さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

雲の地図

 
このままに       藻屑のやうに      生き残る        われの名の       
コートぬぐ       聞く人も        山深く         思ふこと        
殺さるる        間を詰めて       時かけて        春を待つ        
死者に呼ばるる     病むことは       注射終へて       夜毎夜毎        
白湯といふ       何が効き        ヘリコプターの     電話なす        
かかる日は       大束の         ともづなの       陸橋を         
雨やめば        さまざまに       幾時ごろかと      海上も         
友だちは        祝園は         おこなひを       いづこにか       
ふるさとは       遠き日に        ブザー鳴りて      守るほかなき      
煩はしき        墨汁を         縦横の         中座して        
誘はれて        石ならば        香焚けば        仕事のほかに      
共に行きて       熱中          ライターを       わが耳に        
家族などの       愛憎の         音のして        ドア抑へ        
勤めを持つ       看過ごして       胡椒などの       身は残り        
薄氷の         亡き人を        霜どけに        読みさしの       
一週に         戸をあけて       小鳥らの        花咲かぬ        
はじめより       曇りのまま       うすくうすく      日のくれに       
選り分けて       亡きあとの       あわてずに       眠れる間も       
黒真珠の        確かむる        会堂を         へだたりて       
惜しからぬ       足首の         解体の         拒むやうに       
靴の音         昨日見し        紅潮し         遠くにて        
この目にて       幾たびも        冬中を         突き刺さる       
買ひたきもの      縫ひものを       働きて         怠れば         
暗き灯を        麦の穂を        われのみの       
 
 
 

02463
このままに 埋るるもよし 家ぐるみ ひしひし雪に 包まれてゆく
コノママニ ウモルルモヨシ イエグルミ ヒシヒシユキニ ツツマレテユク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.115
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (1)


02464
藻屑のやうに うち寄せられし われの目に 白く泡だつ 波も見えゐき
モクズノヤウニ ウチヨセラレシ ワレノメニ シロクアワダツ ナミモミエヰキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.115
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (2)


02465
生き残る ことのさびしさ かたはらに 犬の首輪も うづめてやりぬ
イキノコル コトノサビシサ カタハラニ イヌノクビワモ ウヅメテヤリヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.116
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (3)


02466
われの名の 不意にやさしく 呼ばるるを ふり返り得ず 涙ぐみゐて
ワレノナノ フイニヤサシク ヨバルルヲ フリカエリエズ ナミダグミヰテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.116
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (4)


02467
コートぬぐ 瞬間寒し 生きものの 気配のあらぬ 部屋に戻りて
コートヌグ シュンカンサムシ イキモノノ ケハイノアラヌ ヘヤニモドリテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.116
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (5)


02468
聞く人も あらぬに声を 憚りて 独りごと言ふ 事の区切りに
キクヒトモ アラヌニコエヲ ハバカリテ ヒトリゴトイフ コトノクギリニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.117
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (6)


02469
山深く 樹氷を見むと 旅立ちし 若き二人の 目つむれば見ゆ
ヤマフカク ジュヒョウヲミムト タビタチシ ワカキフタリノ メツムレバミユ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.117
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (7)


02470
思ふこと みなちりぢりに 肩寒く てのひら寒く 目ざめてをりぬ
オモフコト ミナチリヂリニ カタサムク テノヒラサムク メザメテヲリヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.117
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (8)


02471
殺さるる 悪魔のやうに 口をあけ 喘ぎゐしわれの 醒めてまだゐる
コロサルル アクマノヤウニ クチヲアケ アエギヰシワレノ サメテマダヰル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.118
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (9)


02472
間を詰めて 来襲ふ咳に 堪へむとし のがるるすべに 死を思ひゐつ
マヲツメテ キオソフセキニ タヘムトシ ノガルルスベニ シヲオモヒヰツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.118
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (10)


02473
時かけて 煎じくれたる 薬湯の 残りの滓も のみくだしたり
トキカケテ センジクレタル ヤクトウノ ノコリノヲリモ ノミクダシタリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.118
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (11)


02474
春を待つ ほかなきものを 見の限り 雑木林は いまだ芽ぶかず
ハルヲマツ ホカナキモノヲ ミノカギリ ゾウキバヤシハ イマダメブカズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.119
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (12)


02475
死者に呼ばるる といふこともなく 病み古りて 冬の苺の 切り口青し
シシャニヨバルル トイフコトモナク ヤミフリテ フユノイチゴノ キリグチアオシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.119
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (13)


