高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

第四章 昭和恐慌と戦争の時代

第四節 戦時下の村政と村民生活

一 軍国化する村

 戦争は新たな技術を生み出していく。第一次世界大戦で登場した飛行機は更なる進歩を遂げ、新たに空襲に対する国内防備が欠かせないものになった。空襲に備える実地訓練である防空演習の実施は満州事変後、特に大きくさけばれた。栃木県では昭和八年(一九三三)六月に「栃木県防空演習灯火管制及び警備規定」を作成した。そして各市町村長ならびに各団体に対し、防空に対する基礎知識を普及する目的で防空演習に関する準備教育計画を発表した。実施すべき具体的事項は灯火管制と警報であった。関東地方では昭和八年(一九三三)八月九日より一二日まで「防空大演習」が初めて実施された。栃木県では宇都宮、足利二市及び安蘇、足利、下都賀三郡が演習地区となり訓練に参加し、塩谷地方は除かれていた。
 華北の戦況が日を追って厳しくなってきた昭和一二年(一九三七)四月五日、政府は「防空法」を公布した。その趣旨は軍部の防空体制に対応して灯火管制、避難訓練を実施することで、そのため平時において各府県では防空計画を立案して防空体制を整備することになった。栃木県では七月一〇日、知事は「本日ヨリ三日間ニワタル県下防空演習ニ際シテハ県民一致協力郷土防衛ノ実ヲ挙ゲンコトヲ期セラルベシ」との告諭を発表し、七月一〇日から県下全域で防空演習が実施された。
 阿久津村西町分団では直ちに訓練に入った。まず一〇日午後一時一〇分連隊区命令が出された。
 
  一 只今防空令発セラル
  二 各防空監視隊ハ配置ニツクベシ
 
 阿久津村防護団本部より警報が出された。
 
    警戒警報
  一 喜連川警察署ヨリノ通報ニヨレバ敵機数十機ハ帝都空襲ノ目的ヲ以テ七月一〇日午後五時頃ソノ根拠地ヲ出発セリ
  二 各組ハ各配備位置ニ在リテ一層警戒ヲ厳ニスベシ
  三 午後九時頃本村ヲ空襲スルナラン
    空襲警報 午後九時
  一 敵機数十台ハ午後八時五十分新潟上空ヲ通過、宇都宮、東京方向ニ向ヘリ
  二 直ニ灯火管制スベシ
  三 各係ハ任務ニ依リ行動ヲ開始スベシ
    空襲警報解除
  一 敵機数十台ハ勇敢ナル我ガ戦闘機ニ依リ若松上空ニ於テ全滅セリ
  二 各係ハ空襲警報ヲ解除シ別命ヲ待ツベシ
 
 こうして警戒警報は解除された。
 次いで昭和一二年(一九三七)九月一五日から関東一円で防空演習が実施された。栃木県の防空演習訓練は表22のようになっている。阿久津村では一七日午後一時より訓練に入り警戒、空襲警報、解除の訓練を行った。午後八時二〇分に消防小屋にラジオを取り付け本部からの通報に対処した。一八日も前日同様の訓練を続け、さらに朝日屋の電話で北関東においては午後五時五〇分より翌朝五時一五分まで灯火管制の通知をうけた。翌一八日には、明一九日午前五時三〇分より同八時一〇分までの間、羽田、大宮、栗橋、宇都宮、大田原往復、高度不明の民間機一機飛行し、今夜中に空襲あるやもしれないとの電話をうけた。その夜は六名の防護団員が徹夜をして仕事に当たった。
 この演習訓練終結に当たった阿久津村防護団長、回谷毅一郎は団員に対し「演習訓練ハ某国ト国交断絶ノ際、敵機襲来ニ備エル準備訓練ナルカ故ニ団員ノミノ会得行動ニヨリテ能事終レルニ非ラス、挙村一戸ヲモ残サズ管制ヲ実践シ一人モ会得セサルモノナキニ到ル迄ニ鼓吹訓練シ実行スベキモノニシテ……悪宣伝ニ迷ハス、冷静之レニ当ル等実際防禦ト精神的訓練ヲ遂行スベキ事業」であると述べている(野沢俊子家文書「防空演習、防諜訓練」)。
 昭和一三年五月には二度にわたって中国機が九州上空に現れビラをまいていった。七月にはソ満国境の張鼓峰で国境紛争がおこり日ソ両軍の衝突もみられた。不穏な世情が高まるなか、八月二日より従来ラジオ放送をしていた天気予報も漁業気象の一部を除いて当分の間放送は中止となった。このようななか、九月一二日からの防空演習は内容的に深刻さを増した。婦人部も活動を開始し、空襲警報内容も飛来する飛行機についても具体的になった。昭和一四年の「東部防空演習」は七月と一〇月の二回実施された。七月段階では警戒警報管制下にあって一般家庭ならびに街路灯の灯火管制についての注意がなされ、一〇月時点では爆弾投下防火実演が実施され、ガス弾投下では鎮圧消火に最善の努力を尽くすといったより現実味をおびた防空訓練が続けられた。
 防空法が大きく改正されたのは昭和一六年(一九四一)一〇月である。特に空襲によって発生した火災は、家庭防空の隣保組織で消火可能と判断され、隣組防空が徹底された。北高根沢村では昭和一七年一月二二日「防空訓練施行ニ関スル件」について実行組合長、防火部長、防空部長宛に通達を出している。それによると来る一月二八日、国土防衛の完璧を期するため実戦的防空訓練を執行するとし、内容は次のようであった。
 
  一 隣組防空精神の徹底訓育
  二 図上訓練に依る訓練
  三 模範隣保班の設定、現場訓練
 
総合防空訓練は二月一三日から一六日の四日間県下一斉に実施された。戦争が激化の一途をたどる中、国土防衛は農村地帯にも深刻さを増してきた。昭和一八年には阿久津村では「家庭防空心得」が出された。それによるとまず平時準備、次いで警戒警報時、空襲警報時の準備が決められていた。空襲警報が発令された時は、防火用水槽を満水にし、筵、叺、ゴザ、火叩等ノ防火具を水に浸しておき、火災が発生したら各家庭でバケツリレーで消火に取り組むことになっていた。

図26 防火演習(上高根沢 斎藤宣雄提供)

表22 栃木県防空演習訓練行事表
日 時曜日主    要    行    事
9/15


9/16







第1日 午前8時訓練開始、午後11時終了

(軍官民協力シテ行フ)

第2日 軍ノミノ行フ訓練
9/17



9/18



9/19












第1日 午後3時訓練開始(軍官民協力シテ行フ)

監視哨、灯火管制、防護

第2日 続行(軍官民協同シテ行フ)

監視哨、灯火管制、防護

第3日 午前9時訓練終了



1 9月15日ハ予告訓練トシテ午後2時~3時、午後2時30分~8時
  午後9時30分~10時30分ニ空襲警報ヲ発セラルヽ予定
  午後10時30分空襲警報解除シ、同11時警戒警報解除
2 9時17分~19時ハ不時訓練トシ警戒及空襲警報ハ随時東部防衛司令
  官ヨリ発令セラルヽ予定
3 本訓練ハ情報ニヨリ、中止又ハ変更スルコトアルベシ