さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[な~の]

匂ひなき花の白さを活け替へてしなだれ易しトルコ桔梗は
匂ひよき宵のロベリア朝の芥子小窓に据ゑて偲ぶ日は耒ぬ
仁王様はいつも口あくと見上げたるわが髪直し母は歩みき
二オクターブ出でゐし声を覚えゐてミニヨンの唄歌はむと言ふ
二階なる戸袋に雀の巣ありたるのちもけもののにほひ
二階にも誰もをらぬを確かめて降り来て眠る夜々のならひよ
二階より階下は涼したひらにて淋しきひと日くれゆかんとす
賑やかに帰りゆけどもかくも固く水道の栓を締めたるは誰
握りゐし何とも知れず洗ひをり指を一本づつにほぐして
握りしめてゐたる拳の一指をひらきて見するごときわが歌
荷くづれを半ばに走るトラックの下りの坂にかかる危ふさ
肉体のうしろも前も寒ければ寒しと大き声してめざむ
憎みたる怨みたる日も遠くして廂にひびく夜のいかづちは
逃げ馬といふ馬のあることなども辞書を引きて得る夜のたのしみ
逃げまどふ赤鬼はただあはれにて川ある方へ去りゆきたり
荷こぼれの小石足にころがる何ほどのことにこころを乱しゐて
西風の季節となりて市庁舎のチャイムと気づく幾日か経て
西口にデパート建ちてこの町の人の流れの変はりしといふ
二時間づつに区切るひと日の短けれ医師の指図に抗ひがたく
二時間は長かりしかな円卓の上座と知らず掛けてしまひて
西陽差すひとところ櫨(はぜ)のもみぢしてバス行きしあと近付きて見ゆ
二十三夜待ちの寄りあひぬけ出でて発ちて行きたる二人づれあり
二十度を切ればたちまち寒くなる肘を庇ひてもう少しねず
二十年会はずに過ぎし人ながら九十四歳の死を今日は知る
二十年経しダムの上太陽は櫓の影を回して渡る
二十年前とならむか宴闌けてさんさ時雨を唄ひたまひき
二十米のセロテープ忽ち終れども使ひ捨てといふ器具に馴染まず
二節目の歌詞思ひゐて眠りたり「真白き富士の根(ママ)」共に唄ひし
荷台より手荒におろすガスボンベ見てゐて胸の透くにもあらず
日劇のブギをきゝてもなぐさまぬこころ一つが理を帰り来ぬ
日常をのがるる如く今日は来てめをとの滝といふを見てゐる
日光より月光菩薩の手が佳しとわがままに南都の寺はめぐりき
二年余りすぎて思へばひとりゐに知れるくさぐさまぼろしめけり
二の腕の痣のぞかるる思ひして長かりし夏も終らむとする
二の腕の傷の渇きてゐる見ればわれに残れる自然治癒力
二匹とはをらぬ蛙を彫らむとぞ彫り師なるゆゑ材をえらびて
日本語を話してゐたる外人の不意に叫びし太きドイツ語
日本中が聞き耳を立つる夜ならむみそかごとめく政治のことも
日本中が貧しかりしと言ひ合ど不幸を嘆く思ひは尽きず
日本の秋を思はす雲流れウィンブルドンのテニスも済みぬ
柔和なる孔雀明王蝋の灯を左右に受けてゆらぎいませり
二両のみの電車は遠く目の前に大きみ寺のありて木のなか
庭池に螢のとべるたつきなど明日の日を怖るることもなくならむ
鶏とともに地上に在るゆゑに鷲か何かに見張られをらむ
人間のゐると思へぬまでに暗き絵を描きて描きたかりしは何か
人間の立つる音にて聞こえくる断続音はみなリズム持つ
人間も機械のやうにこはるるときしみて骨の鳴る夜は思ふ
人間は大方暗し白鳥や鶴の報恩伝説のなか
人間はみな角を持ちて描かれをりバイカル湖の岸の古代遺跡に
忍従を徳として来し姑ゆゑに老いの頑なも許さむとしつ
人参を好むときめてゐてよきか振り切りて走る芦毛の馬は