高根沢町図書館/高根沢町史ほか

わたしたちの高根沢町と栃木県

5 くらしの中に伝わる願い

(3)地いきは,どのように発てんしてきたの

市(いち)の堀(ほり)用水

② 市(いち)の堀(ほり)用水を調べよう


 今から350年ほど前,桑久保村(今の桑窪)や上柏崎(かみかしわざき)村・亀梨(かめなし)村(今の台新田(だいしんでん)),土室村(今の飯室)などの村を治(おさ)めていた宇都宮藩主(うつのみやはんしゅ)奥平忠昌(おくだいらただまさ)が,ここに用水路をつくることを計画し,藩士(はんし)の山崎半蔵(やまざきはんぞう)らに命じたことから始まります。山崎半蔵は,1646年に,今の塩谷(しおや)町の大久保から桑窪までのほりの開さく工事に取り組んだのです。そして,たくさんのこんなんを乗りこえ,10年後の1656年にやっと完成(かんせい)しました。
 しかし,この市の堀用水の開発に力をつくした山崎半蔵は,市の堀用水ができあがった年になくなりました。土室村の人たちは,市の堀の近くにおはかを建(た)てました(今は,高台の共同ぼ地にうつされています。)
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