さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

雲の地図

 
一つだけの       すさみゐる       たれよりも       起重機の        
亡きあとの       髪を長く        ひとり在る       深爪に         
始祖鳥の        襟もとの        読みさしの       今のわれに       
病みあとの       幹のみと        写真などに       腕のつけ根の      
当然の         鳥のときの       往きに見て       
 
 
 

02433
一つだけの コーヒーカップ ぬくめをり ゆきどころなく 帰れるわれは
ヒトツダケノ コーヒーカップ ヌクメヲリ ユキドコロナク カエレルワレハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.104


02434
すさみゐる 日々とも知らず 花咲ける エリカの鉢を 人の賜ひぬ
スサミヰル ヒビトモシラズ ハナサケル エリカノハチヲ ヒトノタマヒヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.104


02435
たれよりも しあはせにならむと 言はれゐき 故郷を出でて 三十年たつ
タレヨリモ シアハセニナラムト イハレヰキ フルサトヲイデテ サンジュウネンタツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.105


02436
起重機の 幾つ音無く めぐる空 何も見てゐず われの眼は
キジュウキノ イクツオトナク メグルソラ ナニモミテヰズ ワレノマナコハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.105


02437
亡きあとの 部屋をそのまま 妹の 雑誌が着けば 並べてやるも
ナキアトノ ヘヤヲソノママ イモウトノ ザッシガツケバ ナラベテヤルモ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.105


02438
髪を長く 編みゐし妹を 覚えゐて つね言ふ人も いつか厭はし
カミヲナガク アミヰシイモウトヲ オボエヰテ ツネイフヒトモ イツカイトハシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.106


02439
ひとり在る ことさへ武器と せよと言ふ 草を食みても 生きゆくために
ヒトリアル コトサヘブキト セヨトイフ クサヲハミテモ イキユクタメニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.106


02440
深爪に いためし指の なほりゐて さゐさゐと裁つ 喪服の絹を
フカヅメニ イタメシユビノ ナホリヰテ サヰサヰトタツ モフクノキヌヲ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.106


02441
始祖鳥の たくましき脚 見てをれど いつより運を 逃ししわれか
シソチョウノ タクマシキアシ ミテヲレド イツヨリウンヲ ニガシシワレカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.107


02442
襟もとの スカーフ・垂るる 髪などの うとましくゐし のちを病みつく
エリモトノ スカーフタルル カミナドノ ウトマシクヰシ ノチヲヤミツク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.107


02443
読みさしの 本はたと閉づる その音を 最後に聞きて 死ぬのかも知れず
ヨミサシノ ホンハタトトヅル ソノオトヲ サイゴニキキテ シヌノカモシレズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.107


02444
今のわれに 何が出来るか ひとときに 熱砂の色と なる西の空
イマノワレニ ナニガデキルカ ヒトトキニ ネッサノイロト ナルニシノソラ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.108


02445
病みあとの 髪梳きをれば 口紅を 塗らぬ顔いたく 亡き母に似る
ヤミアトノ カミスキヲレバ クチベニヲ ヌラヌカオイタク ナキハハニニル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.108


02446
幹のみと なりたる椰子の 林とぞ 照明弾は 今もあがるとぞ
ミキノミト ナリタルヤシノ ハヤシトゾ ショウメイダンハ イマモアガルトゾ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.108


02447
写真などに 物言ひて出づる あけくれに われは用心 ぶかくもならず
シャシンナドニ モノイヒテイヅル アケクレニ ワレハヨウジン ブカクモナラズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.109


02448
腕のつけ根の 何やらはかな 街路樹の 切り落されし 枝を見て来て
ウデノツケネノ ナニヤラハカナ ガイロジュノ キリオトサレシ エダヲミテキテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.109


02449
当然の なりゆきながら 雪に濡れて 帰れる肩を みづから払ふ
トウゼンノ ナリユキナガラ ユキニヌレテ カエレルカタヲ ミヅカラハラフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.109


02450
鳥のときの 風を窺ふ 本能が よみがへりくる 夜に醒めをれば
トリノトキノ カゼヲウカガフ ホンノウガ ヨミガヘリクル ヨニサメヲレバ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.110


02451
往きに見て 帰りはあらぬ 花ならむ 咲ける白梅 仰ぎて通る
ユキニミテ カエリハアラヌ ハナナラム サケルシラウメ アオギテトオル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.110