高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

第五章 戦後改革と民主化

第三節 農地改革と農協の成立

一 第一次農地改革から第二次農地改革へ

 GHQの農地改革担当部は天然資源局の農業部であったが、担当官らは千葉、埼玉、山形などで独自の調査を行い、農地改革の原則的な考えを固めていた。昭和二一年(一九四六)三月一五日、政府は先の「農民解放」の指令に対して、第一次農地改革法に沿って回答したが、予想された通りGHQの受け入れるところにはならなかった。その後、GHQは政府回答にたいする修正意見や覚書案などを示してきたが、四月三〇日の対日理事会で農地改革はソ連の要求で議題となり、以後、対日理事会で審議されることになった。
 対日理事会にはソ連案と英連邦案がだされ、後者を基礎にした討議が数回されたが、最終的な勧告案は作成されなかった。しかし、GHQは英連邦案を中心に覚書案を作り、吉田茂内閣の和田農相に示し、日本政府自身で覚書案に沿って農地改革案を作ることを要求した。こうして制定されたのが第二次農地改革法である。
 この改革法は農地の買収・売り渡しを中心として自作農創設を行う「自作農創設特別措置法」と小作関係の調整と農地委員会について定めた「農地調整法改正法」の二法から成っていた。その内容の概略は次のようである。
 
   自作農特別措置法
  一 不在地主の小作地はすべて買収し、在村地主が保有できる小作地は北海道四町歩、都府県平均一町歩とする。在村地主の土地は住所地と限られた一部の隣接町村のみとする。所有小作地が一町歩未満でも自作地との合計が三町歩を超えれば(都府県の場合)超過した部分の小作地は買収される
  二 自作地での耕作の業務が適切でないと農地委員会が認めた場合、三町歩(北海道を除く)を超える部分を買収できる(認定買収)
  三 政府は市町村農地委員会が作成した農地買収計画を都道府県農地委員会が承認し、知事が買収令書を交付したとき、計画に定められた価格・時期にその農地を買収できる(政府の買収)。農地の買収については所有者は農地委員会に異議の申立てができるし、決定にたいしては県農地委員会に訴願もできる
  四 農地の買収価格は、田は賃貸価格の四〇倍、畑は四八倍とし、買収された農地には一定の範囲で報奨金を与える
  五 買収する農地は市町村農地委員会が小作人の買受けの機会の公正、農地集団化、小作人の田畑割合の適正を考えて決定し、地主の選択は認めない。また、買収計画は昭和二〇年一一月二三日現在の実情に基づいて決めることができる
  六 政府買収農地は買収時の小作人で、自作農として農業に精進する見込みのある者に売り渡される
  七 開拓適地の未墾地の買収計画は原則として都道府県農地委員会が作成する
 
 次に農地調整法について見てみよう。この法は「耕作者の地位の安定及び農業生産力の維持増進を図るため、農地関係の調整をなす」のが目的だったが、その概要は次のようである。
 
  一 農地の権利設定、移転には知事の許可又は市町村農地委員会の承認が必要である
  二 小作地取上げの条件を厳しくして、当面、知事の許可を必要とすることにして耕作権を確立した
  三 小作料を金納とし、最高小作料を定め、それ以上の小作料は取れないようにした
  四 小作契約は文書化して、契約内容を明らかにさせることにした
  五 市町村農地委員会は小作五、地主三、自作二として小作の立場を強化し、農地改革の実施機関にした委員の選挙権は一定面積以上の農地を所有又は耕作する成年の世帯主と世帯員にあった。中立委員は全委員が合意すれば、知事が三人まで選任できた
  六 都道府県農地委員会は市町村農地委員会が作成した農地買収計画、農地売渡計画の承認、訴願の裁決などを行う。委員は市町村農地委員が地主・自作・小作の階層別に選挙した地主六人、自作四人、小作一〇人と農林大臣が選任する学識経験者五ないし一〇人で、会長は知事であった
 
 この二つの法案の審議は昭和二一年九月に衆議院で始まり、一〇月初旬に貴族院の審議が終わった。一〇月一一日、農地改革二法の成立にあたり、占領軍最高司令官マッカーサーは次のような声明を発表した。
 
  (農地改革法の)字句と精神とが忠実に実行に移されるならば、日本農民は自分たちが長く待望した人権宣言をこの中に見いだすであろう(中略)。健全穏健な民主主義をうちたてるため、これより確実な根拠はあり得ず、過激な思想に対抗するためこれより確実な防壁はあり得ない。
 
 農地改革にはマッカーサーの個人的な農民解放への意思が強く働いていたといわれるが(大和田啓氣著『日本の農地改革』)、東西の冷戦体制の形成期に、アメリカを主とする占領軍が日本を共産主義勢力の影響を受けにくい社会体制に変え「共産主義の防波堤」にしたいという戦略が明確に示された言葉である。