さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[た~と]

小さき自己も生かしゆくすべ求めむと夜更かして書く長き日記を
小さき主張も持ちつゝ坐る間もなく家事に追はるゝ
小さくて朱肉の要らぬ印判を忘れずに入れてバック提げ来ぬ
小さめのサイズ贈るが礼儀よと言へるを見ればセーター売り場
チェーンソーのひびきとまりし山の奥このしづまりのただごとならず
地下街は地上の町より明るくてチワワ一匹曳かれてゆきぬ
近くあらば香にたつならむゆすられて大根の葉のさやかに青し
近づきて来し飛行船はわが真上に地鳴りのやうな音を立てゐつ
近づきてシクラメンの鉢と知る石段に並ぶくれなゐ丈揃ひ
ちかちかと何か光れるかたまりの如し裸木にゐる小鳥らは
近ぢかに死ぬのなら用のなきものを夏服のボタン付け直しおく
地下鉄の駅の迷路を歩む日もなく愚かに老いて蕗摘む
近寄れば少しひろがり灰いろの靄掲げゐる南天の花
千曲川の歌うたへばふと涙湧く少女のわれに帰るよしなし
地上の星と見て行く夜の風景を不意にかき消す防音壁は
地上よりも明るくともす地下街に売られゐて青しりんだうの花
地上よりも影濃き夜の地下街に灯ともすごとし万両の実は
地上より夕日差し入るつくばひに白き玉なす八つ手の花は
父と母と並びてほどよき身長と背後より見し幾つのころか
父亡くて育ちしゆゑか妹の笑顔にさへもさす影のあり
父母を㐂ばせむと休暇毎に行李に本を詰めて帰りき
父母の如何なるときか小屋建てて卵を生まぬ鶏を飼ひにき
父母の亡くて久しく理由など知らずに守りゐる掟あり    ※
父は亡く母老いし今われを頼る妹のためにも早く癒えたき
父も母も昔びとにて屋の内に火の気の無きはわびしと言ひき
地に降りて意外に多き数となり雀はしばしもじつとしてゐず
地の上の凍てゆるませてわれのたつほとりに花の俵をほどく
地の星と見てゆく夜の風景を不意にかき消す防音壁は
着水の瞬のしぶきは低くあがれる真鴨軽鴨まぜこぜにゐて
宙空に吊り輪二すじしづまれりやがて始まる修羅待つごとく
中座して帰れる人も寒からむ雪の匂ひすドアとざすとき
駐車場を出で来し顔に見覚えのありて思はず声をあげたり
注射せし痕が日暮れは痛むとかB剤を又買はねばならぬ
中毒にかかれるは煙草のみならず辞書を引く机上拭く鉛筆を研ぐ
中途より鍵のありかの思はれておちつきのなきわれとなりゐし
中腹に学校ありてトラックは家並みの上をかすめてかよふ
中腹まですれすれに盆地の家並みうめつくし人知れず去る夜霧もあらむ
チューリップの終りし畑はまた猫の憩ひの場となりしとぞ
朝鮮の半島の西をとび渡りてなべづるは北へ帰りゆくとぞ
彫像も塑像も濡れて天幕を打つ雨音の次第にはげし
てふてふのとどまらむとしなめらかな石を選ぶといふにもあらず
長男として帰らざりしわが父は流浪の公務員として果つ
蝶もとんぼもこはくてわれはひとたびも虫ピンといふを使はずに来ぬ
朝礼の列をかすめて飛びゐたる燕思へば前世のごとし
直接に言ひたきことを言はずしてをはるひと世のしづけさもよし
散りぎはの売子木の花見ず今年の夏は窓をあけぬ幾日のありて
散りすける林を抜けて父親のあとを走れる子供自転車
チンゲンサイの束をほどきて下向きに刃物を使ふまないたの上