さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

形成

 
面影の         幾たびか        傷口に         めざむれば       
糖蜜を         年齢の         ゆくりなく       森深く         
雪渓の         日を選び        ひとしきり       ガーゼもて       
木枯に         ゆきずりに       色褪せし        さすらひの       
いつの日に       蜂蜜の         さかしらを       気になりて       
カレー粉の       観音に         濃密に         巣を高く        
篠原の         換算し         待ちて得し       涙もろく        
転換を         糸切れて        森に来て        過信して        
母の櫛         山椒の         花闌けし        湖の          
前の世の        伴はれ         道ばたに        遠き世の        
いつの世に       遠くにて        口紅を         鉄分の         
粗壁の         暗闇の         スプーンの箱      あたためし       
笹原の         重油かけて       喪の家を        ひとしきり       
隙のなき        地境に         スノーボートに     橋灯の         
夜の森を        舶来の         飾り窓に        立ち向ふ        
何のせても       ワイヤーを       肘を張り        泥沼に         
策もなく        再びは         水鳥の         くれぐれの       
訳もなく        水晶の         亡き母の        蹄鉄の         
予想など        そそのかされし     ガソリンを       ガラス戸に       
霜割れの        語尾濁す        シヤガールの      つなぐべき       
包丁の         骨格の         噴水の         夜の湾に        
急行を         枯れ葦の        割り箸を        薪割りし        
川水の         木の芽あへ       草抜きし        崖下の         
現実の         ひとしきり       夜の道に        喪の羽織        
裸足にて        結び目を        何の木と        坂道の         
製材の         潮鳴りの        方角を         砂山を         
松の木の        物語の         白樺の         首垂れて        
亡き父の        うるみゐし       職員の         一片の         
風船に         蛇使ひの        腕時計         どのやうな       
藤の花の        間道に         くちびるの       透明の         
あざやかな       巻尺を         シチリアの       水枯れし        
氷柱を         梁に          コンクリートの     鉄塔の         
貝塚の         ひしひしと       醒めて聴く       久々に         
卓上を         くちずさむ       鳥の羽の        明日の日の       
あたたかく       父母の         重き扉         音荒く         
くらがりに       待ち針を        染めあげし       さまざまの       
埋め立てを       貶めて         太幹に         父母の         
偽りを         合歓の木の       ほの白き        打楽器の        
くらがりに       緋の魚の        夕凪ぎは        移民船に        
やはらかく       われらにて       タラップに       喪の花の        
片袖の         ガラス戸の       送られし        鈴の音を        
墓原の         門灯の         車窓より        軒下に         
朝々に         蜃気楼など       ゆくりなく       咲き残る        
ものの香の       触発を         たのしみて       みどり児の       
いづくにか       妹と          磨きゐる        音荒く         
金属の         対岸の         雨あとの        市果てて        
凭れゐる        対岸の         鍵穴の         霧の夜に        
葛の葉の        伏せておく       いつよりか       氷盤の         
長命の         唐突に         みどり児を       椅子のまま       
塩はゆき        石を積む        如何ならむ       逆巻きて        
ふくらなる       わが持たぬ       思はざる        こだはれば       
霊代を         鎮台の         芦の穂の        地を埋めて       
時の間の        医師の手に       泥亀の         荒れやすき       
出で入りの       花びらを        人の手を        他意のなき       
磯波の         空間に         風やめば        焦だちの        
登山用の        ガラス戸を       雪の夜に        マッチの棒を      
いつまでも       底深く         おもむろに       風の夜の        
足首を         びつしりと       あたたかき       靴べらを        
体より         塩はゆき        白粥の         フラメンコの      
葬列の         こまごまと       新しき         てのひらに       
髪の毛に        漆黒の         いくばくの       相会はぬ        
身動きの        葦の間を        たれの住む       どくだみの       
死に絶えし       のがれたき       食べものの       届きたる        
工事場の        降りやまぬ       揉まれつつ       ものなべて       
降誕祭         たれを待つ       音楽を         身を低め        
目に見えぬ       味気なく        事務服を        いくたびも       
辞書のたぐひ      埋めたての       挑ましき        出で歩く        
夜の雪は        昼前の         呼びかはす       包丁を         
灰いろの        血圧の         移り来て        竪琴の         
木洩れ陽の       カナリアの       ゆくりなく       老いしるき       
わきまへの       木の間より       意表を突く       丸衿の         
電話なき        まなうらを       うすら寒き       よみがへる       
鋭角の         思ふこと        ガラス戸の       レーズンを       
よごれたる       うとましき       心なく         動く歯の        
夜もすがら       遠く来て        癒えにくき       スカートの       
鶏を          欺けるもの       片附ける        護符の鈴        
フィルターの      隣より         振り切りて       醒めをれば       
肘痛む         発車待つ        押すことも       目のしきり       
耳打ちを        練乳を         十年目の        去りゆきし       
消息を         失へる         機械音         階段を         
通勤の         屋上に         散りがたの       遊歩路に        
ちりぢりに       口ほてる        獅子舞の        吊り橋の        
途中より        開校の         川岸の         紫の          
幾日経て        なづさひて       長く生きて       正面に         
印鑑の         ビニールの       香りよき        振向きし        
わが真上        歌垣の         時ならず        揺られつつ       
含みたる        伴ふは         カーテンの       計数の         
地に落ちし       まざまざと       上野までの       温室の         
まろび出づる      おもかげの       使ひたる        蜘蛛の巣に       
礼深く         タイプ室に       サンプルに       眼先の         
雪道に         曖昧に         蘭の名を        閉館の         
おぞましき       街灯の         とめどなく       前後なく        
著莪の根に       千に刻み        顔寄せて        絹の裏を        
紫の          インク壺に       喪にこもる       雪柳の         
風の無き        恙なく         忘れ易く        いつまでも       
水死者を        熱風の         牙むくと        靴べらを        
おもかげに       相合はば        遠き世の        つまづきて       
雨あとを        刈り伏せて       混みあへる       指先に         
水いろの        鳴る鐘は        水の輪が        キヤンプの時の     
何の木と        見覚えの        替へてやる       雪山を         
空間を         自動車の        傷口を         明日は休みと      
トラックの       ガス灯の        機械的な        通されて        
硝子ごしに       放課後まで       読まれゐし       立ちゆける       
黒鍵の         道を尋ね        階段から        雪山へ         
連れのゐて       思ひあたる       白梅の         
 
 
 

05754
面影の 老いてつきとめ 得ぬままに 大き楽器を 背負ひ去りたり
オモカゲノ オイテツキトメ エヌママニ オオキガッキヲ セオヒサリタリ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05755
幾たびか 夜霧の原に 出でて呼ぶ 放れし小犬 呼ぶごとくして
イクタビカ ヨギリノハラニ イデテヨブ ハナレシコイヌ ヨブゴトクシテ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05756
傷口に しきりに蠅の 寄るごとく 何の夢見て うとみゐたりし
キズグチニ シキリニハエノ ヨルゴトク ナンノユメミテ ウトミヰタリシ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05757
めざむれば 蹼欠せて 繃帯を 巻きし右手が 投げ出されゐつ
メザムレバ ミヅカキウセテ ホウタイヲ マキシミギテガ ナゲダサレヰツ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05758
糖蜜を 煮詰めて雪の 日をこもり 母ありし日のごと 硝子曇らす
トウミツヲ ニツメテユキノ ヒヲコモリ ハハアリシヒノゴト ガラスクモラス

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05759
年齢の 差だけ後れて かなしまむ 妹か白の コートなど着て
ネンレイノ サダケオクレテ カナシマム イモウトカシロノ コートナドキテ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05760
ゆくりなく 視界ひらけて 枯れ原に 夜すがらともす 鶏舎幾棟
ユクリナク シカイヒラケテ カレハラニ ヨスガラトモス ケイシャイクムネ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05761
森深く 潜める夢の 醒めむとす 風はブザーの 音を呼びつつ
モリフカク ヒソメルユメノ サメムトス カゼハブザーノ オトヲヨビツツ

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05762
雪渓の 祟り怖るる われを措き 発ちにき再び 逢ふ日なかりき
セッケイノ タタリオソルル ワレヲオキ タチニキフタタビ アフヒナカリキ

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05763
日を選び 新しき服 着て出づる 人に知られぬ 祈りにも似て
ヒヲエラビ アタラシキフク キテイヅル ヒトニシラレヌ イノリニモニテ

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05764
ひとしきり 逸る焰の 音聴けば 暖炉などにも 脅かさるる
ヒトシキリ ハヤルホノオノ オトキケバ ダンロナドニモ オビヤカサルル

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05765
ガーゼもて 仔犬の耳孔 拭ひやる 風邪癒え難き 日のたゆたひに
ガーゼモテ コイヌノミミアナ ヌグヒヤル カゼイエガタキ ヒノタユタヒニ

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05766
木枯に 醒めて思へり 風の夜は 星が美しと 言ひて歩みき
コガラシニ サメテオモヘリ カゼノヨハ ホシガウツクシト イヒテアユミキ

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05767
ゆきずりに 交はす言葉も 潤ふと 花終へし木瓜の 垣をめぐりつ
ユキズリニ カハスコトバモ ウルオフト ハナオヘシボケノ カキヲメグリツ

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05768
色褪せし 花忽ちに 散りし花 さまざまにわれの こころを乱す
イロアセシ ハナタチマチニ チリシハナ サマザマニワレノ ココロヲミダス

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05769
さすらひの 心朝より きざしゐて 枯れ木を踏めば 音のはろけさ
サスラヒノ ココロアサヨリ キザシヰテ カレキヲフメバ オトノハロケサ

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05770
いつの日に 入れしままなる 指貫か 雨衣の かくしより出づ
イツノヒニ イレシママナル ユビヌキカ レインコートノ カクシヨリイヅ

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05771
蜂蜜の 凍てもいつしか ゆるみゐて 朝のパン食む 日あたる縁に
ハチミツノ イテモイツシカ ユルミヰテ アサノパンハム ヒアタルヘリニ

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05772
さかしらを 言ひ来し心 寂しきに 青き靄刷く 夕べの坂は
サカシラヲ イヒコシココロ サビシキニ アオキモヤハク ユウベノサカハ

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05773
気になりて ゐし事務服の 釦など つけかへて日直の 昼も闌けゆく
キニナリテ ヰシジムフクノ ボタンナド ツケカヘテニッチョクノ ヒルモタケユク

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05774
カレー粉の 匂ひをつねに 纏らせ 事務室に来る 炊婦も老いぬ
カレーコノ ニオヒヲツネニ マツハラセ ジムシツニクル スイフモオイヌ

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05775
観音に 似せてマリアを 刻みつつ 何祈りけむ いにしへびとら
カンノンニ ニセテマリアヲ キザミツツ ナニイノリケム イニシヘビトラ

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05776
濃密に 層なす闇と 思ふとき 植ゑ並められし 若木が匂ふ
ノウミツニ ソウナスヤミト オモフトキ ウヱナメラレシ ワカギガニオフ

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05777
巣を高く 張り替へてゐる 蜘蛛に会ふ 漂ふごとく ありたき時に
スヲタカク ハリカヘテヰル クモニアフ タダヨフゴトク アリタキトキニ

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05778
篠原の かなたに家の 建ち始め 夜々みどり児の 泣く声がする
シノハラノ カナタニイエノ タチハジメ ヨヨミドリゴノ ナクコエガスル

