号) p.3


06667
白梅は 咲き終りたれ 福寿草の つぼみニ粒 いまだ開かぬ
シラウメハ サキオワリタレ フクジュソウノ ツボミフタツブ イマダヒラカヌ

『形成』(形成発行所 1982.4) 第30巻4号(通巻348号) p.3


06668
亡きあとの 月日流れて 梁に かかれる大き 魚拓も古りぬ
ナキアトノ ツキヒナガレテ ウツバリニ カカレルオオキ ギョタクモフリヌ

『形成』(形成発行所 1982.4) 第30巻4号(通巻348号) p.4


06669
黄の花の 多き季節よ 人は去り まばらに墓の 取り残されぬ
キノハナノ オオキキセツヨ ヒトハサリ マバラニハカノ トリノコサレヌ

『形成』(形成発行所 1982.4) 第30巻4号(通巻348号) p.4


06670
日曜は 目ざましも鳴らず 病院の 朝のめざめの 如きしづけさ
ニチヨウハ メザマシモナラズ ビョウインノ アサノメザメノ ゴトキシヅケサ

『形成』(形成発行所 1982.4) 第30巻4号(通巻348号) p.4


06671
花も葉も 夜は閉ざすとふ 草の名を 数へあぐみて なほ眠られぬ
ハナモハモ ヨハトザストフ クサノナヲ カゾヘアグミテ ナホネムラレヌ

『形成』(形成発行所 1982.4) 第30巻4号(通巻348号) p.4


06672
ゆるやかに 鰭をゆらして 魚のゐる けはひと思ひ 夜半を醒めゐつ
ユルヤカニ ヒレヲユラシテ ウオノヰル ケハヒトオモヒ ヨワヲサメヰツ

『形成』(形成発行所 1982.5) 第30巻5号(通巻349号) p.3


06673
しはぶける 一人まじへて 幾人か 坂のぼりゆく 夜の人声
シハブレル ヒトリマジヘテ イクニンカ サカノボリユク ヨルノヒトゴエ

『形成』(形成発行所 1982.5) 第30巻5号(通巻349号) p.3


06674
夜の鳥の かすかに鳴きて 過ぎしあと 家のめぐりの しづまり返る
ヨノトリノ カスカニナキテ スギシアト イエノメグリノ シヅマリカエル

『形成』(形成発行所 1982.5) 第30巻5号(通巻349号) p.3


06675
いまだ見ぬ うすずみ桜 思ひゐて わが目の前の ふとくらみたり
イマダミヌ ウスズミザクラ オモヒヰテ ワガメノマエノ フトクラミタリ

『形成』(形成発行所 1982.5) 第30巻5号(通巻349号) p.3


06676
わが住むは 平野のもなか くれがたに 見ゆるのみなる 何山ならむ
ワガスムハ ヘイヤノモナカ クレガタニ ミユルノミナル ナニヤマナラム

『形成』(形成発行所 1982.5) 第30巻5号(通巻349号) p.3


06677
バスに見て 過ぐる校門 偶像の ごとく崩れし 雪の像置く
バスニミテ スグルコウモン グウゾウノ ゴトククズレシ ユキノゾウオク

『形成』(形成発行所 1982.5) 第30巻5号(通巻349号) p.3


06678
われの道 蝶の道目に 見えねども 古地図に江戸の 街路ととのふ
ワレノミチ チョウノミチメモ ミエネドモ コチズニエドノ ガイロトトノフ

『形成』(形成発行所 1982.5) 第30巻5号(通巻349号) p.3


06679
しろじろと 煙ひろげて 朝より 川の向かうは 何をか燃やす
シロジロト ケムリヒロゲテ アシタヨリ カワノムカウハ ナニヲカモヤス

『形成』(形成発行所 1982.6) 第30巻6号(通巻350号) p.11


06680
絵本見て ゐたる児の忘れ ゆきにけむ 玩具の鳥を 誰かの鳴かす
エホンミテ ヰタルコノワスレ ユキニケム ガングノトリヲ ダレカノナカス

『形成』(形成発行所 1982.6) 第30巻6号(通巻350号) p.11


06681
稚魚あまた 一夜に死して 水面に 散りたる花の ごとく浮かべる
チギョアマタ ヒトヨニシシテ スイメンニ チリタルハナノ ゴトクウカベル

『形成』(形成発行所 1982.6) 第30巻6号(通巻350号) p.11


06682
人の持つ 習ひに似むか かたまりて やがて散りゆく 魚を見てゐし
ヒトノモツ ナラヒニニムカ カタマリテ ヤガテチリユク ウオヲミテヰシ

『形成』(形成発行所 1982.6) 第30巻6号(通巻350号) p.11


06683
釣り人の 老いたる見れば 亡き父の 釣り竿などの いかになりけむ
ツリビトノ オイタルミレバ ナキチチノ ツリザオナドノ イカニナリケム

『形成』(形成発行所 1982.6) 第30巻6号(通巻350号) p.11


06684
いつの日の 逢ひとも知れず 石仏の 肩に夕陽の 届きてゐたる
イツノヒノ アヒトモシレズ セキブツノ カタニユウヒノ トドキテヰタル

『形成』(形成発行所 1982.6) 第30巻6号(通巻350号) p.11


06685
つね仰ぐ 欅の木ぬれて 宿り木の 黒きかたまり なす夕まぐれ
ツネアオグ ケヤノキヌレテ ヤドリギノ クロキカタマリ ナスユウマグレ

『形成』(形成発行所 1982.6) 第30巻6号(通巻350号) p.11


06686
幾つもの トンネルを抜けて 旅ゆけば 改まる如し われの思ひも
イクツモノ トンネルヲヌケテ タビユケバ アラタマルゴトシ ワレノオモヒモ

『形成』(形成発行所 1982.8) 第30巻8号(通巻352号) p.3


06687
しろじろと 谷のへに咲く 何の花と 見分かぬ速度に 汽車は過ぎゆく
シロジロト タニノヘニサク ナンノハナト ミワカヌソクドニ キシャハスギユク

