高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

第一章 明治初期の政治と社会

第四節 天皇巡幸と三新法

二 三新法体制と村々

 村政は戸長と村会議員によって運営されていたが、村民はどのような生活をしていたのだろうか。村民の生活の中には申合せによる一定の規約があり、人々はそれをお互いに守って生活していた。いま「大谷村申合規則」によってみることにする。内容は生活に密着したものが大部分を占めていた。
 まず、祝日、祭日など休業日は組惣代により連絡があり、それに従うというような、村民は共通のリズムでの生活が前提であった。ついで農業に関することで、落葉、下草といった肥料になるものの採取については取締りが厳しく、他人の土地に入り、刈り取ることは禁じられ、違反者は三円の罰金を差し出すことになっている。また生木はもちろん、枯木でも斧や鉈で伐採することも禁止され、違反者は同じ三円の金がとられた。次に共同作業と相互扶助が要求されていた。家、倉庫其他新築営繕を行う時の組内、朋友からの手伝いはもちろん、組内、朋友の者が病気で田畑作業に差し支える時は相互に加勢することとなっている。
 馬の扱いや用水についてもいくつかの約束ごとがあった。馬を繋ぐ場合、杭を道路に打つことは禁止、馬を連れて通行するとき、長い手綱にして馬に農作物を食べさせることも禁止されていた。用水に関しては米作の前提でもあり、細かい約束がなされていた。特に用水水切は戸長役場よりの通知日、午前六時より行うとされ、違反者は三円の罰金の提出が要求された。
 村によっては倹約の規約を設けている。すなわち労働と勤倹を主とし一切の冗費を節約して予め非常に備えるため太田村外一一村では一四か条にわたる規約がある。主なものをみると、まず一切廃止の条項は次のとおりである。
 
  一、冠婚ノ際、儀式ノ外、猥リニ酒食ヲ用ユルコト
  一、年始、歳暮等物品ヲ贈答スル事
  一、葬儀年回等ノ際近親隣伍ノ外、集会飲食スルコト
  一、甲子庚申日待其他天祭風祭等ト唱ヒ、多衆合飲食スル事
  一、家作普請ニ際シ、儀式ノ外、猥リニ酒ヲ用ユル事
  一、神事祭典及仏事ニ於テ客ヲ迎ヒ、宴会ヲ催ス事
  一、演劇諸興行、若シクハ花火等ヲ催ス事
 
 次に一切謝絶するものとして
 
  一、諸神社ヨリ先達(参詣の案内人)ト唱ヒ各家訪問スルモノ
  一、諸勤化勤進(神仏への寄付)ヲ請フモノ
  一、筆、墨其他、一物品ヲ強売スルモノ
  一、門付遊芸人並ニ物買等ノモノ(史料編Ⅲ・六四頁)
 
 このように農民生活は農村の生活の中にあってあくまで質素、倹約をモットーに非常に備える節約が農民の上にかかっていた。

図31 大谷村申合せ規則(大谷 阿久津純一家蔵)