さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

全短歌(10824首)

全短歌(歌集等)

花溢れゐき

 
たますだれ       人の名も        目に見えて       散らかせる       
鏡台に         変ることを       水替へて        仰向けの        
みづからを       店先に         何事か         客足の         
十年目の        その音を        入り口に        クレパスの       
地下室に        うとましき       囚はれの        蟻地獄         
伴ふは         目の前に        対岸は         くだりゆく       
喪の幕に        眠りゐる        毛糸の玉は       告げられぬ       
いづこまで       歌垣の         含みたる        唐突に         
上野までの       紫の          身一つの        
 
 
 

02103
たますだれ 咲く路地深く 住み古りて 今に雉子を 飼ふことも知る
タマスダレ サクロジフカク スミフリテ イマニキギスヲ カフコトモシル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.210
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (79)


02104
人の名も 本の名もみな 忘れたし 野いばらの香は 睡りを誘ふ
ヒトノナモ ホンノナモミナ ワスレタシ ノイバラノカハ ネムリヲサソフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.210
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (75)


02105
目に見えて 滞るごとき 時間あり 窓におりくる 蜘蛛一つ無く
メニミエテ トドコオルゴトキ ジカンアリ マドニオリクル クモヒトツナク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.211
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (11)


02106
散らかせる 部屋に入り来し 妹の 梔子の花を われに嗅がしむ
チラカセル ヘヤニイリコシ イモウトノ クチナシノハナヲ ワレニカガシム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.211
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (24)


02107
鏡台に 古き紅皿 しまひおく 姉の形見も 少なくなりぬ
キョウダイニ フルキベニザラ シマヒオク アネノカタミモ スクナクナリヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.211
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (76)


02108
変ることを 怖るる勿れ といふ言葉 若き日に読み 今また思ふ
カワルコトヲ オソルルナカレ トイフコトバ ワカキヒニヨミ イママタオモフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.212
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (1)


02109
水替へて ふたたび黄薔薇 挿さむとし 壼のうちなる 暗闇ふかし
ミズカヘテ フタタビキバラ ササムトシ ツボノウチナル クラヤミフカシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.212
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (21)


02110
仰向けの 髪つくづくと 梳かれゐて 地軸といふは どの方角か
アオムケノ カミツクヅクト スカレヰテ チジクトイフハ ドノホウガクカ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.212
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (22)


02111
みづからを 促して出づる ほかはなく 今朝は新しき 白の靴履く
ミヅカラヲ ウナガシテイヅル ホカハナキク ケサハアタラシキ シロノクツハク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.213
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (16)


02112
店先に 荷のほどかれて まろぶなか 濡れし馬齢薯 幾つまじれり
ミセサキニ ニノホドカレテ マロブナカ ヌレシバリイショ イクツマジレリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.213
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (5)


02113
何事か つぶやきながら 急ぎゐる 足音なれば 追ひ越さしめぬ
ナニゴトカ ツブヤキナガラ イソギヰル アシオトナレバ オヒコサシメヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.213
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (20)


02114
客足の とだゆる待ちて 少年の 同じところを 幾たびも掃く
キャクアシノ トダユルマチテ ショウネンノ オナジトコロヲ イクタビモハク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.214
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (24)


02115
十年目の わが犬のため 朱の色の 首輪サイズを 確かめて買ふ
ジュウネンメノ ワガイヌノタメ シュノイロノ クビワサイズヲ タシカメテカフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.214
【初出】 『形成』 1970.4 「無題」 (4)


02116
その音を たのしむ児らか 積まれゐる 土管一つ一つ 叩きて数ふ
ソノオトヲ タノシムコラカ ツマレヰル ドカンヒトツヒトツ タタキテカゾフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.214
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (9)


02117
入り口に 近くたちまち 崩さるる 絵本積むことも 仕事の一つ
イリグチニ チカクタチマチ クズサルル エホンツムコトモ シゴトノヒトツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.215
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (60)


02118
クレパスの 色を変へつつ 幼な子は 雲のかたちを 作りて倦まず
クレパスノ イロヲカヘツツ オサナゴハ クモノカタチヲ ツクリテウマズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.215
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (49)


02119
地下室に 小半時ゐて 気がつけば けものの如く 手足のよごる
チカシツニ コハントキヰテ キガツケバ ケモノノゴトク テアシノヨゴル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.215
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (59)