『形成』(形成発行所 1982.8) 第30巻8号(通巻352号) p.3


06688
未だ雪の 残れる木の間 山神を おろしまつると 里人の寄る
イマダユキノ ノコレルコノマ ヤマガミヲ オロシマツルト サトビトノヨル

『形成』(形成発行所 1982.8) 第30巻8号(通巻352号) p.3


06689
山あひの 棚田のほとり 木造の 小さき校舎 ありてしづもる
ヤマアヒノ タナダノホトリ モクゾウノ チイサキコウシャ アリテシヅモル

『形成』(形成発行所 1982.8) 第30巻8号(通巻352号) p.3


06690
能登の浦は 夕凪のとき 遠く来て 人に負ひたる 傷も癒えむか
ノトノウラハ ユウナギノトキ トオクキテ ヒトニオヒタル キズモイエムカ

『形成』(形成発行所 1982.8) 第30巻8号(通巻352号) p.3


06691
旅人と 何か変はらむ 血縁の ひとりさへなき 故郷に泊てて
タビビトト ナニカカハラム ケツエンノ ヒトリサヘナキ コキョウニハテテ

『形成』(形成発行所 1982.9) 第30巻9号(通巻353号) p.3


06692
堂深く 窓の明りに 仰ぎ来し 十一面観音は 目とぢても見ゆ
ドウフカク マドノアカリニ アオギコシ ジュウイチメンカンノンハ メトヂテモミユ

『形成』(形成発行所 1982.9) 第30巻9号(通巻353号) p.3


06693
若草いろの デミタスカップ 旅先に 妹のありし 日をまた思ふ
ワカクサイロノ デミタスカップ タビサキニ イモウトノアリシ ヒヲマタオモフ

『形成』(形成発行所 1982.9) 第30巻9号(通巻353号) p.3


06694
それぞれの 闇をまとひて 立つ木々に 混りて立たば われは何の木
ソレゾレノ ヤミヲマトヒテ タツキギニ マジリテタタバ ワレハナンノキ

『形成』(形成発行所 1982.9) 第30巻9号(通巻353号) p.4


06695
蕗の葉の 大きく開く しづけさに 石の手を組む 石の羅漢は
フキノハノ オオキクヒラク シヅケサニ イシノテヲクム イシノラカンハ

『形成』(形成発行所 1982.9) 第30巻9号(通巻353号) p.4


06696
くろぐろと 森の芯より 暮れそめて きらめく如き ひぐらしのこゑ
クログロト モリノシンヨリ クレソメテ キラメクゴトキ ヒグラシノコヱ

『形成』(形成発行所 1982.10) 第30巻10号(通巻354号) p.3


06697
目の下に 短き橋の かかりゐて 身ぶりさまざまに 人の行き交ふ
メノシタニ ミジカキハシノ カカリヰテ ミブリサマザマニ ヒトノユキカフ

『形成』(形成発行所 1982.10) 第30巻10号(通巻354号) p.3


06698
人の声 やいばをなすと 聞きをれば 真実胸の への痛みくる
ヒトノコエ ヤイバヲナスト キキヲレバ シンジツムネノ ヘノイタミクル

『形成』(形成発行所 1982.10) 第30巻10号(通巻354号) p.3


06699
言ひ出づる ことにあらねど 思ひゐて わが切先の ひらめきはじむ
イヒイヅル コトニアラネド オモヒヰテ ワガキッサキノ ヒラメキハジム

『形成』(形成発行所 1982.10) 第30巻10号(通巻354号) p.3


06700
ゆで玉子を むきつつあれば 指先の いつしか荒れて 秋は来向かふ
ユデタマゴヲ ムキツツアレバ ユビサキノ イツシカアレテ アキハキムカフ

『形成』(形成発行所 1982.10) 第30巻10号(通巻354号) p.3


06701
夜に入りて 雨呼ぶ風の はげしきに 門火も焚かで 送りまつりぬ
ヨニイリテ アメヨブカゼノ ハゲシキニ モンカモタカデ オクリマツリヌ

『形成』(形成発行所 1982.11) 第30巻11号(通巻355号) p.3


06702
肩のへの まろやかにして つめたけれ 花を捨てたる 壼を拭へば
カタノヘノ マロヤカニシテ ツメタケレ ハナヲステタル ツボヲヌグヘバ

『形成』(形成発行所 1982.11) 第30巻11号(通巻355号) p.3


06703
野菜籠を さげて歩めば 主婦の顔に 見ゆるならむか 日傘のなかに
ヤサイカゴヲ サゲテアユメバ シュフノカオニ ミユルナラムカ ヒガサノナカニ

『形成』(形成発行所 1982.11) 第30巻11号(通巻355号) p.3


06704
乾きたる 砂に半ばを うづもれて 貝殻はみな 海の傷持つ
カワキタル スナニナカバヲ ウヅモレテ カイガラハミナ ウミノキズモツ

『形成』(形成発行所 1982.11) 第30巻11号(通巻355号) p.3


06705
銀いろの タンクの遠く 見ゆる窓 何の合図か 送られやまず
ギンイロノ タンクノトオク ミユルマド ナンノアイズカ オクラレヤマズ

『形成』(形成発行所 1982.11) 第30巻11号(通巻355号) p.3


06706
香水の 匂ふ石鹸 あわだてて 勤めを持たぬ 朝のしづけさ
コウスイノ ニオフセッケン アワダテテ ツトメヲモタヌ アサノシヅケサ

『形成』(形成発行所 1982.12) 第30巻12号(通巻356号) p.4


06707
むらさきに 片照る山よ 秋づきて 雲のかたちの やさしくなりぬ
ムラサキニ カタテルヤマヨ アキヅキテ クモノカタチノ ヤサシクナリヌ

『形成』(形成発行所 1982.12) 第30巻12号(通巻356号) p.4


06708
ふるさとに 夜泣き石とふ 岩ありき 思ひ出づるは 霧の夜ばかり
