高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 民俗編

第九章 言語伝承―耳の文芸―

第四節 石と伝説

一 石神

   いつのころからか、鬼怒川のほとりに大きな石があって石神様と親しまれ、鬼怒川を行き来する船頭たちの篤い信仰を集め、沢山のお供え物が後を断たなかった。
   ところが、その盛況ぶりを妬む者たちがいて、あろうことか、その石神様を鬼怒川の石神渕に突き落としてしまった。翌朝、消えてしまった石神様をめぐって村中が大騒ぎになった。ところが、一夜明けてみると、驚いたことに石神様は元通りになっていたのである。それで、石神様に対する信仰はますます強くなっていき、その後は誰も石神様を妬む者などいなくなったということである。
   やがて、この石神様は、塩乃屋大尽の氏神として、船頭ばかりでなく近隣の信仰も集めていった。塩乃屋大尽は鬼怒川水運で大儲けをした人で、石神様のために立派な社殿を作ったが、金遣いが荒くいつしか家も財産も失い、社殿も荒れ放題になってしまった。
   その後、若目田久右衛門によって阿久津河岸が創設されると、奥州と江戸を結ぶ水運の要所として大いに賑わった。そして再び石神様は、鬼怒川を上下する船頭たちの守護神として信仰を集めるようになった。
                       (『高根沢町の伝説集』)
 
 この伝説は、鬼怒川の水運に携った人々や近隣の人々に語り継がれた貴重な伝説である。
 また、石神様がいたずらされて渕に投げ落とされてしまってもすぐ元通りになっているという語り口は、地蔵をいたずらしてどこかへやってしまうがすぐ元通りになっていて、その霊力により深い信仰を集めるという地蔵信仰をはっきりと受け継いでいる。あるいは、塩乃屋大尽の盛衰を語るという語り口は、長者伝説とも強く結びついている。このように、「石神伝説」にはさまざまな伝説が複合していて豊かな伝承を残してきたことがうかがわれる。それは、この伝説が鬼怒川の豊かな流れとも深く結びつき、地域の人々の心の拠り所としての役割を担ってきたということも証明しているのである。

図8 台地の崖より人の往来を見守り続け、地名の由来にもなっている石神(宝積寺)