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05779
換算し 得る年月と 思はねど 償ひ呉れむと 言ふ人ならず
カンサンシ エルトシツキト オモハネド ツグナヒクレムト イフヒトナラズ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05780
待ちて得し もの幾ばくぞ 十年目 白髪の目立つ 君を見しのみ
マチテエシ モノイクバクゾ ジュウネンメ ハクハツノメダツ キミヲミシノミ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05781
涙もろく なりし心か バスを待つ 広場の人の いきれの中に
ナミダモロク ナリシココロカ バスヲマツ ヒロバノヒトノ イキレノナカニ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05782
転換を 計り呉れむと する汝か 緑色濃き 地図をひろげて
テンカンヲ ハカリクレムト スルナレカ ミドリイロコキ チズヲヒロゲテ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05783
糸切れて 畳にこぼれて 珊瑚珠を 拾ひつつ心 華やぐとなき
イトキレテ タタミニコボレテ サンゴジョヲ ヒロヒツツココロ ハナヤグトナキ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05784
森に来て 誰か吹き習ふ トランペット 笑ひ合ふまで 心直りつ
モリニキテ ダレカフキナラフ トランペット ワラヒアフマデ ココロナオリツ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05785
過信して 今しばらくは 生き得むか 花の模様の 服地選りつつ
カシンシテ イマシバラクハ イキエムカ ハナノモヨウノ フクジヨリツツ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05786
母の櫛 父の時計も 土にいけて 去りゆく心 定めむとする
ハハノクシ チチノトケイモ ツチニイケテ サリユクココロ サダメムトスル

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05787
山椒の つぶらに赤く 実る庭 移り来し家に 幸待つごとし
サンシヨウノ ツブラニアカク ミノルニワ ウツリコシイエニ サチマツゴトシ

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05788
花闌けし ニツコウキスゲの 群落を 過ぎて烈しき 夕立に会ふ
ハナタケシ ニツコウキスゲノ グンラクヲ スギテハゲシキ ユウダチニアフ

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05789
湖の ほとりの野菊 濡らす雨 耳覆はれて 荷馬過ぎゆく
ミズウミノ ホトリノノギク ヌラスアメ ミミオオハレテ ニウマスギユク

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05790
前の世の 沼のごとしと 見てゐたり 曇り映して 澱める水を
マエノヨノ ヌマノゴトシト ミテヰタリ クモリウツシテ ヨドメルミズヲ

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05791
伴はれ 旅ゆくことも なかりしと 別れし夫を 思ひつつ寝る
トモナハレ タビユクコトモ ナカリシト ワカレシツマヲ オモヒツツネル

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05792
道ばたに 模造の真珠 売られゐる まづしき街も 過ぎて旅行く
ミチバタニ モゾウノシンジュ ウラレヰル マヅシキマチモ スギテタビユク

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.3


05793
遠き世の 殺戮のあとの 野と言へり 石鏃拾へば 刄のこぼれゐる
トオキヨノ サツリクノアトノ ノトイヘリ ヤジリヒロヘバ ハノコボレヰル

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.4


05794
いつの世に 沈められたる 鐘ならむ 沼のほとりの 夜々に聞ゆる
イツノヨニ シズメラレタル カネナラム ヌマノホトリノ ヨヨニキコユル

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.4


05795
遠くにて ガラス割れたる 音せしが われもいらだつ 心を持てり
トオクニテ ガラスワレタル オトセシガ ワレモイラダツ ココロヲモテリ

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.4


05796
口紅を さして貰へば 帰りゆく まだ目のあかぬ 仔犬抱き来て
クチベニヲ サシテモラヘバ カエリユク マダメノアカヌ コイヌダキキテ

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.4


05797
鉄分の ぬけぬ井戸水 瀘して汲み 住み慣れゆかむ 萩咲く家に
テツブンノ ヌケヌイドミズ コシテクミ スミナレユカム ハギサクイエニ

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.4


05798
粗壁の まま入りて住む 一家族 女童の声を 夜々にひびかす
アラカベノ ママイリテスム イチカゾク メワラハノコエヲ ヨヨニヒビカス

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05799
暗闇の 地平に野火を 這はせゐて われを脱け出でし 如き人影
クラヤミノ チヘイニノビヲ ハハセヰテ ワレヲヌケイデシ ゴトキヒトカゲ

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05800
スプーンの箱 覆したる 残響の きらきらとして 一夜続きぬ
スプーンノハコ クツガエシタル ザンキョウノ キラキラトシテ ヒトヨツヅキヌ

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05801
あたためし ナイフもてパイ 切らむとし 酸ゆき果実の 香が蘇る
アタタメシ ナイフモテパイ キラムトシ スユキカジツノ カガヨミガエル

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05802
笹原の 起伏の奥に 蛇を祀る 祠ありて細き 道が続けり
ササハラノ キフクノオクニ ヘビヲマツル ホコラアリテホソキ ミチガツヅケリ

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05803
重油かけて 共に燃やさむ 年々に われの窪みに 溜まる落ち葉も
ジュウユカケテ トモニモヤサム ネンネンニ ワレノクボミニ タマルオチバモ

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05804
喪の家を 指す矢印に みちびかれ 沙羅散りしける 垣に添ひゆく
モノイエヲ サスヤジルシニ ミチビカレ サラチリシケル カキニソヒユク

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05805
ひとしきり 潮に輝き 消えしとふ 亡き子のホルン 沈めしと言ふ
ヒトシキリ シオニカガヤキ キエシトフ ナキコノホルン シズメシトイフ

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05806
隙のなき 論も寂しと 聴きゐたり 膝に置きたる 両手が懈し
スキノナキ ロンモサビシト キキヰタリ ヒザニオキタル リョウテガタユシ

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05807
地境に 柵をめぐらす 計画の 進みつつ日々に 草生色づく
チザカイニ サクヲメグラス ケイカクノ ススミツツヒビニ クサフイロヅク

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05808
スノーボートに 運ばれゆきし 死者の後 冴々と画面に 映る雪山
スノーボートニ ハコバレユキシ シシャノアト サエサエトガメンニ ウツルユキヤマ

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05809
橋灯の ほとりに立ちて 待つ時間 かのときめきは 還ることなし
キョウトウノ ホトリニタチテ マツジカン カノトキメキハ カエルコトナシ

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05810
夜の森を 飛び立ちてゆく 鳥の声 もの縫ふわれは 針を磨けり
ヨノモリヲ トビタチテユク トリノコエ モノヌフワレハ ハリヲミガケリ

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05811
舶来の 化粧水など 置きゆけり 言はぬ歎きを 見透かすごとく
ハクライノ ケショウスイナド オキユケリ イハヌナゲキヲ ミスカスゴトク

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05812
飾り窓に 残れる銀の 十字架を 見届けて夜の なぐさめ淡し
カザリマドニ ノコレルギンノ ジュウジカヲ ミトドケテヨノ ナグサメアワシ

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05813
立ち向ふ 心何時しか 湧きて歩む 何が端緒と いふにもあらず
タチムカフ ココロイツシカ ワキテアユム ナニガタンショト イフニモアラズ

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05814
何のせても 同じ目盛りを 指す秤 今の間に測りて おく物なきや
ナニノセテモ オナジメモリヲ サスハカリ イマノマニハカリテ オクモノナキヤ

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05815
ワイヤーを ひきずる如き 音せしが 何事もなく 雨降り出でぬ
ワイヤーヲ ヒキズルゴトキ オトセシガ ナニゴトモナク アメフリイデヌ

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05816
肘を張り 毛糸編む癖 亡き母に 似て夜の部屋の ガラスに映る
ヒジヲハリ ケイトアムクセ ナキハハニ ニテヨノヘヤノ ガラスニウツル

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05817
泥沼に 太陽の浮ぶ 油絵を 置きゆけりわれの をらぬ間に来て
ドロヌマニ タイヨウノウカブ アブラエヲ オキユケリワレノ ヲラヌマニキテ

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05818
策もなく 歩む道ばた 濡らされし 砥石のおもて なめらかに照る
サクモナク アユムミチバタ ヌラサレシ トイシノオモテ ナメラカニテル

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05819
再びは 逢ふ日あらじと 思へるに 人は喚きつ われを詰りて
フタタビハ アフヒアラジト オモヘルニ ヒトハワメキツ ワレヲナジリテ

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05820
水鳥の むれ去りてより あけくれに 予感鋭く 光る沼あり
ミズドリノ ムレサリテヨリ アケクレニ ヨカンスルドク ヒカルヌマアリ

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05821
くれぐれの 裾にまつはる 水明り 沼尻までは ゆきしことなし
クレグレノ スソニマツハル ミズアカリ ヌマジリマデハ ユキシコトナシ

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05822
訳もなく 呆くる日あり わが立てる 岸辺へ波の 寄せやまずして
ワケモナク ホホクルヒアリ ワガタテル キシベヘナミノ ヨセヤマズシテ

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05823
水晶の 古りし印鑑 来む年は よろこびごとに 捺す日もあれよ
スイショウノ フリシインカン コムトシハ ヨロコビゴトニ オスヒモアレヨ

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05824
亡き母の コート別れし 夫の袷 さまざまの端布 行李より出づ
ナキハハノ コートワカレシ ツマノアワセ サマザマノハギレ コウリヨリイヅ

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05825
蹄鉄の あとを求めて さすらへり 何に憑かれゐし 夢にかあらむ
テイテツノ アトヲモトメテ サスラヘリ ナンニツカレヰシ ユメニカアラム

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05826
予想など 立てて危ふき なりはひに 男ら声を 嗄らしつつ呼ぶ
ヨソウナド タテテアヤフキ ナリハヒニ オトコラコエヲ カラシツツヨブ

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05827
そそのかされし 人も唆 せし人も 互に親し 噂に聞けば
ソソノカサレシ ヒトモソソノカ セシヒトモ カタミニチカシ ウワサニキケバ

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05828
ガソリンを 地下の倉庫に 充たしたる 給油所成りて 日々に賑ふ
ガソリンヲ チカノソウコニ ミタシタル キュウユウジョナリテ ヒビニニギハフ

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05829
ガラス戸に 湯気こもらせて 雪の夜の 煮炊きたのしむ 姉と妹
ガラスドニ ユゲコモラセテ ユキノヨノ ニタキタノシム アネトイモウト

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05830
霜割れの 音ひびく森 石人の 台座のめぐり 落葉は深し
シモワレノ オトヒビクモリ セキジンノ ダイザノメグリ オチバハフカシ

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05831
語尾濁す 癖を直せと 言はれにき 少女の日より たゆたひやすく
ゴビニゴス クセヲナオセト イハレニキ ショウジョノヒヨリ タユタヒヤスク

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05832
シヤガールの 海の青さを 眼裏に おし拡げつつ まどろみゆきぬ
シヤガールノ ウミノアオサヲ マナウラニ オシヒロゲツツ マドロミユキヌ

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05833
つなぐべき 絆ならねど わが縫ひし 護符など早く 失ひたらむ
ツナグベキ ホダシナラネド ワガヌヒシ ゴフナドハヤク ウシナヒタラム

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05834
包丁の 曇り拭ひて 刻みゆく 山椒の芽の はげしく匂ふ
ホウチョウノ クモリヌグヒテ キザミユク サンシヨウノメノ ハゲシクニオフ