02476
病むことは こころまで痩せて ゆくことか 帰り来て医師を 待つ宵々に
ヤムコトハ ココロマデヤセテ ユクコトカ カエリキテイシヲ マツヨイヨイニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.119
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (14)


02477
注射終へて 直ちに帰り 行かすとも 短き逢ひを かさぬるに似む
チュウシャオヘテ タダチニカエリ ユカストモ ミジカキアヒヲ カサヌルニニム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.120
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (15)


02478
夜毎夜毎 かよひ来ましぬ ひとたびは 医師のためにも 癒えねばならず
ヨゴトヨゴト カヨヒキマシヌ ヒトタビハ イシノタメニモ イエネバナラズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.120
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (16)


02479
白湯といふ 母の言葉の よみがへり 冷むるを待ちて もろ手にかこむ
サユトイフ ハハノコトバノ ヨミガヘリ サムルヲマチテ モロテニカコム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.120
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (17)


02480
何が効き 何が効かぬか 分き難し 人参の酒は うすく濁れる
ナニガキキ ナニガキカヌカ ワキガタシ ニンジンノサケハ ウスクニゴレル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.121
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (18)


02481
ヘリコプターの 音に醒めつつ まなうらに 黄味を帯びたる 空がひろがる
ヘリコプターノ オトニサメツツ マナウラニ キミヲオビタル ソラガヒロガル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.121
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (19)


02482
電話なす 時刻はかりて 待ちゐるに あとの五分が なかなかたたぬ
デンワナス ジコクハカリテ マチヰルニ アトノゴフンガ ナカナカタタヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.121
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (20)


02483
かかる日は 何してすごさむと 問ふ人も あらず朝より 小糠雨降る
カカルヒハ ナニシテスゴサムト トフヒトモ アラズアサヨリ コヌカアメフル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.122
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (21)


02484
大束の ままを買ひ来し フリージア 供華としわれの 机にも活く
オオタバノ ママヲカヒコシ フリージア クゲトシワレノ ツクエニモイク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.122
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (22)


02485
ともづなの ふつつり切れし 反動に まかせて経たる 月日と思ふ
トモヅナノ フツツリキレシ ハンドウニ マカセテヘタル ツキヒトオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.122
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (23)


02486
陸橋を 渡らむとして 夜更かしを したる懈さの 俄かにきざす
リッキョウヲ ワタラムトシテ ヨフカシヲ シタルタユサノ ニワカニキザス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.123
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (24)


02487
雨やめば また風となり ひとひらの 布きれの如し 吹かれて帰る
アメヤメバ マタカゼトナリ ヒトヒラノ ヌノキレノゴトシ フカレテカエル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.123
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (25)


02488
さまざまに 窺ひて人は 過ぎてゆき ゆふべゆふべの 空の茜よ
サマザマニ ウカガヒテヒトハ スギテユキ ユフベユフベノ ソラノアカネヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.123
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (26)


02489
幾時ごろかと 思へるのみに 眠りゐき 向ひの家を たれか呼びゐき
イクジゴロカト オモヘルノミニ ネムリヰキ ムカヒノイエヲ タレカヨビヰキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.124
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (27)


02490
海上も 霧深しとぞ カーフェリーの 欠航を告げて ラジオは終る
カイジョウモ キリフカシトゾ カーフェリーノ ケッコウヲツゲテ ラジオハオワル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.124
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (28)


02491
友だちは 裏切るものと 本に読めり 読みてなぐさむ われと思はず
トモダチハ ウラギルモノト ホンニヨメリ ヨミテナグサム ワレトオモハズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.124
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (29)


02492
祝園は 山峡の村 少女われらの 作れる手榴弾など 如何になりけむ
ハフゾノハ ヤマカイノムラ オトメワレラノ ツクルテリュウダンナド イカニナリケム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.125
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (30)


02493
おこなひを 正して待てと 教はりき 終戦を見ずに 死にし父より
オコナヒヲ タダシテマテト オソハリキ シュウセンヲミズニ シニシチチヨリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.125
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (31)


02494
いづこにか 死せる家族ら あつまりて 語らひゐずや 訛りあらはに
イヅコニカ シセルカゾクラ アツマリテ カタラヒヰズヤ ナマリアラハニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.125
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (32)


02495
ふるさとは 冬長き国 路の上に 凍てゐし繩など をりをりに見ゆ
フルサトハ フユナガキクニ ミチノウエニ イテヰシナワナド ヲリヲリニミユ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.126
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (33)


02496
遠き日に 見たる夢また 見てゐると 思ひつつ海へ くだりてゆけり
トオキヒニ ミタルユメマタ ミテヰルト オモヒツツウミヘ クダリテユケリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.126
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (34)


