さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[ま~も]

無意識の意識といふもあるならむ顔うつむけて歩む日のあり
迎へ火にまはりのなべて浮きあがりぐっと沈めるもののありたり
昔見し景のごとくに誰かゐて火を焚きてをり音も立てずに
昔よりも火の元などの安けきか夜回りのめぐりくることもなし
麦秋(むぎあき)と謂ひゐし昔ふるさとの言葉はなべてやさしくひびく
むぎわらのストローはつぶれ易くして青の濃かりしサイダー思ふ
向う岸にゐたりし一人立ちあがり煙草を吸へり何見るとなく
向かう向きに扇風機低く回しおき反転しくる風をたのしむ
向かうより来たる二台の自転車は橋を渡りぬ犬を待たせて
無言にて出で来しことの小気味さもいつか淋しき悔となりつゝ
むさし野の枯れ原に鳴く鴉らは昔ながらの音に鳴くらむか
虫喰ひの器なりしが電線にかぶされ欅もいつか伐られぬ
虫くひの薔薇のみ描きて置きゆきぬ人の思ひの一様ならず
無視さるゝ嫁の地位にも慣れゆかむとす夜半起き出でゝ日記書きつゝ
無人駅より出でくれば目の前に大きみ寺のありて木のなか
むづかしき介護と聞け度われとてもさまよひ出づる日無しと言はれず    ※
むづかしきスペルなりしを年を経て思はぬときに口つきて出づ
むだとなるコピーもとりて残しおく福事の続く予感がありて
睦月すぎきさらぎ半ば書架におくえとの羊もいよよ小さし
胸騒ぎ立ちて来にしが速達といへども火急のことにもあらず
虚しかりし日々よと言ひつゝ学徒動員の思ひ出の手記を君は書きゆく
胸重くさらばラバウルよと唄ひし日あり知らされぬまま乙女らの
胸に持つかがよひのごとし冷蔵庫に大きザボンを一つ持てるは
胸にもつ反感を示すこともなくわが職場日毎おだやかにすぐ
胸の透く取り口のあと来む世にも必ず力士にならむとぞ言ふ
無欲げに語りあへども時ならず人と人との境目も見ゆ
むら雲を脱けたる月は天心に影取りもどす地上の木々も
紫にけぶるハーブの花畑海を渡りて行くこともなし
紫の花いろ冴えて売られゐるは毒を抜きたるトリカブトとぞ
紫の花咲くといへ千振りといふ薬草をわれは恐れき
むらさきの房の鼓を思ひゐて何も見えなくなる日はさびし
むりに子を生まざりしかば水垢離をとることなどもなくて過ぎ来ぬ
むれなして浮きてゐるとも水鳥は一羽一羽ほどよき間隔たもつ