さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

野分の章

 
仮面つけて       かかる夜の       片方の         日中の         
身の内に        前歯もて        喉の奥を        機械にて        
血統と         痩するなと       オクターブ       動作から        
降りて来て       風のやうに       思ひゐし        橋の上に        
肉体の         死魚の浮く       眠られぬ        夜の空を        
スプーンなどの     四十年も        匿まひたき       たれもゐぬ       
百合の花の       ハイウエイに      甲子園も        人の口の        
藤の花の        わがために       スプレイに       
 
 
 

03081
仮面つけて 大胆になる にもあらず 降りしまく雪は 白の闇なす
カメンツケテ ダイタンニナル ニモアラズ フリシマクユキハ シロノヤミナス

『野分の章』(牧羊社 1978) p.120
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (1)


03082
かかる夜の かつてもありき 額に降る 雪は涙の ごとく垂りにき
カカルヨノ カツテモアリキ ヌカニフル ユキハナミダノ ゴトクタリニキ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.120
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (2)


03083
片方の 耳環落として 帰り来ぬ 耳も落として 帰る夜あらむ
カタホウノ ミミワオトシテ カエリキヌ ミミモオトシテ カエルヨアラム

『野分の章』(牧羊社 1978) p.121
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (3)


03084
日中の 電車に行けば 駅の名の なべてやさしき ひらがなの文字
ニッチュウノ デンシャニユケバ エキノナノ ナベテヤサシキ ヒラガナノモジ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.121
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (4)


03085
身の内に とぢこめておく 何ならむ 黒のコートを 分厚くまとふ
ミノウチニ トヂコメテオク ナニナラム クロノコートヲ ブアツクマトフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.121
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (5)


03086
前歯もて 手袋を脱ぎし しぐさなど 思はれて恋ほし 雪の降る日は
マエバモテ テブクロヲヌギシ シグサナド オモハレテコホシ ユキノフルヒハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.122
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (6)


03087
喉の奥を 覗き見られて ゐし間 何も見ざりし われと気づきぬ
ノドノオクヲ ノゾキミラレテ ヰシアイダ ナニモミザリシ ワレトキヅキヌ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.122
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (7)


03088
機械にて なし得ぬ部分を 補ふが 技術者といへり 白衣に立ちて
キカイニテ ナシエヌブブンヲ オギナフガ ギジュツシャトイヘリ シュルツェニタチテ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.122
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (8)


03089
血統と いへるはわれも 継ぐらむか 働きすぎて 若く死ににき
ケットウト イヘルハワレモ ツグラムカ ハタラキスギテ ワカクシニニキ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.123
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (9)


03090
痩するなと 言ひ呉るるなり 身痩するは 魂痩する ことの如くに
ヤスルナト イヒクルルナリ ミヤセスルハ タマシイヤスル コトノゴトクニ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.123
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (10)


03091
オクターブ 下げて物言ふ わが声に 気づきぬ午後と なりしゆとりに
オクターブ サゲテモノイフ ワガコエニ キヅキヌゴゴト ナリシユトリニ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.123
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (11)


03092
動作から 心を測る わが習ひ われを狭めて ゐることも知る
ドウサカラ ココロヲハカル ワガナラヒ ワレヲセバメテ ヰルコトモシル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.124
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (12)


03093
降りて来て 踊り場の鏡に 映りたる 足のかたちの けものめく日よ
オリテキテ オドリバノカガミニ ウツリタル アシノカタチノ ケモノメクヒヨ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.124
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (13)


03094
風のやうに つねにありたき 願ひなど 願ひのうちに 入らぬならむ
カゼノヤウニ ツネニアリタキ ネガヒナド ネガヒノウチニ ハイラヌナラム

『野分の章』(牧羊社 1978) p.124
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (14)


