高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅰ

第四編 近世

第三章 近世村の支配

第二節 用水と入会争論

二 入会争論

5表 野場出入諸入用明細(慶応3年)
月日摘要金額
4.27苅生田庄左衛門案内手土産2朱
28同人分 茶菓子代400文
御役所公事方松野裁右衛門進上物2分
29真岡角屋旅館二泊り昼飯酒代3貫100文
わらじ一足48文
髪結銭48文
6. 9苅生田庄左衛門より飛脚賃600文
庄左衛門殿進物手拭348文
11わらじ一足48文
御手代井沼林八郎菓子料1両
12菓子代400文
筆一本48文
大半紙・水引代150文
熨斗代100文
御役所掛り手代松野裁右衛門様進物金5両
 同     井沼林八郎様進物金1両2分
 同     三沢惣四郎様進上金2分
 同     平目織助進上金2分
苅生田庄左衛門泊り入用2分2朱
合計9両3分5貫290文

出典:太田加藤佳生家、慶応3年4月「野場出入諸入用控」
 
 村境界の争論は、領主間で決着すべきものであろうが、往々にして江戸表への訴訟にでもなれば、村代表の者が江戸表まで出向き、その問題が決着するまで江戸に滞在しなければならない。それにかかる諸経費や、幕府役人への土産代や進上金などを含めると、莫大な村用金の出費になる。それらは農民たちの負担となり、自分たちの生活をも脅かすこととなる。したがって出入りになる前に、その確認をしておいた方が得策なのである。
 また、出入りになってしまった場合でも、村々間の話し合いで解決したり、紛争になってしまった場合でも、他村の村役人を仲裁人に依頼して問題解決に至っている。野場の出入りについて代官所へ訴え出れば、経費がかかることを示した史料がある。慶応三年(一八六七)四月の「野場出入諸入用控」(太田 加藤佳生家文書)によると、その「覚」の欄に、野場一件について真岡町代官所へ訴え出た後のことが簡潔に記され、四月二十七日から六月十二日までにかかった諸経費の明細が記述されている(5表)。
 九両三分、五貫二百九十文もの経費をかけるよりは、仲裁人を依頼して、前もって境界を再確認したり、和解の方策を採り、議定の通り村々が野場を活用した方が得策である。それ故、境界の争いを回避する方法を採っていた村もあった。
 嘉永五年(一八五二)十月の「取替証文之事」(花岡 鈴木 徳家文書)によると、村境塚について伏久村・関俣村・前高谷村・柿木沢村の四か村は、葛城村名主平左衛門・喜連川宿本陣役人太左衛門・成田村六右衛門を立会人に依頼し、寛永年中の御裁許の事実を相互に確認しあって争論にならぬ工夫をしていた。