02120
うとましき 思ひもまれの よろこびも あらはに言ふを われは好まず
ウトマシキ オモヒモマレノ ヨロコビモ アラハニイフヲ ワレハコノマズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.216
【初出】 『形成』 1969.11 「無題」 (3)


02121
囚はれの 時間のなかに 疑問符の キイ叩くとき 強し小指も
トラハレノ ジカンノナカニ ギモンフノ キイタタクトキ ツヨシコユビモ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.216
【初出】 『短歌新聞』 1969.1 明日読む本 (3)


02122
蟻地獄 探しゐて出口を 見失ふ 怖れのごときを 今に持ちつぐ
アリジゴク サガシヰテデグチヲ ミウシナフ オソレノゴトキヲ イマニモチツグ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.216
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (48)


02123
伴ふは たれとも知れず 行く旅の 夢醒めて見ゆる 野川ひとすぢ
トモナフハ タレトモシレズ ユクタビノ ユメサメテミユル ノガワヒトスヂ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.217
【初出】 『形成』 1971.2 「無題」 (2)


02124
目の前に 湧きて殖えゆく 穂すすきの 遠き異変を 伝へてやまず
メノマエニ ワキテフエユク ホススキノ トオキイヘンヲ ツタヘテヤマズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.217


02125
対岸は 何の工場か 昼すぎて 壁の曇りの 消えざる日あり
タイガンハ ナンノコウバカ ヒルスギテ カベノクモリノ キエザルヒアリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.217
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (1)


02126
くだりゆく 坂の片側 月さして 泡だつさまに 砂利のかがやく
クダリユク サカノカタガワ ツキサシテ アワダツサマニ ジャリノカガヤク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.218
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (50)


02127
喪の幕に 仕切られて寒き 土が見ゆ 幾たび人を 葬りしならむ
モノマクニ シキラレテサムキ ツチガミユ イクタビヒトヲ ハフリシナラム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.218
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (8)


02128
眠りゐる 仔犬の耳の ふとうごき やがてとなりの ドアのあく音
ネムリヰル コイヌノミミノ フトウゴキ ヤガテトナリノ ドアノアクオト

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.218
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (33)


02129
毛糸の玉は やさしく膝へ 帰りつつ 妹に編む 青のストール
ケイトノタマハ ヤサシクヒザヘ カエリツツ イモウトニアム アオノストール

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.219
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (98)


02130
告げられぬ 病名を思ひ 出でて来て 繃帯まみれの 男に出会ふ
ツゲラレヌ ビヨウメイヲオモヒ イデテキテ ホウタイマミレノ オトコニデアフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.219
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (26)


02131
いづこまで 帰るやガラスの 指輪して 夜毎のバスに 落ちあふ少女
イヅコマデ カエルヤガラスノ ユビワシテ ヨゴトノバスニ オチアフオトメ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.219
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (98)


02132
歌垣の 夜のごとき月の くぐもりに 音をかさねて 落ち葉降りつぐ
ウタガキノ ヨノゴトキツキノ クグモリニ オトヲカサネテ オチバフリツグ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.220
【初出】 『形成』 1971.1 「無題」 (5)


02133
含みたる チーズの舌に つめたくて たはけのわれを うつつに返す
フクミタル チーズノシタニ ツメタクテ タハケノワレヲ ウツツニカエス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.220
【初出】 『形成』 1971.2 「無題」 (1)


02134
唐突に 木の実降る音 屋根に来て わが呼び醒ます 木枯らしのこゑ
トウトツニ コノミフルオト ヤネニキテ ワガヨビサマス コガラシノコヱ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.220
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (13)


02135
上野までの 一時間がほどに 思ひたる ことの大方 降りて跡無し
ウエノマデノ イチジカンガホドニ オモヒタル コトノオオカタ オリテアトナシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.221
【初出】 『形成』 1971.2 「無題」 (7)


02136
紫の サリーの少女 歩みたり ひさびさに行く 銀座のよひに
ムラサキノ サリーノオトメ アユミタリ ヒサビサニユク ギンザノヨヒニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.221
【初出】 『形成』 1970.11 「無題」 (1)


02137
身一つの 置きどころふと 韃靼の 踊りのなかに まぎれゆかしむ
ミヒトツノ オキドコロフト ダッタンノ オドリノナカニ マギレユカシム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.221