高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

第一章 明治初期の政治と社会

第六節 町村制と郡替問題

二 村替、郡替問題

 上高根沢村は町村制公布以来、隣接する下高根沢村を含む芳志戸連合戸長役場五か村との合併運動を展開した。さらに「新制施行ノ際(広域合村による新しい高根沢村を)自治区ノ彊域トナシ一村独立致シ度キ義ニ各村協議熟談相整ヘ、旦ツ便宜ニヨリ芳賀郡ニ列属仕リ度ク」(史料編Ⅲ・一一四頁)と、合村運動と平行して芳賀郡への郡替え運動を展開していった。
 運動は明治二一年九月段階から現れ、一〇月以降積極的な運動に移った。一〇月六日付で上高根沢は願人惣代五名、芳志戸、八ツ木、下高根沢村は保証人二名、それに塩谷郡太田村外一一か村戸長宇津三幸、芳賀郡芳志戸村外四か村戸長黒崎舜三郎が連署して県知事樺山資雄宛に郡替願を提出している(史料編Ⅲ・一一六頁)。そこには上高根沢村について、現在塩谷郡に属しているが地理的に「村境周囲殆ト芳賀郡ノ諸村ニ境界ノ地形、芳賀ノ範囲ニアル者ノ如シ」と述べ、水利、道路、産業は互に関係ある地域であると説明している。この密接な関係を考え、さきの地方制度発布にあたり両者合体の準備はすでに整っているとし「旧故ニ復シ芳賀郡ニ列ナリ、自治区ヲ組織スルトキハ人民ノ便利ヲ与ヒ全ク自治ノ方向ヲ貫徹シ、公利、利益ヲ生ム」であろうと(史料編Ⅲ・一一六頁)、芳賀郡への郡替えを願い出ている。
 一〇月二〇日付の「郡属替伺書」(史料編Ⅲ・一一五頁)で上高根沢村惣代赤羽宥松は次のように述べている。
 歴史上、地形上の理由を従前どおり述べたうえ、さらに具体的に両村の交錯状況を、「上高根沢村は下高根沢村へ一七町歩の土地と四〇町歩余の小作地を持っており、一方、下高根沢村は上高根沢村に七町歩余の土地と二〇町歩余の小作地がある」として産業上、生活上のつながりを強調し、昔からの慣習下にある六か村が併合し、自治独立区域の成立を希望するとしている。
 さらに「郡政全体からみると塩谷郡は面積は百三〇方里、人口四万七〇〇〇余、鉄道が布敷されて以来、原野山間は開け、人口は増加」しており、上高根沢村が芳賀郡へ移ると塩谷郡の郡治に支障あるとは思わないと全般の立場から訴えている。たとえ、郡政上影響があるとしても願書の不採用は了解に苦しむとして正当な理由を公示することを希望している。
 次いで一一月一六日付でも「郡替追願書」(史料編Ⅲ・一一七頁)を提出している。願書のねらいは、今回の合併は単に上高根沢村の利害が原因でなく、「上下高根沢其他ヲ合併シ自治ノ区域トナシ、更ニ旧慣ヲ拡張シ町村事務ノ利達ヲ謀リ自治ノ完全ヲ希望センカ為」に計画されたに他ならないとしている。理由は前の願いと重複しているが、六項目にわたって述べている。
 
 第一は、上高根沢村の地勢について、西は丘陵を負い、北は林野で塩谷の諸村に接し、東南は耕地、宅地が開けて芳賀の各村に接し、芳賀地方に開けた地勢としていること
 第二は、一橋家で上高根沢に陣屋を設け、領地は塩谷郡二か村、(上高根沢、桑窪)石高二、〇一七石五斗八升七合二勺、芳賀郡六か村(下高根沢、板戸、刈沼新田、道場宿、大道泉、柳林)石高四、一四四石三升四合九勺を所管し、役人も派遣していたので芳賀地方との関係が古くから深いこと
 第三は、用水関係で上高根沢村を水源とする野元川、池ノ坊川、滝ノ川及び五行川から分水する西川用水といずれも六か村を密接に結び付けていること
 第四は、前出の上高根沢村と下高根沢村の土地と小作地の持ち合いのこと
 第五は秣場や道路についてで、両村は土地が入り交じっているので秣場の境界争いや道路橋梁修繕等の負担をめぐる対立があり、特に宇都宮より烏山間の道路は西から下高根沢、上高根沢、芳志戸と両村にまたがり、修繕のつど協議一致せず、公衆の利便を害する点が多い。こうした点を改善するためにも同じ郡に属して協議・協力し易くしたいこと
 第六として歴史上、風俗民情を共にすること
 
 以上の諸点をあげて知事に願い出ていたが、たびたびの願いも聞き届けられず、上高根沢村は塩谷郡の管轄下に入った。
 町村制は明治二二年四月一日から施行されて、合村と郡替えを行うために努力したことは報いられず計画通りの結果に終わった。両村代表は直ちに国に対して請願を開始した。上高根沢村の阿久津金二郎外一二六名は施行後の四月一二日付書類で従来の過程を述べている。「実ニ本村ヲ芳賀郡ヘ郡替仕リ度、所轄栃木県庁ヘ昨年十月中出願候処、本年三月ニ至リ詮議相成リ難キ趣ヲ以テ書面却下相成候」と、しかし自治区組織の当否如何によっては民費の増減に関係し、人民生活上大いに痛慮に堪えないと陳情に及んでいるとして内務大臣松方正義宛に願い出ている。
 さらに一〇月二〇日付ではこの一年間に代表は塩谷郡役所に一四回、芳賀郡役所に九回、県庁へ九回、国に対し一二回と過去の経歴を記し内務大臣山形有朋に請願している。しかし、その甲斐なく両村の新しい自治区の成立は果たせず今日に及んでいる。

図42 上高根沢村の郡替え伺(芳賀町 大島三郎家蔵)