守谷中央図書館/わたしたちの守谷市

『守谷わがふるさと』

守谷一世紀のあらまし

■出席者
染井新造〈土塔本町〉
会田栄治〈台川端〉
鈴木祐次〈前新田〉
松丸きぬ〈中坪〉
古村きみ〈西大木〉
 
■司会
高梨輝憲
 
 
●ネンボウ●
 高梨 ご指名にあずかりまして、私が司会をさせていただきます。さっそくお伺いしますが、皆さんは子供のころどんな遊びをしましたか? 私などは、何人か集まるとメンコをやったり石蹴りをやったり、そんな遊びをしたのですが。
 鈴木 やはりそういうことをやりましたね。そのほかにはネンボウ。山へいってね、木の枝を切ってきて、先をとがらせてネンボウっていうのをやったね。
 染井 ネンボウね。ネンボウはずいぶんやったよ、山がどこにでもあったからなあ。
 古村 男の人はほんとよくやってましたね。
 高梨 そのネンボウというのはどのようにするんですか?
 染井 木の枝を削った棒を、地面に突き刺すんです。その時、地面に立っていた相手の棒をひっくり返せばいいんです。相手の棒が倒れれば取れるんです。
 会田 自分のが立ってなきゃいけないんだよな。
 染井 そう、そう。
 鈴木 二股に分かれた木の枝の元の方をとがらせて、横に分かれ出た部分を握って突き刺すんだ。
 染井 家に抱えて持って帰ると、親父に風呂場で全部燃やされちゃった記憶がありますね。薪が不足だったからね。大正年間のことですけれども。
 高梨 ネンボウという遊びは、東京では行わなかったですね。
 鈴木 うん、そうでしょう。材料がなくちゃ、できませんからね。
 
●ジッケ●
 高梨 古村さん、大木のほうじゃ、当時子供が少なかったと思うけれど、どんな遊びをしていましたか?
 古村 そうね、私たちは女同士でよく遊んだんだけど、アヤトリとかお手玉、オハジキね。それから縄飛びなんかもよくやりましたね。それからジッケなんていう遊びもあったんですよね。
 なんていうんですか……石蹴りみたいに。弧を書いてね、こう四角く書いて。その中を順に飛んでいくの。
 松丸 私らがやったのは、最初に丸一つ書いて、その次が丸二つで、そのまた次は丸一つって続けて書いて。丸一つのところは片足で、丸二つは両足着いてっていう具合に飛んでいくの。向こうまで行って帰ってこられた人はいいんだけど、途中で足が疲れちゃうでしょ。丸一つのところで両足を着けちゃうと負けなの。
 高梨 この遊びがジッケ?
 古村 十回やるからでしょうね。十回でいちおう上がりになるから。「じっかい」っていうのかもしれないけど、方言でジッケ、ジッケといっていましたね。
 高梨 ああ、一回、二回の回ね。
 染井 それが訛(なま)ったんじゃないかと思うんだな。

ネンボウ

 
●竹馬●
 高梨 会田さんはどうですか?
 会田 私は竹馬。冬の遊びですがね。
 松丸 私らも乗ったわね。
 高梨 竹馬にもいろいろな遊びがあったでしょう。例えばカツブシなんていってカゲを拾ったりするのや、兵隊歩きなんていうのもあったでしょう。一本足で歩きながら、もう一本をかついでね、鉄砲だなんていって。そういう遊びが東京にもあったんですが。
 染井 この辺でもやりましたよ。
 会田 私らはね、五、六人でぶつかりあって、相手を倒すようなこともやりましたよ。うちの庭には藁(わら)しぶがたくさんあったから、その上で竹馬をやるわけだ。藁しぶが水分を吸いよるから落ちても汚れないし、けがもないわけだな。
 高梨 藁しぶ?(笑)
 染井 藁くずですよ。この辺の方言ですわなあ。庭土が凍らないように藁を撒(ま)いたんですよ。米や物を干すのに霜が立ってたんじゃ困るから。
 会田 それからうちの近くの崖を竹馬で上がり下りしたんだよ。
 鈴木 高野は崖が多いから。(笑)
 高梨 竹馬は何節(ふし)ぐらいの高さでしたか? 一メートルくらいの高さのものなんて、ありませんでしたか。
 染井 一メートルくらいのはありましたよ。高いのはね。
 会田 いろいろあるけど、普通遊ぶのはだいたいが一節(ひとふし)ですよ。
 高梨 竹馬は自分で作ったんですか?
 会田 そう、自分でですよ。
 鈴木 先輩がいて、先輩がやってくれるからな。
 会田 そう、最初は作ってもらってさ、なかなか上達しないから手入れしてもらってな。
 

