さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[か~こ]

ぐいぐいとも花突きあぐる棕梠を見つ日差しの幅も広くなりゐて
空席にひらりコートを脱ぎおきていとまある如くコーヒーを待つ
偶然のことと思へど黒真珠買ひたる年に母の逝きにき
クーラーの風を浴びゐる肩冷えていのちを保つことのひもじき
クーラーの冷気をしばしとどめむとうしろの障子閉めて坐りぬ
クーラーは木枯らしの如き音に鳴り行商の人も来ぬ暑さなり
クエートの油井の火災収まれど黒い沙漠がひろがるといふ
茎長く石蕗は咲きいつせいに散り出したる路上の落ち葉
釘をさすといふことのありそのやうなこともあらずてひとりすぎゆく
釘の音金槌の音金属の音はするどし道にひびきて
くぐもれる声を寄せ合ひありったけの鳩が出で来て遊べる如し
草を刈る音と思ひて聞きをれどをりふし刃の石を打つ音
草枯れてあらはとなりし道のべの廃車の山をみな見て通る
くさぐさの花置く狭き道の奥私鉄の駅のありて曇り日
草の実のこぼれてゐたるあたりより人を吸ひ込む樹海ありたり
くさむらを飛び立ちて来し黒揚羽風に吹かれて上下左右す
草むらに新しき小石の積まれゐて何か慎みて通りすぎたり
草萌えの土手は護岸のすすみゐて水鶏(くいな)の声も久しく聞かず
鎖鳴らす小犬にまたも逃げられてあわてし風もなく追ひゆけり
櫛形の月とは今は言はざらむ九日ごろの昼の月見ゆ
孔雀石の粉末を瞼に塗りゐしとクレオパトラもその侍女たちも
孔雀明王の孔雀も屋根の鳳凰もいづれも優し羽根持つものは
釧路の海の流氷を見ずやと言ひよこすひとりはさびしいづこにゐても
くすの木は枝ひろげゐて絶え間なくどこか必ずそよぐ葉を持つ
くづほれてそのまま畳にをりにしが和服の女性も画面より消ゆ
葛の葉は青々としてなだりを覆ふ思ひのまゝに茂るとも見ゆ
崩れさうな雑誌の束も湿度計も静止画像となる夕まぐれ
くづれゆく体と思ひ目ざめたる闇に見え来てうづたかき本
くちずさむワルツのふしにまぎれゆく怒りさへわが身には懲らぬか
くちずさむワルツのふしよ君待ちて刻む木の芽の香の立つ夕べ
くちばしの短き雀はすべなけれ花をこはして蜜を吸ふとぞ
くちびるを紫にしてプールよりあがりしわれに姉が近づく
くちびるの色を失ふ日のあれど堰をこえたる水の勢ふ
口もとに感触はふとかへれども紙風船を吹くこともなし
靴音を伴はぬ軽き音のして夕食後の薬を配るワゴン車
くつくつと音に鳴くのみのもの言はぬめんどりのごとしわれのひと日は
ぐつぐつと身の近くまでひきよせて見てゐる日あり風のまんだら
掘削機はそこまで来居てこの年も無事に生れたる雲雀が歌ふ    ※
句読点つけゐるやうに歯切れよく異国青年の話す日本語
配られし松花堂弁当が含みゐる蛋白質といふを意識す
首回し垂れたる髪を回すさま離れて見をれば音するごとし
ぐみの花咲きてゐたるはいつまでか均らされてトラック数台置かる
雲を抜く教会の塔の立つ風景も賜はりしいとまと思ふまでに癒え来ぬ
雲の継ぎ目を洩れて日の差すひとところ吾亦紅の花はじっとしてゐず
曇りては又晴れて澄むくり返し窓のガラスのことのみならず
くらがりの夏至祭に人のつどふさま涙ぐましくも海が光りて
クラクション短く鳴らして止みにしは呼ばれて人の出でたるならむ
ぐらぐらと波まで見えて台上の和船の模型見て立ち尽くす
蔵深く蔵はれて代を重ねたる三月びなの髪白しとぞ
グラフ書くはたのしかりしよ十二色の色鉛筆を買ひてもらひて
クリーク・ジャンクと影絵のやうに暗き記憶を呼びさます
クリークの暗き流れにうづめたる月日のことは言はで逝きたり
くり返す妥協いつしか性となり心重きを今日も出でゆく
クリスチャンの友垣なれば葉書にも主のめぐみをとつね書き給ふ
クリスマスのまま残されし電飾が春雪の夜を美しくする
栗の花咲きてゐし日と仰ぎゐて咲く日と覚え言ひて仰ぎ見る
九輪桜共に見たるはいつの春花過ぎて若葉美し馬酔木のしげみ
グリンピースのごはんを明日は炊かむなど思ひて寝ねて何事もなし
狂ひたる夜を知らぬがしろがねの波を延べゐる入り海が見ゆ
狂ふこと先づは無からむと言ふ医師を見上げてあれば涙溢れぬ
狂ふ日のわれにあるとは思はねど目の前にあるメジャーも兇器
狂ほしく上下左右にふれてゐし凧はいきなり引きおろされぬ
狂ほしくとびめぐる黄の蝶のをり待ちかねてわれは去らむとしたり
苦しかりしひと日を終へむ浴槽に青く泡だつ薬沈めて
苦しければ飲むほかあらず副作用をおこす薬と知りたる今も
苦しみて若き日をありし人ならむ女人成仏説きにし僧も
来る人もなく日が暮れて配役のいたく少なしわれの舞台は
車の屋根にしてゐし雨の音いつか家全体を包みてしまふ
車より降りししじまに立ち待ちの月ものぼりて夜深みたれ
車より遠くは行かず何を摘むらむおり立てる父母と幼子
車より門までの距離雷雨して絞るほどにもなく濡れそぼつ
くれあひの空となりつつ足とめる会ひてひと日のゆとり得たりし
クレープペーパーたわめて薔薇を作りにき花の店などなき父の喪に
クレーン車がそこまで耒ゐてこの年も無事に生(あ)れたるひばりがうたふ
クレーンなどに吊られてなるかと身構へてゐたる気魄も夢の中なる
くれなゐの大き花びら一枚にもどすことなく桜餅置く
くろぐろと草の実垂るるあたりより吸ひ寄するやうな樹海ありたり
黒潮の北上はどのあたりまで海豚飛びゐむ背を光らせて
黒真珠を先に買ひたる咎としてつぎつぎに人の逝きしならずや
黒土を踏みて固めて磐座(いはくら)の如き平(たひら)に日の差してをり
黒のウール裁たむとゐるに何をしてかくは熱ばむわれのてのひら
軍手などをたばねて売れる店のあり渋滞しゐる国道に見ゆ