02497
ブザー鳴りて 覚めしまなかひ いっぱいに 三角波の かがよひやまず
ブザーナリテ サメシマナカヒ イッパイニ サンカクナミノ カガヨヒヤマズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.126
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (35)


02498
守るほかなき ひとりのくらし 芽キャベツの 一つ一つに 十字入れつつ
マモルホカナキ ヒトリノクラシ メキャベツノ ヒトツヒトツニ ジュウジイレツツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.127
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (36)


02499
煩はしき 仕事が待つを 朝戸出に 花びらのやうな ぼたん雪降る
ワズラハシキ シゴトガマツヲ アサトデニ ハナビラノヤウナ ボタンユキフル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.127
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (37)


02500
墨汁を うすめて文字を 書く毎に 見知らぬ人をも われは喪ふ
ボクジュウヲ ウスメテモジヲ カクゴトニ ミシラヌヒトモ ワレハウシナフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.127
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (38)


02501
縦横の 罫を原紙に 引き終へて 墓の仕切りの やうなしづけさ
タテヨコノ ケイヲゲンシニ ヒキオヘテ ハカノシキリノ ヤウナシヅケサ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.128
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (39)


02502
中座して 帰り来にしが 病む者の 驕りのごとく 思はれはじむ
チュウザシテ カエリキニシガ ヤムモノノ オゴリノゴトク オモハレハジム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.128
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (40)


02503
誘はれて なし難きことの 多き身か 妹の亡き あともかはらぬ
サソハレテ ナシガタキコトノ オオキミカ イモウトノナキ アトモカハラヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.128
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (41)


02504
石ならば いかなる色か 形かと 身の頑なを うとむことあり
イシナラバ イカナルイロカ カタチカト ミノカタクナヲ ウトムコトアリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.129
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (42)


02505
香焚けば むせつつ病むと 気づかずに 焚きゐき休みの つづく幾日に
カウタケバ ムセツツヤムト キヅカズニ タキヰキヤスミノ ツヅクイクヒニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.129
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (43)


02506
仕事のほかに 何が残れる 供華の水を 替へてみてまた 机に向ふ
シゴトノホカニ ナニガノコレル クゲノミズヲ カヘテミテマタ ツクエニムカフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.129
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (44)


02507
共に行きて ヨークシャにヒース 見たしなどと 言ひたりき死の 幾日前か
トモニユキテ ヨークシャニヒース ミタシナドト イヒタリキシノ イクニチマエカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.130
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (45)


02508
熱中 しやすきわが性 仕事して 切れ目切れ目に かなしくぞゐる
ネッチユウ シヤスキワガサガ シゴトシテ キレメキレメニ カナシクゾヰル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.130
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (46)


02509
ライターを 置きて行かしし 真意などは 測ることなく こよひ眠らむ
ライターヲ オキテユカシシ シンイナドハ ハカルコトナク コヨヒネムラム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.130
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (49)


02510
わが耳に 届くことなし 臓深く いまだ鳴るとふ 不穏の音は
ワガミミニ トドクコトナシ ゾウフカク イマダナルトフ フオンノオトハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.131
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (50)


02511
家族などの ふえたるに似て 幾人もの われのゐる夢 賑はしからず
カゾクナドノ フエタルニニテ イクニンモノ ワレノヰルユメ ニギハシカラズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.131
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (51)


02512
愛憎の きざすを癒ゆる あかしとし なほ日も夜も 五体たゆたふ
アイゾウノ キザスヲイユル アカシトシ ナホヒモヨルモ ゴタイタユタフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.131
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (52)


02513
音のして 隣の家の 夕仕度 癒えゆく日々を とりとめもなし
オトノシテ トナリノイエノ ユウジタク イエユクヒビヲ トリトメモナシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.132
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (53)


02514
ドア抑へ 待ち呉るるなり 風強き 朝を出で来し 甲斐ある如し
ドアオサヘ マチクルルナリ カゼツヨキ アサヲイデコシ カイアルゴトシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.132
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (54)


02515
勤めを持つ ゆゑに紛れて ゐるわれと 帰る身仕度 なしつつ思ふ
ツトメヲモツ ユヱニマギレテ ヰルワレト カエルミジタク ナシツツオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.132
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (55)


02516
看過ごして 帰り来てより 苦しみぬ 見たることさへ 罪のごとくに
ミスゴシテ カエリキテヨリ クルシミヌ ミタルコトサヘ ツミノゴトクニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.133
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (56)