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05835
骨格の どこか歪むと 見て来し絵 かの馬などが 夜々に殖ゑゆく
コッカクノ ドコカユガムト ミテコシエ カノウマナドガ ヨヨニフヱユク

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05836
噴水の 伸び縮みして きりもなし 立ち去りがたき 今のこころに
フンスイノ ノビチヂミシテ キリモナシ タチサリガタキ イマノココロニ

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻145号) p.4


05837
夜の湾に 光るささ波 詰まりゐし 遠き記憶も 消さむすべなし
ヨノワンニ ヒカルササナミ ツマリヰシ トオキキオクモ ケサムスベナシ

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻145号) p.4


05838
急行を 待ちゐる長き 停車にて 車内の人ら さまざまに動く
キュウコウヲ マチヰルナガキ テイシャニテ シャナイノヒトラ サマザマニウゴク

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻154号) p.4


05839
枯れ葦の すきまに水の 光るのみ 舞ひ降りて来る 白鳥もなし
カレアシノ スキマニミズノ ヒカルノミ マヒオリテクル ハクチョウモナシ

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻154号) p.4


05840
割り箸を さきて一人の 朝餉なす 幾日の旅も 終らむとして
ワリバシヲ サキテヒトリノ アサゲナス イクカノタビモ オワラムトシテ

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻145号) p.4


05841
薪割りし 痺れが腕に 残りゐて 亡き父母の 夢ばかり見つ
マキワリシ シビレガウデニ ノコリヰテ ナキチチハハノ ユメバカリミツ

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻145号) p.4


05842
川水の 錆びてたゆたふ 橋の下 流しやりたき 思ひわが持つ
カワミズノ サビテタユタフ ハシノシタ ナガシヤリタキ オモヒワガモツ

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05843
木の芽あへ 食む夜は思ふ 故里を 捨てにし父母の 永きかなしみ
コノメアヘ ハムヨハオモフ フルサトヲ ステニシフボノ ナガキカナシミ

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05844
草抜きし 匂ひが指に 残りゐて 亡きはらからの 夢ばかり見つ
クサヌキシ ニオヒガユビニ ノコリヰテ ナキハラカラノ ユメバカリミツ

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05845
崖下の 家のあたりに とまりたる 車と思ひ 夜半を醒めゐる
ガケシタノ イエノアタリニ トマリタル クルマトオモヒ ヨワヲサメヰル

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05846
現実の たれに似るとも 思へねど 悪運強き 相を持つ鬼
ゲンジツノ タレニニルトモ オモヘネド アクウンツヨキ ソウヲモツオニ

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05847
ひとしきり 猛りて落ちし 野火を見つ 夜の思ひの 凪ぐ事もなく
ヒトシキリ タケリテオチシ ノビヲミツ ヨルノオモヒノ ナグコトモナク

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05848
夜の道に 砂が置かれて 影深し 何をつぶやき 来しかと思ふ
ヨノミチニ スナガオカレテ カゲフカシ ナニヲツブヤキ コシカトオモフ

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05849
喪の羽織 肩より脱ぎて 坐りたり 午後の仕事が われを待ちゐむ
モノハオリ カタヨリヌギテ スワリタリ ゴゴノシゴトガ ワレヲマチヰム

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05850
裸足にて 歩む痛みと 思ふ夜も 尖塔は十字の ネオンをともす
ハダシニテ アユムイタミト オモフヨモ セントウハジュウジノ ネオンヲトモス

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05851
結び目を ほどく如くに 花こぼす 木蓮も夜の まなかひに置く
ムスビメヲ ホドクゴトクニ ハナコボス モクレンモヨルノ マナカヒニオク

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05852
何の木と 知らずに過ぎし 年月か こまかき落ち葉 踏みつつ通ふ
ナンノキト シラズニスギシ トシツキカ コマカキオチバ フミツツカヨフ

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05853
坂道の 白々と続き ゐし記憶 暗かりし海の 色も忘れず
サカミチノ シロジロトツヅキ ヰシキオク クラカリシウミノ イロモワスレズ

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05854
製材の 音も歯ぐきに くひこむと よりどころなく 臥す一日あり
セイザイノ オトモハグキニ クヒコムト ヨリドコロナク フスヒトヒアリ

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05855
潮鳴りの 音を鎮めて 眠らむに 底知れぬ窪み などが見え来る
シオナリノ オトヲシズメテ ネムラムニ ソコシレヌクボミ ナドガミエクル

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05856
方角を もたぬ砂丘の さみしさに ただ海の方へ 人はいざなふ
ホウカクヲ モタヌサキュウノ サミシサニ タダウミノカタヘ ヒトハイザナフ

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05857
砂山を 越え来し思ひ はるけきに アカシヤの花 錆びて吹かるる
スナヤマヲ コエコシオモヒ ハルケキニ アカシヤノハナ サビテフカルル

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05858
松の木の うろこにしみて 降る雨か 黄の傘をさし 子らのゆきかふ
マツノキノ ウロコニシミテ フルアメカ キノカサヲサシ コラノユキカフ

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05859
物語の 中の少女に 言はしめし 台詞にいつか われも傷つく
モノガタリノ ナカノショウジョニ イハシメシ セリフニイツカ ワレモキズツク

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05860
白樺の 実生の苗木 届きたり まだ雪消えぬ 甲斐の国より
シラカバノ ミショウノナエギ トドキタリ マダユキキエヌ カイノクニヨリ

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05861
首垂れて 洗はれてゐる 仔馬あり 何にさみしき われの心か
クビタレテ アラハレテヰル コウマアリ ナンニサミシキ ワレノココロカ

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05862
亡き父の 在りし日を知る ただ一人 かの老記者も 再びは来ず
ナキチチノ アリシヒヲシル タダヒトリ カノロウキシャモ フタタビハコズ

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05863
うるみゐし 輪郭のふと 定まりて 換羽終へたる 文鳥の白
ウルミヰシ リンカクノフト サダマリテ カンウオヘタル ブンチョウノシロ

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05864
職員の 一人変りて 夕顔も サルビアの花も 今年は咲かず
ショクインノ ヒトリカワリテ ユウガオモ サルビアノハナモ コトシハサカズ

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05865
一片の 紙に断たれし ゑにしにて 鳥のゆくへの ごとく知られず
ヒトヒラノ カミニタタレシ ヱニシニテ トリノユクヘノ ゴトクシラレズ

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05866
風船に 運ばれて来し 去年の種子 今し紺碧の あさがほと咲く
フウセンニ ハコバレテコシ コゾノタネ イマシコンペキノ アサガホトサク

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05867
蛇使ひの 少年をかこむ 輪もとけて 脈絡のなき 人波流る
ヘビツカヒノ ショウネンヲカコム ワモトケテ ミャクラクノナキ ヒトナミナガル

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05868
腕時計 読みあひて椅子を 立ちゆけり いかなる夜の 別離かあらむ
ウデドケイ ヨミアヒテイスヲ タチユケリ イカナルヨルノ ベツリカアラム

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05869
どのやうな 連想を持つ 妹か 風鈴の音を はげしく厭ふ
ドノヤウナ レンソウヲモツ イモウトカ フウリンノネヲ ハゲシクキラフ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05870
藤の花の 縫ひ紋残る 亡き母の 夏の羽織に 風通し置く
フジノハナノ ヌヒモンノコル ナキハハノ ナツノハオリニ カゼトオシオク

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05871
間道に 落葉焚く香の なづさへば 住み慣れし街の ごとく歩めリ
カンドウニ オチバタクカノ ナヅサヘバ スミナレシマチノ ゴトクアユメリ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05872
くちびるの 厚き女と して描く 画家をうとめる 思ひの去らず
クチビルノ アツキオンナト シテエガク ガカヲウトメル オモヒノサラズ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05873
透明の 小箱かさねて 卵売れり どこを向きても 溝にほふ街
トウメイノ コバコカサネテ タマゴウレリ ドコヲムキテモ ミゾニホフマチ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05874
あざやかな 斑を持つ蝶を 見し夢も めざめの後の 不安を誘ふ
アザヤカナ フヲモツチョウヲ ミシユメモ メザメノアトノ フアンヲサソフ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05875
巻尺を たぐりて人の 去りゆけり ダムの町は既に 雪降るといふ
マキジャクヲ タグリテヒトノ サリユケリ ダムノマチハスデニ ユキフルトイフ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05876
シチリアの 島を彩る 花と告げて スヰートピーの 種子送り来ぬ
シチリアノ シマヲイロドル ハナトツゲテ スヰートピーノ シュシオクリキヌ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05877
水枯れし 林泉のほとりの 日溜りに 音なくあそぶ 冬の小鳥ら
ミズカレシ シマノホトリノ ヒダマリニ オトナクアソブ フユノコトリラ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05878
氷柱を 凶器としたる 物語 読み終へて肩に 来る冷え著し
ヒョウチュウヲ キョウキトシタル モノガタリ ヨミオヘテカタニ クルヒエシルシ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05879
梁に 垂れゐる繩を 怖れつつ 仕へし家も 義母もはるけし
ウツバリニ タレヰルナワヲ オソレツツ ツカヘシイエモ ギボモハルケシ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05880
コンクリートの 大き塊 うづめつつ 道路工事の 今日も続けり
コンクリートノ オオキカタマリ ウヅメツツ ドウロコウジノ キョウモツヅケリ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05881
鉄塔の 傾きて来る 錯覚も 夜空をながく 仰ぎゐしゆゑ
テットウノ カタムキテクル サッカクモ ヨゾラヲナガク アオギヰシユヱ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05882
貝塚の 跡しろじろと 乾きゐて まぼろしの海は いづこより鳴る
カイズカノ アトシロジロト カワキヰテ マボロシノウミハ イヅコヨリナル

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05883
ひしひしと 芽吹きてあらむ 輪郭の けむれる森を 遠景に置く
ヒシヒシト メブキテアラム リンカクノ ケムレルモリヲ エンケイニオク

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05884
醒めて聴く 警笛の音 遠ざかり 次第に幅の せばまりゆけり
サメテキク ケイテキノオト トオザカリ シダイニハバノ セバマリユケリ

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05885
久々に 語りあはむと いふ便り 薔薇の季節に 来よと書き添ふ
ヒサビサニ カタリアハムト イフタヨリ バラノキセツニ コヨトカキソフ

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05886
卓上を 飾れる花を 分けあひて 少女らもみな 消え去りゆけり
タクジョウヲ カザレルハナヲ ワケアヒテ ショウジョラモミナ キエサリユケリ

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05887
くちずさむ ミニヨンの歌 インコらの 卵は何の 色に孵らむ
クチズサム ミニヨンノウタ インコラノ タマゴハナンノ イロニカヘラム

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05888
鳥の羽の 如き落ち葉を ふりこぼす メタセコイアも 旅ゆきて知る
トリノハネノ ゴトキオチバヲ フリコボス メタセコイアモ タビユキテシル

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05889
明日の日の 何占はむ 山繭の みどりの粒を 手にまろがして
アスノヒノ ナニウラナハム ヤママユノ ミドリノツブヲ テニマロガシテ

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05890
あたたかく 雪を被ける 羅漢の中 見知らぬ祖父の 顔もあらむか
アタタカク ユキヲカズケル ラカンノナカ ミシラヌソフノ カオモアラムカ

