さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

雲の地図

 
複眼を         傾けて         いちめんに       知る筈の        
魚眼レンズに      いづこにか       満たしたる       聞きてはならぬ     
水の輪の        駅までを        振り向かるる      幼な子を        
回り道         人参を         動くとも        白鳥の         
夜の雪を        たどり得る       八方を         棕櫚の葉の       
 
 
 

02285
複眼を 光らせて虫の 飛び立てり われには見えぬ もの多からむ
フクガンヲ ヒカラセテムシノ トビタテリ ワレニハミエヌ モノオオカラム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.52


02286
傾けて さすとき不意に 五体まで 透けて見ゆるやうな ビニールの傘
カタムケテ サストキフイニ ゴタイマデ スケテミユルヤウナ ビニールノカサ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.52


02287
いちめんに 卯の花などの 咲きてゐる 感じにあはき 朝の眠りよ
イチメンニ ウノハナナドノ サキテヰル カンジニアハキ アサノネムリヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.53


02288
知る筈の なき人ながら 指先を 脂いろに染めて 死すと伝ふる
シルハズノ ナキヒトナガラ ユビサキヲ ヤニイロニソメテ シストツタフル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.53


02289
魚眼レンズに 覗ける街の 夕闇に 続けり声を 洩らさぬ会話
ギョガンレンズニ ノゾケルマチノ ユウヤミニ ツヅケリコエヲ モラサヌカイワ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.53


02290
いづこにか 生きながらへて 沈みさうに 歪む屋根など 今もゑがくや
イヅコニカ イキナガラヘテ シズミサウニ ヒズムヤネナド イマモヱガクヤ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.54


02291
満たしたる 水に洗剤を 振り入れて 儀式のごとし かき回しつつ
ミタシタル ミズニセンザイヲ フリイレテ ギシキノゴトシ カキマワシツツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.54


02292
聞きてはならぬ 言葉を誘ひ 出さむとし ふたたびわれは 思ひとどまる
キキテハナラヌ コトバヲサソヒ ダサムトシ フタタビワレハ オモヒトドマル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.54


02293
水の輪の かさなりあひて つかのまに 木蔭の椅子も 濡れはじめたり
ミズノワノ カサナリアヒテ ツカノマニ コカゲノイスモ ヌレハジメタリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.55
【初出】 『埼玉新聞』 1971.12 引き戻さるる (2)


02294
駅までを 連れだちてゐて 身の左 庇はれて歩む ことのやさしさ
エキマデヲ ツレダチテヰテ ミノヒダリ カバハレテアユム コトノヤサシサ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.55
【初出】 『埼玉新聞』 1971.12 引き戻さるる (6)


02295
振り向かるる ことをかすかに たのみゐて もろ手汗ばむ マントのなかに
フリムカルル コトヲカスカニ タノミヰテ モロテアセバム マントノナカニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.55


02296
幼な子を 呼びてはげしき 母のこゑ はげしく何を 呼ぶことありや
オサナゴヲ ヨビテハゲシキ ハハノコヱ ハゲシクナニヲ ヨブコトアリヤ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.56


02297
回り道 したるを悔やむ ことなくて 吊り橋の上に しばらく憩ふ
マワリミチ シタルヲクヤム コトナクテ ツリバシノウエニ シバラクイコフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.56


02298
人参を そぎゐる夢に 現れし 顔に見られて 一日ありたり
ニンジンヲ ソギヰルユメニ アラワレシ カオニミラレテ ヒトヒアリタリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.56


02299
動くとも なくただ薄く 運命の かげりのやうな 雲が見えゐる
ウゴクトモ ナクタダウスク ウンメイノ カゲリノヤウナ クモガミエヰル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.57
【初出】 『おおみや』 1972.1 風の凪ぐとき (9)


02300
白鳥の プリマ追ひゆく 円光の なかを影なる 部分も走る
ハクチョウノ プリマオヒユク エンコウノ ナカヲカゲナル ブブンモハシル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.57


02301
夜の雪を 漕ぎ来しブーツ 脱がむとし 何か失ふ ごとき怖れよ
ヨノユキヲ コギコシブーツ ヌガムトシ ナニカウシナフ ゴトキオソレヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.57


02302
たどり得る 限りの経緯 さかのぼり つきとめがたし 陰画のゆくへは
タドリウル カギリノケイイ サカノボリ ツキトメガタシ ネガノユクヘハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.58


02303
八方を ふさがむとして いつまでか 道のバラスを 敷き均らす音
ハッポウヲ フサガムトシテ イツマデカ ミチノバラスヲ シキナラスオト

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.58


02304
棕櫚の葉の 苦しきばかり 鳴る夜なり 地の果てまでも 行かむと告げよ
シュロノハノ クルシキバカリ ナルヨナリ チノハテマデモ ユカムトツゲヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.58
【初出】 『来陽』 1972.2 地の果てまでも (4)