高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

第二章 宝積寺駅の開業と地主制の成立

第三節 日清・日露戦争と民衆

一 徴兵と兵士

 徴兵令が発布されてから明治一二年、一六年、二二年と相次いで徴兵令が改正された。この改正令以後昭和二年(一九二七)の兵役法制定までの三八年間、ほとんど大きな改正もなく施行された。改正の主なものは免役条項に大制限を加え、徴集猶予(事実上の兵役免除)の特典である六〇歳以上の戸主の嗣子、戸主などに対する猶予を廃止し、国民皆兵主義の徹底を前進させた。すなわち、家族制度尊重主義の徴集猶予は一部を除いて廃止された。このため合法的な徴兵のがれは困難となり、非合法的な方法でしかできなくなった。
 「塩谷郡統計書」から徴兵実施状況をみると、壮丁人数は日清戦争後、少々減少ぎみのなかで徴兵人数は現役より予備役の数が増加傾向にあり、徴兵率も増加の傾向を示していることがわかる(表8)。一方、徴兵免除、兵役免除を表9・10でみると、日清戦争後、一般的傾向としていずれの免除者も減少の傾向で特に兵役免除はその傾向が強いように思われる。
 いま、「塩谷郡統計書」で徴兵延期及び猶予の人数をみると郡内の各村とも「逃亡失踪」が大きな比重を占めている。一例を明治三一年でみると、阿久津村の逃亡失踪は四名になっている。徴兵延期・猶予は六名であり、差の二名は上級学校へ進んでいる人たちである。北高根沢村の一一名、熟田村の四名は共に逃亡失踪者である。逃亡失踪はいかなる内容かが問題だが、例えば、宝積寺の菊地角平は材木商用のため無届けで東京へ出かけ、生家より連絡はあったが風邪で遅れたとして点呼不応の始末書を提出したようなこともあった。一般には徴兵延期願などの実情は家庭の生計がなりがたいといった経済上の理由が多くみられた。当時農民の階層分化が進んでおり、経済的に追いつめられた農民たちの存在を見落とすことはできない。
 
表8 徴兵の実施状況(明治26年~31年)
26年27年28年31年
壮 丁 人 数阿久津村
北高根沢村
熟 田 村
54
63
39
58
62
38
42
53
38
42
54
29
徴 兵 人 数
徴兵率は
(現役+予備役/壮丁人数)
×100



現 役
予備役
徴兵率
2
5
13.0
 2
 13
25.8
 1
 6
16.6
 1
 10
26.2




現 役
予備役
徴兵率
 3
 14
27.0
 3
 14
27.4
 3
 10
24.5
 5
 18
42.6


現 役
予備役
徴兵率
1
9
25.6
4
9
34.2
1
7
21.0
1
8
31.0
兵 役 免 除阿久津村
北高根沢村
熟 田 村
 9
17
 7
6
6
2
8
5
2
3
5
1
徴兵延期猶予阿久津村
北高根沢村
熟 田 村
11

 5
9
2
4
9
2
4
 6
11
 4
上記のうち
逃 亡 失 踪
阿久津村
北高根沢村
熟 田 村
 8

 4
6
1
4
7
2
4
 4
11
 4

「塩谷郡統計書」各年度による
 
表9 徴兵免役者人員
26年27年28年31年
阿 久 津 村身 体 上12 9 15 9
選 兵 上18 18 8 10
北高根沢村身 体 上12 15 20 16
選 兵 上16 22 13 9
熟  田  村身 体 上7 7 16 8
選 兵 上11 12 9 10

「塩谷郡統計書」より
 
表10 兵役免除者人数
26年27年28年31年
阿 久 津 村身 長 上1 4 2 2
障 害 上8 2 6 1
北高根沢村身 長 上1 2 1 2
障 害 上16 4 3 3
熟  田  村身 長 上1 1 1 1
障 害 上6 1 1 -

「塩谷郡統計書」より