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05891
父母の こころも知らず 蹄型の 小さき磁石を 持ちて遊びき
チチハハノ ココロモシラズ テイケイノ チイサキジセキヲ モチテアソビキ

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05892
重き扉 押して出づれば たちこめし 霧をへだてて 夜の海は鳴る
オモキトビラ オシテイヅレバ タチコメシ キリヲヘダテテ ヨノウミハナル

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05893
音荒く 通り抜けゆく トラックに かきたてらるる かなしみのあり
オトアラク トオリヌケユク トラックニ カキタテラルル カナシミノアリ

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05894
くらがりに 灯ともすごとき 水仙の 花々も見て 別れ来にけり
クラガリニ ヒトモスゴトキ スイセンノ ハナバナモミテ ワカレキニケリ

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05895
待ち針を 数へ直しつつ 寂しめば 果て知れずして 木枯渡る
マチバリヲ カゾヘナオシツツ サビシメバ ハテシレズシテ コガラシワタル

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05896
染めあげし 青のスカーフ 野の風を 呼びつつ乾く 白日のなか
ソメアゲシ アオノスカーフ ノノカゼヲ ヨビツツカワク ハクジツノナカ

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05897
さまざまの 角度に鏡の 映りあひて 騒がしき家具の 売場過ぎゆく
サマザマノ カクドニカガミノ ウツリアヒテ サワガシキカグノ ウリバスギユク

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05898
埋め立てを 終へし沼尻 草萌えの 色はいつしか 砂磔を蔽ふ
ウメタテヲ オヘシヌマジリ クサモエノ イロハイツシカ サレキヲオオフ

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.3


05899
貶めて 帰りし人も 寂しきか 匂ひしみたる 双手を洗ふ
オトシメテ カエリシヒトモ サビシキカ ニオヒシミタル モロテヲアラフ

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.3


05900
太幹に 黄の丸印 書かれゐて 樅の知らざる 不安はきざす
フトミキニ キノマルジルシ カカレヰテ モミノシラザル フアンハキザス

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.3


05901
父母の 声よみがへる 季節かと 河原にながく タラの芽を摘む
チチハハノ コエヨミガヘル キセツカト カワラニナガク タラノメヲツム

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.3


05902
偽りを 言はねばならず 言ひしあと きらめく波の 寄せ来るごとし
イツワリヲ イハネバナラズ イヒシアト キラメクナミノ ヨセクルゴトシ

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.3


05903
合歓の木の 遅き芽吹きを 待つ心 二重星の位置を 夜々に仰ぎて
ネムノキノ オソキメブキヲ マツココロ ミザルノイチヲ ヨヨニアオギテ

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.4


05904
ほの白き 犬サフランの 花置けば 夜の机に 風湧くごとし
ホノシロキ イヌサフランノ ハナオケバ ヨルノツクエニ カゼワクゴトシ

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.4


05905
打楽器の 音のみ響き 来るゆふべ 自らを責むる ことにも倦みぬ
ダガッキノ オトノミヒビキ クルユフベ ミズカラヲセムル コトニモウミヌ

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05906
くらがりに 次第に慣れて 壁面の 画鋲の一つ 二つ見え来る
クラガリニ シダイニナレテ ヘキメンノ ガビョウノヒトツ フタツミエクル

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05907
緋の魚の むらがりて来る 夢なりき 目ざめし闇に 水の音する
ヒノウオノ ムラガリテクル ユメナリキ メザメシヤミニ ミズノオトスル

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05908
夕凪ぎは 沼を蔽ひて 久しきに 告げ得ぬ語彙の ふくらみやまず
ユウナギハ ヌマヲオオヒテ ヒサシキニ ツゲエヌゴイノ フクラミヤマズ

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05909
移民船に 托して送る 花の種子 理非を糺さむ 行為に遠く
イミンセンニ タクシテオクル ハナノシュシ リヒヲタダサム コウイニトオク

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05910
やはらかく 髪をほぐして 眠らむに 身を脅かす 何事もなし
ヤハラカク カミヲホグシテ ネムラムニ ミヲオビヤカス ナニゴトモナシ

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05911
われらにて 絶ゆる系譜を 悔やまねど うすき縁に 櫁花咲く
ワレラニテ タユルケイフヲ クヤマネド ウスキエニシニ シキビハナサク

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05912
タラップに 片足掛けて 振り向ける かの夜の笑顔を 再びは見ず
タラップニ カタアシカケテ フリムケル カノヨノエガオヲ フタタビハミズ

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05913
喪の花の 打ち寄せられて ゐる渚 次第にこころ 乾きて歩む
モノハナノ ウチヨセラレテ ヰルナギサ シダイニココロ カワキテアユム

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05914
片袖の 濡れゆくままに 歩みつつ 奪はれやすき 立場も寂し
カタソデノ ヌレユクママニ アユミツツ ウバハレヤスキ タチバモサビシ

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05915
ガラス戸の 雨のしづくに 灯がともり 一つ一つの われを過ぎゆく
ガラスドノ アメノシヅクニ ヒガトモリ ヒトツヒトツノ ワレヲスギユク

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05916
送られし 素描に浮ける 指紋幾つ 遠き異変を 伝へてやまず
オクラレシ ソビョウニウケル シモンイクツ トオキイヘンヲ ツタヘテヤマズ

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05917
鈴の音を まろばせて歩む 猫とゐて 失ふのみの くらしが続く
スズノネヲ マロバセテアユム ネコトヰテ ウシナフノミノ クラシガツヅク

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05918
墓原の ほとりに棲める 年月に 聞き分けてはげし 鴉の言葉
ハカハラノ ホトリニスメル トシツキニ キキワケテハゲシ カラスノコトバ

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05919
門灯の 光のなかに 湧き出でて しろじろと何の 花か咲きゐつ
モントウノ ヒカリノナカニ ワキイデテ シロジロトナンノ ハナカサキヰツ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05920
車窓より 見ゆるプールに 色彩の 溢れて音を 聞かぬまま過ぐ
シャソウヨリ ミユルプールニ シキサイノ アフレテオトヲ キカヌママスグ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05921
軒下に 乾かぬものを 殖やしつつ 雨降れば雨に 泥みゆくなり
ノキシタニ カワカヌモノヲ フヤシツツ アメフレバアメニ ナズミユクナリ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05922
朝々に 黄色の錠剤 飲みて出づ 雨季を厭ひき 別れし人も
アサアサニ キイロノジョウザイ ノミテイヅ ウキヲイトヒキ ワカレシヒトモ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05923
蜃気楼など 見ずに逝きたる 父母ぞと ながき停車に 目ざめて思ふ
シンキロウナド ミズニユキタル チチハハゾト ナガキテイシャニ メザメテオモフ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05924
ゆくりなく 心は憩ふ 勾玉の くぼみに溜る 埃を拭きつつ
ユクリナク ココロハイコフ マガタマノ クボミニタマル ホコリヲフキツツ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05925
咲き残る ダリアの朱は 小さくて 夏の終りの 雨にうたれゐる
サキノコル ダリアノアケハ チイサクテ ナツノオワリノ アメニウタレヰル

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05926
ものの香の まつはるごとき 日のゆふべ 街に出でゆく 用を作りて
モノノカノ マツハルゴトキ ヒノユフベ マチニイデユク ヨウヲツクリテ

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05927
触発を 下待ちてゐたる われかとも 曇りの街を 行きつつ思ふ
ショクハツヲ シタマチテヰタル ワレカトモ クモリノマチヲ ユキツツオモフ

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05928
たのしみて 待つこと淡き 日々ながら レースの花の 白々と満つ
タノシミテ マツコトアワキ ヒビナガラ レースノハナノ シロジロトミツ

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05929
みどり児の 泣き声闇の 奥にして 空襲の夜の遠き 記憶を呼ばふ
ミドリゴノ ナキゴエヤミノ オクニシテ クウシュウノヨノトオキ キオクヲヨバフ

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05930
いづくにか 月ありて明るき 畦の道 老いし狐の ごとくしはぶく
イヅクニカ ツキアリテアカルキ アゼノミチ オイシキツネノ ゴトクシハブク

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05931
妹と くらす月日に 梟の 時計も古りて 鳴かずなりたり
イモウトト クラスツキヒニ ホクロウノ トケイモフリテ ナカズナリタリ

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05932
磨きゐる ガラスに透けて 対岸の 杉の梢の しきりに乱る
ミガキヰル ガラスニスケテ タイガンノ スギノコズエノ シキリニミダル

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05933
音荒く 椅子たたみ人ら 出でゆけり 黒板の文字を 一つづつ消す
オトアラク イスタタミヒトラ イデユケリ コクバンノモジヲ ヒトツヅツケス

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05934
金属の つめたき把手に 触れて来て 奈落のごとき 夜を迎へたり
キンゾクノ ツメタキノブニ フレテキテ ナラクノゴトキ ヨヲムカヘタリ

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05935
対岸の 暗き木の間に たれかゐて フニクリフニクラ 口笛に吹く
タイガンノ クラキコノマニ タレカヰテ フニクリフニクラ クチブエニフク

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05936
雨あとの 光のなかに 湧き出でて 石蕗はけうとき 香を漂はす
アメアトノ ヒカリノナカニ ワキイデテ ツハハケウトキ カヲタダヨハス

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05937
市果てて ガラスの翼 張りゐたる 小さき天使も 運び去られぬ
イチハテテ ガラスノツバサ ハリヰタル チイサキテンシモ ハコビサラレヌ

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05938
凭れゐる 擬木の柱 つめたきに のがるるごとく 水は流れゆく
モタレヰル ギボクノハシラ ツメタキニ ノガルルゴトク ミズハナガレユク

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05939
対岸の 夕日に遠く 屋根光り 石切る音の をりをり届く
タイガンノ ユウヒニトオク ヤネヒカリ イシキルオトノ ヲリヲリトドク

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.3


05940
鍵穴の ごときが不意に 闇に見え 疲れて帰る 夜が続くなり
カギアナノ ゴトキガフイニ ヤミニミエ ツカレテカエル ヨガツヅクナリ

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.3


05941
霧の夜に 汽笛を鳴らす こともなく 柩乗せたる 船の出でゆく
キリノヨニ キテキヲナラス コトモナク ヒツギノセタル フネノイデユク

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.4


05942
葛の葉の 襤褸まとひて 立つ木あり 魚臭をはこぶ 霧ながれつつ
クズノハノ ランルマトヒテ タツキアリ ギョシュウヲハコブ キリナガレツツ

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.4


05943
伏せておく 白埴の壼 返り咲く くさぐさの花を 挿すこともなし
フセテオク シロハニノツボ カエリサク クサグサノハナヲ サスコトモナシ

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.4


05944
いつよりか 工事場の灯に まみれつつ 見なれぬ影を なす一樹あり
イツヨリカ コウジバノヒニ マミレツツ ミナレヌカゲヲ ナスイチジュアリ

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.4


05945
氷盤の 割れ目に落ちて ましぐらに 沈めるものの 輝きやまず
ヒョウバンノ ワレメニオチテ マシグラニ シズメルモノノ カガヤキヤマズ

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.4


05946
長命の 手相もさびし 新しき 楽譜幾枚 われにとどきて
チョウメイノ テソウモサビシ アタラシキ ガクフイクマイ ワレニトドキテ

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05947
唐突に 電話が鳴りて 眼先に 人の使える ナイフかがやく
トウトツニ デンワガナリテ マナサキニ ヒトノツカエル ナイフカガヤク