フルサトニ ヨナキイシトフ イワアリキ オモヒイヅルハ キリノヨバカリ

『形成』(形成発行所 1982.12) 第30巻12号(通巻356号) p.4


06709
傍らに ありにしものを 鳥などの 飛びたつやうに われを去りにき
カタワラニ アリニシモノヲ トリナドノ トビタツヤウニ ワレヲサリニキ

『形成』(形成発行所 1982.12) 第30巻12号(通巻356号) p.4


06710
眠られぬ 夜とまたならむ 柩に入れし 手毬の色の よみがへり来て
ネムラレヌ ヨトマタナラム ヒツギニイレシ テマリノイロノ ヨミガヘリキテ

『形成』(形成発行所 1982.12) 第30巻12号(通巻356号) p.4


06711
指先の 動き思はせ ベルベットの 薔薇はやさしく 花びらを巻く
ユビサキノ ウゴキオモハセ ベルベットノ バラハヤサシク ハナビラヲマク

『形成』(形成発行所 1983.1) 第31巻1号(通巻357号) p.3


06712
幾重にも 鏡に映る シャンデリア 何におもたき われの思ひか
イクエニモ カガミニウツル シャンデリア ナニニオモタキ ワレノオモヒカ

『形成』(形成発行所 1983.1) 第31巻1号(通巻357号) p.3


06713
敷き置ける ムートンの白 小羊の かたちに立ちて 歩む夜なきや
シキオケル ムートンノシロ コヒツジノ カタチニタチテ アユムヨナキヤ

『形成』(形成発行所 1983.1) 第31巻1号(通巻357号) p.3


06714
古傷を 胸に持つゆゑ あらかじめ 言葉飾りて 防がむとせり
フルキズヲ ムネニモツユヱ アラカジメ コトバカザリテ フセガムトセリ

『形成』(形成発行所 1983.1) 第31巻1号(通巻357号) p.3


06715
電線の どこかもつれて ゐたりしが いつしか地上の 闇にまぎるる
デンセンノ ドコカモツレテ ヰタリシガ イツシカチジョウノ ヤミニマギルル

『形成』(形成発行所 1983.1) 第31巻1号(通巻357号) p.3


06716
働きて 過ぎにしひと世 嘆かねど み胸ゆたけし マリアの像は
ハタラキテ スギニシヒトヨ ナゲカネド ミムネユタケシ マリアノゾウハ

『形成』(形成発行所 1983.2) 第31巻2号(通巻358号) p.3


06717
もみぢして 明るき木の間 道標も 立たず岐るる 道ありにけり
モミヂシテ アカルキコノマ ドウヒョウモ タタズワカルル ミチアリニケリ

『形成』(形成発行所 1983.2) 第31巻2号(通巻358号) p.3


06718
背後より のぞき来にしが 少年の 拇指におさへて ゐたるパレット
ハイゴヨリ ノゾキキニシガ ショウネンノ ボシニオサヘテ ヰタルパレット

『形成』(形成発行所 1983.2) 第31巻2号(通巻358号) p.3


06719
抜け穴の 出口の如く 草深き 窪みのありし 道を来りぬ
ヌケアナノ デグチノゴトク クサフカキ クボミノアリシ ミチヲキタリヌ

『形成』(形成発行所 1983.2) 第31巻2号(通巻358号) p.3


06720
誇張されて 伝へられゐる ことあらむ 秋の薊は 紫の濃き
コチョウサレテ ツタヘラレヰル コトアラム アキノアザミハ ムラサキノコキ

『形成』(形成発行所 1983.2) 第31巻2号(通巻358号) p.3


06721
年の瀬の 賑はひのなか 喪の帯を 小さく結べる 人と連れだつ
トシノセノ ニギハヒノナカ モノオビヲ チイサクムスベル ヒトトツレダツ

『形成』(形成発行所 1983.3) 第31巻3号(通巻359号) p.3


06722
こもりゐの 正月と電話に 答へつつ みづからを諭す 言葉の如し
コモリヰノ ショウガツトデンワニ コタヘツツ ミヅカラヲサトス コトバノゴトシ

『形成』(形成発行所 1983.3) 第31巻3号(通巻359号) p.3


06723
オルゴール 短く鳴りて 鳴り終へぬ 人のをらざる 隣の部屋に
オルゴール ミジカクナリテ ナリオヘヌ ヒトノヲラザル トナリノヘヤニ

『形成』(形成発行所 1983.3) 第31巻3号(通巻359号) p.3


06724
ひっそりと 何か煮詰めて ゐる如し 亡き母のひとり 厨に立ちて
ヒッソリト ナニカニツメテ ヰルゴトシ ナキハハノヒトリ クリヤニタチテ

『形成』(形成発行所 1983.3) 第31巻3号(通巻359号) p.3


06725
買ひ戻す こともせざりし 父祖の田を 埋めて雪は 降りつもりゐむ
カヒモドス コトモセザリシ フソノタヲ ウズメテユキハ フリツモリヰム

『形成』(形成発行所 1983.3) 第31巻3号(通巻359号) p.3


06726
一気に遠き 職場となれど たまひたる ライターはつね 傍らに置く
イッキニトオキ ショクバトナレド タマヒタル ライターハツネ カタワラニオク

『形成』(形成発行所 1983.4) 第31巻4号(通巻360号) p.1


06727
いつ使ふ 指とも知れず 春立ちて ひびわれやすし 右の中指
イツツカフ ユビトモシレズ ハルタチテ ヒビワレヤスシ ミギノナカユビ

『形成』(形成発行所 1983.4) 第31巻4号(通巻360号) p.1


06728
焼け跡を 映す画面に ただ一つ 椅子のかたちの 燃え残りゐし
ヤケアトヲ ウツスガメンニ タダヒトツ イスノカタチノ モエノコリヰシ

『形成』(形成発行所 1983.4) 第31巻4号(通巻360号) p.1