02517
胡椒などの 残り少なに なりゐるを 朝の目ざめに 思ふまで癒ゆ
コショウナドノ ノコリスクナニ ナリヰルヲ アサノメザメニ オモフマデイユ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.133
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (57)


02518
身は残り こころのはやる 幾日か エリカはつづる こまかき花を
ミハノコリ ココロノハヤル イクニチカ エリカハツヅル コマカキハナヲ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.133
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (58)


02519
薄氷の 張れるをそのまま 出でてゆく 日の暮れてから 戻る厨べ
ウスラヒノ ハレルヲソノママ イデテユク ヒノクレテカラ モドルクリヤベ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.134
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (59)


02520
亡き人を かなしむゆとりも 失ひて 幾日病みけむ 過ぎつつ思ふ
ナキヒトヲ カナシムユトリモ ウシナヒテ イクヒヤミケム スギツツオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.134
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (60)


02521
霜どけに なづみ来て供ふる 菜の花を ひとりのわれを いづくより見る
シモドケニ ナヅミキテソナフル ナノハナヲ ヒトリノワレヲ イヅクヨリミル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.134
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (61)


02522
読みさしの 本伏せて来て わが手折る 椿の花を 待てる女童
ヨミサシノ ホンフセテキテ ワガタオル ツバキノハナヲ モテルメワラハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.135
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (62)


02523
一週に 一度しか見ぬ わが庭に 低く芽ぶけり 忘れな草は
イッシュウニ イチドシカミヌ ワガニワニ ヒククメブケリ ワスレナグサハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.135
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (63)


02524
戸をあけて 見るにもあらず 何鳥か 呼びかはしつつ しばらくをゐる
トヲアケテ ミルニモアラズ ナニドリカ ヨビカハシツツ シバラクヲヰル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.135
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (64)


02525
小鳥らの ささめきもいつか をさまりて 隣の家の 影に入る庭
コトリラノ ササメキモイツカ ヲサマリテ トナリノイエノ カゲニイルニワ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.136
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (65)


02526
花咲かぬ ままに若葉の ととのへる 梅の木のこと たれにも言はず
ハナサカヌ ママニワカバノ トトノヘル ウメノキノコト タレニモイハズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.136
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (66)


02527
はじめより 鳥なりしかば 声やみて わが手に残す 小さなむくろ
ハジメヨリ トリナリシカバ コエヤミテ ワガテニノコス チイサナムクロ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.136
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (67)


02528
曇りのまま 日は暮れむとし ジャスミンの 香のたつ紅茶 いれてもひとり
クモリノママ ヒハクレムトシ ジャスミンノ カノタツコウチャ イレテモヒトリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.137
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (68)


02529
うすくうすく 人参をそぎ 胡瓜をそぎ いつしかわれの こころ遊べる
ウスクウスク ニンジンヲソギ キュウリヲソギ イツシカワレノ ココロアソベル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.137
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (69)


02530
日のくれに 山椒の若葉 摘みに出づ 去年は妹が 摘みて呉れにき
ヒノクレニ サンショウノワカバ ツミニイヅ コゾハイモウトガ ツミテクレニキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.137
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (70)


02531
選り分けて 洗ふうづら豆 美しき 斑を持つ粒の たちまち歪む
エリワケテ アラフウヅラマメ ウツクシキ フヲモツツブノ タチマチヒヅム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.138
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (71)


02532
亡きあとの 月日ながれて わがために ひたすらなりし ことの離れず
ナキアトノ ツキヒナガレテ ワガタメニ ヒタスラナリシ コトノハナレズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.138
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (72)


02533
あわてずに 処置なししこと 冷酷な 仕打ちのやうに 思はれてくる
アワテズニ ショチナシシコト レイコクナ シウチノヤウニ オモハレテクル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.138
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (73)


02534
眠れる間も 声を求めて 醒めてゐる 耳といふもの 二つ身に持つ
ネムレルマモ コエヲモトメテ サメテヰル ミミトイフモノ フタツミニモツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.139
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (74)


02535
黒真珠の 指環はめつつ かすかなる 装ほひをなす ことも久しき
クロシンジュノ ユビワハメツツ カスカナル ヨソホヒヲナス コトモヒサシキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.139
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (75)


02536
確かむる ことを怖れて こころ貧し 雨に打たるる 夜の桜は
タシカムル コトヲオソレテ ココロマズシ アメニウタルル ヨルノサクラハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.139
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (76)