竹馬

●水泳●
 松丸 夏は水浴びをやりましたよ。すぐ下が川だったからね。夏になったら毎日水浴びして、まっ黒になってね。前が顔だか、後ろが顔だかわかんないなんていわれてね。まあ、水がきれいだったからねえ。メダカなんか二人で手拭い持って取ったもんです。片方の人が手拭いを離したりすると、「おみゃあ」なんてけんかしたりね。
 染井 物のない時代だったから、自然を相手に遊んでいたんだよね。
 鈴木 泳ぎ方なんか自然に覚えちゃったよね。
 会田 大正十年ごろだったかな、利根川の水が多い時に、私は一度に往復八回泳いだんだよ。泳ぎの位があってね、それを「独泳(どくえい)」っていってよ。最後には、「舟番(ふなばん)」っていうところまで出世したんだよ。「舟番」は、泳ぎの先生と同じだったんですよ。
 
●魚取り●
 染井 五月ごろになると、苗代っていうのがありまして、そこヘヨドブチっていうのにいったんですよね。子供のころ、カンテラを下げていってドジョウを取ったもんなんです。これはずいぶんやった覚えがありますね。
 高梨 ドジョウを取ることはドジョウブチといいませんか?
 染井 ええ、ドジョウブチともいいますけれども、うちの方ではヨドブチっていってたな。夜のうちにいくからヨドブチっていうんだろうなあ。
 高梨 針はどうしたんですか?
 染井 針は買ってきたんです。あれは十銭だったんじゃないかなあ。
 鈴木 そう、細い針を持っていってね。夜はドジョウは田んぼで眠ってるわけだよな。
 高梨 その取ったドジョウはどうするんですか?
 染井 これは食用にするんです。苗代の付近に昔はいっぱいいたもんなんです。
 カンテラの石油そのものが貴重品ですから、なかなか買えないでね。松の根っこの油っこいやつをカンテラで燃やしながらやったんです。
 高梨 現代の若い人たちのために、カンテラの形を具体的に説明していただけませんか。
 染井 絵で描かないとよくわからないんですがねえ。(笑)お茶を飲む土びんみたいなのに、口が両側についていると思えばね。(笑)そこへぼろきれを入れて芯にし、そこに火がつくわけ。
 それからクミッケっていって、川をせき止めて魚を取ったね。
 鈴木 それはよくやったなあ。
 高梨 それを遊びとしてやったんですか?
 染井 遊びもあるけど、両方兼ねてるわけです。
 高梨 遊びと実益を兼ねているわけですね。
 鈴木 まあ、食べたいとかそういうこともあったけど、やっぱり面白いんだよね。
 高梨 クミッケっていう遊びはどのようにしたんですか?
 染井 小川をせき止めて、水をどんどんかい出すと魚が出てきて、それをつかまえるわけなんです。だけど子供のことで、水の逃げ道を作っておかないもんだから、そのうち水かさが増して、ガーッと流されちゃうんだ。逃げ道をちゃんと作っておけばいいのにね。
 これは二、三人そろうと必ずやったよな。
 古村 男の子は水たまりを見るとクミッケをやりたくなったんでしょ。雨でできた水たまりでも、魚なんかいないところを一所懸命やってたからね。
 高梨 これは川でやるんですね?
 染井 そうです。小川です。至るところに小川がありましたから。
 高梨 沼などではやりませんでしたか?
 松丸 沼は機械で大人がやるんじゃない?
 染井 そう、大人がやりましたよ。モミッケっていって。守谷には沼があって、そこへ戸板を持っていってせき止めておいて、ガランガラン中をかきまぜると、プカプカ魚が浮かんでくる。それをつかまえてね。
 高梨 それでは、モミッケとクミッケは違うんですね?
 染井 ええ、違いますね。モミッケは大人が夏にやるもんなんです。クミッケは子供が遊びでやるわけです。
 古村 私なんかよく死んだおじいさんが、月のない日に「今日はいい日だから連れてってやろう」って、地引き網っていうのを引っぱってね。網を引っぱるのは大人たちがやって、子供たちが魚を拾うの。おじいさんは本当にそれが好きで、よく連れていってくれたね。
 松丸 土手の中に手を入れるんですよ、水浴びながら。そうすると力二がいるの。手をつっつかれちゃって「あいてー!」なんていって、しまいには棒でカニ取ったよね。今はもうできないよ、コンクリートになっちゃったから。
 古村 でも魚取りって楽しいだろうね。
 染井 ええ、そりゃ楽しいですよ。子供の時には遊びとしては一番楽しいんじゃないかな。

