さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[あ~お]

魚編を引かむに重き辞典なり使ふことのなき漢字の多き
迂回して橋を渡りて帰り来ぬ夜間工事の灯が華やげば
家族(うから)らはみな道連れになるといふ浄土の話信じてはなす
浮き出でて日の差す鞠の見えしのみ低くたゆたふ紫陽花の森
浮世絵のなかに降る雨橋桁を細くかすめてはすかひに降る
動きたきなべてが動けるにもあらず年々寒し三月半ば
動くことをやめし起重機四十五度の角度に安定して夜を迎ふ
動くともあらざりし陽の落ちむとし不意にくるめくわがまなかひに
失はれたるもののありきパラソルを花のごとくにひらきしときに
うしろから来る人の会話気になりて傘傾けて歩度ゆるめたり
うす色のスカーフひるがえす巻き風の十字路に来てしばしたゆとふ    ※
うすものを仕舞はむとして来年の夏もすこやかにわがあり得むか
失せものに気をつけといふ今日の占ひチーズ買ひに出でむとする日
うたといふ細道を通るもののみを知りて生き来て七十となる
歌詠みの撮り耒し小さき写真にて仏塔は砂漠に影濃く引けり
うちつけに花びらを海に撒くならむせり出でて崖に咲く白梅は
うちとけぬ日々にも慣れて夜半ひとり書よむことを楽しみとしつ
美しき少女に清水運ばれてこの世に未練のなしと言はれず
鬱陶しき存在となりてゐるならむかかる思ひもさびしかりけり
うつりあふ家具も明るくなりたりと三面鏡おく東の窓に
映りゐし石ころの如き昆虫は拡大されて不意に飛びたり
移りゆきし向ひの家の鳩時計午前三時いまいづこに鳴れるや
遷りゆく思ひとめどなくありにしが窓を閉づれば雨音の止む
乳母車のみどりごも花を見てゐたり白梅の下にしばし憩へば
奪はれし自由の一つ病みをれば行きて蓮(はちす)の花の咲くも見ず
うぶすなのかの灯籠の火袋に積みたる雪も溶けゐむころか
馬の匂ひ嗅ぎたる如し夢さめて葵祭りの馬かと思ふ
生れ変るとも又女に生れたしといふ友の示す強き自信
海こえてみ仏の流れ着きしとき落日はしばしたゆたひしとぞ
海に遠き町にのみ住みてをはらむか奇しきものに未だまみえず
海の彼方動乱ありと思ほへず鬼怒川の湯につかりてあれば
海の話山の話も年々に好まぬものの殖えゆくごとし
海見ゆる窓をなぞへに置くこよひやさしき夢を見つつ眠らむ
埋め立てて遠くなりたる海といふ土地のなまりのいささかきつく
裏の裏まで見なくてすむわがひとよ静かならむとのみ思ふ
裏のまだつかぬオーバー壁に吊り幾日か病めば怠りに似つ
売られたる牛らは何を見てゐむか落ち葉降るなか運ばれゆけり
うら若き母持てる子とともしみしそのはゝよべは逝きたりと告ぐ
うら若き保母に抱かれしみどり児の蜜柑の匂ひ土に漂ふ
うろ覚えの足取りを追ひてたどりゆき月山あたり深き夏草
うろ覚えのことはあくまで辞書に正し人に聞きても糺さむとしき
運命といふを思はす少しづつ異なる模様背に持つ鯉ら