高根沢町図書館/高根沢町史ほか

わたしたちの高根沢町と栃木県

5 くらしの中に伝わる願い

(3)地いきは,どのように発てんしてきたの

宇津救命丸(うづきゅうめいがん)

② 宇津家を調べよう


128-1
128-2 1597年に,初代(しょだい)宇津権右衛門(ごんえもん)が,上高根沢村の西根に帰農(きのう)したのが宇津家のはじまりです。権右衛門はもとは,宇都宮(うつのみや)のとの様に仕えていました。半農半医の家業(かぎょう)から『宇津のひ薬』として救命丸をつくりました。父から後つぎにだけつくり方を教える家伝薬(かでんやく)として初めは近くの人たちに分け与えていました。
 宇津家は,一橋領(ひとつばしりょう)上高根沢の名主(みょうしゅ)として地いきを治(おさ)めていました。
 5代目権右衛門(逸翁(いつおう))のときに,徳川一橋家(とくがわひとつばしけ)にお子様用薬として「金き救命丸」をけん上してから,特に有名になりました。
☆ことばの広場☆
 帰農
  もと役人(宇都宮氏の旧臣)が農業を営むようになったこと。