高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

第二章 宝積寺駅の開業と地主制の成立

第四節 明治後期の社会

二 陸軍大演習

 宇都宮に第一四師団司令部をおくことが正式に決定されたのは明治四〇年九月一八日であった。この時期、宇都宮地方を中心に一一月実施の特別大演習の準備が進められていた。秋季特別大演習は栃木、茨城、千葉、埼玉の四県下にわたり展開されたが、ここに栃木県の塩那地区でどのように繰り広げられたかをみることにする。
 北高根沢村役場は、すでに四〇年八月時点で区長あてに一〇月下旬に歩兵第一七旅団機動演習が塩谷郡下で展開されることについての準備方を通知している。
 第一は道路、橋梁の修繕であった。氏家から大谷、花岡、栗ケ島、般若塚、八ツ木台を経て芳志戸、祖母井方面に通ずる道路で、野砲車が通過するに支障のない堅固な橋梁にすることであった。第二は、沿道の道路の分岐点で迷いやすい場所に道標を建設することであった。また区長への注意要項はその外に、(一)どの大字に宿泊することになるかわからないからあらかじめ諸事準備をしておくこと、(二)衛生には特に注意し、軍隊が通過する沿道、又は宿泊地の井戸水について飲料の適否を標札に記しておくことなどがあげられた。これらに関し、県警察部も演習に関し、取締り及び公衆衛生、警備等、諸般の準備のため一〇月八日に警察分署長を召集して協議会を開いた。また参謀本部は副官を派遣して機動演習に引続き一四、一五日ごろ行う予定の特別大演習について道路、橋梁の破損状況、野立所附近の道路、行在所の設備に関して調査した。この外に農民の生活についても注意事項が通知された。
 
  一、耕作物(とくに大根の類)はなるべく一〇月下旬までに収穫し、損害のないように注意しておく。
  一、稲の刈入れは出来る限り早く行うこと。
  一、演習に際し、耕作物又は竹木等の損害ある時は速かに役場に申し出ること。
  一、軍旗に対し、特に敬礼を欠くことのない様に村民に注意すること。
 
 このような注意が早い段階から念入りに準備されてきた。
 演習の実施内容については師団、旅団、連隊の動きが周到に計画されていた。演習の挙行順序も確定され、一か月以前の一〇月六日付の「下野新聞」に明示されている。
 
  特別大演習参加部隊のうち、師団は一一月五日、特別部隊は一〇日を以て何れも全部集合し、六、七、八日の三日間は旅団演習を、一〇、一一、一二日の三日間は師団演習を挙行し、一三日より指定の集合地点にいたり、一五日より特別大演習に移り、了りて観兵式挙行、二〇日より順次帰営の途につく筈にて大元師陛下には一五日頃東京を御出発の御予定なり
 
 この日程に沿って兵隊の列車による移動が一一月四日、開始された。

図37 明治40年陸軍大演習の絵(渡辺清著「百姓絵日記」明治40年11月12日 渡辺弘蔵 写真提供 ミュージアム氏家)

表15 第三師団幹部(塩那地方での活躍)
役    職階    級氏    名
師団長
参謀長
高級副官
第5旅団長
第17 〃
第18連隊長
第33連隊長
第34 〃
騎兵第3連隊長
砲兵  〃
工兵第3大隊長
輜重兵 〃
陸軍中将男爵
歩兵中佐
歩兵少佐
歩兵少将
歩兵少将
歩兵中佐
歩兵大佐
歩兵大佐
騎兵中佐
砲兵大佐
工兵少佐
輜重兵中佐
大久保 春 野
西 川 虎次郎
国 司 精 造
田 部 正 壮
新 山 良 咲
井 口 春 清
香 月 三 郎
川 上 才次郎
中 山 民三郎
小 原   伝
平 井 保 平
大 隈   動

「下野新聞」明治40年11月2日より
 

表15 第三師団幹部(塩那地方での活躍)