さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[さ~そ]

水煙をかすめて雲の飛ぶ日なり地上のことのいつしかあはし
水死せしわれのうなじに貼りつける髪のしづくの背筋を伝ふ
水準儀に一人づつ立つ男ゐて護岸工事が始まらむとす
水深のわかる地球儀ありといふ中心に灯の点る仕掛に
水中花青きつばさをひろげたりグラスの壁をおしひろげつつ
水田を守る五十年間闇米にうるおひしころはわづかなりとぞ
吸取紙に逆さの文字の残るさへ気にして書きし恋文ありき
すひなれて指のしぐさもつくりつゝ一人更けゆく春の夜の月
吸ひ飲みの水を夜毎に置きて寝て使ふ夜なきをたのまむとする
水平の視線に何を見ますらむ道祖神は並びて立ちて    ※
水兵服の大き遺影を掲げおく居間なりにしがあとかたもなし
水面に石投ぐる遊びももうしない子供らとなりスニーカー履く
水面に何あるならむひとところ裂けて吹かるる芦群を見つ
睡蓮の終はりし水に生き残りかすかに泡を立つるもの棲む
吸ふ息の電話に洩れてあきらかに病みゐる人の声ぞと思ふ
数行の文章のなか怖ろしくなりて見てゐる「無」といふ漢字
数篇のコントを書きて送りしが稿料の来るを夫は待つらし
スカートをたたみて枕もとに置きある夜はさびし眠ることさへ
スカートをふくらませたる人形をそのまゝにおく妹の部屋
姿無く生くるといふことを思ひゐし息切れてわれは階段のぼる
すかんぽもあとしばらくかさりげなくつなぎて畦の道はつづけり
すぎてゆく時間の早さ噴水がタイルを叩く音の乱るる
過ぎてゆく速度も存在即罪と歎きて経たる日ありき
すきとほるパックに桃いろの何かのせつめたくなりしひるげが届く
すくと立つ東の塔は思へども肩のパッドも重くなりたり
少しでも美しく撮られたいからとカメラマンとの二時間なりし
雀おどしのテープを伝ふひとすぢの光と見えてまた裏返る
雀二羽遊びごころに前に跳び脇に跳びして玉砂利の上
スターマインと呼ぶ花火ビルを覆ひたり爆裂音がややありて着く
素通りをするほかなくて過ぎゆくに角を曲がれば古書店のみ
ストックの花とは言はず指触れて紫羅欄花(アラセイトウ)と教へたまひき
ストローの色が三人みな違ひバナナのシェークは吸はれてゆけり
ストロベリーシャーベットといふに声あげて見しが若くはあらず
砂などの殖えゆくこはさ身に持てば鋏を立てて咲く花のあり
砂の上に取り落したる巻尺は砂をかぶりて尾を垂らしたり
砂ぼこり一瞬にしてをさまりぬ撃ち落とされし騎手はうごかず
砂山の二つある曲譜妹は山田耕筰の曲を好みき
スピーカーに流れて「流浪の民」の唄リクエストせし人はいづこか
スプーン型の花びら幾つ陶片の白きを土に置きたる如く
スペインの画家の名思ひ出せぬまま東京駅に着きてしまひぬ
スペインの選手は小さき瓶を振り何か秘薬の如きを嚥みぬ    ※
スペインまで絵を見にゆくといふ安曇野のローランサンもまだわが見ぬに
スペインは絵を見むのみの旅と言ひゴヤの絵はがきわれに届きぬ
スマッシュは芝を穿ちて弾みたりくやしまぎれの打球の如く
隅田川はゑぐれて流れ元禄の地図に確かに芭蕉庵あり
炭火匂ふ部屋に待ちゐて口約のむなしさなどを思ふみづから    ※
住み古りし顔となりゐむ朝戸出に会ふ幾たりと言葉交はして
住み古りし町と思へば夜の闇を光りつつ飛ぶ草の絮あり
澄む待ちて最後の骰子を振らむとす何れも同じいのち懸くるは
すり切れしすそひきずりて吾よ今朝はラ・パロマなどを口ずさみ居ぬ
すり切れてショパンの譜ありて時の間の脳裏をよぎる若きのぞみなりしか
すれすれに盆地の屋並み埋めつくし知らぬまに沈む夜霧もあらむ
スロービデオの技術といへど白馬が夜の林を抜けゆく場面
坐りゐる顔の高さか間をおきて滴を垂らす水道栓は
坐りても寝ても覚めても脱けられず枝をひろげしわが体より