さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

風水

 
降りやまぬ       ゆるやかに       裏道の         予告なき        
バスに行き       善悪の         電圧の         灯を消して       
エンジンを       正面に         雨のあとの       階段の         
人だのみの       いくたびも       目の前に        一人前の        
駆け戻る        年を経し        ばらばらの       あらかじめ       
見のがして       売られゐる       白粉花の        琴を弾く        
畳の上に        口をあく        いつとなく       列車よりも       
出奔の         左右より        ラベンダーより     
 
 
 

03555
降りやまぬ 雨を見をれば わが茎の 芦より青く 立つことのあり
フリヤマヌ アメヲミヲレバ ワガクキノ アシヨリアオク タツコトノアリ

『風水』(沖積舎 1986) p.111
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (1)


03556
ゆるやかに レール分れて 草のなか 穀倉地帯の 名も古りむとす
ユルヤカニ レールワカレテ クサノナカ コクソウチタイノ ナモフリムトス

『風水』(沖積舎 1986) p.111
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (2)


03557
裏道の 昼のしづけさ ローラーカナリア の声など このごろ聞かず
ウラミチノ ヒルノシヅケサ ローラーカナリア ノコエナド コノゴロキカズ

『風水』(沖積舎 1986) p.112
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (3)


03558
予告なき もののみにして 目の前の マンホールから 人の出でくる
ヨコクナキ モノノミニシテ メノマエノ マンホールカラ ヒトノイデクル

『風水』(沖積舎 1986) p.112
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (4)


03559
バスに行き 遠見となれば かたまりて あはきみどりを なす梨の花
バスニユキ トホミトナレバ カタマリテ アハキミドリヲ ナスナシノハナ

『風水』(沖積舎 1986) p.112
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (5)


03560
善悪の かなたのことと 慰めて 慰めきれず 人の嘆きは
ゼンアクノ カナタノコトト ナグサメテ ナグサメキレズ ヒトノナゲキハ

『風水』(沖積舎 1986) p.113
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (6)


03561
電圧の かはるときのま チアノーゼ 色に映れる 俳優の口
デンアツノ カハルトキノマ チアノーゼ イロニウツレル ハイユウノクチ

『風水』(沖積舎 1986) p.113
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (7)


03562
灯を消して みひらきをれば 一定の 量の闇にて 濃くなるばかり
ヒヲケシテ ミヒラキヲレバ イッテイノ リョウノヤミニテ コクナルバカリ

『風水』(沖積舎 1986) p.113
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (8)


03563
エンジンを かけて夜すがら 待ちゐたる 船も何をか のせて発ちたり
エンジンヲ カケテヨスガラ マチヰタル フネモナニヲカ ノセテタチタリ

『風水』(沖積舎 1986) p.114
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (9)


03564
正面に 見にし魚の 顔一つ 最前列の 顔とかさなる
ショウメンニ ミニシサカナノ カオヒトツ サイゼンレツノ カオトカサナル

『風水』(沖積舎 1986) p.114
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (10)


03565
雨のあとの 街に湧きたつ ささめきは わがゐる五階の 窓にも届く
アメノアトノ マチニワキタツ ササメキハ ワガヰルゴカイノ マドニモトドク

『風水』(沖積舎 1986) p.114
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (11)


03566
階段の ひとところ陽の 差してゐて 少女ら脛を 光らせて過ぐ
カイダンノ ヒトトコロヒノ サシテヰテ オトメラハギヲ ヒカラセテスグ

『風水』(沖積舎 1986) p.115
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (12)


03567
人だのみの 多くなりつつ 目に見えて 諦め易く われは働く
ヒトダノミノ オオクナリツツ メニミエテ アキラメヤスク ワレハハタラク

『風水』(沖積舎 1986) p.115
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (13)


03568
いくたびも 仕事を替へて いとまある 職場といふは 得ず終らむか
イクタビモ シゴトヲカヘテ イトマアル ショクバトイフハ エズオワラムカ

『風水』(沖積舎 1986) p.115
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (14)


03569
目の前に 紙切る見れば 左利きと 知らで過ぎたり 十日余りを
メノマエニ カミキルミレバ ヒダリキキト シラデスギタリ トオカアマリヲ

『風水』(沖積舎 1986) p.116
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (15)