06729
会釈して 若き尼僧の 過ぎしあと 白梅の花の うつすらと湧く
エシャクシテ ワカキニソウノ スギシアト シラウメノハナノ ウツスラトワク

『形成』(形成発行所 1983.4) 第31巻4号(通巻360号) p.1


06730
枯れ草の 底より風の 湧くごとし 釣り人はみな 孤独のかたち
カレクサノ ソコヨリカゼノ ワクゴトシ ツリビトハミナ コドクノカタチ

『形成』(形成発行所 1983.4) 第31巻4号(通巻360号) p.1


06731
救はるる 思ひのごとし 戒名の 清き妹の 墓に参れば
スクハルル オモヒノゴトシ カイミョウノ キヨキイモウトノ ハカニマイレバ

『形成』(形成発行所 1983.5) 第31巻5号(通巻361号) p.4


06732
ひと刷毛の 雪の残れる 墓原の 枯れ葉鳴らして 鳥の飛び立つ
ヒトハケノ ユキノノコレル ハカハラノ カレハナラシテ トリノトビタツ

『形成』(形成発行所 1983.5) 第31巻5号(通巻361号) p.4


06733
嘆きつつ 一夜をあれば かたはらの 孔雀の羽根は 大き目を持つ
ナゲキツツ ヒトヨヲアレバ カタハラノ クジャクノハネハ オオキメヲモツ

『形成』(形成発行所 1983.5) 第31巻5号(通巻361号) p.4


06734
桟橋の 下も荒海 たえまなく 波のひびきは 胸もとに来る
サンバシノ シタモアラウミ タエマナク ナミノヒビキハ ムナモトニクル

『形成』(形成発行所 1983.5) 第31巻5号(通巻361号) p.4


06735
坂道を 降り来てより 道暗し 余熱のごとき 悔いも過ぎゐる
サカミチヲ クダリキテヨリ ミチクラシ ヨネツノゴトキ クイモスギヰル

『形成』(形成発行所 1983.5) 第31巻5号(通巻361号) p.4


06736
もやもやに 写し出されて 木の如し あばらといふを 持てるわが胸
モヤモヤニ ウツシダサレテ キノゴトシ アバラトイフヲ モテルワガムネ

『形成』(形成発行所 1983.6) 第31巻6号(通巻362号) p.134


06737
胡蝶蘭の 最後の鉢も 枯れしめぬ 風邪がちに冬も 終らむとして
コチョウランノ サイゴノハチモ カレシメヌ カゼガチニフユモ オワラムトシテ

『形成』(形成発行所 1983.6) 第31巻6号(通巻362号) p.134


06738
ひとりゆく 旅のさびしさ 浜名湖は 風にたわみし 水見えわたる
ヒトリユク タビノサビシサ ハマナコハ カゼニタワミシ ミズミエワタル

『形成』(形成発行所 1983.6) 第31巻6号(通巻362号) p.134


06739
春の夜の 雨ともあらず 音あらく 降りつぐ雨を 聴きて醒めゐし
ハルノヨノ アメトモアラズ オトアラク フリツグアメヲ キキテサメヰシ

『形成』(形成発行所 1983.6) 第31巻6号(通巻363号) p.134


06740
落葉松の 芽ぶきのときに 来会ひたり しろがねなして 雨の渡らふ
カラマツノ メブキノトキニ キアヒタリ シロガネナシテ アメノワタラフ

『形成』(形成発行所 1983.6) 第31巻6号(通巻362号) p.134


06741
水濁る 運河のほとり 気がかりを 散ぜむすべも なくて歩めり
ミズニゴル ウンガノホトリ キガカリヲ サンゼムスベモ ナクテアユメリ

『形成』(形成発行所 1983.7) 第31巻7号(通巻363号) p.15


06742
旦夕に 追れりと知る みいのちの とめどもあらず 雨降りしきる
タンセキニ オワレリトシル ミイノチノ トメドモアラズ アメフリシキル

『形成』(形成発行所 1983.7) 第31巻7号(通巻363号) p.15


06743
急がねば ならぬことあり 急ぎても 間に合はざらむ 涙出でくる
イソガネバ ナラヌコトアリ イゾギテモ マニアハザラム ナミダイデクル

『形成』(形成発行所 1983.7) 第31巻7号(通巻363号) p.15


06744
石仏の 肩もつめたく おはすらむ 八重の桜を 散らす雨降る
セキブツノ カタモツメタク オハスラム ヤエノサクラヲ チラスアメフル

『形成』(形成発行所 1983.7) 第31巻7号(通巻363号) p.15


06745
声あげて 泣きて醒めしが 現にも 夢にもおはす 先生ならず
コエアゲテ ナキテサメシガ ウツツニモ ユメニモオハス センセイナラズ

『形成』(形成発行所 1983.7) 第31巻7号(通巻363号) p.15


06746
先生の いまさずなりて 三彩の 馬の置き物を 見るはさぶしも
センセイノ イマサズナリテ サンサイノ ウマノオキモノヲ ミルハサブシモ

『形成』(形成発行所 1983.8) 第31巻8号(通巻364号) p.14


06747
み柩に 黄菊白菊 入れまつる この世の顔を よせあひにつつ
ミヒツギニ キギクシロギク イレマツル コノヨノカオヲ ヨセアヒニツツ

『形成』(形成発行所 1983.8) 第31巻8号(通巻364号) p.14


06748
みそなはし いまさむと 思ほえて 橋に掛ける 歩度ゆるみたり
ミソナハシ イマサムト オモホエテ ハシニカケル ホドユルミタリ

『形成』(形成発行所 1983.8) 第31巻8号(通巻364号) p.14


06749
仕へたる 三十四年 ひとたびも 叱り給はざりし ことも思ほゆ
ツカヘタル サンジュウヨネン ヒトタビモ シカリタマハザリシ コトモオモホユ

