高根沢町図書館/高根沢町史ほか

高根沢町史 通史編Ⅰ

第二編 原始古代

第三章 弥生時代

第二節 栃木県の弥生文化

二 ムラの暮らし

 考古学の用語には、用途と違うものが少なくない。石包丁もそのひとつである。明治時代に、エスキモーの使う道具と見誤ってつけられた名前で、それ以来こう呼ばれている。石包丁は、稲作関連の技術とともにもたらされた磨製石器である。長さ二〇センチほどの半月形をした偏平なもので、長辺に刃があり、なかほどには二個一対の穴があけられている。この穴に紐を通し、指にかけ、穀類の穂をつむのに用いられる。つまり稲刈りの道具で、弥生時代を代表する石器である。我が国ではほぼ全国に分布するが、東日本、特に関東地方ではきわめて出土例が少ない。栃木県でもこれまでに報告例は聞かなかった。
 ところが約一〇年ほど前、町教育委員会発行の『郷土高根沢』に「石包丁」の文字と、写真が掲載されていたのを見つけた。半信半疑であった。執筆は、町の文化財全般に詳しい古口利男氏。文面からは、驚きを隠しきれない様子がわかる。愛飲するショートピースの隣に写っているモノは、印刷の関係で不鮮明ではあった。少し小さいかな、というのが第一印象であった。一九九二年六月二〇日、町史編さん事業で、遺物を所有している菅谷肇宅(上高根沢)を訪れ、拝見させていただく機会を得た。以下、簡単に特徴を記す。
 本石器は、長さ八センチ、幅四センチ、厚さ一・三センチで、偏平な楕円形をなす。両面の下半分を研磨することにより、鋭い刃部を作りだす。一部刃こぼれが認められる。研磨面は強い光沢をもつ。子細に見ると、研磨は斜め、縦、横の多方向から細かい単位でおこなわれている。上面はやはり磨ることにより面取りをしているが、刃部ほどの光沢はない。重さは五六グラム、石質は粘板岩であろうか。
 典型的な石包丁と較べると、小振りである点や、研磨が刃部のみである点が気にかかる。そして大きな違いは、紐穴がない点である。この石器が採集されたのは、金井の西根遺跡。ここは縄文中~後期の遺跡で、隣接地は発掘調査され、奈良~平安時代の集落が見つかっている。その際の出土品や採集された土器をみても弥生時代のものはない。
 興味深いのは菅谷宅で拝見した石器のなかに、表面をツルツルに研磨した球形の石器が数点あったことである。遺跡の住人は石をことさら磨くということに力を注いだと想像できる。
 結論としては、今のところ、この石器を石包丁と断定するのは避けておきたい。暫定的に、「石包丁」様石器とでも呼んでおこう。なんとも歯がゆい言い方になってしまったが、石包丁か否かは別として、この石器に目を止め、注意を喚起してくれた古口氏に敬意を表しておこう。

6図 西根遺跡の「石包丁」様の石器

 
参考・引用文献
佐原 真 一九七五「農業の開始と階級社会の形成」『日本歴史』一岩波書店
佐原 真 一九九〇『米つくりと日本人』毎日新聞社
日本第四紀学会(編)一九九二『図解・日本の人類遺跡』東京大学出版会
安田喜憲 一九九七『縄文文明の環境』吉川弘文館