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05948
みどり児を 抱ける写真 送り来ぬ リルケを好む 教へ子なりき
ミドリコヲ イダケルシャシン オクリキヌ リルケヲコノム オシヘゴナリキ

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05949
椅子のまま 沈みてゆける 幻覚に 水底のごとき 風が流るる
イスノママ シズミテユケル ゲンカクニ ミナソコノゴトキ カゼガナガルル

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05950
塩はゆき 木の実はみつつ 一人ゐて 継ぎめだらけの 心と思ふ
シオハユキ コノミハミツツ ヒトリヰテ ツギメダラケノ ココロトオモフ

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05951
石を積む 作業のつづく 道のほとり 焚き火の跡の しるく匂へり
イシヲツム サギョウノツヅク ミチノホトリ タキビノアトノ シルクニオヘリ

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05952
如何ならむ 過去の苛み ボンゴの音 聞えて眠れぬ 夜のあると言ふ
イカナラム カコノサイナミ ボンゴノネ キコエテネムレヌ ヨノアルトイフ

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05953
逆巻きて 危ふき海を 思ふ日に ジャワの更紗の 布は届きぬ
サカマキテ アヤフキウミヲ オモフヒニ ジャワノサラサノ ヌノハトドキヌ

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.5


05954
ふくらなる 耳殻を持てる 幼な子の 積み木の城を 築きて倦まず
フクラナル ジカクヲモテル オサナゴノ ツミキノシロヲ キズキテウマズ

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.5


05955
わが持たぬ 苛虐のこころ フラスコに 未だ生きゐる 百足を覗く
ワガモタヌ カギャクノココロ フラスコニ イマダイキヰル ムカデヲノゾク

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.6


05956
思はざる 悔やしみ湧きて 開きたる 五階をとりまく 空間寒し
オモハザル クヤシミワキテ ヒラキタル ゴカイヲトリマク クウカンサムシ

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.6


05957
こだはれば きりなきものを 尉面の かげる間多き 雨季は近づく
コダハレバ キリナキモノヲ ジョウメンノ カゲルマオオキ ウキハチカヅク

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.6


05958
霊代を 海中に燃す ふるさとの 習ひに似つつ ゆらぐ漁り火
タマシロヲ ワタナカニモス フルサトノ ナラヒニニツツ ユラグイサリビ

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.6


05959
鎮台の 跡の草むら 敷石を 走る亀裂を 見しのみに行く
チンダイノ アトノクサムラ シキイシヲ ハシルキレツヲ ミシノミニユク

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05960
芦の穂の 乱れてそよぐ まぶしさに 帰らぬ人の ことをまた言ふ
アシノホノ ミダレテソヨグ マブシサニ カエラヌヒトノ コトヲマタイフ

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05961
地を埋めて 芥子の花湧く 幻覚に 朱肉の壼を 閉ぢて立ちゆく
チヲウメテ ケシノハナワク ゲンカクニ シュニクノツボヲ トヂテタチユク

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05962
時の間の 暗黒さへも 許されず 噴水の色は 忽ち変る
トキノマノ アンコクサヘモ ユルサレズ フンスイノイロハ タチマチカワル

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05963
医師の手に ゴムの歯型を 残し来て まぎれもあらぬ わが夜の顔
イシノテニ ゴムノハガタヲ ノコシキテ マギレモアラヌ ワガヨルノカオ

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05964
泥亀の かさなりあへる 橋の下 腐蝕されゆく 思ひに覗く
ドロガメノ カサナリアヘル ハシノシタ フショクサレユク オモヒニノゾク

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05965
荒れやすき 会話の中に 次々に 入り来るつぶての ごとき羽虫ら
アレヤスキ カイワノナカニ ツギツギニ イリクルツブテノ ゴトキハムシラ

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05966
出で入りの はげしくなれる ドアが見ゆ 次第に何の 迫らむとして
イデイリノ ハゲシクナレル ドアガミユ シダイニナンノ セマラムトシテ

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05967
花びらを たたむごとくに カナリアの むくろを包む 白きガーゼに
ハナビラヲ タタムゴトクニ カナリアノ ムクロヲクルム シロキガーゼニ

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05968
人の手を 借りねば癒えぬ さびしさに 疼く腕を 吊りつつ通ふ
ヒトノテヲ カリネバイエヌ サビシサニ ウズクカイナヲ ツリツツカヨフ

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05969
他意のなき 言葉ならむと 思ひ返す 午後の薬を 飲み忘れゐて
タイノナキ コトバナラムト オモヒカエス ゴゴノクスリヲ ノミワスレヰテ

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05970
磯波の 寄せては返し 避けがたく 蝕されてゐる わがどの部分
イソナミノ ヨセテハカエシ サケガタク オカサレテヰル ワガドノブブン

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05971
空間に 垂れてしづまる 虫のあり 触るることなく 今は過ぎゆく
クウカンニ タレテシヅマル ムシノアリ フルルコトナク イマハスギユク

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05972
風やめば しづまり返る ほかはなき 枯れ葦となり 夕映えのなか
カゼヤメバ シヅマリカエル ホカハナキ カレアシトナリ ユウバエノナカ

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05973
焦だちの いつかうすれて しなやかに リボンを結ぶ 指を見てゐつ
イラダチノ イツカウスレテ シナヤカニ リボンヲムスブ ユビヲミテヰツ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05974
登山用の 鉈を人は買ひ 爪切りの 小さき一つを われの買ひたり
トザンヨウノ ナタヲヒトハカヒ ツメキリノ チイサキヒトツヲ ワレノカヒタリ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05975
ガラス戸を 持ちあげて漸く かかる鍵 眠らむとして しばらく寂し
ガラスドヲ モチアゲテヨウヤク カカルカギ ネムラムトシテ シバラクサビシ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05976
雪の夜に つどへる一人 声低く シベリアにある 墓のことを言ふ
ユキノヨニ ツドヘルヒトリ コエヒクク シベリアニアル ハカノコトヲイフ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05977
マッチの棒を 頁に挟み 立ちてゆく 会はずにすまむ 仕事にあらず
マッチノボウヲ ページニハサミ タチテユク アハズニスマム シゴトニアラズ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05978
いつまでも 待たむと決めて 出されたる 林檎嚙みつつ 何処か寒し
イツマデモ マタムトキメテ ダサレタル リンゴカミツツ イズコカサムシ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05979
底深く つながりてゐる 島ならむ つぎつぎに潮に 隠れてしまふ
ソコフカク ツナガリテヰル シマナラム ツギツギニシオニ カクレテシマフ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05980
おもむろに 手袋をはめて 出でゆける 若者の吹く 口笛聞こゆ
オモムロニ テブクロヲハメテ イデユケル ワカモノノフク クチブエキコユ

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05981
風の夜の 浅き眠りに 揺れ出でて 呪文のごとき 韓国の文字
カゼノヨノ アサキネムリニ ユレイデテ ジュモンノゴトキ カンコクノモジ

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05982
足首を 吹く風寒く 月かげを 返して光る 残雪のあり
アシクビヲ フクカゼサムク ツキカゲヲ カエシテヒカル ザンセツノアリ

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05983
びつしりと 地を埋めゐし 苔のいろ 息苦しさに 醒めつつ思ふ
ビツシリト チヲウズメヰシ コケノイロ イキグルシサニ サメツツオモフ

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05984
あたたかき 砂踏みゆけば 幼ならの ゑがく海にも 春の来てゐる
アタタカキ スナフミユケバ オサナラノ ヱガクウミニモ ハルノキテヰル

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05985
靴べらを 踵に入れし 時の間に 会ひたる悔いの 身にひろがりぬ
クツベラヲ カカトニイレシ トキノマニ アヒタルクイノ ミニヒロガリヌ

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05986
体より 心を病むと みづからに 知りつつ雨の日も 注射にかよふ
カラダヨリ ココロヲヤムト ミヅカラニ シリツツアメノヒモ チュウシャニカヨフ

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05987
塩はゆき ものを食みたき 願ひなど 眠らむとして きざすさびしさ
シオハユキ モノヲハミタキ ネガヒナド ネムラムトシテ キザスサビシサ

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05988
白粥の 上に張りたる 膜の上 かすかに湯気の 廻りてうごく
シラカユノ ウエニハリタル マクノウエ カスカニユゲノ マワリテウゴク

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05989
フラメンコの 踊り子らしき 少女らの 過ぎて明るき 梅雨明けの坂
フラメンコノ オドリコラシキ ショウジョラノ スギテアカルキ ツユアケノサカ

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05990
葬列の 短かく過ぎて 藁塚の 藁の匂ひの たつこともなし
ソウレツノ ミジカクスギテ ワラツカノ ワラノニオヒノ タツコトモナシ

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05991
こまごまと 花をつづれる 黐の垣 赤の葵は ぬきんでて咲く
コマゴマト ハナヲツヅレル モチノカキ アカノアオイハ ヌキンデテサク

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05992
新しき 叙勲の文字を 彫り足して 兵士の墓を 今も野に置く
アタラシキ ジョクンノモジヲ ホリタシテ ヘイシノハカヲ イマモノニオク

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05993
てのひらに まろばしてあそぶ 二つ三つ 巻貝は軽き 音に触れあふ
テノヒラニ マロバシテアソブ フタツミツ マキガイハカルキ オトニフレアフ

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05994
髪の毛に 何かまつはる ごとき日を 根つめて縫ふ 厚きスカート
カミノケニ ナニカマツハル ゴトキヒヲ コンツメテヌフ アツキスカート

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05995
漆黒の 喪の帯にふと 浮き出づる 水の模様を 見つつつきゆく
シッコクノ モノオビニフト ウキイヅル ミズノモヨウヲ ミツツツキユク

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05996
いくばくの 傾斜かありて 流れたり コンクリートの 床に降る雨
イクバクノ ケイシャカアリテ ナガレタリ コンクリートノ ユカニフルアメ

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05997
相会はぬ 年月に何を ゑがきけむ 深藍いろの 切符が届く
アイアハヌ トシツキニナニヲ ヱガキケム フカアイイロノ キップガトドク

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05998
身動きの ならぬ日あるを うとみつつ われを支へて 数知れぬ糸
ミウゴキノ ナラヌヒアルヲ ウトミツツ ワレヲササヘテ カズシレヌイト

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05999
葦の間を ゆるく流れて 大雨の あとの芥を いづこへはこぶ
アシノマヲ ユルクナガレテ オオアメノ アトノアクタヲ イヅコヘハコブ

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


06000
たれの住む 家とも知れず 石垣の 土のほつれを 今朝も見て過ぐ
タレノスム イエトモシレズ イシガキノ ツチノホツレヲ ケサモミテスグ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06001
どくだみの 返り花咲き 雨のなかに 小さき十字 花冠をささぐ
ドクダミノ カエリハナサキ アメノナカニ チイサキジュウジ カカンヲササグ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06002
死に絶えし けものの棲める 跡といふ しろじろと蕎麦の 花咲ける丘
シニタエシ ケモノノスメル アトトイフ シロジロトソバノ ハナサケルオカ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06003
のがれたき 思ひに靴を 探しゐる 夢より醒めて もろく起き出づ
ノガレタキ オモヒニクツヲ サガシヰル ユメヨリサメテ モロクオキイヅ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06004
食べものの 嗜好もいつか 移りゐて コーンスープを 久しく買はず
タベモノノ シコウモイツカ ウツリヰテ コーンスープヲ ヒサシクカハズ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06005
届きたる カラー写真に くちびるの 黒く染まれる われの顔見つ
トドキタル カラーシャシンニ クチビルノ クロクソマレル ワレノカオミツ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06006
工事場の かたはら過ぎて 声高に なりゐたる身を 引き戻しゆく
コウジバノ カタハラスギテ コワダカニ ナリヰタルミヲ ヒキモドシユク