『形成』(形成発行所 1983.8) 第31巻8号(通巻364号) p.14


06750
東京へ 出づる日つづき この夏は 夾竹桃の 白も喪の花
トウキョウヘ イヅルヒツヅキ コノナツハ キョウチクトウノ シロモモノハナ

『形成』(形成発行所 1983.8) 第31巻8号(通巻364号) p.14


06751
われのみの 知れる忌の日の 巡り来て 今年の梅雨は 未だあがらぬ
ワレノミノ シレルキノヒノ メグリキテ コトシノツユハ イマダアガラヌ

『形成』(形成発行所 1983.9) 第31巻9号(通巻365号) p.126


06752
ゆるやかに 二つ寄りゐし 流灯の 早瀬となりて 相別れゆく
ユルヤカニ フタツヨリヰシ リュウトウノ ハヤセトナリテ アイワカレユク

『形成』(形成発行所 1983.9) 第31巻9号(通巻365号) p.126


06753
何を売る 嫗と知れず 立ちゐたり 母かと思ふ 姉かと思ふ
ナニヲウル オウナトシレズ タチヰタリ ハハカトオモフ アネカトオモフ

『形成』(形成発行所 1983.9) 第31巻9号(通巻365号) p.126


06754
精霊舟の 燃えて流れて ゆきにしが 醒めて思へば ふるさとの川
ショウリョウブネノ モエテナガレテ ユキニシガ サメテオモヘバ フルサトノカワ

『形成』(形成発行所 1983.9) 第31巻9号(通巻365号) p.126


06755
いくばくを 眠れるひまに うすらなる 繭をかけゐき 小さき虫は
イクバクヲ ネムレルヒマニ ウスラナル マユヲカケヰキ チイサキムシハ

『形成』(形成発行所 1983.9) 第31巻9号(通巻365号) p.126


06756
逃げ水の 幾つをバスに 越えにつつ ゆきつく先も おほよそは見ゆ
ニゲミズノ イクツヲバスニ コエニツツ ユキツクサキモ オホヨソハミユ

『形成』(形成発行所 1983.10) 第31巻10号(通巻366号) p.14


06757
日ぐれとも 朝ともつかぬ 薄明に つつまれて死と いふはあるべし
ヒグレトモ アサトモツカヌ ハクメイニ ツツマレテシト イフハアルベシ

『形成』(形成発行所 1983.10) 第31巻10号(通巻366号) p.14


06758
断ちがたく 思へることを そのままに 雲大いなる 高原に来ぬ
タチガタク オモヘルコトヲ ソノママニ クモオオイナル コウゲンニキヌ

『形成』(形成発行所 1983.10) 第31巻10号(通巻366号) p.14


06759
標高を 問ひつつゆくに 山国の 紫陽花の毬は いまだ小さし
ヒョウコウヲ トヒツツユクニ ヤマグニノ アジサイノマリハ イマダチイサシ

『形成』(形成発行所 1983.10) 第31巻10号(通巻366号) p.14


06760
花の香に まみれて過ぎて 見返れば 黄菅の色の 原がひろがる
ハナノカニ マミレテスギテ ミカエレバ キスゲノイロノ ハラガヒロガル

『形成』(形成発行所 1983.10) 第31巻10号(通巻366号) p.14


06761
駅の名を 見落として過ぎて あわつるも 常のことにて 荻窪に来つ
エキノナヲ ミオトシテスギテ アワツルモ ツネノコトニテ オギクボニキツ

『形成』(形成発行所 1983.11) 第31巻11号(通巻367号) p.134


06762
みちのくの 訛りある声 後方に してゐしがバスは トンネルに入る
ミチノクノ ナマリアルコエ コウホウニ シテヰシガバスハ トンネルニイル

『形成』(形成発行所 1983.11) 第31巻11号(通巻367号) p.134


06763
曲り家は 今も残ると 伝ふれど 馬のにほひを 久しく嗅がぬ
マガリヤハ イマモノコルト ツタフレド ウマノニホヒヲ ヒサシクカガヌ

『形成』(形成発行所 1983.11) 第31巻11号(通巻367号) p.134


06764
美容院の 午後四時大き 男来て リースのゴムの 木の鉢を置く
ビョウインノ ゴゴヨジオオキ オトコキテ リースノゴムノ キノハチヲオク

『形成』(形成発行所 1983.11) 第31巻11号(通巻367号) p.134


06765
腕力も 年毎に衰へ ゆくならむ 片手には重き 辞書となりつつ
ワンリョクモ トシゴトニオトロヘ ユクナラム カタテニハオモキ ジショトナリツツ

『形成』(形成発行所 1983.11) 第31巻11号(通巻367号) p.134


06766
ドアの外は 夕焼けの街 信ずるより ほかなく医師に 励まされ来ぬ
ドアノソトハ ユウヤケノマチ シンズルヨリ ホカナクイシニ ハゲマサレキヌ

『形成』(形成発行所 1983.12) 第31巻12号(通巻368号) p.15


06767
限られし 視野と思へど 鯖雲の うろこは遠く ひろがりゆけり
カギラレシ シヤトオモヘド サバグモノ ウロコハトオク ヒロガリユケリ

『形成』(形成発行所 1983.12) 第31巻12号(通巻368号) p.15


06768
似合ふとふ レースの服を 着て出づる 今日の講座の 滑らかなれよ
ニアフトフ レースノフクヲ キテイヅル キョウノコウザノ ナメラカナレヨ

『形成』(形成発行所 1983.12) 第31巻12号(通巻368号) p.15


06769
起き出でて 靴を履くまでの 一時間 あわただしかりし 朝々ありき
オキイデテ クツヲハクマデノ イチジカン アワタダシカリシ アサアサアリキ

『形成』(形成発行所 1983.12) 第31巻12号(通巻368号) p.15