クミッケ

 
●虫取り●
 高梨 虫や鳥なんか取りませんでしたか?
 染井 トンボ取りはやりましたよ。
 松丸 セミとかも取ったよね。
 染井 トンボはほうきで寄せてね。雌なら雌を取って、糸で棒の先へつないで、ぐるぐる回して、つがいと交尾するのをつかまえてね。
 古村 カブトムシね、あれは最近の流行じゃない?
 染井 カブトムシなんて見向きもしなかったけどな。あんなのは。
 古村 今は一匹五百円ですよ。
 松丸 昔は買う人もいなかったよね。
 染井 クワガタなんかでもまるで見向きもしなかったよ。
 古村 まあ、セミ取りくらいはやった覚えがあるけどね。
 
●学校での遊び●
 高梨 人取りなんて遊びをやりませんでしたか?
 松丸 ありましたね。横に長くつながって「あーの子が欲しい」なんて歌ってね。一人取られると取り返したり、また取られちゃったりね。
 染井 女の人はオハジキとお手玉が盛んだったんじゃないですか?
 松丸 そう、あと手まりね。「てんてん手まり」なんてね。
 高梨 その手まり歌、覚えてますか?
 松丸 いちばんはじめは宇都宮
    新潟 日光 中禅寺
    さんまた佐倉の惣五郎
    しはまた信濃の善光寺
    いつつはいつもの大社(おおやしろ)
    むっつは村むら鎮守様
    ななつは成田の不動様
    やっつは八幡の八幡宮
    ここのつ高野の弘法さん
    とうで東京日本橋
っていうのね。お手玉でもやったりしたわね。たもとに入れて学校へ持っていって、休みの時に木の下でやったのよ。だから覚えちゃってるよね。
 高梨 そのころ学校の休み時間の遊びっていうとほかには?
 松丸 縄飛びをやったりね。
 染井 陣取りみたいなのもやったな。あと男はドッチボールでしょうな。
 鈴木 野球とかね。
 会田 寒い時なんか、霜なんかがないところで、こごえないようにみんなで運動やったんだよな。
 
●ゴムひき・段飛び・縄飛び・パチンコ●
 高梨 ゴム輪飛びなんてなかったですか? 輪ゴムをつなげてね。
 染井 ああ、それはやりましたよ。ゴムひきはやりましたよ。
 高梨 そう、ゴムをつなげて端と端を二人の人で持ってて、一人の人が飛ぶんです。
 松丸 うちではそれを縄でやったのよ。縄を両方で引っぱって飛んで、だんだんに高くしていくのよ。けっとばして飛べなかったら、もうやれないの。三、四回くらい飛ぶとひっかかっちゃって、「オメーだめだ」とか「次おれか」なんていってね。
 高梨 それを縄飛びというんですか?
 古村 それは段飛びとかいうんじゃなかったかな。
 松丸 縄飛びは縄を回してるところヘ一人二人って入って飛ぶの。
 古村 それと男の子たちはよく二股の枝を取ってきて、両方の枝にゴムひもをつなげてね。
 染井 パチンコね。それもよくやりました。スズメなんか打ってな。
 松丸 でも、五、六年まででしょ、そういう遊びしたのは。大きくなったらあんまりやらないわよね。
 染井 やらないですよね。大きくなったら家の手伝いで遊んでいられないでしょう。そんな遊びなんかやってたら、とんでもないことだったよ。
 
●メンコ●
 高梨 メンコですが、我々が子供のころのメンコは、ボール紙で丸い、大きいのもあれば、小さいのもありましたが。
 染井 そうですね。「いっせんぱ」っていって、大きなのがあったんです。昔は缶詰めっていうのは物珍しい時代だったから、缶詰めの空缶でカネッパっていうのを作ったんです。それで重たくして遊んだ覚えがありますね。そのメンチをカネで包んで重くして、相手を負かして取っちゃう。
 高梨 メンコもはじめのうちは、鉛か何かで小さなものを作ったのがはやったらしいのですが、どうですか?
 染井 私ら「いっせんぱ」って大きいのですね。一銭だから「いっせんぱ」っていったんですけどね。
 松丸 小さいのもありましたよ。軽いからロウを両面にたらすと重くなるんだって。そうするとひっくり返らないからね。
 会田 中には上手な人がいてね。その人は腕の振り方が違うんだよ。(笑)
 松丸 体いっぱい動かしてね。
 会田 非常に上手なんだよ。手をものすごく上げて、風の力でやるんだよな。その人の隣にいたら誰もかなわないんだよ。みんな取られちゃう。(笑)
 高梨 使っていたのは丸いの四角いの両方ですか?
 染井 四角いのは覚えてないなあ。
 古村 私らの子供のころは丸かったのよね。
 高梨 それで、メンコがひっくり返れば勝負がつくわけですね。
 染井 そう、自分のを投げて相手のを返せばいいんだから。
 鈴木 勢いをつけて風をおこすんだよね。
 高梨 調子をつけるのに「チッチッチ」なんていって。
 松丸「それきた!」なんてね。(笑)
 古村 やっぱりコツなんでしょうね。
 染井 そう、一種のコツです。
 
