さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[さ~そ]

誠意なき教師の記憶少女期の思ひ出に残る汚点の如しも
青眼の構へといふを教はりき遠き戦時に女学生にて
斉々(せいせい)(ママ)と見えゐし蔦もずたずたにもつれて冬の枯れ草をなす
西太后の絵をながめつつ教科書に東洋歴史習ひし日あり
生蕃のやうにわめきて目醒めしが換気塔なる現も暗し    ※
制服の少女らひろがりて登りくる背後に春の海光る坂
西部劇の保安官に似る選手をりローランギャロスのテニス見をれば
聖夜劇始まらむとし白々と塗られて児らの天使のつばさ
せかされて麻か何かを綯(な)ひゐたる夢より醒めて疼く手のひら
せきあへぬ思ひのごとく八方に葉を吹き飛ばす欅大樹は
堰こえてはねたる魚と思ひしに木の葉のごとく水にただよふ
赤沈の結果待ちつつ母を思ふ悲しませたくなし老い母を
石庭をかたどる小さき庭のあり白くこまかき砂敷きつめて
セスナ機は音粗く行き顴骨を刺さるる如し雪の反射に
設計図に花置く隅を探しゐて隆起せる浄脈を手に見つついて
舌状の花びらあまたよせて咲きたりやがて真っ赤になりて醒めゆく
説明はつきがたしとぞ南国のカーニバル見て耒し少年は
瀬戸物のおもたき日あり東京の病院より帰りて向かう夕餉に
背に徹る痛みの如き悲しみを諦めむとし幾日か経し
背の高き一人まじれる少女たち勢ひのよき言葉を交はす
背伸びしてドアのガラスを拭きゐたり赤のランドセルも下車してゆけり
背伸びして届かぬものの殖え来しと五分遅れの時計直しぬ
世評にもめげずして創作を続けゆく君ゆゑわれも堪へむと思ふ
せまき部屋のむしろこまごまと暖く灯ともして待つ夫の帰りを
迫りくるけはひを知りて逃げまどふ魚なりしかば醒めてもうろこ
芹の香を厨に刻みゐたりしがつねの夜のごと机に向ふ
セルロイドに近き手ざはりのコピイ紙に切らるる指の傷と気付きぬ
ゼロックスの若き職員今日は耒てトナーを替へゆきにけり
戦況の不利を聞きては佐保川に身を沈めなむことも思ひき
繊切りの牛蒡は弓なりにそりかへり白々とせりさらしておけば
洗車台はぐぐつと動きひと思ひに清め上げたる車を押し出す
船上にビアガーデンがたつといふ異国のごとし隅田の川も
全身を和毛(にこげ)に覆へる犬ながら小さき耳を二つ立てたり
全身の冷ゆるよりなほかなしくて左側のみ冷えてめざめぬ
全長の短き川とぞ大雨に忽ち溢れ忽ちに引く
疝痛の苦しみといふにあらねどもまなくときなく動悸してゐる
尖頭が夕空に立ち変はらぬを佳き事として思ふならずや
先頭のをんどり一羽若冲の絵のやうな真赤な鶏冠(とさか)を持つにもあらず
千日行の行にいのちを落とすとぞ避けて通りて今をわが在り
鮮明に呼ばるるわれのフルネームどこか遠くへ行きゐしものを
前面に闘志の出づるよはひよと高々と揚ぐるトスを見てゐつ
染料の藍と覚えゐて犬蓼に似てしだれゐるくれなゐの花