さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[か~こ]

経験の乏しきわれはさまざまの人の嘆きを嘆きつつ聞く
軽微なる地震といへど日を継ぐと聞けば南の島の思ほゆ
鶏卵は茶色がよしと人も言ひつまびらかには理由を知らず
渓流に幾万の稚魚を放つとぞ鮎の香をきく思ひに聞けり
競輪にあぶれたる者さまよへば危ふしと人ら語らふ
競輪に行く人ら群れてわめきゆく横切りかねて辻に立ちゐつ
競輪の帰りの祥を堰きとめていかなる悪がそそりゐる声
ケープタウンのあたりより来し樺いろの大き花見て名を忘れたり
ケープタウンの沖に沈みてゐし壺は魔除けと謂へる蜥蜴文持つ
ケープタウンのまたその南の岬とぞ傾きて回る白のヨットは
消しゴムの見つからぬ日と次々に幾つも出づる日とありにけり
消しておくテレビの持てるスイッチの円形はみな同じ大きさ
夏至の日もいつしか暮れて深々と眉にかぶさる少女の髪は
下車したる途端に思ひ出だしたりフランスの彫刻家マイヨールの名
化粧品のビルなりにしが今日耒れば三角形の小さな空き地
結局は農家に嫁ぐこととなり追ひつめられて今坂の上
欠航に忽ち孤立し四月分の新聞がまとめて届く島とぞ
月末に入れかへて置く絵はがきの鳥毛立女はふつくらとせり
月面に人の立てたる旗などは如何になりゐむ年月古りぬ
毛の国の国の境の羅漢寺のけぞりて笑ふ羅漢もおはす
毛の帽子かぶりて眉のかくれたる顔があらふ鏡のなかに
毛の帽子まぶかにかぶり帰らむにいまだ灯ともす隣のビルは
ゲリラ戦なほありと伝ふる奥深く宵の明星輝き出でぬ
弦楽の冴えざえと鳴る朝なれば表面張力といふも危ふし
玄関をうしろに立てる明るさは何かを捨てて出で耒し如し
玄関の戸が大きければ押して入る人は一瞬ちぢまりて見ゆ
玄関の人形の辺に挿しおきし雪柳の花散ればよしなし
玄関の花をフリージアに挿し替へて亡き妹の今日誕生日
原稿を取りにしばしばゆきしころ武甲山はまだ美しかりし
県境の町は忽ち暮れ切りて久々に仰ぐ漆黒の空
原産地コロンビアあたりと聞きし花妖しき花の名を忘れたり
原子雲の如くひろがり鶏頭は夜の苑に黒きかたまりをなす
現実と理想と不意につりあふごとく眠ることあり錯覚ならむ
現実に見たる如くによみがへる地に叩かれて燃えし提灯    ※
現実は温室ならずと夫の言ふ不満洩らす吾をいさめて
剣術に長けゐるも知り日本刀の手入れする父には近付かざりき
原子力発電を問ふアンケート迷ひゐるまに日が過ぎてゐつ
県政を担ふといへど羽振りよきは十年ほどにてみなほろびたり
眷属の煩はしさよりひとりがよしと外国へ子はみなゆきて
現物を見しことなきに知りてをりまさかりと謂へる杣の道具を
現物を見たることなく知りてをりおのが持つ表を共に割らむ
県北の町へ行きゐて昼すぎの烈しき雷雨知らざりしとぞ
絢爛の和紙を畳みて生徒らが作れる雛ら折りかさなれり
権力に屈するか何に屈するか身のゆく末のさだめなき日よ