高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅱ

第一章 明治初期の政治と社会

第一節 維新期の高根沢

二 県の成立と村々

 廃藩置県で成立した宇都宮県は明治六年六月一五日、栃木県と合併するまでの約一年六か月の間、宇都宮に県庁を置き河内郡、芳賀郡、那須郡、塩谷郡の四郡で構成されていた。新しい政治は明治五年の戸籍編成からはじまった。
 戸籍つくりは約一年がかりで行われた。いわゆる「壬申戸籍」である。政府は戸籍を通して人民を把握し、再編しようとした。戸籍法では戸籍業務は戸長、副戸長が行うとあり、宇都宮県も「今般管内分区ノ上、更ニ戸長副ヲ置、村方事務惣テ取扱ハレ候ニ付、従前ノ戸長副並ビ名主、組頭等同役義ハ差シ免ス候事」と布告を出している。布告の四郡への送達・運賃の払い方は飛脚で各大区中の次の小区へ連絡している。高根沢町域についてみると、「第五大区二小区」は本庁より四里とあり、二小区の中心は氏家宿でここから一一小区まで、即ち塩谷郡全域に伝達するようになっている。布告の大区への回達は戸長が行い、「定使ヲ以テ隣区ヘ継ギ、小区内ノ回達ハ村々申合ニテ無賃順達差出スベシ」と、末端までの連絡方法を決めている。
 宇都宮県は明治六年二月二二日正副戸長議事会を開き、参事小幡高政は次のように述べている。
 
  朝旨ニ対シ大ニ戸長及有志ノ者ヲ庁下ニ集メ、県治ノ得失、民間の利病ヲ言シム、其義亦重シ、凡ソ是会ニ與ル者当ニ其大ヲ志シ、其細ヲ捨、専ラ国家ヲ利シ、身ノ為メニ謀ラサルヘシ。
 
 ここで小幡は戸長及び有志が「細」を捨て、「大」を志すように訴えている。会議は毎月一二日に河内、塩谷郡、二二日に那須、芳賀郡がおこなわれた。議事条目には次のような内容がかかげられていた。
 
  一、風俗ヲ正シ、共義ヲ旨トシ、困難相助ル事
  一、学校ヲ盛大ニスル事
  一、病院ヲ建ル事
  一、開墾ノ方法及ビ地利ニ随ヒ、物産ヲ蕃殖スル事
  一、水利ヲ疎通シ、運輸ヲ便ニスル事
  一、諸工芸ヲ開キ、器械製造及ヒ使用ノ事
  一、諸鉱砿ヲ開ク事
  一、社倉、義倉ノ事
  一、人種ヲ殖ス事
  一、村落、市街警備ノ事
  一、国立銀行及ビ諸会社ヲ結ブ見込ノ事
  一、牧畜養蚕ノ事
 
右は条目のうち主なもので、宇都宮県の第一歩を踏み出す施策は、各方面にわたり遠大なものであった。
 県の行政を行う姿勢が確立されていくなかで地方の村々は依然として不穏な状況下におかれていた。取締局は明治五年五月に第五大区一小区の村々に布告書を出している。主なものをあげると、
 
  一、遊惰で産を失い盗み、又は悪行を行い厄介になる前に親類、組合で意見をするようにとのこと
  一、米価が下がったからといって油断せず、農業にはげみ、雑穀など貯え、凶年に備えるように
  一、田畑、空地の場合一歩たりとも利用するよう、地所に相応の種付をするように
  一、博奕は厳禁なるが守らず不埒のものを見届、庁に訴えること。そのものには褒美金を下されよ
  一、近来盗賊が横行して村々難儀しており怪しきものは差押え、戸長、副に召連れるように、もしも盗賊が押し入った場合は臨機に取計い、約束通り捕えるように(太田 見目清三家文書)
 
 新たに県制へ第一歩を踏み出した一方で、このような布達が末端の村々に出され、明治国家は誕生してわずか数年、社会は依然として混沌の中にあったが、統一を目指す動きをとらえることもできる。