高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 民俗編

第四章 ムラの暮しとイエの暮し

第一節 ムラの暮し

五 ムラの中の集団

 ムラを災害から守ることは、ムラ人自身の努めであった。わが国のように草木を主体とした家屋では火災にあいやすく、災害の中では一番身近なものであった。そのためにムラ人は協力して、防災や消火に努め、火災の危険を回避したものである。
 消防団とは、昭和二二年の消防団令以後の名称である。消防団の前身は消防組と称したもので、明治二四年消防組規則の公布を機に、全国的に制度化されたものである。昭和一四年、日中戦争が激しくなると、消防組は軍指導の民間防空団体である防護団と合体して警防団となった。戦後、昭和二二年の消防団令により、警防団は廃止され新たに消防団が設置されたのである。
 高根沢町の場合、消防団や青年団の加入とを重複する若者が多かったが、一戸一人の加入が原則とされた。
 まず、文書記録などからみた明治期および昭和一〇年頃の消防組織について述べたい。
 明治期、市町村の消防組は大字を単位に組織されるのが普通であったが、上高根沢や平田のような戸数の多い大字では、二つの消防組が組織された。上高根沢乗組では、明治二三年に「消防組合規約」を制定している。それによると東組の消防組は、当時五三人で組織され、役割には頭取一人、副頭取二人、小頭一人、龍吐水掛一二人、旗持一人、高張持一人、鳶口一〇人、揩梯二人、水汲手桶二〇人、器械篭二人、サスマタ一人がいた。主な役職の任期は、頭取・副頭取・小頭は一年で、毎年一二月に選挙を行い、この時に消防夫の役割も抽選で決めた。消防組は警察の指揮監督を受けていた。消火活動以外の主な活動は、年の始めの出初め式を行い警察官の点検を受け、冬期は夜警を行った。そして消防夫が理由なく消火出動しなかった場合には頭取からの戒告ないしは過怠金(罰金)が課せられた(史料編Ⅲ近現代 五二八頁)。
 一方、『東町の歩み』には、昭和一〇年頃の宝積寺東町における消防組について断片的に記されている。これによると宝積寺東町は、阿久津消防第一〇分団に属し、消防用具として大正三年購入の腕用ポンプが常備された(この腕用ポンプは、昭和三二年まで使用され、その後トーハツ一五馬力のポンプに変わった)。活動内容は消火活動が中心であったか、その他防火活動としてのかまど検査、消防点検、夜警などがあった。かまど検査は、年間二、三回定期的に行われ、風の強い日などに臨時に実施されることもあったという。消防団員(消防組員か?)や町会の役員、時には婦人消防隊員などが各戸を巡り、各家庭のかまどや風呂のたき口を点検し、家庭に必要事項を注意して歩いた。夜警は、一二月から次の年度の三月まで、夜の九時から一二時、二時、四時と一晩に四回行われたようである。巡回は拍子木を打ち鳴らしながら、東町全域の道路を巡るもので、巡回の合間は消防小屋に戻って休んだ。このように夜警は大変な任務であったので、町民の中から希望者を募って専従員になってもらい、報酬を払って実施した。ちなみに一ケ月の報酬は一五円であったという。なお、夜警は昭和三六年まで続いたという。
 次に聞取りによる昭和五〇年代の消防団について紹介しよう。中阿久津のKYは、昭和五〇年代に高根沢町消防団に入団した。高根沢町消防団は、八分団からなりKYが所属したのは六分団である。六分団の団員は、二〇数名で、おもな役職は、分団長一名、副分団長一名、部長一名、本部長一名、班長三名である。分団長は、団員の互選により任期は二年で、副分団長以下は、分団長の任命により任期は同じく二年であった。分団は防火井戸や貯水槽などを定期的に見て回るミズマワリ(水回り)の都合上、三班に編成されたが、団員の構成は任意で好きなもの同志が集まった。
 おもな任務は消火活動が中心で、その他に水回り、かまど検査、出初め式、防火訓練、夏場の総合点検(これを夏期点検といった)などである。かまど検査は、三月と一二月の二回、各戸をまわり火災予防のビラを配ったもので、防火訓練は一二月初旬に模擬消火訓練を実施したものである。夏期点検は六月頃より早朝約一ケ月間、北高根沢中学校校庭を会場に行われる送法大会に備えて、ポンプ車からホースをつなぎ水を出すまでの訓練であった。
 施設は二階建ての詰所があり、一階はポンプ車を始めホースや防火服、鳶口など諸道具置き場で二階が団員の詰所である。
 費用は高根沢町からの補助金の他に、義務金と称する各戸の負担金でまかなった。なお、昭和五〇年頃、中阿久津での毎年の各戸の負担金は二,三〇〇円であったという。

図12 制服姿もりりしい阿久津消防組第5部の組員(大谷 永島與志郎氏提供、昭和5年ごろ)

表2 阿久津地区における消防組織
阿久津村消防組(昭和5年度)
 部数10人員538
 部の所在
  第1部上阿久津
  第2部中阿久津
  第3部宝積寺
  第4部石末(宿・向原・原)
  第5部大谷
  第6部石末(柳林・龍関・赤堀)
  第7部宝積寺(西町)
  第8部石末(笹原)
  第9部石末(天神坂)
  第10部宝積寺(東町)
 役員
  組頭 1  副頭 1
  部長 10  小頭 57
  
高根沢町消防団西部(昭和38年頃)
 分団数 8
  第17分団宝積寺東町
  第18分団中阿久津
  第20分団宝積寺
  第21分団石末北部
  第22分団大谷
  第23分団石末南部
  第24分団宝積寺酉町
  第25分団笹原
(『高根沢町郷土誌』より)