さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[は~ほ]

バーベルを振りてゐたりし少年もとびかひてゐし言葉も消え
ハイウェイの霧の中耒てサンシャインのビルは思はぬかたに見えくる
ハイウェイの高さに今は桐の花咲く幾年か過ぎて通れば
バイエルよりソナチネに移るころほひか諦むることを少し覚えき
配給の岩塩は土の色をしてみな土いろに夢に出でくる
配給のパンも珍らしく今日は白しとよはかなき事によろこびを持つ
背景を右へ移して菜の花の黄の懐かしき季節となりぬ
背後より迫りきたれるバイクのライト一瞬に抜かれて安し
背後よりわれは押されて五ヶ国語修せむと思ひ詰めし日ありき
灰皿を気遣ふことのなくなりて外に出でむとして惑ひたり
灰皿を確かめて出づる習はしにコートのままを引き返したり
ハイビジョンとなりし画面に人は去りラベンダーの花咲きわたりたり
ハイビジョンとなりたる海の画面よりいつの間にわれひとり消えたる
這ひ松を砂丘の果てに置く構図死の前の絵と知れどさびしき
梅林に漂ふ香とはほど遠き白梅を嗅ぐ枝ひきよせて
歯を立てて寄せくる波の間隔は時計のやうには正確ならず
葉隠れに苺の花は咲き残り青き実のまま摘まれてゆきむ
はがくれに白き苺の花見れば思ひ切り咲く花と思へず
墓土に萌えたつはこべ抜き来しが母のはげしき性継ぎ得るや    ※
はかどらぬ仕事に倦みて指先のささくれなどの気になり始む
はかりごとなどしてゐしにあらねども道は一気に葉桜となる
萩の咲く寺を探せり折り目よりうすれし地図の道をつなぎて
掃き寄せし竹の落ち葉を焚きてゐて影なきものも燃やさむとせり
歯切れよく応ふることもなかりしと迷はずに言葉を詰めて帰り来
履く靴の両足にゆるくなりてゐて旅立つ思ひをやや寂しくす
白日の道より帰る家のなか盆灯籠が回りてゐたり
白濁となるまで壜を振りてより朝のローション掌にこぼす
白鳥座のつばさ大きく野の上にゑがきゐたりき少女の日には
白木蓮咲かせてゐたる小鳥らも悉く去りもどるしづけさ
舶来の香水のなか身に添ふと思ふ香りは惜しみて使ふ
箱型の校舎の建ちてゐたる日に二階の窓より見し合歓の花
箱庭といふを作りて砂を積みトンネルを通すよろこびありき
バザールのワゴン囲む手の中に紫いろのマニキュアをせり
鋏を立てて咲く花のあり分厚なる葉にかこまれてうす紅く
はじかれしボールのゆくへ追ひをれば思はぬかたに昼の月浮く
橋の上を渡る二台の自転車は輪を光らせぬ水の反射に
橋一つ渡り終へたる目の前に奇形の雲のながくとどまる
はじめからのひとりもよけれ外つ国に子らを散らして嘆くを聞けば
はじめから離ればなれといふごとくとび散りてゆくたんぽぽの綿
はじめから紫と決めて買ひにしか水中の花たちまちひらく
始めからやもめの相(さう)は持ちゐしと古稀近きわれの顔見て言ふ
はじめての冬を越したるみどり児のケープをはじく手のくれなゐよ
はじめより終りまでつひに抵抗をせざりしわれを人はふと見つ
はじめより企まれゐしことならめタクシーを待つ三寒の朝
芭蕉布の粗き手ざはり恋ひて言ふ媼とゐたり南国展に
バスを待ち杭のごとくにゐたる身のよみがへりたり髪を吹かれて
バスを待ち凭るるものもなくをれば糸引きて雨は菜の花に降る
バスを待つこころを不意にゆるませて花の荷を解く人は路上に
バスを待つ背後に大き月の出づ狂はずにゐることは強きか
バス降りし思はぬ寒さスカーフをかぶり直して耳までうづむ
蓮沼とわからぬまでに平らかに黒々として水のありたり    ※
旗を振り笛を鳴らすは女性の仕事黄の旗なればどこまでも見ゆ
はたはたと小さき蝶がむらがれり過ぎて来しよりまつはりやまず
働きて得たるゆとりもつつましく買はれゆきけむ目無しのだるま
働きて気丈に生き来し三十年ほかにどのやうな生き方ありし
働きて過ぎし月日もよしなけれ無学を嘆く思ひは尽きず
八幡さまのお札を拝み年の酒父より受けて幼かりけり
ばつさりと着る何か欲しき日病みてゆくこともかなはざりしか
八方を塞がれてゐる身も夜は霧のまぎれに飯炊ぎつゝ
馬蹄形に構へればまん中があくといふ落ちしボールを拾ひ得ざりき
花終へし梔子の葉のふかぶかと茂るを見れば雨季も過ぎなむ
