さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[ま~も]

身うちより出づる力に立つごとく立つ十二神将のなかの迷企羅は
見へ隠れにつきくるものを知りてをり曲がることなくこのまゝゆかむ
見えぬものは見えぬままがよしきこえよがしなどわれは好まぬ
見送るはつねかなしきにかりがねは空の遠きを思はせて去る
身を避(よ)けて生まざりしかば托卵のかなしみも知らず年更けむとす
実か花かくれなゐ見えて近づけば土用芽を噴く楓の若木
身代はりのわれがどこかにゐるごとしわれの噂を聞くをりふしに
見聞きして咎むる勿れ目の前はただほのしろき花びらの渦
三木の刃物越前の刃物よく切れて恐ろしかりき若きころには
右腕を大きく回し何もかも拭き消すごとく黒板を拭く
右腕と言はれてゐたる人のあと若き女性の秘書が来しとぞ
右にゆれ左にゆれてコスモスは揺れやむときのなきごとくゆれ
右の手にあふりて消さむ燭の火は予期せるものの如く瞬く
右の手のこぶしひらきて差し示すてのひらのごとしわが詠む歌は
右の目は左の目よりよく見ゆるとぞ塀のらくがきを読みつつ行けり
三国橋とふ架かりてしづかもののふが境争ひし日をしづめ
ミクロンの数値に語る画面見て目をほそめゐしわれと気づきぬ
見込みなき病といへどスプンにて計るほどには塩を使はず
未婚の日のわれに寄せ給ひし思慕のまゝ独りいますと風のたよりにぞ聞く
見定めむまもあらずしてとびゆけりわれのまはりをひと回りして
見知らぬ幼子にたのみて投函してもらふ向う側なる大きポストに
見知らぬ猫のすりよりて来る人のごとくに人ならば気味悪からむ
水いろの色鉛筆もて罫をひく机の上のなぐさめとして
みづからを責むるとも人を責むるとも失ひしものは帰ることなし
自らを使ふほかなきあけくれに意のままならずわれの下僕(しもべ)は
みづからを励ますとはめし指環ゆゑ誰もこぬまゝ暮れゆかむとす
みづからを乱して生きて身心の澄むを知りしは幾歳ごろか
みづからに言ひて人にも念を押し一切呑めぬ事にしておく
みづからの選びし村にあらねども浜に生まれて海女なりしとぞ
みづからの書きたる文章読みてゐて曇るめがねをいくたびも拭く
みづからの力に咲ける白薔薇のすがしさに君をよそへて思ふ
みづからの涙は手もて拭はむに芯曲げて歩めるさまガラスに映す
水櫛を使ひてゐしは何歳の母なよやかに両腕あげて
見すごしてゐたる一つぞ角盆は輪島の塗りに丹頂の飛ぶ
水差しの水満たさむと立ちくれば夕日あたれり厨の窓に
水仕事しつつ思へば病みてより歌はずなりにしミニヨンの歌
ミスジャッジ一つに狂ひ始めたる人生ありと誰にか告げむ
水溜まりをよけて耒たりし道の上供へられたる白菊に会ふ
水鳥の一羽浮きゐて灰いろの波の模様の羽根をたためり
水鳥の一つ一つの名も知らず共に浮かべるごとく見てゐし
水鳥の綿毛のやうな雪となる待ち人も来ず失せものも出ず
水の上に鵞鳥の親子六羽ゐてひなは毛深く灰色をなす
水の滾(たぎ)ちを白々と書く絵の中の兎は耳を立ててゐにけり
水の力を急速に抜くホース見ゆものの終はりの持つ寂しさよ
水の面のまぶしき日ゆゑかそかなる卍かさねてまんさくの花
水引の夜なりにしが子も今はままごと遊びをせずなりしとぞ
みづましは近き小川に知るのみに北上川の溢るるは見ず