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06007
降りやまぬ 雨の時をり 輝きて さ起るさまも 見つつ歩めり
フリヤマヌ アメノトキヲリ カガヤキテ サオコルサマモ ミツツアユメリ

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06008
揉まれつつ 花束の流れ 去るを見つ 帰るほかなし 落ち葉を踏みて
モマレツツ ハナタバノナガレ サルヲミツ カエルホカナシ オチバヲフミテ

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06009
ものなべて 影にまみれて ゆく時刻 葛は音なく 葉裏をかへす
モノナベテ カゲニマミレテ ユクジコク クズハオトナク ハウラヲカヘス

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06010
降誕祭 までには癒えむと はげまして 枕べに置く 冬のカトレア
コウタンサイ マデニハイエムト ハゲマシテ マクラベニオク フユノカトレア

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06011
たれを待つ 夢とも知れず 匂ひなき 花のしろじろ 暮れ残りたり
タレヲマツ ユメトモシレズ ニオヒナキ ハナノシロジロ クレノコリタリ

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06012
音楽を 好む少年も 戻りしか 年の夜にチターを かき鳴らす音
オンガクヲ コノムショウネンモ モドリシカ トシノヨニチターヲ カキナラスオト

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06013
身を低め しのぎ得しこと みづからの 力となして 睦月朔日
ミヲヒクメ シノギエシコト ミヅカラノ チカラトナシテ ムツキツイタチ

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06014
目に見えぬ 葛藤を身に くりかへし 火にかざす手も 細くなりたり
メニミエヌ カットウヲミニ クリカヘシ ヒニカザステモ ホソクナリタリ

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06015
味気なく 仕事なすとき うづき来る 奥歯も寂し コピーとりつつ
アジケナク シゴトナストキ ウヅキクル オクバモサビシ コピートリツツ

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06016
事務服を ロッカーにしまひ その奥に 脱ぎたる顔の 一つもしまふ
ジムフクヲ ロッカーニシマヒ ソノオクニ ヌギタルカオノ ヒトツモシマフ

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06017
いくたびも 地図をひろげて 確かむる 川のほとりの われが住む町
イクタビモ チズヲヒロゲテ タシカムル カワノホトリノ ワレガスムマチ

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06018
辞書のたぐひ 聖書もありて くぐもれる 和音のごとく われをとりまく
ジショノタグヒ セイショモアリテ クグモレル ワオンノゴトク ワレヲトリマク

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06019
埋めたての 人ら去りゆき パレットの かたちに白く 暮れ残る沼
ウメタテノ ヒトラサリユキ パレットノ カタチニシロク クレノコルヌマ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.3


06020
挑ましき 思ひも湧かず 二つ目の 病名を身に 告げられて来て
イドマシキ オモヒモワカズ フタツメノ ビョウメイヲミニ ツゲラレテキテ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.3


06021
出で歩く 日の稀にして よくものを 失ふことの 今も変らず
イデアルク ヒノマレニシテ ヨクモノヲ ウシナフコトノ イマモカワラズ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.3


06022
夜の雪は タイヤ痕より 解けはじめ また幾日か 道ぬかるまむ
ヨノユキハ タイヤアトヨリ トケハジメ マタイクニチカ ミチヌカルマム

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.4


06023
昼前の 標本室の しづもりに ジュラ紀の貝の 乾きて並ぶ
ヒルマエノ ヒョウホンシツノ シヅモリニ ジュラキノカイノ カワキテナラブ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.4


06024
呼びかはす 野の鳥のこゑ 美しき 羽根をわが身は 持つこともなし
ヨビカハス ノノトリノコヱ ウツクシキ ハネヲワガミハ モツコトモナシ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.4


06025
包丁を 今日は砥がせて 新しき 家に慣れゆく 妹のさま
ホウチョウヲ キョウハトガセテ アタラシキ イエニナレユク イモウトノサマ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.4


06026
灰いろの 何の花びら 春を呼ぶ 嵐の夜々に 飛びかひやまず
ハイイロノ ナンノハナビラ ハルヲヨブ アラシノヨヨニ トビカヒヤマズ

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06027
血圧の 昇るきざしか まなかひに 風花の舞ふ ごとき野を行く
ケツアツノ ノボルキザシカ マナカヒニ カザハナノマフ ゴトキノヲユク

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06028
移り来て はじめてすごす きさらぎの 十日椿の 花咲き出でぬ
ウツリキテ ハジメテスゴス キサラギノ トウカツバキノ ハナサキイデヌ

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06029
竪琴の 弾き手のをとめ 昨夜見たる 輝きに遠く バスを待ちゐつ
タテゴトノ ヒキテノヲトメ ヨベミタル カガヤキニトオク バスヲマチヰツ

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06030
木洩れ陽の かげりては差し 一つ一つの 恩誼といふに 疲るる日あり
コモレビノ カゲリテハサシ ヒトツヒトツノ オンギトイフニ ツカルルヒアリ

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06031
カナリアの 家はいづこか ピンカール はづしつつ聞く 朝々のこゑ
カナリアノ イエハイヅコカ ピンカール ハヅシツツキク アサアサノコヱ

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06032
ゆくりなく 会ふ朝の虹 薬入れと なりしバッグを いづこへも持つ
ユクリナク アフアサノニジ クスリイレト ナリシバッグヲ イヅコヘモモツ

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06033
老いしるき インコに日ごと 摘むはこべ 白く小さき 花持ち始む
オイシルキ インコニヒゴト ツムハコベ シロクチイサキ ハナモチハジム

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06034
わきまへの なき犬ながら 限りなく まろびて遊ぶ 注射のあとを
ワキマヘノ ナキイヌナガラ カギリナク マロビテアソブ チュウシャノアトヲ

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06035
木の間より また戻り来る 白の蝶 遠き電話を 聞きゐるときに
コノマヨリ マタモドリクル シロノチョウ トオキデンワヲ キキヰルトキニ

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06036
意表を突く ことも言ひ得ず 帰り来て レタス幾ひら 真水にひたす
イヒョウヲツク コトモイヒエズ カエリキテ レタスイクヒラ マミズニヒタス

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06037
丸衿の 紺の制服 幾何を好む 少女のわれは いづこへ行きし
マルエリノ コンノセイフク キカヲコノム ショウジョノワレハ イヅコヘユキシ

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06038
電話なき くらしをかこつ 妹の 電話が入らば また苦しまむ
デンワナキ クラシヲカコツ イモウトノ デンワガハイラバ マタクルシマム

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06039
まなうらを すべり抜けたる 蛇のいろ あざやかにして 再びは見ず
マナウラヲ スベリヌケタル ヘビノイロ アザヤカニシテ フタタビハミズ

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06040
うすら寒き 日のくれに来て 荷を置けり 足傾ける ベンチの上に
ウスラサムキ ヒノクレニキテ ニヲオケリ アシカタムケル ベンチノウエニ

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06041
よみがへる 言葉のごとく とぎれつつ 校塔のチャイム 川越えて鳴る
ヨミガヘル コトバノゴトク トギレツツ コウトウノチャイム カワコエテナル

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06042
鋭角の 衿の線朱の 色に引き 秋のコートの 型紙を裁つ
エイカクノ エリノセンシュノ イロニヒキ アキノコートノ カタガミヲタツ

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06043
思ふこと みなあはき日を 朴の葉の 影をかさねて わが上に垂る
オモフコト ミナアハキヒヲ ホオノハノ カゲヲカサネテ ワガウエニタル

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06044
ガラス戸の 花柄冴えて 唇の 灼くる季節も いつか過ぎゐる
ガラスドノ ハナガラサエテ クチビルノ ヤクルキセツモ イツカスギヰル

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06045
レーズンを サラダの白に ちりばめて 嵐のあとの ごときしづけさ
レーズンヲ サラダノシロニ チリバメテ アラシノアトノ ゴトキシヅケサ

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06046
よごれたる ハンカチを持つ ことのふと 危ふくて駅の 階下りゆく
ヨゴレタル ハンカチヲモツ コトノフト アヤフクテエキノ カイクダリユク

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06047
うとましき 思ひも稀の よろこびも あらはに言ふを われは好まず
ウトマシキ オモヒモマレノ ヨロコビモ アラハニイフヲ ワレハコノマズ

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06048
心なく 人の傷みに 触れゆきし 言葉の機微を 帰り来て思ふ
ココロナク ヒトノイタミニ フレユキシ コトバノキビヲ カエリキテオモフ

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06049
動く歯の いつか痛まず なりゐると またよりどなき 寂しさは来る
ウゴクハノ イツカイタマズ ナリヰルト マタヨリドナキ サビシサハクル

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06050
夜もすがら 吹きゐし風の 音絶えて かたつむり幾つ 地上にまろぶ
ヨモスガラ フキヰシカゼノ オトタエテ カタツムリイクツ チジョウニマロブ

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06051
遠く来て 何をもたらす 鳩ならむ 路地の日ざしに ながくついばむ
トオクキテ ナニヲモタラス ハトナラム ロジノヒザシニ ナガクツイバム

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06052
癒えにくき 病ひ庇ふと いつよりか 無頼よそほふ ことも身につく
イエニクキ ヤマヒカバフト イツヨリカ ブライヨソホフ コトモミニツク

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06053
スカートの 裾直しをり いきいきと 物言ふ日など われに還るや
スカートノ スソナオシヲリ イキイキト モノイフヒナド ワレニカエルヤ

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06054
鶏を 飼ひはじめたる 家あるを 言ひ出でて何を 寂しむ汝か
ニワトリヲ カヒハジメタル イエアルヲ イヒイデテナニヲ サビシムナレカ

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06055
欺けるもの 皆滅びよと いふごとく 烈しき雨の ひとしきり降る
アザムケルモノ ミナホロビヨト イフゴトク ハゲシキアメノ ヒトシキリフル

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06056
片附ける といふ感じにて 書き終へし 稿を綴ぢつつ 俄かに脆し
カタヅケル トイフカンジニテ カキオヘシ コウヲトヂツツ ニワカニモロシ

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06057
護符の鈴 つね持つことも 知られつつ また縛られむ ここの仕事に
ゴフノスズ ツネモツコトモ シラレツツ マタシバラレム ココノシゴトニ

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06058
フィルターの 黄の円形を 移しつつ 鳩のうごきを いつまでも追ふ
フィルターノ キノエンケイヲ ウツシツツ ハトノウゴキヲ イツマデモオフ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06059
隣より 洩れくる議事の はげしきに ひとりの声を 聞き分けてゐつ
トナリヨリ モレクルギジノ ハゲシキニ ヒトリノコエヲ キキワケテヰツ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06060
振り切りて 帰らむとする 夢のつね 雪のはげしく 橋灯に降る
フリキリテ カエラムトスル ユメノツネ ユキノハゲシク キョウトウニフル

