さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

歌稿(五十音順)

大西民子歌稿

[あ~お]

アーチェリーと今は呼ぶなり乙女らの弓色塗りの的をめがけて
洋弓の色あざやかな的が貼られ午後よりあまた少女らつどふ
アイスノンを使ひて夜々に眠るとふ人を思へり眠れぬ夜半に
会ひたくはなきかと問はれ愕かされぬ蜘蛛の糸より細き雨降る
相共によはひかさねし安らぎか生ひたちのことにもふれてもの言ふ
相似たる兄と妹おんなじに花火のセット買ひてもらへり
曖昧な生き方ならむ両の手に持つもの多く朝々を出づ
あいまいな電話のありて足止めに会ひしひと日の暮れゆかむとす
喘ぐ呼吸のまにまに街をつきぬけてはるか向かうまで行きし日ありき
あをあをと芦はそよぎて橋のため渡しの船は絶えしと言へり
青々とたわむゆくての竹林に歩むわが身もたわむ思ひす
蒼黒き闇の匂ひにみたされて森あり吸はれゆく鳥の影
青竹を踏むことさへも怠りてただ気ぜはしく年暮れむとす
青竹の色新しき笊売るところ大きさの順にかさねて
「青の時代」といふがピカソにありにしがわれのめぐりは昏みてやまず
青麦の丘のなだりにひともとの白梅の花咲きたけてをり
青麦の畑に花を輝かす桃を植ゑにしこころを思ふ
青森の林檎一顆表より裏側はやや白々とせり
煽られて飛び立ちし草の穂絮なれ風に乗りしは幾つもあらず
赤々と房なすなかに小さくてまだ真緑のほほづきも付く
赤き火の混るは悪しと知りをれど青きガスの火の中に美し
赤く熟れしトマトを支へ四方から集まる力も今なら見ゆる
あかつきの夢に白々と見えゐしは張りかへしばかりの障子なりしか
商ひの終はらむとしてひとまとめにされし金魚ら騒然とせり    ※
空き箱をこはして平らにする作業思はぬ手間に息をはずます
秋深く臥しゐて聞けば未だ鳴かぬ百舌の鋭声を待つごとくゐる
諦めてなるべきものか又暗く厨の吾に日の昏れかゝる    ※
あきらむる日といきりたつ日とありて昔のわれと変ってをらず
悪意とも思へざりしがずぶ濡れになれる感じに帰り来りぬ
悪意までゆかざる恣意と思ふまで二時間を経てわれはおちつく
あくがれてかけしことなきサングラス貧相のままのわれにてよきか
あけぐれに咲くとふ蓮(はちす)この夏も見ず過ぎにけり朝寝のわれは
明障子張り替へて年をこす気力いつ失せたるやまた切り張りす
憧れしのみに帰らむ天城越え更に旅ゆく友と別れて
あこがれに似たる思ひに任侠の古りし映画を見つつ昼餉す
朝明けに送り出す人のある如く竹の落ち葉を掃けば優しき
朝明けに帰り耒む人ある如く一人歩きの雪道をはく
あさがほの蔓はのぞかれ残れるは亀甲のつなぎの金網ばかり
朝顔は咲く用意してそよげども潔癖といふは少し寒きか
浅からぬ罪と思ふに身のほてる注射されたる花のしづけさ
朝の来ぬ夜はあらずといふ言葉夫に言ひつつわれも眠れず
朝夕に人の仰ぎてわが知らぬ手稲山にも雪降れりとぞ
紫陽花の夕べのいろをめでにけむ紫陽花いろのたそがれが来て
朝より風のさわだつやよひ十日花粉症持つ友をふと思ひしか
足の先ふたたび冷えて坐りゐる乱れし髪をそのまゝにして
芦の葉に切りにし細き目をもちて源氏絵巻の奥にいませり
足早の人なりしかな大きくて夢に見てさへわが追ひつかず
足もとに目をおとすときひとすぢの縄もて区切る力を思ふ
足もとの明るいうちに帰れよと言ひ呉るる人のいつまでか居し
足弱を隠さむとにもあらねども道祖神の前をしばし動かず
預かれる楽譜返さば終らむかふさぎたる傷の意識のをりをり返る
明日の無きわれかも知れず今日の仕事精いっぱいして夜更けに眠る
明日の日も思ひ見難くむくつけき熊なりしを討ちて祀れる
校倉をめぐれる雨もあをからむ若くして奈良に学びし日あり
校倉の高床の下に遊びゐし鹿もわれらも若かりしかな
汗知らずと言ひて買へども白粉(おしろい)の匂ふふはふはのパフも付きゐし
新しき遊び覚えてビニールの袋へ詰めし落葉を透かす
新しき獲物を求めて出で立たむ声を抑へてたれかが笑ふ
新しき垣のほとりのくすのきの春の落ち葉を人は寄せゐる
新しき米を賜ひぬ何事か研ぎゐるひまに鎮まりゆけり
新しき昆虫図鑑の見開きに絵の蜂は長く足をのばせり
新しき数珠のありかの思はれぬなすこともなく夜を起きをれば
