高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

第四章 昭和恐慌と戦争の時代

第四節 戦時下の村政と村民生活

一 軍国化する村

 昭和一五年(一九四〇)は、神武天皇が即位してから二六〇〇年にあたるとされ、一一月一〇日から一四日までの五日間は皇居前の広場で祝典が行われ、全国各地でも盛大な祭典が行われた。国民から募集した「紀元は二六〇〇年」という歌が全国でうたわれた。
 この二六〇〇年記念を祝賀するため早い時点から村ではいろいろな運動が実施された。北高根沢村では各区長、方面委員、衛生組合、各学校、男女青年団、婦人会などの後援のもと一五年五月一日より一〇日までを児童愛護精神を高める旬間としてまた奉祝記念に戦時国債の消化目標(割当て三万二〇〇〇円)を立てて、戦争完遂のために多くの人々が購入した。
 阿久津尋常高等小学校では六月一九日に紀元二六〇〇年奉祝銃後奉公祈誓大会を午前一一時三七分全校児童が校庭に集合して行った。同時にラジオで秩父宮殿下の詔書奉読を拝聴した。ついで一〇月二五日には国歌「君が代」制定六〇周年記念日の祝いを行うと同時に紀元二六〇〇年奉祝継走送迎を行い、引継所の到着時間を高龗神社前午後五時三〇分、御幸坂下午後六時五分、鬼怒橋畔午後六時四〇分として行った。
 政府は政府主催の記念式典を一一月一〇日に行った。会場となった宮城前の広場には各界の代表者五万人が集まって盛大に挙行された。北高根沢村熟田村、阿久津村でも奉祝行事と旗行列が行われたが、阿久津村では小学校で午前一一時より奉祝式を行い、旗行列が中阿久津方面と駅前方面の二方面で行われた。中阿久津方面は上阿久津、中阿久津、大谷、駅前方面では宝積寺、駅前、石末で実施された。二六〇〇年記念は単なる五日間の祝祭日に終わったのではなく、この日のために五月のころから各種の行事を通して中国との戦争を勝ち抜こうとする戦意高揚をはかっていった。この祝日より約一年後、我が国は太平洋戦争へと突入した。