高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

第二章 宝積寺駅の開業と地主制の成立

第八節 村の生活の諸相

一 神社と寺院の移り変わり

 慶応四年(一八六八)三月二八日太政官より神仏分離令が出され、神社から仏教的な道具が取り除かれた。これにより、神社と寺院が分離されたが、これは廃仏毀釈運動とともに展開したため、江戸期の檀家制度に伴う寺院の優位性は一転して崩れ、寺院・仏像・経典等の破壊や焼き捨てなどが行われた。
 これにより、神社は国家の管理下に置かれ制度化された。明治四年七月四日には「神社御改正郷社取調規則」等が示され、氏子についての調査が行われた。これを通して国民はいずれかの神社の氏子として籍を持つように制度の上で規定されていった。五年の壬申戸籍には、各戸籍の中に檀那寺とともに氏神神社の名が記載された。
 明治三五年発行の『下野神社沿革誌』巻之七には、北高根沢村・熟田村・阿久津村のそれぞれの神社が記されている(表46)。これは大字ごとの村社が一社ずつ記載されているだけで、この他にも無格社といわれる神社が多数あった。
 北高根沢村は、太田・栗ケ島・寺渡戸・上高根沢・桑窪・上柏崎・中柏崎・下柏崎・亀梨・平田・花岡及び西高谷に、それぞれ村社があり、一二社を併せて、当時氏子は戸数六七〇戸・人数六、〇〇〇余人を数えたという。
 上高根沢には、正嘉元年(一二五七)五月の創建といわれる安住神社がある。維新前後に正一位安住大明神と称し、六年に安住神社と改称し郷社に定められた。一〇年八月には区画改正により村社に列せられ、一三年八月に拝殿及び楼閣が造営された。三五年当時で氏子二〇〇戸を数えた。平田には、神明宮があり、かつては星宮神社と称し、文禄元年(一五九二)に創建されたと伝えられている。明治五年に神明宮と改称され、村社に列せられた。平田は上中下の三地区に別れ、上組には熊野神社が、下組には天神宮があり、盛大な祭礼が行われたという。花岡の白鳥神社は、社伝によると和泉国の白鳥大神を遷し、村民から産土神として崇敬されたといわれる。この地域は維新前後までは関俣村・前高谷村といわれた地域で、関俣村の鎮守として星宮神社があった。それに、星宮神社(前高谷 氏子一五戸)、津島神社(太田 氏子四〇戸)、出雲神社(上柏崎 氏子三五戸)、高尾神社(中柏崎 氏子三六戸)、三神社(亀梨 氏子二四戸)、星宮神社(寺波戸 氏子一九戸)、愛宕神社(下柏崎 氏子一五戸)、神明宮(栗ケ島 氏子四三戸)、星宮神社(桑窪 氏子六九戸)があり、村社として鎮座していた。
 高根沢町と合併した熟田村の文挾・伏久・飯室の三大字の中で、文挾の太白神社は、鈴木三介家の守り神であったものが、明治に入り村社に列せられ、文挾村の鎮守として崇敬された。それに、伏久・飯室ともに星宮神社が村社として祀られた。
 阿久津村では、中阿久津・宝積寺・大谷・石末の四大字が現在の高根沢町に属し、大谷の高龗神社は、創建が永正一一年(一五一四)九月と伝えられている。由来は干魃のために山城国愛宕郡貴布神社へ雨乞い祈願をしたところ降雨となり、豊作になったことにより、勧請したという。六年には一〇か村の郷社となり、八年村社に列せられた。そのほか、八幡宮(石末 氏子四〇戸)、白鬚神社(宝積寺 氏子六三戸)、星宮神社(中阿久津 四九戸)が村社としてあった。
 九年六月に今宮神社と安住神社の大祓式を行った際、両神社に属する村むらを県が指定しているが、今宮神社が一八か村、安住神社が一九か村であった。今宮神社が今の氏家町周辺を統括していたのに対して、安住神社は上高根沢村・寺渡戸村・栗ケ島村・桑窪村・中柏崎村・下柏崎村・文挾村・飯室村・亀梨村・太田村・伏久村・石末村・花岡村・平田村・西高谷村・宝積寺村・柳林村・赤堀新田・上柏崎村の現在の高根沢町及び周辺の地域の村々を、統括する神社として位置付けられていたことがわかる。
 このように、各大字には村社といわれる大字全体を包括する神社がある中で、無格社・鎮守と呼ばれる神社が数多くあり、それらは往々にして一族の守り神としての色彩が強かった。
 大正二年には石末の氏子たちにより、神社の合併に際し、移転のための神社敷地の下付願いが出されている。これは、おのおの神社の氏子が少なく資産もないため、将来において維持するのが困難と判断し、石末の同じ無格社ではあるが星宮神社に合祀するというものであった。合祀する神社は、内野神社(上和田)・白鳥神社(上ノ原)・湯殿神社(権現堂)・八龍神社(上東原)・八坂神社(屋敷西)・富士神社(フンギリチ)・八龍神社(雨沼)そして八幡宮の八つの神社であった(花岡 鈴木徳家文書)。明治のはじめに氏子として神社に所属されたが、それは併せて神社を維持管理することも、義務として果たさなければならなかった。しかし、少数の人々で維持していくことは農村部では困難となり、合祀により一社を祀ることで負担を軽減しようとしたのであろう。

図81 高龗神社の鳥居(大谷 阿久津純一提供)

表46 下野神社沿革誌(明治35年)にみる村社
No.神社名所 在 地氏子末社例祭
 1
 2
 3
 4
 5
 6
 7
 8
 9
 10
 11
 12
 13
 14
 15
 16
 17
 18
 19
 太白神社
 星宮神社
 星宮神社
 安住神社
 神明宮
 白鳥神社
 星宮神社
 津島神社
 出雲神社
 高尾神社
 三神社
 星宮神社
 愛宕神社
 神明宮
 星宮神社
 高龗神社
 八幡宮
 白鬚神社
 星宮神社
  熟田村文挾
  熟田村伏久
  熟田村飯室
  北高根沢村上高根沢
  北高根沢村平田
  北高根沢村花岡
  北高根沢村西高谷
  北高根沢村太田
  北高根沢村上柏崎
  北高根沢村中柏崎
  北高根沢村亀梨
  北高根沢村寺渡戸
  北高根沢村下柏崎
  北高根沢村栗ケ島
  北高根沢村桑窪
  阿久津村大谷
  阿久津村石末
  阿久津村宝積寺
  阿久津村中阿久津
28 
   45 
   29 
   200 
   63 
   150 
   15 
   40 
   35 
   36 
   24 
   19 
   15 
   43 
   69 
   66 
   40 
   63 
   49 
  
   4
   4
   4
   5
   5
   4
   1
  
   3
   3
   1
  
   1
   2
   4
   3
   3
   3
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『下野神社沿革誌』より抜粋 例祭は『栃木県神社誌』より抽出