新しきパンの店ありてシャッターに描かれてあり食パンの形
新しく切り拓きたる道ゆゑか古墳のやうな小山見てゆく
新しく何かを始むる思ひして褪せたる髪を染めてもらひぬ
当らぬも当るもよしと投げし石闇の中なる幹を打ちたり
熱き湯の出でてくるまでの数分をおのれ虐げて待つ朝のあり
あっといふ間の鉄橋なれば軽々と黄色の電車は渡りゆきたり
あてがひしてのひらにふるるあごの骨勝ち気と言はれき幼子のころ
あなうらをひたと地上に貼りつけて体ごと吹くオーボエ奏者
アフガンといふ洋犬は大きくて毛の深ければやさしげに行く
「アプト式鉄道」と出づ新しき眼鏡試すと辞典を引けば
雨脚のやや細りたりかの寺の光悦垣も芽ぐまむころか
雨ざらしといふ言の葉を知りゐるに乾きては濡るる杭ありにけり
余すなく積みたる藁に縄かけて積み残したるものはあらずや
あまたなる声よりわれを引き戻す知らざることは無きこととして
あまたなる少女小説とびとびに会話のみ読みて足りたる日あり
雨粒を光らせてゐしが端切れし蜘蛛の糸は小さきかたまりをなす
雨多きころはことさら蟻たちにひと日は長き時間かも知れず
雨に来て今日のわれには届かねどまんまるならず大き茅の輪は
雨のあとに置き去られしかの白の猫二匹しろじろと道にくぐまる
雨のあと油紋ひろがる夕つ方水をはねつつ白のワゴン車
雨の音いたくつめたく校庭に鉄棒の二基濡れて雫す
雨のなか何言ひたくて耒たりけむ何も言はずに水いろの傘
雨の日に見し石舞台石の背はひとしきり白くしぶきあげにき
雨の日の朝の鏡に出会ひたる素面のわれはいたくしづけし
雨の日はシートのなかに釘を打つ木槌金槌それぞれの音
雨のまま明けむとしつつ夢にさへ逢ひ得しことの幾月ぶりか
雨の夜は雨の音のみ風の夜は風の音のみ聞こえて眠る
雨の夜はすさまじなどと人の言ふ墓苑の藤は白く曝(さ)れゐて
雨降れば忽ち雨に包まれて孤立す小さき二階家などは
雨やみてまた風となる気配せり風はわれより何かを奪ふ
アメリカと日本の女子バレー見てあれば体力の差は如何ともし難し
鮎たちに尽くす齢のあるらむか思はぬ岸に釣り人のをり
洗ひたるブロッコリーにひとまはり大きくなりし錯覚のあり
あらかじめ決めゐし如く月待ちの寄り合ひを脱けて発ちし人あり
あらくれの犬に戻りてゐたりとぞ振り返らずに去り行けりとぞ
争はむ人もあらねば出でて来て上空に残る茜を仰ぐ
荒立ちて岩間くぐりし水の上花の筏はとけてひろがる
あら、という声に右手を見て仰ぐ昔ながらの火の見のやぐら
荒縄を飛ばしつつ捉へつつ雪囲ひせり複数の庭師のをりて
あらはしてしまへばもろしと言ひながら言はずにをれぬ君のさびしさ
あらはなる蕋よりもなほ遠く見て石榴の花は赤あざらけし
アラン・ドロンのさながらの選手今少し強ければなほ楽しきものを
アリアドネの糸を渡さん人もあれ今年の秋も暮れてゆくなり
ありあはせの昼餉といへどプランターの苺もつみてもてなし給ふ
ありがとうとせめて一言言ひたしよかく病み病みて至るつひの日
蟻地獄に過ぎゆく時間ゆるやかにわれの時間といつかかさなる
蟻地獄は何事もなく夕づきて不意に回り出すわれの時計は
ありのまゝを描くを好まぬ絵なりしを苦しみて空間を埋めてゐたりし
アルカリを含めば青き花咲くと奇術は雨の紫陽花のいろ
ある地点まで来て不意に立ちそそる塔あり昼のわがまなかひ
あるとなき風の速度に誘(おび)かれてとめどなく散る染井吉野は
ある筈の菱の実は何にとられしかペン皿の隅は埃溜めゐる
アルバムに燐寸のペーパー貼りてゐき馬の顔など多く並べて
荒れ狂ふ夜の無き如くしろがねにさざなみだてり今朝の入江は
荒れ著きひと日なりしがアダージオとなりてをとめのピアノもやみぬ
荒れて濁りてゐし水のいつしか冷めてすきとほりたり
あはあはと紫陽花咲けり仮の世もいつまでならむ草を抜きつつ
あはあはとけばだつ糸をよりあはせ編めば濃くなるブルーの色は
あはあはと拡げて霞草を活けをればあはあはとなる思ひの如し
あは雪の溶けむとしつつ街をゆく人の装ひもいつか春めく
暗号は解き得ぬままに美しく星が三個とコスモスの花
暗黒の傾斜果てなく落ちゆく身をとめどなくして○○を儲けつる
安全圏はこの家のなか地下鉄の駅の迷路を歩む日もなく
あんパンを人数分持ちて出でて耒て後部座席の人に預けぬ