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06061
醒めをれば 厨に何を きざむ音 はげしくなりて やがてゆるびつ
サメヲレバ クリヤニナニヲ キザムオト ハゲシクナリテ ヤガテユルビツ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06062
肘痛む 時に思へり スイフトは 予言してつひに 人を死なしめき
ヒジイタム トキニオモヘリ スイフトハ ヨゲンシテツヒニ ヒトヲシナシメキ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06063
発車待つ バスにゐたれば 対岸の 日あたるビルは 窓暗く見ゆ
ハツシャマツ バスニヰタレバ タイガンノ ヒアタルビルハ マドクラクミユ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06064
押すことも あらず押されて 歩む身を われと笑ひて 改札を出づ
オスコトモ アラズオサレテ アユムミヲ ワレトワラヒテ カイサツヲイヅ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06065
目のしきり 乾くと思ひ 立ちあがり いたくぬくめる 空気に触れつ
メノシキリ カワクトオモヒ タチアガリ イタクヌクメル クウキニフレツ

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06066
耳打ちを されたる少女 何問ふと まっすぐわれを 見つつ近づく
ミミウチヲ サレタルショウジョ ナニトフト マッスグワレヲ ミツツチカヅク

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06067
練乳を したたらせゐて 立つ湯気に まなじりうるみ やすき日のくれ
レンニュウヲ シタタラセヰテ タツユゲニ マナジリウルミ ヤスキヒノクレ

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06068
十年目の わが犬のため 朱の色の 首輪サイズを 確めて買ふ
ジュウネンメノ ワガイヌノタメ シュノイロノ クビワサイズヲ タシカメテカフ

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06069
去りゆきし をとめの一人の 作りたる 縫ひぐるみ今も わが棚に置く
サリユキシ ヲトメノヒトリノ ツクリタル ヌヒグルミイマモ ワガタナニオク

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06070
消息を 断ちて久しき 人のため ライン河の地図 壁に貼り置く
ショウソクヲ タチテヒサシキ ヒトノタメ ラインガワノチズ カベニハリオク

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06071
失へる 皮のブローチも 出でて来て 春のコートに アイロンを当つ
ウシナヘル カワノブローチモ イデテキテ ハルノコートニ アイロンヲアツ

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06072
機械音 くぐもる地下の 書庫にゐて 人の声より われは乱れず
キカイオン クグモルチカノ ショコニヰテ ヒトノコエヨリ ワレハミダレズ

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06073
階段を 半ばのぼりて 気づきたり 今朝は左の 膝の痛まず
カイダンヲ ナカバノボリテ キヅキタリ ケサハヒダリノ ヒザノイタマズ

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06074
通勤の バスの七分 地獄とも 極楽とも思ひ 朝々揺られゐる
ツウキンノ バスノシチフン ジゴクトモ ゴクラクトモオモヒ アサアサユラレヰル

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06075
屋上に しづまりゐたる 旗一枚 不意によぢれて 降ろされゆけり
オクジョウニ シヅマリヰタル ハタイチマイ フイニヨヂレテ オロサレユケリ

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06076
散りがたの 椿となりぬ 楊貴妃と ひとり名づけて 見上ぐる日々に
チリガタノ ツバキトナリヌ ヨウキヒト ヒトリナヅケテ ミアグルヒビニ

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06077
遊歩路に 灯の入れる見て 帰りゆく たのむ思ひも かそかになりて
ユウホロニ ヒノイレルミテ カエリユク タノムオモヒモ カソカニナリテ

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06078
ちりぢりに 睡蓮の葉の 浮ける見え 乗せたるごとく 白の花咲く
チリヂリニ スイレンノハノ ウケルミエ ノセタルゴトク シロノハナサク

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06079
口ほてる 注射され来て 癒えたしと はやる思ひも いつしか淡し
クチホテル チュウシャサレキテ イエタシト ハヤルオモヒモ イツシカアワシ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06080
獅子舞の 人ら去りゆき 獅子が歯を 嚙みて鳴らしし 音残りたり
シシマイノ ヒトラサリユキ シシガハヲ カミテナラシシ オトノコリタリ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06081
吊り橋の 形さながら 描かれゐる 古地図にたどり 信濃路を恋ふ
ツリバシノ カタチサナガラ カカレヰル コチズニタドリ シナノジヲコフ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06082
途中より 切り離されて 別れゆく 短かき汽車は 秩父に向ふ
トチュウヨリ キリハナサレテ ワカレユク ミジカキキシャハ チチブニムカフ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06083
開校の 記念日近く 鼓笛隊を はげます声の 朝より聞ゆ
カイコウノ キネンビチカク コテキタイヲ ハゲマスコエノ アサヨリキコユ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06084
川岸の 薊のつぼみ ぬき出でて 毳にこまかき 雨を溜めたり
カワギシニ アザミノツボミ ヌキイデテ ケバニコマカキ アメヲタメタリ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06085
紫の サリーの少女 歩みたり ひさびさに行く 銀座のよひに
ムラサキノ サリーノショウジョ アユミタリ ヒサビサニユク ギンザノヨヒニ

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06086
幾日経て よぢれし葉書 戻り来ぬ 行きしことなき 那覇の町より
イクカヘテ ヨヂレシハガキ モドリキヌ ユキシコトナキ ナハノマチヨリ

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06087
なづさひて 苦しきときに 候鳥の 渡る夜空を テレビは見しむ
ナヅサヒテ クルシキトキニ コウチョウノ ワタルヨゾラヲ テレビハミシム

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06088
長く生きて 安らひ難き 手相とぞ 菜を洗ひつつ 刻みつつ思ふ
ナガクイキテ ヤスラヒガタキ テソウトゾ ナヲアラヒツツ キザミツツオモフ

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06089
正面に 見る日のなくて 通ひつつ 背高き石の 像とのみ知る
ショウメンニ ミルヒノナクテ カヨヒツツ セタカキイシノ ゾウトノミシル

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06090
印鑑の 置きどころふと 思ひたり 橋のたもとまで 人を送りゐて
インカンノ オキドコロフト オモヒタリ ハシノタモトマデ ヒトヲオクリヰテ

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06091
ビニールの 袋かさねて たたみつつ 次第にやさしき 曇り帯びゆく
ビニールノ フクロカサネテ タタミツツ シダイニヤサシキ クモリオビユク

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06092
香りよき 石鹼に揉む ハンカチの 黄の薔薇なすを てのひらに乗す
カオリヨキ セッケンニモム ハンカチノ キノバラナスヲ テノヒラニノス

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06093
振向きし 時見据ゑられ ゆくりなく 土蜘蛛といへる 面に会ひたり
フリムキシ トキミスヱラレ ユクリナク ツチグモトイヘル メンニアヒタリ

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06094
わが真上 めぐる鳩あり 仰ぎつつ 風に乱れし 髪をととのふ
ワガマウエ メグルハトアリ アオギツツ カゼニミダレシ カミヲトトノフ

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06095
歌垣の 夜のごとき月の くぐもりに 音をかさねて 落ち葉降る森
ウタガキノ ヨノゴトキツキノ クグモリニ オトヲカサネテ オチバフルモリ

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06096
時ならず 雲間より日の 差すに似て 人はやさしく われの名を呼ぶ
トキナラズ クモマヨリヒノ サスニニテ ヒトハヤサシク ワレノナヲヨブ

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06097
揺られつつ まどろめる間に 横顔の マダムマルセル また見失ふ
ユラレツツ マドロメルマニ ヨコガオノ マダムマルセル マタミウシナフ

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06098
含みたる チーズの舌に つめたくて たはけのわれを うつつに返す
フクミタル チーズノシタニ ツメタクテ タハケノワレヲ ウツツニカエス

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06099
伴ふは たれとも知れず 行く旅の 夢醒めて見ゆる 野川ひとすぢ
トモナフハ タレトモシレズ ユクタビノ ユメサメテミユル ノガワヒトスヂ

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06100
カーテンの 白を怖るる 心理など 告げられてゐて 他人事ならず
カーテンノ シロヲオソルル シンリナド ツゲラレテヰテ ヒトゴトナラズ

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06101
計数の 誤りは消して 直せば済む 余計なことは 言はずにおかむ
ケイスウノ アヤマリハケシテ ナオセバスム ヨケイナコトハ イハズニオカム

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06102
地に落ちし 弾みにまろぶ 樫の実の 行方の一つだに 見極めがたし
チニオチシ ハズミニマロブ カシノミノ ユクエノヒトツダニ ミキワメガタシ

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06103
まざまざと 義務の苦しさ 句読点の 全くあらぬ 文を読みつつ
マザマザト ギムノクルシサ クトウテンノ マッタクアラヌ フミヲヨミツツ

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06104
上野までの 一時間がほどに 思ひたる ことの大方 降りて跡無し
ウエノマデノ イチジカンガホドニ オモヒタル コトノオオカタ オリテアトナシ

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06105
温室の 蘭見に来よと いふ賀状 幾たびとなく 思ひてやさし
オンシツノ ランミニコヨト イフガジョウ イクタビトナク オモヒテヤサシ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06106
まろび出づる 言葉の如し 戸をあけて 破魔矢の鈴の 鳴る折々に
マロビイヅル コトバノゴトシ トヲアケテ ハマヤノスズノ ナルオリオリニ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06107
おもかげの 遠くなりつつ 鹿児島は 火山灰降るといふ 松の内より
オモカゲノ トオクナリツツ カゴシマハ ヨナフルトイフ マツノウチヨリ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06108
使ひたる 人みな在らず 重いだけの 手斧ふたたび くるみて蔵ふ
ツカヒタル ヒトミナアラズ オモイダケノ チョウナフタタビ クルミテシマフ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06109
蜘蛛の巣に かからず落ちし 樟の葉の 地上の風に しばらくまろぶ
クモノスニ カカラズオチシ クスノハノ チジョウノカゼニ シバラクマロブ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06110
礼深く 人の出で入る 病室に リボンフラワーの 赤なまなまし
ヰヤフカク ヒトノイデイル ビョウシツニ リボンフラワーノ アカナマナマシ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06111
タイプ室に 午後をこもりて やりすごす 人の心の 見え渡る日は
タイプシツニ ゴゴヲコモリテ ヤリスゴス ヒトノココロノ ミエワタルヒハ

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06112
サンプルに 置きゆける事務室の シクラメン 蕾抬げて 次々に咲く
サンプルニ オキユケルジムシツノ シクラメン ツボミモタゲテ ツギツギニサク

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06113
眼先の くらみたるとき 蛍光管 裂けたる音す となりの部屋に
マナサキノ クラミタルトキ ケイコウカン サケタルオトス トナリノヘヤニ

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06114
雪道に 足を取らるる 夢も見て 訪ふ日はあらず 遠きふるさと
ユキミチニ アシヲトラルル ユメモミテ トフヒハアラズ トオキフルサト

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06115
曖昧に ゐるわれを措き 妹の きびきびと朝の 身支舞ひをなす
アイマイニ ヰルワレヲオキ イモウトノ キビキビトアサノ ミジマヒヲナス

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06116
蘭の名を あまた覚えて 何にならむ 罷り来てまた 闇にまぎるる
ランノナヲ アマタオボエテ ナンニナラム マカリキテマタ ヤミニマギルル