06770
曼珠沙華の 花はテレビに 見たるのみ 秋の彼岸も 終らむとする
マンジュシャゲノ ハナハテレビニ ミタルノミ アキノヒガンモ オワラムトスル

『形成』(形成発行所 1983.12) 第31巻12号(通巻368号) p.15


06771
傾きて 立つ松林 秋の海の 風見の羽根は すぐひるがへる
カタムキテ タツマツバヤシ アキノミノ カザミノハネハ スグヒルガヘル

『形成』(形成発行所 1984.1) 第32巻1号(通巻369号) p.141


06772
熱気球は 忽ち遠く ゴンドラに 振るハンカチの ひらひらも消ゆ
ネツキキュウハ タチマチトオク ゴンドラニ フルハンカチノ ヒラヒラモキユ

『形成』(形成発行所 1984.1) 第32巻1号(通巻369号) p.141


06773
返り咲く はまなすの花 見て来しに やいばの如く 光る波寄す
カエリサク ハマナスノハナ ミテキシニ ヤイバノゴトク ヒカルナミヨス

『形成』(形成発行所 1984.1) 第32巻1号(通巻369号) p.141


06774
砂山を 降りてほどきて 体温より かなり冷たき 手と思ひたり
スナヤマヲ オリテホドキテ タイオンヨリ カナリツメタキ テトオモヒタリ

『形成』(形成発行所 1984.1) 第32巻1号(通巻369号) p.141


06775
吊り皮に 男の立ちて 夕凪の 海の見えゐし 視界ふさがる
ツリカワニ オトコノタチテ ユウナギノ ウミノミエヰシ シカイフサガル

『形成』(形成発行所 1984.1) 第32巻1号(通巻369号) p.141


06776
先生の いまさぬ思ふ 仙台の 駄菓子のねぢり 折りてはみつつ
センセイノ イマサヌオモフ センダイノ ダガシノネヂリ オリテハミツツ

『形成』(形成発行所 1984.2) 第32巻2号(通巻370号) p.336


06777
早馬を 駆りてゆきなば 何を見む サラブレッドは 目の前を過ぐ
ハヤウマヲ カケリテユキナバ ナニヲミム サラブレッドハ メノマエヲスグ

『形成』(形成発行所 1984.2) 第32巻2号(通巻370号) p.336


06778
人形の 斬られてがばと 打ち伏せば いづこかわれの 関節ゆるむ
ニンギョウノ キラレテガバト ウチフセバ イヅコカワレノ カンセツユルム

『形成』(形成発行所 1984.2) 第32巻2号(通巻370号) p.336


06779
石鹸の 匂ひのあらぬ 石鹸も こころもとなし 今朝の寝醒めに
セッケンノ ニオヒノアラヌ セッケンモ ココロモトナシ ケサノネザメニ

『形成』(形成発行所 1984.2) 第32巻2号(通巻370号) p.336


06780
結論の まろびて出づる ことなきか 瞼の重き 日の続きをり
ケツロンノ マロビテイヅル コトナキカ マブタノオモキ ヒノツヅキヲリ

『形成』(形成発行所 1984.2) 第32巻2号(通巻370号) p.336


06781
ナレーションの 絶えし画面に 音もなく 噴水三基 もりあがりゐつ
ナレーションノ タエシガメンニ オトモナク フンスイサンキ モリアガリヰツ

『形成』(形成発行所 1984.3) 第32巻3号(通巻371号) p.134


06782
方向音痴の ままに終らむ ひと世とも 見知らぬ坂を 従きて登れり
ホウコウオンチノ ママニオワラム ヒトヨトモ ミシラヌサカヲ ツキテノボレリ

『形成』(形成発行所 1984.3) 第32巻3号(通巻371号) p.134


06783
持ちあがらぬ 大き袋は 何なりし 何を運びゐし 夢かと思ふ
モチアガラヌ オオキフクロハ ナニナリシ ナニヲハコビヰシ ユメカトオモフ

『形成』(形成発行所 1984.3) 第32巻3号(通巻371号) p.134


06784
水玉を 小さくあげて 沈みたり 薔薇のかたちの 砂糖二粒
ミズタマヲ チイサクアゲテ シズミタリ バラノカタチノ サトウフタツブ

『形成』(形成発行所 1984.3) 第32巻3号(通巻371号) p.134


06785
目分量の 塩を掴みて 振りゆくに しなふは菜とも われとも知らず
メブンリョウノ シオヲツカミテ フリユクニ シナフハナトモ ワレトモシラズ

『形成』(形成発行所 1984.3) 第32巻3号(通巻371号) p.134


06786
道の上に 不意に日ざしの 濃くなりて 鈴懸の木の 影を踏みゆく
ミチノウエノ フイニヒザシノ コクナリテ スズカケノキノ カゲヲフミユク

『形成』(形成発行所 1984.4) 第32巻4号(通巻372号) p.15


06787
持ち時間 幾何われに 残れるや ハングライダーを 飛ばす若きら
モチジカン イクバクワレニ ノコレルヤ ハングライダーヲ トバスワカキラ

『形成』(形成発行所 1984.4) 第32巻4号(通巻372号) p.15


06788
春の日は 傾きそめて ゆるやかに 弧を描きつつ 波の引きゆく
ハルノヒハ カタムキソメテ ユルヤカニ コヲエガキツツ ナミノヒキユク

『形成』(形成発行所 1984.4) 第32巻4号(通巻372号) p.15


06789
土手の上を 駆けゐる子らの 影絵なす 一時ありて 海暮れむとす
ドテノウエヲ カケヰルコラノ カゲエナス ヒトトキアリテ ウミクレムトス

『形成』(形成発行所 1984.4) 第32巻4号(通巻372号) p.15


06790
バスの来て その儘乗りて 行きにしが 真顔に何を 告げむとしたる