●ベーゴマ●
 古村 よく男の子たちはベーゴマで遊んでたわよね。
 染井 ええ、ベーゴマはやりましたよ。
 古村 樽か何かの上で、回しているのをよく見ましたね。私には回せなかったけど。誰が勝ったの、負けただのって、そりゃあ、夢中になって。
 高梨 これは四季を通じての遊びですか?
 染井 四季を通じてでしょうね。ほかに遊びってのがあまりないですから。
 
●集団的な遊び●
 高梨 それから、大勢の子供たちで集団的に遊ぶのもあったと思うんですが。
 松丸 女の子たちだと「とおりゃんせ」。「とおりゃんせ、とおりゃんせ。ここはどこの細道だ。天神様の細道だ。この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります」って二人の間を通っていくうちに、止められちゃうんだよね。それで、向こう側にいけなくなっちゃった人が鬼になるわけ。
 高梨 じゃあ、道をふさがれていかれなくなった人が鬼になるわけですか?
 古村 鬼というか……。両側に二人いて、向かい合わせに手をつないだその下を何人も続いて通るんです。歌が終わったところにきた人が鬼になるわけ。
 松丸 歌が終わったところにいた人が鬼になって、今まで両側に立っていた人が今度は列に戻るわけ。
 高梨 これは女の子の遊びですね。
 松丸 そうです、女の子ですね。男の子はやらなかったですね。
 染井 男は兵隊ごっこはじめ、やることはみんな一緒でしたよ。カンシャク玉っていうのがあって、それを投げてパチンとやってね。兵隊ごっこはよくやりました。
 高梨 女の子の遊びで、どういう歌が歌われていたのか、私はちょっと記憶にないんですが、「後の正面だあれ」なんていう……。
 松丸 ああ、あれは「カゴメ、カゴメ」っていって、みんなの輪の中に鬼が座ってるの。そして鬼の周りを回って「カゴメ、カゴメ」って歩くわけ。それで「後ろの正面だあれ」っていって、鬼が後ろの人を当てるわけ。当たらないと、そのまま鬼になってるの。
 高梨 当てられた人が鬼になるんですね。
 松丸 あれも集団的だよね。
 古村 そうね、集団じゃないとできないよね。
 会田 それから「陣や」っていうのやらなかったかい? 学校の休み時間に、よく「陣や」っていう遊びをやったもんです。
 松丸 ああ、陣や取りねえ。
 高梨 陣や取りは敵味方に分かれてやるんですか?
 会田 そうです。ずうっと図を描いて、それで敵を追いかけて、つかまえると自分の方へ引っぱってきちゃうわけよ。私のところでは「陣や」っていったんだけどね。授業が終わると、また、さっきの続きが始まるんですよ。
 松丸 男も女も一緒になって遊びましたね。
 高梨 男と女が一緒に遊ぶと、こんなことをいわれてからかわれませんでしたか? 「男と女とまーめいり」なんて。(笑)
 松丸 そうだよね。そんなこといったね。
 
●サンジキ●
 鈴木 私ら子供のころは宅地が少なくて、山に木がたくさんあったから、よく高いところへ丸太を組んでそこへ上がって遊んだんですよ。
 松丸 あれは何ていうんだっけ?
 鈴木 サンジキ。
 松丸 そう、そう。杉の木が何本も立っているところへ棒をやってね。その上に座敷を作って、その上で遊ぶのが楽しくてね。上がれないもんだから、ようやく上がらせてもらって遊んだことがあるよ。

サンジキ

 
●節遊び●
 高梨 季節によっていろいろな節句がありますが、真菰(まこも)とか稲藁で何かつくるというようなことはありましたか?
 松丸 七夕様には真菰で馬を作ってね。それをみんな自分の箱に入れて引いて遊んだね。
 古村 そう、そう。朝に草を刈って、作った馬につけてね。そして家にいる馬にそれを食べさせてやったのよね。
 鈴木 七夕にはどこの家でも馬を作ったもんだったが。
 染井 今、作ってるところはほとんどないでしょうね。真菰がなくなっちゃったから。
 高梨 本日はお忙しいところ、この会のためにわざわざお集まりいただいて、ありがとうございました。

七夕馬