水やりて何の花とも知らざりき野菊と咲きて狭庭にそよぐ
水ヨーヨーを吊りてあそびし仲間など昨日のごとし筒袖を着て
店の名のあまた知りつつ住み古りぬどこの犬にも啼かれずなりて
見たき本は積みたる下にあるが見ゆ三十冊ほどおろして届く
充たさるる筈なきものをブローチを衿もとにとめて夜の街に出づ
見たること無しと思ひゐて確かめずピアノの蓋にある蝶つがひ
乱れたる書棚なれども動かせぬ本のみにして溢れてしまふ
道を問ふわれに応へて泥の手に立ちたる人の老いにおどろく
満ち潮の夕べなりけむ隙をつくごとく這ひこむ水ありにけり
道しるべの石の立てゐし記憶のみありて妹も父母も亡し
道の上に投げ出されたる洋傘に降りゐし雪を長く思ひき
みちのくのすすきの原を忘れねば敵を持ちゐる強さと思ふ
道ばたに白衣とテント売る店のあることも知り見る毎にわれの驚
三日目となりて薬も効き耒しやたちくらみせで立ちあがりたり
貢ぎもの持ちて渡らむ日のありや玄界灘に夕日が沈む
見通して紙背に及ぶこともあれわれは今なほ見ざらむとする
身とこころちぐはぐにゐるあかつきに早くも蝉は鳴き出でにけり
身とこころ離ればなれに球形を崩してたんぽぽの穂綿は飛べり
認め印薄らに捺して受けとりし封書名画のカタログなりし
緑いろの空き瓶がやうやく流れ着きあとはこまかき木ぎれの類ひ
緑色の大きボードに向きて書くちょーくの音を確かめながら
緑色のマニキュアをせる両の手がいたく目立つと見て通り来ぬ
みどり児の帽子編まむに純白のモヘヤの毛糸膝あたたかし
みないづれ塵泥(ちりひぢ)となりてゆくものを音はじかせて能の篝火
みなそこの深き摩耗も思ほゆる狩野川の瀬音覚めて聴きつつ
水底はいたく明るくくれなゐに鳥居と思ふ形見えたり
水無月祓へに参る人らに賑はへり古りし花あるいつもの道も
南風に吹かるる木々を見てをればそれぞれに白き葉裏を返す
身に浴びし反感にさとくありにしがひと夜さを経て立ち直りをり
身に余る願ひなれども玄関の鍵しめてくればややにしづまる
身に余る願ひなれども持ち古りて今年の春の牡丹も終る
身に近く蝗のゐしが足弱のわれを残していづくまで跳ぶ
見ぬふりをしてゐつれども耳打ちをしてつと離れし人のありたり
身のうちを縦に鋭く貫きて絶えまなく打つ滝を見てゐし
身の限り欅は枝を空に向け声を限りに芽ぶかむとする
身の芯をまっすぐに保つといふことの数分の時間の誤差はありにしが
実りにつれて稲田が重くなるといふ百姓に老いて不幸にあらず
みのるにはややに遅きか黄の色をあざやかに置く南瓜の花は
み冬来て清められたる蓮沼のただ黒々と潟をなしたり
み仏の大き足型いつの日も浅々に水を溜めて澄みゐし
み仏のためならねども花の香の香(かう)を炷きたるひと日ぬくとし
み仏も淋しからむと雨のなか遺影のそばを友は離れず
み仏は胸をゆたかにおはしたりよりごのみなくみそなはすらむ
見回せば他人ばかりの顔のなかうながしてわれに帰る家あり
見回せばまはりのなべて色濃くなれり今何がわれを去りしや
耳立てて兎に林檎はむきくれし母を思ひぬ林檎むきゐて
耳遠くなりたる母よ訪へば日当る縁にひとりゐたまふ
妙なところに五本の指の立つ絵にて枝のごとくに風に傾く
弥勒像のきよきほほゑみに惹かれつつ中宮寺いくたびわが詣でけむ