バスノキテ ソノママノリテ ユキニシガ マガオニナニヲ ツゲムトシタル

『形成』(形成発行所 1984.4) 第32巻4号(通巻372号) p.15


06791
東京の 空にひばりの あがる見て 電車は王子の 駅に入りたり
トウキョウノ ソラニヒバリノ アガルミテ デンシャハオウジノ エキニイリタリ

『形成』(形成発行所 1984.5) 第32巻5号(通巻373号) p.130


06792
日本は 如何なる国か フルートを 吹ける異人の をとめに思ふ
ニッポンハ イカナルクニカ フルートヲ フケルイジンノ ヲトメニオモフ

『形成』(形成発行所 1984.5) 第32巻5号(通巻373号) p.130


06793
いくたりを 見送りにけむ 遍路して 果てむ願ひの よぎることあり
イクタリヲ ミオクリニケム ヘンロシテ ハテムネガヒノ ヨギルコトアリ

『形成』(形成発行所 1984.5) 第32巻5号(通巻373号) p.130


06794
十四年 ゐたる犬なり 今会はば 生きてゐし日の ままになつくや
ジュウヨネン ヰタルイヌナリ イマアハバ イキテヰシヒノ ママニナツクヤ

『形成』(形成発行所 1984.5) 第32巻5号(通巻373号) p.130


06795
しづかなる 夜となりたり 届きたる 大判の辞書を 机に置きて
シヅカナル ヨルトナリタリ トドキタル オオバンノジショヲ ツクエニオキテ

『形成』(形成発行所 1984.5) 第32巻5号(通巻373号) p.130


06796
うづもるる 思ひにをれば テレビの中の 陽明門にも 雪降りしきる
ウヅモルル オモヒニヲレバ テレビノナカノ ヨウメイモンニモ ユキフリシキル

『形成』(形成発行所 1984.6) 第32巻6号(通巻374号) p.15


06797
夕焼けを 見むと二階の 戸を繰れば 川原を埋めし 雪も染まれる
ユウヤケヲ ミムトニカイノ トヲクレバ カワラヲウメシ ユキモソマレル

『形成』(形成発行所 1984.6) 第32巻6号(通巻374号) p.15


06798
遠景に 相争へる さま見えて そのまま雪に くづほれゆけり
エンケイニ アイアラソヘル サマミエテ ソノママユキニ クヅホレユケリ

『形成』(形成発行所 1984.6) 第32巻6号(通巻374号) p.15


06799
行き違ひに なりたるのみと 知るまでに また重ねたる 歳月ありき
ユキチガヒニ ナリタルノミト シルマデニ マタカサネタル サイゲツアリキ

『形成』(形成発行所 1984.6) 第32巻6号(通巻374号) p.15


06800
かなしみの 漸く過ぎて しづけきに 前触れもなく また何が来む
カナシミノ ヨウヤクスギテ シヅケキニ マエブレモナク マタナニガコム

『形成』(形成発行所 1984.6) 第32巻6号(通巻374号) p.15


06801
つらなれる 古墳の丘は 稜線の けばだつさまに 芽ぶきそめたり
ツラナレル コフンノオカハ リョウセンノ ケバダツサマニ メブキソメタリ

『形成』(形成発行所 1984.7) 第32巻7号(通巻375号) p.166


06802
桐の実の 鳴ることもなく 立つ見れば あはく渦なす 思ひも過ぎぬ
キリノミノ ナルコトモナク タツミレバ アハクウズナス オモヒモスギヌ

『形成』(形成発行所 1984.7) 第32巻7号(通巻375号) p.166


06803
植ゑぬ田の かたちに芦の 枯れ残る 広野の道を バスにゆれゆく
ウヱヌタノ カタチニアシノ カレノコリ ヒロノノミチヲ バスニユレユク

『形成』(形成発行所 1984.7) 第32巻7号(通巻375号) p.166


06804
病むことは 何もせぬこと たゆたひて 繭なす雲を 窓に見てゐる
ヤムコトハ ナニモセヌコト タユタヒテ マユナスクモヲ マドニミテヰル

『形成』(形成発行所 1984.7) 第32巻7号(通巻375号) p.166


06805
駅前に 駐在所ありて ふるさとは 雪解の水の ささらぐころか
エキマエニ チュウザイショアリテ フルサトハ ユキゲノミズノ ササラグコロカ

『形成』(形成発行所 1984.7) 第32巻7号(通巻375号) p.166


06806
風邪に寝て 一日をあれば 知らざりし 日中の音の くさぐさ聞こゆ
カゼニネテ ヒトヒヲアレバ シラザリシ ヒナカノオトノ クサグサキコユ

『形成』(形成発行所 1984.8) 第32巻8号(通巻376号) p.13


06807
黒豆を 煮て浮く灰汁を すくひつつ すくひ切れざる 澱もあるべし
クロマメヲ ニテウクアクヲ スクヒツツ スクヒキレザル オリモアルベシ

『形成』(形成発行所 1984.8) 第32巻8号(通巻376号) p.13


06808
好奇心の 強い子と言はれ 育ちにき 日に幾たびも 辞書を引き寄す
コウキシンノ ツヨイコトイハレ ソダチニキ ヒニイクタビモ ジショヲヒキヨス

『形成』(形成発行所 1984.8) 第32巻8号(通巻376号) p.13


06809
こみあへる 葉をぬきんでし 著莪の花 紫と黄の まだらがあはし
コミアヘル ハヲヌキンデシ シャガノハナ ムラサキトキノ マダラガアハシ

『形成』(形成発行所 1984.8) 第32巻8号(通巻376号) p.13


06810
乱るるは わが言の葉よ 噴水の 風に吹かれて ひろがりやまず
ミダルルハ ワガコトノハヨ フンスイノ カゼニフカレテ ヒロガリヤマズ

『形成』(形成発行所 1984.8) 第32巻8号(通巻376号) p.13


