さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[た~と]

低音を奏づる弦をひびかせて死者の夢のみ見て夜の明けぬ
鼎談の写真に笑みておはせどもこの年の瀬にもはやいまさぬ
テーブルの坐りの悪き音たちて議事の前よりこころさわげり
テーブルの坐りの悪きゆゑとして冬芽ととのふ沈丁の木は
テーブルの白布一面明るくてコーヒーを待つ思ひととのふ
手を浄め心をこめて掬ふとも売子木の実はただの木の実にすぎず
手を振りて足上げて確かめて歩むある日のわれの不確かにして
手紙書かば何か思ひもほぐれんと文書けど終えて尚も淋しく
テキストを見て作りしとひなげしの造花は青きつぼみさへ持つ
鉄いろの機関車は鉄いろの貨車・客車牽きて渡りき刈り田の上を
デッサンを半ばのままの傍らに等身大のヴィーナスの像
デッサンの半ばに没すと聞けばそばだつどのやうに立つ木なりしや
手掴みに何を攫ひて行きにしか白磁の皿に残るしづけさ
鉄の指をいっぱいに挟み材木をつかむ機械を埠頭にて見し
手と足の自由のきくをよしとして立ち直りゐる寝起きのわれは
手に負へぬ日は忽ちに来むものを抱き上げては海を見せゐる
手に固く握れる雲のごときものコントラバスほどにふくらむ日あり
手のなかのほくろは凶と知りをれど知りて何せむ術ありや
てのひらの懐紙にとればかそかに匂ひたち花びら餅はうすきくれなゐ
てのひらの筋悉く藍に染み国宝にまで至れよと思ふ
手の指に波の出づるは凶といふ凶と言はれてもどうにもならず
手の指の繃帯のことを問はれては趨勢はわれに傾かざらむ
手配書の壁に貼られて追はれゐる人はせつなく駅を出でけむ
デパートの休業の日と気がつきて何がなし呼吸が楽になりたり
手びねりの名器と言へる花入れにとっぷりたまりありしくらやみ
手風琴の弾き語りとは寂しきにヒマラヤ語にて皆笑ひをり
手袋をはめむとしつつ指ぬきの皮の匂ひのかすか残れる
手袋のまゝの右手に左手もそへて息かけバスまつ少女
手より手へ渡して互みにのぞきあふうすくれなゐの貝のひとひら
テレビ切りて身支度しつゝ商品の名称にしばしとらはれてゐつ
テレビドラマ終はらむとして揺れながら雨に打たるるハイビスカスは
電送受像機(テレファックス)の閃光のみが点りゐむビルを思へり帰り来てより
電気鉋も昼よりひびく夜遅き工事の音はわづらはし
電球のほわっと点りゐたりしが覚めては何の夢と知られず
電源を切りし真闇にゆれのこる糸のごとしも心といふは
天候は如何にありけむ六階より飛びて果てたる人を忘れず
展示室の隅に活けられ穂すすきのうごかずありしことの思ほゆ
天水をたくはへて今も炊ぐとぞ島の暮らしを歌にし読めば
伝説のままに生みたる子を置きて去りし白鳥なりや羽根降る
電線を埋めて昔に戻したる宿場の町に春の雪降る
電線のひとすぢかすかに撓みたりあをあをと降る雨を見をれば
電池の切れて動かぬ亀を幼子はしばし見てゐて見捨てたり
電柱の蝉ともテレビの蝉かとも分ちがたくしてしきりに啼けり
天敵を避けねば危ふきわれならむ一夜(ひとよ)に幾尺づつのがれむ
点滴のをはるを待ちてをりにしが告げず帰りき告げでよかりし
点々と小さき炎あげて咲くアロエの花の群落見たき
店内はけぶたき男(かれ)と知りをれどいつもくぐもる花屋のガラス
伝票の取り合ひをしてたのしけれ女三人デザートのあと