02537
会堂を 出で来し人ら 街灯に 影かさねつつ 通りを流る
カイドウヲ イデコシヒトラ ガイトウニ カゲカサネツツ トオリヲナガル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.140
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (77)


02538
へだたりて 従ひゆけば 咲き残る ユッカは人の 背より高し
ヘダタリテ シタガヒユケバ サキノコル ユッカハヒトノ セイヨリタカシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.140
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (78)


02539
惜しからぬ いのちと思ひ 乗りをれば 俄かに折れて 灯の海に入る
オシカラヌ イノチトオモヒ ノリヲレバ ニワカニオレテ ヒノウミニイル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.140
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (80)


02540
足首の 濡れて歩めば 不確かな 記憶のごとし 今日の逢ひさへ
アシクビノ ヌレテアユメバ フタシカナ キオクノゴトシ キョウノアヒサヘ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.141
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (79)


02541
解体の 進む駅前 かよひつつ すさむかと思ふ たれのこころも
カイタイノ ススムエキマエ カヨヒツツ スサムカトオモフ タレノココロモ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.141
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (81)


02542
拒むやうに 迎ふるやうに 見ゆるドア 理由はいつも わが側にある
コバムヤウニ ムカフルヤウニ ミユルドア リユウハイツモ ワガガハニアル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.141
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (82)


02543
靴の音 遠ざかりゆけり 人を撃つことも 花を撃つことも われには出来ぬ
クツノオト トオザカリユケリ ヒトヲウツコトモ ハナヲウツコトモ ワレニハデキヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.142
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (83)


02544
昨日見し 瓦礫の山は 今朝あらず 無意味と思ふ 堪へゐることも
キノウミシ ガレキノヤマハ ケサアラズ ムイミトオモフ タヘヰルコトモ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.142
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (84)


02545
紅潮し ゆく両の耳 背後より 見てゐつ何を 語れる時か
コウチョウシ ユクリョウノミミ ハイゴヨリ ミテヰツナニヲ カタレルトキカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.142
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (85)


02546
遠くにて 雲雀の声の せることも 言はずに歩む 何から言はむ
トオクニテ ヒバリノコエノ セルコトモ イハズニアユム ナニカライハム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.143
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (86)


02547
この目にて 見たることさへ 告げがたし 雲は形を 崩してゆきぬ
コノメニテ ミタルコトサヘ ツゲガタシ クモハカタチヲ クズシテユキヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.143
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (87)


02548
幾たびも 誰何せるあと 声嗄れの われをあはれむ 遠き電話に
イクタビモ スイカセルアト コヱガレノ ワレヲアハレム トオキデンワニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.143
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (88)


02549
冬中を 病みてありしと また思ふ 言ひわけばかり してすごす日に
フユヂユウヲ ヤミテアリシト マタオモフ イヒワケバカリ シテスゴスヒニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.144
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (89)


02550
突き刺さる パワーシャベルを 見て過ぎぬ 掬はるるもよし 土くれとして
ツキササル パワーシャベルヲ ミテスギヌ スクハルルモヨシ ツチクレトシテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.144
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (90)


02551
買ひたきもの 余さず買ひて 帰る日の われのうつろは 人に知られず
カヒタキモノ アマサズカヒテ カエルヒノ ワレノウツロハ ヒトニシラレズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.144
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (92)


02552
縫ひものを なす日も稀に たまひたる 蘭の鉢置く ミシンの上に
ヌイモノヲ ナスヒモマレニ タマヒタル ランノハチオク ミシンノウエニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.145
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (93)


02553
働きて ひとり生くるも いつまでか しだれ桜は 葉となりてゐる
ハタラキテ ヒトリイクルモ イツマデカ シダレザクラハ ハトナリテヰル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.145
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (94)


02554
怠れば たちまち寄する かなしみを くり返しつつ 忌の日近づく
オコタレバ タチマチヨスル カナシミヲ クリカエシツツ キノヒチカヅク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.145
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (95)


02555
暗き灯を 残して眠る きはに見ゆ そのまま吊し おく冬の服
クラキヒヲ ノコシテネムル キハニミユ ソノママツルシ オクフユノフク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.146
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (96)


02556
麦の穂を 供華に添ふれど 斑鳩の 里を行く日も あらず死なしむ
ムギノホヲ クゲニソフレド イカルガノ サトヲユクヒモ アラズシナシム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.146
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (97)


02557
われのみの 病みゐる町か 午前十時 桜まつりの 花火があがる
ワレノミノ ヤミヰルマチカ ゴゼンジュウジ サクラマツリノ ハナビガアガル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.146
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (98)