さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

野分の章

 
乾き易く        何に使ふ        容易には        果たし来し       
雨傘に         硬貨一枚        テラスより       台風の         
洗ひおきし       苦しみも        堰を切りて       阻まれて        
街路樹の        待たれつつ       この部屋の       雨の夜の        
 
 
 

02921
乾き易く なりしてのひら 気にしつつ 持つもの多く 朝々を出づ
カワキヤスク ナリシテノヒラ キニシツツ モツモノオオク アサアサヲイヅ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.57
【初出】 『形成』 1975.11 「無題」 (1)


02922
何に使ふ 石とも知れず 運びたる いにしへびとに 似て在り通ふ
ナンニツカフ イシトモシレズ ハコビタル イニシヘビトニ ニテアリカヨフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.57
【初出】 『形成』 1975.11 「無題」 (2)


02923
容易には たれにもやめられぬ 職場ならむ 勤務表に名を 入れつつ思ふ
ヨウイニハ タレニモヤメラレヌ ショクバナラム キンムヒョウニナヲ イレツツオモフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.58
【初出】 『形成』 1975.5 「無題」 (6)


02924
果たし来し 仕事といふも 敢へ無きに 未だ灯ともす 隣のビルは
ハタシコシ シゴトトイフモ アヘナキニ イマダヒトモス トナリノビルハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.58
【初出】 『形成』 1975.11 「無題」 (4)


02925
雨傘に 身を庇ひつつ 歩みゐて いつより蟹の 匂ひをうとむ
アマガサニ ミヲカバヒツツ アユミヰテ イツヨリカニノ ニオヒヲウトム

『野分の章』(牧羊社 1978) p.58
【初出】 『形成』 1975.11 「無題」 (5)


02926
硬貨一枚 握れるほどの こだはりと 思ひなしつつ 駅までの闇
コウカイチマイ ニギレルホドノ コダハリト オモヒナシツツ エキマデノヤミ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.59
【初出】 『短歌新聞』 1975.1 夏の終り (5)


02927
テラスより 見おろす街も 秋めきぬ ビルのあはひに 白煙あがる
テラスヨリ ミオロスマチモ アキメキヌ ビルノアハヒニ ハクエンアガル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.59
【初出】 『形成』 1975.12 「無題」 (1)


02928
台風の 進路を示す 矢印の かなたの海もあをく たそがれてゐむ
タイフウノ シンロヲシメス ヤジルシノ カナタノウミモアヲク タソガレテヰム

『野分の章』(牧羊社 1978) p.59
【初出】 『形成』 1975.12 「無題」 (2)


02929
洗ひおきし 葡萄は露を 溜めてをり 死にてもたれも 褒めてはくれず
アラヒオキシ ブドウハツユヲ タメテヲリ シニテモタレモ ホメテハクレズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.60
【初出】 『短歌新聞』 1975.1 夏の終り (4)


02930
苦しみも 過ぎて思へば きれぎれに 見たるドラマの 画面のごとき
クルシミモ スギテオモヘバ キレギレニ ミタルドラマノ ガメンノゴトキ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.60
【初出】 『形成』 1975.11 「無題」 (6)


02931
堰を切りて なだるるごとき 思ひより ふと浮き出でて こよひは眠る
セキヲキリテ ナダルルゴトキ オモヒヨリ フトウキイデテ コヨヒハネムル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.60
【初出】 『形成』 1975.11 「無題」 (7)


02932
阻まれて 目をあげしとき 木のやうに 伸びて茂れる 山牛蒡立つ
ハバマレテ メヲアゲシトキ キノヤウニ ノビテシゲレル ヤマゴボウタツ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.61
【初出】 『形成』 1975.12 「無題」 (4)


02933
街路樹の 黄ばみ早きは 何の木か 屋根のみ見えて バスの行き交ふ
ガイロジュノ キバミハヤキハ ナンノキカ ヤネノミミエテ バスノユキカフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.61
【初出】 『形成』 1975.12 「無題」 (5)


02934
待たれつつ せかれつつなす 宵々の 荷造りといふも わが身に応ふ
マタレツツ セカレツツナス ヨイヨイノ ニヅクリトイフモ ワガミニコタフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.61
【初出】 『形成』 1975.12 「無題」 (3)


02935
この部屋の 矩形を全 世界として 出で入るはわが 死人はらから
コノヘヤノ サシガタヲゼン セカイトシテ イデイルハワガ シニンハラカラ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.62
【初出】 『形成』 1975.12 「無題」 (6)


02936
雨の夜の 冷ゆる空気を 嗅ぎてゐて 古りつつ痛む 傷かと思ふ
アメノヨノ ヒユルクウキヲ カギテヰテ フリツツイタム キズカトオモフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.62
【初出】 『形成』 1975.12 「無題」 (7)