高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

第四章 昭和恐慌と戦争の時代

第三節 産業組合と経済更生運動

二 高根沢地域の経済更生運動

 昭和八年に指定を受けた阿久津村は村経済更生計画委員会をつくって計画策定に当たったが、計画を見る前に当時の村の状況を見ておこう。人口は大正九年男三、三七五人、女三、四七一人、計六、八四六人、昭和五年男三、六一三人、女三、七七八人、計七、三九一人で一〇年間に男二三八人、女三〇七人、計五四五人増加している。昭和五年の職業別戸数は専業農家戸数は六三八、内自作二九九、自小作二七九、小作六〇、商業専業二八六、工業専業九三、交通業一四、公務・自由七二、蚕種製造四、その他二五、小作料生活者三で総戸数一、一三五である。農家の内小作・自小作の割合は五三パーセント、農業の状況をみると耕地は約一、五二二町歩、田が八〇パーセントの水田米作地帯である。田畑の自小作地別面積は次のようである。
 
田一、二〇五町六反歩 内自作地 五七一町歩 小作地六三四町六反歩(五三パーセント)
畑  三一六町六反歩 内自作地 一五七町四反歩 小作地一五九町二反歩(五〇パーセント)
 
 主な農作物は表16のようで米麦の生産価格は煙草、繭を含めた総農産物価格七〇万七五〇〇円の九〇パーセントである。県内の他地域で大正期から増加傾向にある蔬菜や果実(梨)も、畑面積が少ないので自給用に作られている程度である。養蚕は上阿久津が中心で他の大字ではあまりやっていない。煙草の反当生産価格は約八二円と米の約四九円よりかなり多いが、栽培面積が許可制なので産額は熟田、北高根沢に較べると少ない。
 こうした状況の中で策定された経済更生計画(資料編Ⅲ・三五一頁)では六部で計画目標をたてているが、重点となっているのは、次の事項である。
 
 一 総務部
 (ア)納税義務観念の徹底を期するため、納税組合の設置・普及、表彰を行う。
 二 産業部
 (ア)深耕、自給肥料の増施、品種統一により水稲の反当収量を増やす。
      反別      現在反収    計画終了時 収穫量(俵)
  下田  三六二・三町  一石五斗九升   二石   一万八一一五
  中田  三六一・八町  一石九斗     三石   二万七一三五
  上田  四八二・四町  二石四斗九升二合 四石   四万八二四〇
  計 一、二〇六・五町                九万三四九〇
 (イ)小麦増殖 現在田六〇町歩(七二〇石)、畑一九五町歩(一、九五〇石)を田一〇〇町歩(一、二〇〇石)、畑三〇〇町歩(三、〇〇〇石)に増やす
 (ウ)麦酒麦の増殖 耕作組合を新設、現在一五町歩(七五〇俵・三、七五〇円)を二〇町歩以上にする
 (エ)油菜耕作組合設立 一五町歩に栽培し、菜種三〇〇石・四、二〇〇円、油六〇石・四、八〇〇円、油粕五一〇〇貫目・一、二七五円、計六、〇七五円を得る
 (オ)藁加工品の普及 製叺組合一、製縄組合三の拡充を期す
 三 経済部
 (ア)全村産業組合の新設促進(一一年設立)と負債整理委員会の設置
 (イ)貯金(納税、副業貯金、共同貯金)の実行により金融の緩和を図る
 四 教育部
 (ア)農村教育の振興 義務教育、勤労教育、情操教育の徹底、体育向上
 (イ)青年訓練所の設備充実、訓練趣旨を普及・徹底し、後援会員を増やす
 (ウ)男女青年団の向上・発展 講話会、農事座談会、剣技会など青年会合を多くする。共同作業、道路修理、出征兵の家族慰安につとめる
 五 社会部
 (ア)方面委員(現民生委員)の活動、衛生思想の普及
 (イ)思想善導(二宮尊徳の教義、報徳思想の徹底)
 六 婦人部
 (ア)自家用醬油の普及 現在農家七六〇戸 醬油使用料二、四〇〇本、八、四〇〇円、内自給戸数二五三戸、七五九本、二、六五六円、これを漸次増加させ五年後は全戸数を自給にする。
 (イ)蔬菜調理加工を研究討議し実行に移す
 
 これらの項目について検討してみると総務部の項目は既に実施していて事務報告などで成果を強調していることである。次に産業部の米増産計画を見ると、この計画では五年間で三万二〇〇〇俵の増収を見込んでいるが、そのためには下田で四斗、中田一石一斗、上田一石五斗ずつ反収を増やさなければならない。当時の技術水準からみると不可能で、机上プランと見なさざるを得ない。しかし、目標へ向けての努力はされていた。例えば藁加工は副業として以前から行われていたが、この計画を契機として叺、縄の生産が増えている。また、昭和一四年二月には下宝積寺に菊地幸七を組合長に一〇人の村民が負債整理組合を結成している。ただ、阿久津村の昭和七年から一〇年という時期はまだ阿久津事件の衝撃や全農全会派の影響が強く、挙村一致更生計画を推進するという雰囲気ではなかった。また、計画自体かなり急いで作られたようで、やや形式的な傾向がある。県はいわゆる「難治村」と認定して自作農創設資金を投入したり、経済更生計画の指定村にしたりして村行政の指導と村内の地主・小作関係の修復のテコ入れに忙しかった。経済更生計画が実質的に実行され始めるのは産業組合が設立された昭和一一年ごろからである。
 
表16 阿久津村主要農産物作付け、収穫高、価格
種 別作付け反別収穫高価 格

水   稲

陸   稲

大   麦

小   麦

大   豆

小   豆

粟   稗

トウモロコシ

蕎   麦

甘   薯

馬 鈴 薯

大   根

里   芋



漬 け 菜

干   瓢

胡   瓜

南   瓜

西   瓜

茄   子

果   実

そ の 他

1,195町

136 

39 

140 

26 

10 

5 

4 

12 

15 

9 

9 

16 

3 

5 

4 

3 

1 

6 

8 

3655本

6 

6

0

2

2

5

2

2

2

7

2

2

2

5

7

8

7

7

2

3

0



1
23,912石

1,385 

784 

1,054 

178 

63 

65 

40 

95 

40,280貫

26,220 

110,610本

63,525貫

11,396 

28,130 

1,363 

8,695 

2,400 

13,860 

19,200 

10,676 


58万2,080円

3  6,795 

5,488 

1  2,648 

3,204 

1,260 

1,115 

400 

1,235 

6,042 

2,360 

4,416 

11,435 

2,279 

3,657 

3,680 

1,913 

480 

- 

1,536 

6,074 

4,896 
 133万2,666 

外に煙草 12町7反1畝18歩、6,133貫600匁、1万403円28銭
反当             48 300    81 81
養蚕 掃立枚数 白繭 778枚  黄繭 427枚
     数量   3946貫    3091貫
     価格   6184円    11010円