高根沢町図書館/高根沢町史ほか

わたしたちの高根沢町と栃木県

6 わたしたちの県(けん)は,どんなところ

(2)伝統的(でんとうてき)な工業のさかんな地いき

益子町(ましこまち)をたずねて

① 益子焼が作られるようになったのはなぜ?


142-1 大塚啓三郎は茂木町(もてぎまち)に生まれましたが,後に益子に来て住むことになりました。啓三郎は少年のころ笠間(かさま)で通っていた寺子屋(てらこや)の住しょくが焼き物にくわしかったので,焼き物作りを習って覚(おぼ)えました。
 益子にうつった啓三郎は町内で焼き物の材料(ざいりょう)としてふさわしいねん土を見つけました。そして,ねん料(りょう)によいアカマツがたくさんあることに目をつけ,益子で焼き物を作り始める決心をしました。
 約(やく)160年前,啓三郎は黒羽藩(くろばねはん)のゆるしを得て,かまをきずいてとう器を焼き始めました。当時は,かた口,土びん,土なべ,土かま,すりばちなどの台所用品や日用品が作られました。これが,益子焼の始まりです。
 益子町には,大塚啓三郎をほめたたえた石ひがあります。先生が,写真を見せてくださいました。
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☆ことばの広場☆
 寺子屋
 ……江戸時代に読み書きなどを子どもたちに教えた場所

 黒羽藩
 ……今の大田原市黒羽