守谷中央図書館/わたしたちの守谷市

『改訂増補 守谷志』

神祠佛寺

一、神祠

 祭神は素盞嗚尊、明治以前は牛頭天王社、或は單に天王社又天王宮と呼ばれてあつた。町の中央臺地に位置し、境内は銀杏、杉、槻等の老樹に蔽はれて居る。今の社殿は大正の新構であるが、本殿内に安置せる一間社流れ造の内殿は江戸初期のもので桃山式の面影を殘して居る。
 創立は大同元年とあるが、格別の徴證はない。初め守谷の街衢が今の高野村本宿に在つた際には本社も其地に在つたもので、それを慶長三年に土岐山城守が現在の地に移したものといはれて居る此時土岐氏の造營した社殿は、續いて伊丹播摩守の寄附修理があつたが、寬文二年に燒失した。その翌三年に堀田備中守が再建したが、それも二年後の寬文五年に火災に罹つて失はれた。同十一年酒井河内守の城主たるに及び更に再建の工を起し、元蘇祿五年に關宿城主牧野備後守が大破を修理した。それが小修理を加へられながら大正新構まで繼續した建築である。
 明治以前は宮本氏が河内と稱して社司を世襲し神事に勤めて居つた。
 社寶には内殿に鎭められる神鏡一面がある。懸佛に類するもので裏面に左の刻文がある。
  下總國守谷郷牛頭天王守護所
   大同元年丙戌歲九月二十七日  神主吉信
 例祭は每年六月十五日で神輿の渡御があり、街頭には幟を樹て花車屋臺も曳き出されて一日一夜の賑ひを極める。神輿の假殿出御は以前は六月十四日であつたが、文政六年來六月十一日と改められ今に及んで居る。