06811
幾月か 空き家となりて ゐし軒に 風鈴吊られ うれしげに鳴る
イクツキカ アキヤトナリテ ヰシノキニ フウリンツラレ ウレシゲニナル

『形成』(形成発行所 1984.9) 第32巻9号(通巻377号) p.142


06812
ユツカ蘭の まだ珍しき ころなりき 移り住みたる 大宮に見き
ユツカランノ マダメズラシキ コロナリキ ウツリスミタル オオミヤニミキ

『形成』(形成発行所 1984.9) 第32巻9号(通巻377号) p.142


06813
夕焼けに 染まるガラスを 見てをれば つくねんとわれは 黒き塊
ユウヤケニ ソマルガラスヲ ミテヲレバ ツクネントワレハ クロキカタマリ

『形成』(形成発行所 1984.9) 第32巻9号(通巻377号) p.142


06814
背後より 襲ふがごとく かたはらを すりぬけて行きし 無灯自転車
ハイゴヨリ オソフガゴトク カタハラヲ スリヌケテユキシ ムトウジテンシャ

『形成』(形成発行所 1984.9) 第32巻9号(通巻377号) p.142


06815
呼びとめて 何ひさぎゐし 人の影 ビルのあはひに 吸はれてゆけり
ヨビトメテ ナニヒサギヰシ ヒトノカゲ ビルノアハヒニ スハレテユケリ

『形成』(形成発行所 1984.9) 第32巻9号(通巻377号) p.142


06816
リラの雨 くちなしの雨と 過ぎゆきて いま軒を打つ 夕立の雨
リラノアメ クチナシノアメト スギユキテ イマノキヲウツ ユウダチノアメ

『形成』(形成発行所 1984.10) 第32巻10号(通巻378号) p.16


06817
気にかかり ゐたりしが今朝の 外電は 事故によるとふ 死因を伝ふ
キニカカリ ヰタリシガケサノ ガイデンハ ジコニヨルトフ シインヲツタフ

『形成』(形成発行所 1984.10) 第32巻10号(通巻378号) p.16


06818
つねよりも 大きく見ゆる 路線バス 暗き顔のみ 乗せてとまれる
ツネヨリモ オオキクミユル ロセンバス クラキカオノミ ノセテトマレル

『形成』(形成発行所 1984.10) 第32巻10号(通巻378号) p.16


06819
一滴の 黄の除光液 たちまちに コットンに吸はれて まるく広がる
イッテキノ キノジョコウエキ タチマチニ コットンニスハレテ マルクヒロガル

『形成』(形成発行所 1984.10) 第32巻10号(通巻378号) p.16


06820
マニキュアを しをれば不意に 騒立ちて 時雨の音の 窓を過ぎゆく
マニキュアヲ シヲレバフイニ サワタチテ シグレノオトノ マドヲスギユク

『形成』(形成発行所 1984.10) 第32巻10号(通巻378号) p.16


06821
かなしみの 身に添ふごとし 夜の更けて 盆燈籠を 組み立てをれば
カナシミノ ミニソフゴトシ ヨノフケテ ボントウロウヲ クミタテヲレバ

『形成』(形成発行所 1984.11) 第32巻11号(通巻379号) p.146


06822
眠られぬ 病を持ちて コーヒーも 紅茶のたぐひも いつしか飲まず
ネムラレヌ ヤマイヲモチテ コーヒーモ コウチャノタグヒモ イツシカノマズ

『形成』(形成発行所 1984.11) 第32巻11号(通巻379号) p.146


06823
行き止りに 幾度も出会ふ 夢なりき 最後は如何に なりしや知れず
ユキドマリニ イクタビモデアフ ユメナリキ サイゴハイカニ ナリシヤシレズ

『形成』(形成発行所 1984.11) 第32巻11号(通巻379号) p.146


06824
砂利はじく 音をあらはに 人声の 絶えししじまを 自転車行けり
ジャリハジク オトヲアラハニ ヒトゴエノ タエシシジマヲ ジテンシャユケリ

『形成』(形成発行所 1984.11) 第32巻11号(通巻379号) p.146


06825
気のつけば 指輪ゆるめる 薬指 思ひ痩せつつ 夏過ぎむとす
キノツケバ ユビワユルメル クスリユビ オモヒヤセツツ ナツスギムトス

『形成』(形成発行所 1984.11) 第32巻11号(通巻379号) p.146


06826
病みをれば 思はぬいとまの 湧く如し モーツアルトを FMに聴く
ヤミヲレバ オモハヌイトマノ ワクゴトシ モーツアルトヲ エフエムニキク

『形成』(形成発行所 1984.12) 第32巻12号(通巻380号) p.14


06827
うす味の 食事にも慣れて ゆくらむか 心もとなき ことばかりなる
ウスアジノ ショクジニモナレテ ユクラムカ ココロモトナキ コトバカリナル

『形成』(形成発行所 1984.12) 第32巻12号(通巻380号) p.14


06828
ゆるみゐる コートの釦 そのままに 出で来て遠し バスまでの道
ユルミヰル コートノボタン ソノママニ イデキテトオシ バスマデノミチ

『形成』(形成発行所 1984.12) 第32巻12号(通巻380号) p.14


06829
つくばひに 苔むしてゐつ 隙間なく 十薬は生ひて 花かかげゐつ
ツクバヒニ コケムシテヰツ スキマナク ジフヤクハオヒテ ハナカカゲヰツ

『形成』(形成発行所 1984.12) 第32巻12号(通巻380号) p.14


06830
ちぎり絵を 始むと言へり 捗りて たのしからむと われさへ思ふ
チギリエヲ ハジムトイヘリ ハカドリテ タノシカラムト ワレサヘオモフ

『形成』(形成発行所 1984.12) 第32巻12号(通巻380号) p.14