さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[ま~も]

もう一度地上すれすれに輝けり消えむとしたる花火なりしが
もう貨車も通らずなりし枕木をゆらゆら渡り子らは遊べり
詣でむにひるむ何かを身に持ちて思へるのみにいつしか終はる
猛毒と知らず摘みにし日のありきヤマトリカブト紫の花
毛布張りて遮光せる寮室にカント読み脅えつゝ夜を明かしつゞけき
燃えし日もはるかとなりてかりそめのたばこ吸へば君の香がよみがへる
もえそめし春草の土手歩みきて遠波だてる湖岸に出でぬ
もぎたての椎茸の傘はやはらかく手にこぼれたる木の皮匂ふ
木材の一立米(りょべい)・砂利の一立米(りょべい)いづれの重さも思ひ見難き
木道をたどりて行きて会はむにも座禅草水芭蕉花過ぎしとぞ
目標が見えゐるならむあひるの子歩むほかなし地上にあれば
モスコーはマイナス三度ホンコンは雨とぞ午前零時の気象
持ち上げて見て重かりし褐色の秋田の蕗は六本ほどか
持ち歩む花器の重さも耐へがたく老いて師匠をやめたりといふ
持ち歩き使ひたることのなきものを惑ひつつまたバッグに収む
餅草の繊維こまかく浮くも見て小豆つぶつぶほどよく甘き
持ちて耒し砥石に三丁とぎをへつ草を刈りはじめ忽ち早し
最も多きときも家族五人にて落花生の殻を剥きあひてゐし
もとの色を揺り戻しつつ咲くならむ秋の山吹花の小さき
求めたる日もおぼろにて房のある古き扇子をいつまで使ふ
戻り来てぬぐ地下足袋にはりつける紅こき山茶花のひとひらはがす
モネの絵の水もしづもり昼深し沖のヨットは戻りて来しや
もの言ふもうとましければ曇り日の夕まぐれ待ちてマートまで行く
物を書けば左手の方が疲るると指圧師は言ひ左手を揉む
物音の余りせぬころ短銃を撃つ音などのいかにひびきし
物音のまじりあふかと聞きゐたり人の声またまないたの音
藻のなかを漂ひゐしが電報の届く時刻と思ひて目ざむ
物の音きはだつ日にて道行けば霧に隠れて鴉は鳴けり
もののふが国の境を争ひし跡といへども熊笹の道
物はみな器々に収まりて冷蔵庫一つしんと立ちゐる
紅蜀葵(もみじあおい)咲くと誘はれ今日会へば年下の人も老い深めゐる
木綿糸を使はむとすればはたはたと紙の糸巻きの畳にまはる
ももいろのブラウスの胸のハート型かたちばかりのポケットがつく
ももいろの和菓子をかひて帰らむか界を隔てしはらからのため
もやうすくなづさふ夕べ帰り来て棘含む言葉忘れかねつゝ
盛岡生まれなどと書きつついづこよりころび出でたるわれならむ
森の絵の思はぬところに指のあり五本揃ひて風に靡かふ
森の秀の梢にゐたる何の鳥一気に下降す羽先すぼめて
モルタルの壁にひとすぢ走る傷住みゐる人は知らで過ぎゐむ
門限破りの常習と房監に言はれしが奈良坂の宵の灯美しかりし故
門柱に空蝉をのせておきしこと風の音する夜更けに思ふ
門の前が沼となりしは幾度目か二十五年をこの地に住むに
門の前に一日置かれてゐし車いつしかあらず雪降りしきる