花終へし蜜柑園の山のほとり蜜柑の匂ひがかそかにしたり
花菖蒲の白のつぼみのひとつかね葉のかさなりは露をこぼしつ
花束も片付けられて今有らず三叉路の事故も忘られゆかむ
花作りをなりはひとする部落あり静かにバスに揺られて通る
花時計がパンジーを指す午後三時ゆるやかになりぬ人の流れも
花閉ぢて萼の緑の色をなす睡蓮一顆ただ水の上
花の絵のダンボール箱届きゐてフラワーショップまだ朝明けず
花の香の立つこともなく枯れ菊を抜きて括れる傍らをすぐ
花の切手選びて貼れば明るめる今日の思ひも伝はるらむか
花の咲く枝の如くにひろがりし角を持つとぞ深山の鹿は
花の名は「草の王」とぞ茎と葉に毒を含めばかく言ふらむか
花の匂ひ食物の匂ひと嗅ぎ分けていまだわが持つけものの部分
花一つ衿に飾りて街に出でつゝ表情にさへ虚無は翳りつ
花火の夜の何かひそめくくらがりに子らはさざめきボール蹴りあふ
花びらの先を細めて冬桜さだかに桜の花のかたちす
花びらの裂け目の如く思はれて古りたる傷に触るることあり
花びらのもろくうすきは幼くて知りしよと藍の朝顔を見つ
花びらも緑色帯ぶ日にすかし萼緑なる白梅見れば
花びらはかすかに湿りを帯びてゐつ吹きだまりの上を右手に押せば
離ればなれにありにし鳥のましぐらに相寄りて森の彼方へ沈む
花は赤と言ふ妹に白かひゐて何いろとわれは告げずをりけり
葉の先をゆがめて巻きて薇(ぜんまい)はまだやはらかに綿をかぶれる
はばからず鳴きて地球に最後まで生き残るのは鴉か知れず
はゝそはのもとに帰らん日となりぬ消えしランプを一つ抱きて
はばたきて昇りゆきたる鳶一羽十字をなして翔ぶことのあり
阻まれて堰かれて折れて太りつつ濁りましゆく川の如しも
母よりのかたみに思ふ年を経て刃物を使ふときの祈りは
省き得る限りを省きくらしゐて黒胡椒の瓶もいつしかあらず
浜名湖をすぎし車窓に稲熟れて尾州平野も秋深からむ
破魔矢売る社務所賑はひはればれと知れる乙女のまじりて坐る
はみ出でて見えゐる房は仔猫の尾電車はまもなく終点に着く
はみ出して歩むといふもたのしけれ三人つれだちはじめての町
早馬を駆りて告げしは何ならむ壬生狂言の日も過ぎてをり
駅路(はゆまじ)を夜更けに立ちて行きたりと火の見の人の告げて去りたり
払ひ切れぬ畏れありしや鬼の棲む安達ヶ原は母のふるさと
薔薇園も今は作らぬといふ会ひがたき人となしたる経緯のなかに
洋傘(パラソル)を閉ぢれば違ふわれとなり思はぬ方(かた)に声の散らばる
はらはらと見てゐる亀の玩具なれ電池も残り少なくあらむ
ぱらぱらと降る春の雨北米のアトランタ知らずいづこも知らず
針供養のあととぶらへばももいろの京の和菓子も供へられゐし
張りつめし氷となる日もなく過ぎて春分の日の光るさざなみ
針と糸も忘れずに旅の荷に添へむ雲間に細き夕月うかぶ
はりはりと音を立てつつ岸辺より白く凍りてゆく川ありき
針山をととのへをればA型の気質といふを母も持ちゐき
春一番のあとの幾日また寒く痛む膝から醒めてひととき
春をよぶ疾風の中を帰り来てタオルをひたす水もぬるめる
はるかなる国を思はしむマイヨールの彫刻の絵はがき今日は届きて
はるかよりかあんかあんと音のして雲を片寄せ鉄骨組まる
春さらば癒ゆると信じゐる心いたましと友の母泣き給ふ    ※
春されば圃場の苗木もそれぞれに花付けてをり梅・桜・桃
春なれば九谷に変へむと糸底まで清めて蔵(しま)ふ仏の湯呑み
春の雨降りつづけをり肉体の端より錆びは始まる如し
春の歌舟歌子守歌無言歌のなべてを弾くと励みし日あり
春の野も秋の野冬の野いづこにも一縷の水のありし思ひす
春の夜の薪能こそかなしけれしをりてシテの泣けるを見れば
春の夜の闇と思へど街灯の下のアスファルトの黒はけだるし
はるばるとゆく特急の電車発ちいくたびひとり取り残さるる
はろばろと冬の渚となりゐたりみぎはの石は白く乾きて
半音階追ひ詰むるやうに弾きゐしが黒鍵はつねに右に影置く    ※
ハンカチをくはへて清水に手をひたす少女らしさを友の子は持つ
藩公の墓のある道イーゼルを畳まむとしてゐる画家に会ふ
播州の国三木の刃物のよく切れてまだやはらかき餅を切りにき
バントして駆けゆく見れば背番号に4をつけたる外人選手