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06117
閉館の チャイムが鳴りて 少女らは 歌ふごとくに 挨拶しゆく
ヘイカンノ チャイムガナリテ ショウジョラハ ウタフゴトクニ アイサツシユク

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06118
おぞましき までに椿の 散りしける 道あり風の 凪ぎたるゆふべ
オゾマシキ マデニツバキノ チリシケル ミチアリカゼノ ナギタルユフベ

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06119
街灯の まばらにともる 路地を来て 鳩時計鳴るは いづこの家か
ガイトウノ マバラニトモル ロジヲキテ ハトドケイナルハ イヅコノイエカ

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06120
とめどなく 降り来て棕櫚の 葉を鳴らす 雪の寂しさ 棕櫚の寂しさ
トメドナク フリキテシュロノ ハヲナラス ユキノサビシサ シュロノサビシサ

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06121
前後なく なりし記憶に 火に巻かれ 誰か無電を 打ち続けゐつ
ゼンゴナク ナリシキオクニ ヒニマカレ ダレカムデンヲ ウチツヅケヰツ

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06122
著莪の根に 圧されて花の 咲かざりし ベゴニアの芽の 土抬げゐる
シャガノネニ オサレテハナノ サカザリシ ベゴニアノメノ ツチモタゲヰル

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06123
千に刻み 水に放てる 大根の むきむきに沈む さまの華やぐ
センニキザミ ミズニハナテル ダイコンノ ムキムキニシズム サマノハナヤグ

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06124
顔寄せて 窓を窺へば しろじろと 触れむばかりに 辛夷咲く枝
カオヨセテ マドヲウカガヘバ シロジロト フレムバカリニ コブシサクエダ

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06125
絹の裏を つけて着易く 縫ひあげぬ 働くときに まとふブラウス
キヌノウラヲ ツケテキヤスク ヌヒアゲヌ ハタラクトキニ マトフブラウス

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06126
紫の 花咲く藻草 売る少年 日に幾たびも 水を貰ひゆく
ムラサキノ ハナサクモグサ ウルショウネン ヒニイクタビモ ミズヲモラヒユク

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06127
インク壺に インク足し来て 坐りたり 立ちゐたるまに 何か乱るる
インクツボニ インクタシキテ スワリタリ タチヰタルマニ ナニカミダルル

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06128
喪にこもる 人を訪はむと 選びつつ いづれの花の かたちも険し
モニコモル ヒトヲトハムト エラビツツ イヅレノハナノ カタチモケワシ

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06129
雪柳の 花こまごまと 散りそめぬ 帰ることなき 犬の名を呼ぶ
ユキヤナギノ ハナコマゴマト チリソメヌ カエルコトナキ イヌノナヲヨブ

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06130
風の無き 一日を出でて 反故を焚き 古りし思ひの なべて燻らす
カゼノナキ ヒトヒヲイデテ ホゴヲタキ フリシオモヒノ ナベテクユラス

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06131
恙なく 皆在りがたき 季節かと 知りびとの訃の つづけば思ふ
ツツガナク ミナアリガタキ キセツカト シリビトノフノ ツヅケバオモフ

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06132
忘れ易く なりしあはれを 人は言ひ 遅れし本を 返しゆきたり
ワスレヤスク ナリシアハレヲ ヒトハイヒ オクレシホンヲ カエシユキタリ

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06133
いつまでも 寒き春よと 歩みゐて 白のあやめの 直盛りに遭ふ
イツマデモ サムキハルヨト アユミヰテ シロノアヤメノ マサカリニアフ

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06134
水死者を とむらふ菊の 黄も白も たちまち潮に 巻きこまれゆく
スイシシャヲ トムラフキクノ キモシロモ タチマチシオニ マキコマレユク

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06135
熱風の 季節怖るる 文面に そぐはず青し 絵はがきの海
シロツコノ キセツオソルル ブンメンニ ソグハズアオシ エハガキノウミ

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06136
牙むくと いふことのなき わが上を 弱しと決めて 妹もゐる
キバムクト イフコトノナキ ワガウエヲ ヨワシトキメテ イモウトモヰル

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06137
靴べらを 踵に入れし ときのまに 訪ひたる悔は 身にひろがりぬ
クツベラヲ カカトニイレシ トキノマニ トヒタルクイハ ミニヒロガリヌ

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06138
おもかげに かならず逢ふと 百地蔵 めぐりゆきつつ 次第に脆し
オモカゲニ カナラズアフト ヒャクジゾウ メグリユキツツ シダイニモロシ

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06139
相合はば またかなしみは 噴くものを 亡き人の名を 唱へてやまず
アイアハバ マタカナシミハ フクモノヲ ナキヒトノナヲ トナヘテヤマズ

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06140
遠き世の 帰依さながらに 藁火焚き 今も祀るか 家並み古りつつ
トオキヨノ キエサナガラニ ワラビタキ イマモマツルカ ヤナミフリツツ

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06141
つまづきて 足もとを見し ときのまに 身に憑きゐたる 何か失ふ
ツマヅキテ アシモトヲミシ トキノマニ ミニツキヰタル ナニカウシナフ

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06142
雨あとを よぎる薔薇園 黄の薔薇の 咲きゐるあたり 殊に明るむ
アメアトヲ ヨギルバラエン キノバラノ サキヰルアタリ コトニアカルム

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06143
刈り伏せて 十日余りか 下草の 羊歯はこまかき 葉をもたげ来ぬ
カリフセテ トウカアマリカ シモクサノ シダハコマカキ ハヲモタゲキヌ

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06144
混みあへる 浴衣売場の 人形は 少し反り身に 日傘をさせり
コミアヘル ユカタウリバノ ニンギョウハ スコシソリミニ ヒガサヲサセリ

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06145
指先に 力こもりて 絞らるる レモンを見ゐつ ふと遠のきて
ユビサキニ チカラコモリテ シボラルル レモンヲミヰツ フトトオノキテ

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06146
水いろの 綿菓子を持つ 児らのゐて 一人は片手に ぶらんこをこぐ
ミズイロノ ワタガシヲモツ コラノヰテ ヒトリハカタテニ ブランコヲコグ

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06147
鳴る鐘は いづこの空か 新しき 剃刀をもて 眉根ととのふ
ナルカネハ イヅコノソラカ アタラシキ カミソリヲモテ マユネトトノフ

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06148
水の輪が 揺れ魚が見え 児が叫び 漂ひてゐる 朝の目ざめに
ミズノワガ ユレウオガミエ コガサケビ タダヨヒテヰル アサノメザメニ

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06149
キヤンプの時の 赤き蠟燭 ともしつつ 停電の夜の めぐり華やぐ
キヤンプノトキノ アカキロウソク トモシツツ テイデンノヨノ メグリハナヤグ

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06150
何の木と 分きがたきまで 暗くなり 声をおとして 人ら語らふ
ナンノキト ワキガタキマデ クラクナリ コエヲオトシテ ヒトラカタラフ

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06151
見覚えの ある顔一つ 夜汽車より 降り来ぬスキーの 身仕度のまま
ミオボエノ アルカオヒトツ ヨギシャヨリ オリキヌスキーノ ミジタクノママ

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06152
替へてやる 亡き犬の水 朝々に かなしみてなす 仕事の一つ
カヘテヤル ナキイヌノミズ アサアサニ カナシミテナス シゴトノヒトツ

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06153
雪山を 見て茫然と ゐる写真 背後よりとりて 人のもたらす
ユキヤマヲ ミテボウゼント ヰルシャシン ハイゴヨリトリテ ヒトノモタラス

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06154
空間を 一直線に われに来る 向日葵の黄と その芯の黒
クウカンヲ イッチョクセンニ ワレニクル ヒマワリノキト ソノシンノクロ

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06155
自動車の 過ぎてしばらく そよぎあふ 道べの草も もみぢしてゐる
ジドウシャノ スギテシバラク ソヨギアフ ミチベノクサモ モミヂシテヰル

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06156
傷口を 縛り一夜を 寝し指の 乾きゐていつもの やうに家を出づ
キズグチヲ シバリヒトヨヲ ネシユビノ カワキヰテイツモノ ヤウニイエヲイヅ

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06157
明日は休みと 思ふ家路に 渡されし ビラもたたみて 鞄にしまふ
アスハヤスミト オモフイエジニ ワタサレシ ビラモタタミテ カバンニシマフ

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06158
トラックの 尾灯と知れど 幾つにも 殖えつつ揺るる 夜霧の奥に
トラックノ ビトウトシレド イクツニモ フエツツユルル ヨギリノオクニ

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06159
ガス灯の 形やさしき ガラス壼 葡萄いろの飴もて こよひは満たす
ガストウノ カタチヤサシキ ガラスツボ ブドウイロノアメモテ コヨヒハミタス

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06160
機械的な 処理に慣れつつ 稀にゐる 家にてわれは いさぎよからず
キカイテキナ ショリニナレツツ マレニヰル イエニテワレハ イサギヨカラズ

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06161
通されて いつものソファーに 仰ぎ見る 湖の絵も いつしか寒し
トオサレテ イツモノソファーニ アオギミル ミズウミノエモ イツシカサムシ

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06162
硝子ごしに 計器のたぐひ 光りゐて 不吉にわれの 名は呼ばれたり
ガラスゴシニ ケイキノタグヒ ヒカリヰテ フキツニワレノ ナハヨバレタリ

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06163
放課後まで 保つや児らが 校門に 築きあげたる 雪のスフィンクス
ホウカゴマデ タモツヤコラガ コウモンニ キズキアゲタル ユキノスフィンクス

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06164
読まれゐし 日記のことを 知らざりき 十五年経て 痣のごとしも
ヨマレヰシ ニッキノコトヲ シラザリキ ジュウゴネンヘテ アザノゴトシモ

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06165
立ちゆける 誰にかドアを あけられて 部屋の空気の ゆるむ感じす
タチユケル ダレニカドアヲ アケラレテ ヘヤノクウキノ ユルムカンジス

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06166
黒鍵の エチュードに今日より 入らむとし いたく小さし 妹の手は
コッケンノ エチュードニキョウヨリ ハイラムトシ イタクチイサシ イモウトノテハ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06167
道を尋ね ゐしが忽ち 修道女の 顔に戻りて 歩み去りたり
ミチヲタズネ ヰシガタチマチ シスターノ カオニモドリテ アユミサリタリ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06168
階段から 改札口へ 殺気だち ときに静けし 人の流れは
カイダンカラ カイサツグチヘ サッキダチ トキニシズケシ ヒトノナガレハ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06169
雪山へ バスを発たしめ ちりぢりに 闇にまぎるる 見送りびとら
ユキヤマヘ バスヲタタシメ チリヂリニ ヤミニマギルル ミオクリビトラ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06170
連れのゐて つたなくものを 言ひしこと 時経て思ひ 癒されがたし
ツレノヰテ ツタナクモノヲ イヒシコト トキヘテオモヒ イヤサレガタシ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06171
思ひあたる 理由といふも すべなきに 臥しゐて右の 腕のみ重し
オモヒアタル リユウトイフモ スベナキニ フシヰテミギノ ウデノミオモシ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06172
白梅の 若木植ゑたる わが庭に いち早く来よ 今年の春は
シラウメノ ワカギウヱタル ワガニワニ イチハヤクコヨ コトシノハルハ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5