03095
思ひゐし ことを阻みて 感光の うすきコピイが 配られはじむ
オモヒヰシ コトヲハバミテ カンコウノ ウスキコピイガ クバラレハジム

『野分の章』(牧羊社 1978) p.125
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (15)


03096
橋の上に 少女のゐしが ブラインドの おろされしあと いづく行きけむ
ハシノウエニ オトメノヰシガ ブラインドノ オロサレシアト イヅクユキケム

『野分の章』(牧羊社 1978) p.125
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (16)


03097
肉体の 痛むかと思ふ まで胸の 痛む夜のあり 職場のことに
ニクタイノ イタムカトオモフ マデムネノ イタムヨノアリ ショクバノコトニ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.125
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (17)


03098
死魚の浮く 湾ありといふ わが眠る 畳の上と いくばくの距離
シギョノウク ワンアリトイフ ワガネムル タタミノウエト イクバクノキョリ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.126
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (18)


03099
眠られぬ 夜々のあとまた 生きてゐる のみに足らむと 思ふ日つづく
ネムラレヌ ヨヨノアトマタ イキテヰル ノミニタラムト オモフヒツヅク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.126
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (19)


03100
夜の空を 鳴きて渡るは ひもじきか 水をとめたる 厨にきこゆ
ヨノソラヲ ナキテワタルハ ヒモジキカ ミズヲトメタル クリヤニキコユ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.126
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (20)


03101
スプーンなどの 不意におもたく 指先の 熱にアルミの 箔を曇らす
スプーンナドノ フイニオモタク ユビサキノ ネツニアルミノ ハクヲクモラス

『野分の章』(牧羊社 1978) p.127
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (21)


03102
四十年も 前に見しのみ ふるさとの 石割り桜 咲けリと伝ふ
シジュウネンモ マエニミシノミ フルサトノ イシワリザクラ サケリトツタフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.127
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (22)


03103
匿まひたき 一つ二つたれも 持つならむ 夜の桜を 見むと連れだつ
カクマヒタキ ヒトツフタツタレモ モツナラム ヨルノサクラヲ ミムトツレダツ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.127
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (23)


03104
たれもゐぬ わが家ながら さゐさゐと 机上さわだち 待つ仕事あり
タレモヰヌ ワガイエナガラ サヰサヰト キジョウサワダチ マツシゴトアリ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.128
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (24)


03105
百合の花の みなひらきゐて 空間を せばめられたる 思ひに坐る
ユリノハナノ ミナヒラキヰテ クウカンヲ セバメラレタル オモヒニスワル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.128
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (25)


03106
ハイウエイに 出でて陽の差す バスの床 少年らサイズの 大き靴履く
ハイウエイニ イデテヒノサス バスノユカ ショウネンラサイズノ オオキクツハク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.128
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (26)


03107
甲子園も 雨といへり雨に こもりゐて 縫ひさしのコート 縫ふにもあらず
コウシエンモ アメトイヘリアメニ コモリヰテ ヌヒサシノコート ヌフニモアラズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.129
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (27)


03108
人の口の かたちなど見えて ゐたりしが 電話を切れば また雨の音
ヒトノクチノ カタチナドミエテ ヰタリシガ デンワヲキレバ マタアメノオト

『野分の章』(牧羊社 1978) p.129
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (28)


03109
藤の花の 咲ける明りと 気づくまで 無体に歩み 来て立ちどまる
フジノハナノ サケルアカリト キヅクマデ ムタイニアユミ キテタチドマル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.129
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (29)


03110
わがために 織るとし聞けば いまだ見ぬ オーロラのごとし 一枚の布
ワガタメニ オルトシキケバ イマダミヌ オーロラノゴトシ イチマイノヌノ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.130
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (30)


03111
スプレイに 夏の香水 詰めてゐて 幾年も見ぬ 海がひろがる
スプレイニ ナツノコウスイ ツメテヰテ イクトセモミヌ ウミガヒロガル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.130
【初出】 『短歌』 1977.6 オーロラの布 (31)