03570
一人前の 労働力に 還元し 励む日萎ゆる日 ありて過ぎゆく
イチニンマエノ ロウドウリョクニ カンゲンシ ハゲムヒナユルヒ アリテスギユク

『風水』(沖積舎 1986) p.116
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (16)


03571
駆け戻る 思ひに夜々を 帰り来て 机に向ふも あと幾年か
カケモドル オモヒニヨヨヲ カエリキテ ツクエニムカフモ アトイクトセカ

『風水』(沖積舎 1986) p.116
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (17)


03572
年を経し 死者の一人は 幾たびも わが夢に来て 死にて見するも
トシヲヘシ シシャノヒトリハ イクタビモ ワガユメニキテ シニテミスルモ

『風水』(沖積舎 1986) p.117
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (18)


03573
ばらばらの クッキーをホイルに 包みゐて 心一つを まとめむに似る
バラバラノ クッキーヲホイルニ ツツミヰテ ココロヒトツヲ マトメムニニル

『風水』(沖積舎 1986) p.117
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (19)


03574
あらかじめ 人の寿命は 定まると 聞き来て歩度の ゆるむ思ひす
アラカジメ ヒトノジュミョウハ サダマルト キキキテホドノ ユルムオモヒス

『風水』(沖積舎 1986) p.117
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (20)


03575
見のがして ゐることあらむ セロリーの 鮮度などにわが かかづらふ間に
ミノガシテ ヰルコトアラム セロリーノ センドナドニワガ カカヅラフマニ

『風水』(沖積舎 1986) p.118
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (21)


03576
売られゐる もののみに足る 生活と 思ひてをれば バスの近づく
ウラレヰル モノノミニタル セイカツト オモヒテヲレバ バスノチカヅク

『風水』(沖積舎 1986) p.118
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (22)


03577
白粉花の 折れ易き茎 ほきほきと 節から折りて 児らのあそべる
オシロイバナノ オレヤスキクキ ホキホキト フシカラオリテ コラノアソベル

『風水』(沖積舎 1986) p.118
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (23)


03578
琴を弾く 埴輪見をれば わが指に 届かぬ弦の あるごとき日よ
コトヲヒク ハニワミヲレバ ワガユビニ トドカヌゲンノ アルゴトキヒヨ

『風水』(沖積舎 1986) p.119
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (24)


03579
畳の上に 大き鋏を 見て寝しが 朝起き出でて 何事もなし
タタミノウエニ オオキハサミヲ ミテネシガ アサオキイデテ ナニゴトモナシ

『風水』(沖積舎 1986) p.119
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (25)


03580
口をあく 扇形グラフ 馬鈴薯を むくことなども なくて過ぎゆく
クチヲアク センケイグラフ バレイショヲ ムクコトナドモ ナクテスギユク

『風水』(沖積舎 1986) p.119
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (26)


03581
いつとなく 死せる人らを 責むるまで さかのぼりゆく われの思ひは
イツトナク シセルヒトラヲ セムルマデ サカノボリユク ワレノオモヒハ

『風水』(沖積舎 1986) p.120
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (27)


03582
列車よりも 心馳せにき 西へ向ふ ブルートレインも なくなるといふ
レッシャヨリモ ココロハセニキ ニシヘムカフ ブルートレインモ ナクナルトイフ

『風水』(沖積舎 1986) p.120
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (28)


03583
出奔の 夜なりき次々に 街灯に 照らし出されて 駅へ急ぎき
シュッポンノ ヨナリキツギツギニ ガイトウニ テラシダサレテ エキヘイソギキ

『風水』(沖積舎 1986) p.120
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (29)


03584
左右より 木立の欝は 迫り来て またさしかかる 峠のごとき
サユウヨリ コダチノウツハ セマリキテ マタサシカカル トウゲノゴトキ

『風水』(沖積舎 1986) p.121
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (31)


03585
ラベンダーより 色濃き花と 見てありて 詳しく知れる ことも少なし
ラベンダーヨリ イロコキハナト ミテアリテ クワシクシレル コトモスクナシ

『風水』(沖積舎 1986) p.121
【初出】 『短歌』 1979.9 峠のごとき (30)